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第三章 チタニア教帝領~教帝聖下救出編~

マリアカレー

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  香辛料の香りが充満している。並べられた皿から湯気が立ち登っていた。嗅覚と視覚からくるタブルパンチに、俺は既に溺れそうになっていた。
  白いスープが並々注がれ、赤、黄、緑の鮮やかなパプリカが浮かんでいる。ハート型や星型にくり抜かれたそれらは、スープの白をより一層際立たせていた。隣に盛られた光り輝く白米と相まって、教帝聖下のご生還を祝福しているようだった。
  
  マスターがチタニア民を元気づけようと考案したらしい。その狙い通り広場は、食事を受けった領民の歓声で沸き立っていた。

「生きていてよかった」

  皆口々にそう言い合い、舌鼓を打っている。中には涙ながらに食す者もいた程だ。
  
  マスターが考えたこの料理は、領民に愛された。いつしか、お袋の味として各家庭でアレンジされ、チタニア教帝領の国民食として定着していった。後々それは、各国に伝わりチタニアカレー、マリアカレーの愛称で親しまれるようになる。
  俺にとっても、特別な味になったソレを至る所で食べたのだが、この時のこの味に勝る物には、終ぞ出会えなかった。

  俺達は今、テントの中で食事をしている。教帝聖下ために用意されたテントだった。お話をなさりたいとのことで、ご相伴にあずかったのだ。
  救援部隊は、チタニアのために簡易テントを設営していた。予想を上回る生存者に、今も急ピッチで増設しているらしい。

「おいひーっ!   」

  ハクが、はふはふ言いながらそう叫ぶ。ハクは海を離れると、目に見えて明るく振舞った。自らを奮起するためか、はたまた、俺たちに心配を掛けまいとしているのか、いや、そのどらちらも含んでいたのかもしれない。
  見ているこちらが、居た堪れなくなる程だった。熊に襲われた夜の会話が、重荷になっていなければいいが。声をかけようとして、言葉が見つからず、結局見守ることしか出来ずにいた。

  スープを掬い口に運ぶ。鼻を抜ける香辛料の香りと口1杯に広がるまろやかさが、食欲を掻き立てた。久々の食事にビックリする胃袋を、優しく包み込む。体が内側からじんわりと温められた。

「生きていてよかった」
  自然と口をついてでた。

「料理1つで1000人もの人々に、感動を与えるマゼンタの料理人は素晴らしいな」

「肉屋のマスターですよ」

「なにっ!?   料理人ではないのかっ!   」

俺の返答に、教帝聖下が白眼を剥いた。

「ヤザワは人の心を読むのが上手いのです。それに素材の活かし方を知っています。野外調理なら、王専属の料理長と互角に渡り合うかもしれません」

ピロロが答える。

「なんとっ!?   てっきり、お城の料理人にお越し頂いてるのだと思っていた。あとで、お礼を言いに行くとしよう。
  それにしても、これと互角に渡り合えるという、料理長も気になるな」

「ぜひ、ルブルム城へお越しください。教帝聖下にお召し上がりいただければ、料理長も喜びましょう」

「アナターゼの働きぶりも確認せねばならぬし、近いうちに伺うとしよう」

「えっ!?   私の働振りですかっ!   」

急に話の矛先を向けられた、アナターゼ総主教が飛び上がる。その様子に皆が笑った。
  目の下にクマを作りながら教帝聖下をお迎えする彼の姿がを想像し、少しばかり同情した。

「これ、何のお野菜?   」

「パプリカだよ。甘くて美味しいから、食べてみるといい」

ハクの問いに、ラヴォア博士が答える。

「本当だ!   」

「ピグミア大陸には、鮮やかな植物が数多く存在している。ある国の国民には栄養になっても、他国民には毒になるものも多数あるんだ。その点このパプリカは安全で、各国の色を取り入れられるから、外交の場では重宝されるのだよ」

博士が説明する。それを聞きながら、この世界で他国を持て成すのは、実は大変なことなのだと思い知る。担当する料理人は命懸けなのかもしれない。

「俺の知ってる国では、花に言葉がつけられていて、パプリカの花には『君を忘れない』という意味が込められていました」

「君を忘れない、か、いい言葉だな」

教帝聖下がしみじみと言った。その横で、ハクはまじまじとパプリカを見つめている。意を決した用に口に含むと、長いこと噛み締めていた。

  空腹が満たされると、ハクは直ぐにうたた寝しだした。教帝聖下が抱き上げ、自分のベッドへ移す。

  「この子は、今回悲惨な目にあった。いや、この子だけではない。多くのチタニア民が危険に晒され、大切な者を失った。私には彼らを守る義務がある。その為には、真実を知らねばならぬ。皆にここに集まって貰ったのもそのためだ。各人、知っていることを教えてくれ」

ハクの頭をそっと撫でた後、座り直した教帝聖下が強い口調でいった。蝋燭の明かりに映し出されるその瞳には、強い意志が宿っていた。
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