魔王討伐のその後

火ノ鷹

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国王の一計

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時はカリス達がデウス国王と謁見した後に巻き戻る。
王城のとある部屋、アラト宰相はそこにいた。全身を黒い装束で固めた得体のしれない男と共に。

「では頼んだ。やつさえ殺せればもう魔物に恐れる必要はなくなる」
「魔王は討伐されたのでは?」
「力を引き継いでいるかもしれん。ならば民のため、殺さねばなるまい」
「俺は民ではないと」
「そうだ、例えお前が民のために前王を殺した罪があったとしてもだ。貴様が民と認められるときはやつを殺した時だ。当然であろう?」
「……」
「私は罪を犯した者を民と認めぬ。だが罪を犯しても、国のため民のために生きられる者を捨てはせん」

黒装束の男―ゲルトロクはその言葉を聞くと魔法を使い姿を消した。だがその存在感までは消していなかった。次の台詞が飛ぶまでは。

「……嘘つきは早く死ぬぞ」

何もない空間からアラト宰相へ飛んだ声と共にその存在感は消えた。

「早く死のうが民と国を守れればそれでいいとも」

アラト宰相の言葉は空に消える。彼の固い信念は変わらない。民の上に立つものとして当然の判断だった。

街道を歩くゲルトロク。全身黒装束だというのに彼に気づく人は一人としていない。それも当然のことだ。
ゲルトロクは生粋の暗殺者だ。暗殺者とは、光も音も感づかれず目標と定めた者を殺す者だ。そのスキルはとにかく「気づかれないこと」に特化している。
その対象は人の目や意識だけではない。魔物の第六感だろうが、生命探知の魔法だろうが気づかれないのだ。故に目標と定めた者は魔物であろうと殺し損ねたことはない。
だがそのゲルトロクをもってしても魔王を目標とすることはできなかった。あふれ出る瘴気だけで死にかねなかったからだ。息をしているだけで周囲に瘴気を吐き出す魔王が相手では、ファナントどころかディアナよりも身体が強くないゲルトロクには致命的なまでに相性が悪かった。

だが今回の目標は勇者パーティの僧侶シューク。仮に魔王を継いだ存在だとしても前魔王よりも弱いのは確かだ。何より魔王が操っていた瘴気なら人体には害があるはずであり、シュークには扱えないとゲルトロクは判断していた。

「徒歩……いや、一番近くの町までは魔法で飛ばしてもらうか。二日あれば着く」

カリス達が使う魔王城の近くまでの移動魔法は民間には扱えないが、一番近い町までの移動魔法は扱っている。そこからは徒歩になる。
だが気づかれないということは道なき道だろうが直進して着けるということだ。勇者たちが来るとしても全快してからなら三日はかかるはずと予想し、その前に殺せるとゲルトロクは判断した。


―だからこれは偶然か奇跡の類だ。

「なぁアイディ、お前の特技とか教えてくれよ」

魔王城まであと一歩というところで移動魔法で飛んできたカリス達とばったり遭遇した。途轍もなく混乱したが、数秒の後気づかれていないことで心の安らぎを取り戻した。
カリス達は魔王城の近くまで移動魔法で飛んできたようだ。そこからは徒歩と、ゲルトロクと手段自体は同じだった。誤算は快復が余りにも早すぎたことだ。
謁見の後すぐ行動したとしか思えない程の行動速度だ。隠れて見ていた謁見の時ですら治ったばかりという傷跡が見えていたというのに今はたいして見られない。これが勇者かと恐怖に身体が震える。

「世界地図全部覚えてるとかですかねー」

そしてシュークの代わりにパーティにいるのがこのアイディという娘だ。ただのシスターとしか見えないが、何か特殊な技能を持っているのだろうか?
と思ったら単純に教皇に送られただけらしい。シュークの妹分みたいなものなのだろう。安心させたいのなら人選として間違っていない。

「本当ならすげーな。ディアナの地図いらずじゃん」
「分かりづらいならあんたたちが書けば?」
「それで一回書き直しになったじゃん」
「そんなこともあったな」

こんなたわいもない話だというのに勇者たちの察知能力が馬鹿げてるレベルだというのがよく分かる。何せ一度も襲われていないのだ。雑談ができるというのは安全な場所にいる時でないと基本的に推奨されない。
だというのに彼らは雑談していない時間の方が少ないくらいだ。そして襲われていない事実は敵を察知できているという事実の裏返しに他ならない。

(こんなのの一人を殺せ、ね。中々難易度が高そうだ)

そんなことを予想していたらまたしても裏切られた。

「シュー!」
「……間に合って……くれましたか」

なんだこの押せば死ぬような存在は。真っ先に出た印象はそれだった。
身体は傷だらけで重傷、魔力は瘴気に侵されてる。生命力も瘴気に侵され気味。何もしなくても死ぬんじゃないかとすら思える状態だった。
とはいえ瘴気を操れるというのは間違ってないらしい。シュークが瘴気を出しても前魔王程の威力はないのはすぐ分かったが。

こんなやつならいつでも殺れる。だがカリス達が邪魔だ。彼らが近くにいると殺した瞬間に気づかれる可能性がある。そうなれば死は免れない。
さらにアイディの存在も邪魔かもしれないと判断した。首を斬り落としてもくっつけて治癒される可能性があるからだ。であればシュークが一人になった瞬間を狙うしかない。

(存外面倒なことになりそうだ)

カリス達が周囲の殲滅に魔王城の外へと出ていき、シュークとアイディだけになる。突然の好機に思わず力が入ってしまうが、まだ早いと心を静める。
短剣を片手に二人の会話に耳を傾ける。

「アイディ、あなただからこそできることがあります」
「私だからこそ?」

アイディの困惑はゲルトロクにすら届く程だ。シュークという最上位の僧侶ですらできないことがアイディにはできる。当人が困惑するのも仕方のないことだ。

「私にもしものことがあれば瘴気に干渉ができるのはあなたです」
「……は?」

シュークが纏っている瘴気がアイディに襲い掛かる。悪意や攻撃性は無いのは分かるものの、ゲルトロクにはそこまでしか分からない。

「っ!!…………これは?魔力が増えていく!?」
「言ったでしょう。魔力を増やせると」
(嘘じゃなかったのか)

いくら魔王の瘴気を扱えると言っても話だけなら眉唾物だ。ゲルトロクの心に波が立つ。殺さずにおけば利用先などいくらでも思い浮かぶ。
だが、と思い止まる。利用されたその先にあるのは間違いなく政争等といった争いであり、無辜の民が犠牲になることなどそこまで賢くないゲルトロクにすら分かる。
暗殺者なのだと自分に言い聞かせ、ゲルトロクは瞳にシュークを映す。初志貫徹、それこそが暗殺者が優秀さの証明だ。

「これは曲がりなりにも瘴気を経由した干渉です。なら逆にあなたから瘴気を経由することもできる」
「そんなの無理です!」
「いいえできます。それだけの素質があなたにはあります。随分と昔ですが、指に傷を負った子供を治癒しようとしたら間違えてあなたに傷が移ったことがあったでしょう?それと同じことです」
「そんな初歩の初歩と同じな訳ないです!あの魔王が扱っていたものですよ!?」
「私は信じてます」

シュークの視線がアイディの目へと向けられる。真摯に向き合う……どころではない。絶対的な信頼としか見えない関係がそこにはあった。

「……ずるい。そう言われたらやるしかないじゃないですか」
「流石アイディです」

アイディのやる気が上がっているのがよく分かる。自身の能力を信頼されるというのは一種の麻薬だ。信頼されればされるほどより示したくなる。暗殺者でも依頼が増えるという意味で似たような経験をしていた。

「というかもしもなんて考えないでください。絶対助かるんですから」
「……あのシアハのことです。もしもの時が来たらあなたの長所を扱いきりなさい。それこそがシアハがあなたを送り込んだ理由です」
「私の長所?」
「あなたの価値は浄化能力だけではありませんよ。私が言えるのはそれだけです」

ふぅと一息ついたシュークは城外の空を見上げる。王都の方でも向いているのか、それとも祈りを捧げることでも考えているのかゲルトロクには分からない。

「アイディ、城壁から外の様子を見てもらえますか?カリス達がどのあたりまで行ったのか知っておきたいので」
「え、あ、はい!」

シュークの言葉にアイディがトテトテと城壁の方へと向かっていく。まるでシュークが引き離したかのような―否、引き離したのだ。アイディが巻き込まれないように。振り返ったシュークの瞳はゲルトロクの姿を映していた。

「……いるのでしょう?」
「気づいていたか。瘴気の影響か?」
「流石に直接魔王の源を扱うと近づくみたいですね。瘴気が避けているところが透けて見えましたよ」

魔王の力を得たともなればそんな真似ができるのかと心の中で驚愕する。魔力感知に気づかれないというのに、瘴気を周囲に垂れ流すと気づかれる。誰しもが知らない事実にゲルトロクは目が見開いていた。
だが一瞬とかからずに驚愕を押し殺す。暗殺者に感情は不要なのだから。

「なら用件は分かっているな?」
「ええ。この首、持っていきなさい。持っていけるものなら」
「……」

殺されるつもりはない。そう言いたいのかもしれないが、シュークは両手を広げて戦う意思はないと示していた。
行動は理解できた。ゲルトロク自身に殺す気を失せさせるつもりなのだ。殺す気がなければ行動には移さない。そしてシュークがそんな真似をする理由は簡単なことだ。

「先ほどの会話も聞いていたのなら、私を殺すということがどんな結末を呼ぶのか分かるはずです」
「……ブラフだろう。俺がいたのは知っていたのならそう言えば殺せなくなる」

カリス達との会話を聞いていたら、シュークを殺すという選択肢は無くなるはず。その事実が対人の危険からはシュークの安全を確保できる。
それが、決意を固めていない賢しい相手だったらの話だが。

「ならば殺して結末を呼びなさい。終末という結末を」

そんな事実があったとしても、ゲルトロクの行動は変わらない。どんな形であれシュークが生きているだけで民に危険が及ぶのなら殺すのは当然のことだった。
短剣を振るい、シュークの首が断ち切られる。身体は力を失い倒れ、首はゲルトロクの足元に落ちる。暗殺はこれで終わりだった。

「他愛もない」

次の瞬間、天地が鳴動し始めた。
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