上 下
56 / 124
第三章 チタニア教帝領~教帝聖下救出編~

種の芽吹き

しおりを挟む
  ここはどこだろう。

  働かない頭で一生懸命考える。まるで、ほろ酔い状態だ。意識はあるのだが、ぼーっとしている。気分が良く、細かいことなどどーでもよくなってしまう。

  まぁ、いっか。
  俺は思考を手放した。
 
  鳥の囀りが聞こえてくる。優しい日差しが降り注ぎ、ポカポカと体を温めた。
  
「いざ、芽吹きのとき」

  囀りに混じり、天から声が聞こえて来た。まるで、歌い声のように軽やかで優しい響きだった。脳内へと到達すると、輪唱しだす。それは波紋を描く様に、体の隅々にまで伝わっていった。

  ザワりとした感覚に襲われる。体の深部で何かが蠢き出した。今までの心地良さが嘘のように、激しい悪寒に襲われる。同時に言い様もないほどの気持ち悪さがやってきた。
  俺は為す術もなく小さく身を縮めた。身体中に広がる蠢きが止まるのを、ただ只管じっと待つ。

コクハクのこと、ソナタに託さん」

  天の声が響く。

  止まれ、止まれ、止まれ、止まれ……

  呪文のようにそう唱え続ける俺に、その声が届くことはなかった。


◇◆◇


(ぁぁあっ!)

 俺は叫び声をあげながら飛び起きた。夢だったのか。耐え難いムカつきから解放され安堵した。

  水の中にいるようだ。
  えーっと、何をしてたんだっけ。

「!?  」
  
  大きな紅団子がこちらへと向かってきた。二体の蛇が複雑に絡み合っている。その後ろで巨大ダコがバルーンへと向きを変えるのが見えた。

  考えるのよりも先に体が動いた。翼を出現させ、水中飛行を試みる。飛び出しは順調で、紅団子も難なく躱せた。が、上手く加速できない。

  ダメだっ!

  あと数十メートルでタコがバルーンへたどり着く。対して、俺とタコの距離は数百メートル以上もあった。

  もう一歩なのに。
  もう1歩で教帝聖下を救い出せるのに。
  
  翼を動かせば動かすほど、水の抵抗を強く受け上手く進まない。少し角度を調整すると、幾分ましになった。しかしながら、そんなほんの数秒で、水を捉えることはできなかった。

  ただ、タコの軌跡を眺めるだけの自分が、どうしようも無くもどかしかった。フサロみたいに、色素ピグメント粒子になって分散できればな。それでも、水中だと拡散速度が遅く瞬間移動はできないか。

  逃避気味の俺のヴィジョンが、スーーっとブルーからレッドへと変化した。瞬く間に視点が切り替わり、10メートル程先にタコが迫っている。理解よりも先に、口が動いた。

(球状牢獄フラーレン!   )

  キメ顔でそう叫ぶと、半球状結界をタコに向けて展開した。

  スポンッ!

  巨大ダコが流れるように反転し、結界へと収まる。

(結っ! )

  右手の人差し指と中指を立てて手を組み、口元に寄せてそう叫んだ後、結界を閉じた。

  こうして俺は、本能に刻み込まれた厨二パワーと色素ピグメントの融合により、巨大ダコの脅威を取り除いたのだ。

(やっと捕まえやがったか! 俺様が足止めしといてやったお陰だな)

(いやー、自分も頑張って活躍したっすよー)

紅団子兄弟が浮上してきた。
狙ったような登場に、若干イラッとする。

(お前達なんで、団子にされたあげく捨てられてんだよ)

(いやー、てめぇが戻ってきた時の出番とっといてやったんだ。感謝しやがれっ! なぁ! )

(そっ、そうっすよ! 天下のスネーク種がタコなんかに負けないっすよ! )

(よくいうぜ。スラリーが居なかったら、今頃全滅だぞ)

2匹にスラリーの武勇伝を聞かせてやった。

  スラリーは、間に合わないと絶望している俺を飲み込んで、瞬間移動プロトンジャンプしたのだ。

  ……さーせん、格好つけました。

実際は泳いだ?  というより、滑っただけのようだ。余りにも速くて俺が勝手に瞬間移動したように感じたのだ。

  お陰でバルーンとタコの間に分け入り、捕獲できたというわけだ。

(スラリー、でかしたぞ。貴様に名前をくれてや……)

(断固として断るっ!  )

(てめーにいってねぇ!  )

  スラリーが楽しそうに、ふるふると揺れた。

  そんな下らないやり取りを繰り広げていると、地味に結界が迫ってきた。このタコは捕らわれても尚、バルーンを目指しているらしい。どうも、色素ピグメントいじくられているようだ。

  あまり気は乗らないが、浄化することにした。
  水の中で呼吸が出来ていることを考えると、俺はチタニア種の取り込みに成功したようだ。色素女神ピグマリア様が、邪な煩悩にまみれた守護魔獣のお願いを聞いてくれたのだ。早速、その能力を試してみる。

結界に手をかざす。色素ピグメントを流し込もうとした瞬間、物凄い勢いで引き出される感覚に襲われた。

  よく見ると、カーボン種の色素ピグメントがタコへと流れ込んでいた。なんと、女神様は俺にカーボン種まで植えてつけていたのだ。通りで、死ぬほど辛かったわけだ。血中色素ピグメント濃度の急上昇により急性色素ピグ中になったのだ、たぶん……。

  これ幸いと、巨大ダコを俺色に染め上げ、呪縛から解放してやった。もし、チタニア種で浄化していたら、命まで奪うことになっただろうから結果往来だ。




(おっ!?   思念が届きそうだぞ!   ピロル、聞こえるか!   )

(はい、聞こえます!   )

(無事、水面に到達したぞ!  )

  俺達の背後で、バルーンが水面に顔を出していた。

(やりましたねっ!  )

(で、これからどうするのだ)

(へっ!?   )

(てめぇ、さては、考えていなかったなぁ!   )

(いやっ、あのっ、えーと、その、あはははははははははっ! )

(てめぇ、笑ってごまかすんじゃねーー!   )

  しまった。上に行くことばかりに気を取られ、その後のことを考えていなかった。博士はバルーンにしか興味がなかったしなぁ。
  まぁ、ここまで来れば何とかなるだろう。ここまでも、何とかなったわけだし。
  雲ひとつない空を見あげながら、俺は確信した。
しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

異世界薬剤師 ~緑の髪の子~

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:92pt お気に入り:177

【本編完結】捨てられ聖女は契約結婚を満喫中。後悔してる?だから何?

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:1,249pt お気に入り:8,000

間違い転生!!〜神様の加護をたくさん貰っても それでものんびり自由に生きたい〜

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:5,048pt お気に入り:3,825

異世界転生したけどチートもないし、マイペースに生きていこうと思います。

児童書・童話 / 連載中 24h.ポイント:9,861pt お気に入り:1,088

夫のかつての婚約者が現れて、離縁を求めて来ました──。

恋愛 / 完結 24h.ポイント:326pt お気に入り:444

処理中です...