タケノコドン

黒騎士

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大怪獣タケノコドン

心霊刑事

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 とある市道を一台のシルバーのセダンが走っている。向かう先は今注目の的となっている町、井戸端町。怪獣騒ぎの影響で道は閑散としており、行き交う車も人の影すら無い。車内には運転席に男が1人。時代錯誤なうえ季節外れのロングコートとそれに合わせた帽子を助手席に、丸縁眼鏡を掛けた中年。ハンドルを握る左手首には数珠と、それに結わえられた白い狐の小さなマスコットが男の雰囲気にミスマッチで目に付く。この北野という名の男、職業は青森県警所属の敏腕で有名な警部であり、実は霊能者という隠された顔も持った稀有な人間。元が優秀なのもあるが、霊の証言や霊視といった能力を駆使した捜査で数多くの難事件を解決している。その筋では心霊刑事の名で知られる人物である。今回の目的もある事件の捜査。

(きっかけは夢枕に立った男の悲痛な訴えからだった。調べを進めるうち、犯人ホシはどうやらかなりの人数を手にかけ裏の仕事を請け負う厄介な2人組。全国を股にかけながらも徹底して手掛かりを残さぬ周到さ。微かな霊的痕跡を辿り、漸くもう少しで手の届く所に追い付いた。そんな時起こった件の怪獣騒ぎ。これは勘だが……無関係ではない、そんな気がする)


――井戸端町 楓山――

 怪獣の出現地。その山肌は大きく抉れ、高い断崖が出来てしまっていた。現地に到着した北野刑事はその光景を遠目に臨み絶句したという。山の麓で下車し、登山道を封鎖する自衛隊員の元へと歩く。

「ここは立ち入り禁止です」

 北野は警察手帳を見せ山に入りたい旨を伝えるも――

「警察だろうと何だろうとダメですよ。大体、青森県警の刑事が何だってこんなとこに……管轄違うでしょ」

 彼は続いて懐から謎の模様だか絵が描かれた手帳サイズの紙を取り出し隊員に手渡す。

「……これは?」

「上の人に渡して下さい。多分分かると思います」

 若い隊員は訝しみながらも他の隊員にその場を任せ、少し離れた天幕へと歩いていった。暫しの沈黙も許さぬ様に騒がしい蝉の声が轟き渡る。夏本番の太陽が容赦無く照り付け、屈強な自衛隊員達の額や腕に汗を滲ませていた。そうこうしてる内に先程の隊員が小走りに戻って来た。

「確認取れました、どうぞ。危険ですので同伴させて頂きます」

 若い隊員に先導され、北野はいよいよ登山道に足を踏み入れる。しかしその道は途中で土砂と落石に寸断され、隊員達が切り開いた獣道じみた斜面を登らなければならなかった。歩き辛くただでさえ口数が少なくなりそうな状況ではあるが、先程の疑いをかける会話の所為で隊員は気不味さを覚えていた。どうにか払拭しようと、思い切って話題を振る事にした様だ。

「……あのぉ~~貴方本当は何者なんですか?」

「ただの刑事だよ。変わり者と言われるけどね」

「どうやったら、ただの刑事が厳重封鎖区域に進入許可得られるんですか」

「上の方は何と?」

「……お前はまだ知らなくていいとしか」

「その通り。世の中、知らなくていい事や知らない方が良い事があるものだよ」

 再度気不味い沈黙…………

「……そんな格好で暑くないんですか?」

「暑いに決まってるだろう」

「え……じゃなんで」

「君らの制服と同じさ。仕事モードのスイッチと言うか……理想の自分に成れる。ヒトは化粧一つでも気持ちの有り様が変わる。原始的な部族が、心を奮い起たせ戦士やシャーマンとなる様に。これは僕なりの《変身》なんだよ」

「意外と深い理由があったんですね。単純に拘りのファッションかと」

「それもある。古風なのが好きでね……特にコテコテの奴」

「ハハ。じゃあそのストラップ白狐も何かあるんですか?」

「あーコレかい? まあチャームポイントみたいなもんさ。男臭さの中に可愛いのがあると良いアクセントになるだろ」

「はぁ~洒落てますねえ。あぁそう言えば、特に目的地をお聞きしませんでしたが……やはり怪獣の出現地でしょうか?」

「ん……いや、どうやらあそこより少し上の様だ」

「上? 一体何があるんです?」

「それを確かめに来たのさ。まあ、あまり良い物ではないだろうがね」


 数十分道無き道を登り続け、とある場所で北野が足を止めた。そこは傾斜がほぼ無く、平地が広がる雑木林だった。気の所為かここ一帯だけ蝉の声が小さい、そんな気がしていた。山中には調査中の隊員達が散っており、ここでも何人か作業をしている様子。そんな彼らの視線を余所に、北野は何か探る様に虚空と地面を凝視してはゆっくりと歩を進め、ある場所で遂に足を止めた。

「ここだな」

「ここ? ……何も無い様に見えますが?」

「ん……掘る物はないかね?」

「掘る物? 小さめのスコップくらいなら携行してる者がその辺に……」

「あ、あのう……これ使いますか?」

 近くで聞き耳を立てていた別の隊員が声を上げた。その振り上げた右手には小汚いシャベルを握っている。

「どうしたんだそれ?」

「そこの茂みの中から見つけた」

「茂みの中って、何だってそんなとこに?」

「さあ? 山の下に孤児院があるそうだから、そこの子供らの忘れ物とかじゃないか?」

「恐らく違うが……まあいい。手が空いてるなら、そこを掘ってもらえるかな」

「構いませんよ」

「助かる。ちょっと深いかもしれんが」

 訝しみながらも途中で交代しながら隊員達は黙々と土を掘り続け、やがてその深さは大人の胸の辺りにまで到達した。そして遂に、アレを見つけてしまうのだった。

「ん? 何か出たぞ。布っぽい……布団……いやシーツか?」

 元は薄い水色だったろう生地が汚く染まった布が土から覗き、そこから慎重に周りを掘り出していく。その全貌が露わになるにつれ、気付けば漂い始めた腐臭が強くなりその場の誰しもが布に包まれたモノが何なのか想像が付いた。
 全体が出土したところで4人がかりで穴から引き上げ地面に横たえる。暑さや疲労とは別に、緊張から大量の汗を流す隊員達が身を強張らせる中、北野は臆せず借りたナイフで布を切り裂きその中身を露わにした。隊員は絶句した。目と口が半開きのまま、気味悪く変色した人間の頭部がそこに在った。

「し、死体……? 何で……こんな所に」

「あ……あんた、何故ここに死体が埋まってる事知ってたんだ? あんたがやったのか⁉︎」

「気持ちは分かるが落ち着きなさい。殺人犯がノコノコ証人連れて遺体を掘り返すなんて馬鹿な真似しやしないさ」

「そ、それはまあ……では何故?」

「そこはアレ、企業秘密。それよりも……遺体はこの1つじゃないね」

「は……?」

「周辺にまだ何体も埋まってる」

「何体って……何人が……?」

「正確には分からん。……が、小さな霊苑が出来るくらいは在るか」

「そっ……」

 唐突な展開に隊員達の脳はフリーズした。そして当初の目標物を確認した北野であったが……

(おかしい……残滓は有るのに霊が1人も居ない。殺害された者はその無念や未練から成仏出来ず此の世に留まる事が多い。ここに相当な人数埋められてるのは間違い無いのに、周囲には害者の霊魂どころか浮遊霊すら見当たらない。下手すれば忌地になりかねん状況なのに微かな残留思念しか感じない。喰われた……持ち去られたか……いや、まだ早いか)

「取り敢えず、皆さんは本来の調査に戻って下さい。この件については僕の方で正式に捜索依頼を出しておきます。さて君、例の場所に案内してくれるかな」

「あ……は、はい」


 怪獣出現地である山の中腹。崖縁は未だ不安定でいつ大きな崩落が起きてもおかしくなく、規制線が張られて真上から見下ろす事は出来ない。故に重要な調査地点であるにも拘らず調査隊は手をこまねいていた。

「放射線及び科学汚染は確認されておりませんが注意して下さい」

「これは凄いな」

「ですね。信じ難い光景です」

(まさか、こんな所に龍穴が在ったとはな)

 旧くから、地面の遥か下を流れる自然界の霊的エネルギーや大地の気の流れを地脈と称び、その最たるものを龍脈と称んだ。地脈を小川と例えるなら、龍脈はそれらが支流として流れ込む大河である。そして龍穴とは、その気が集約したマグマ溜まりの様な特異点である。

(この土地に龍脈が通っている事は知っていたが、まさか未発見の龍穴が在るとは。気はごっそり失くなってる。龍穴の膨大なエネルギーを使えばあんな巨大な式を創る事も可能だろう。例の怪獣の発生源が龍穴を用いたものなのは間違い無いが……自然発生とは考え難い。他に要因は……)

「ここには前に何か有ったりしたかな? 神社か……御堂、祠の様な物は?」

「いえ、竹林が在ったとは聞いてますが、他には何も無かったそうです」

(竹林……龍穴の真上に立った樹が深く張った根から気を吸い上げて巨木化し神木として崇められてるものは在るが……駄目だ、まだ足りない)


 北野刑事は山を降り、推測を走らせながら近辺を歩く事にした。居る筈の霊の不在、龍穴の怪獣発生……この2つに関連が有ると直感は有るのだが、両者を結び付けるモノに皆目見当が付かない。思考はただ反芻するばかりで暗礁に乗り上げていた。その時ふと一件の古い旅館の様な施設に目が止まる。白い壁には子供の落書きだろうか、キャップ帽を被った蛙の絵と表札代わりの色彩豊かな文字が描かれていた。

(カエル園……そうか、孤児院が在ると言っていたな。アレはここのシンボルか……よく描けている)

 北野はその絵を気に入ったのか、園に近付きまじまじと眺め始めた。すると、建物の中から微かに感じるあるものに気付いた。

(これは残滓……⁉︎ この施設に霊能者が居たのか。まさか騒動を引き起こした黒幕? いや断定は出来んが……何か関わってるか知っている事が有るかもしれん。避難所か)

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