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第十四章 王が住まう場所
想いをー④
しおりを挟むレティエルの世界は優しい優しい世界だった。高位貴族の令嬢としての義務と責務はあるものの、何不自由なく与えられる恵まれた環境の中、蝶よ花よと大事に大事に大切に育てられた箱入り娘である。そう、愛され甘やかされ、決して要らない子などと不当な扱いをされたことがない(クリスフォードを除いて)まさに優しい世界の住人。
それが、それが・・・何たるこの体たらく。
まさか存在自体書類一つで消されるとは(戸籍上だけど)恐らく敵(?)は我が家が取った手段レティエルの偽装死を真似たのだろう。くぅぅ、猿真似野郎。第一夫人の悪役令嬢爆誕計画よりもこっちの方がスマート。夫人の計画に便乗したのか、その逆か。
・・・最近、自分の世界が優しくないよ。およよ。
「二番煎じとはよく言ったものね。まったく芸がありませんわ。皇帝陛下は破落戸みたいに人のものを奪うのね」
「ぷっ、ははは」
堪らず噴き出した義兄。悲壮感がなくて良かったと胸の内でホッとした。だって、一番の被害は義兄だよ? レティエルは前世のパクリアイデアで一儲けさせてもらった身だからね? 文句どころかお礼言っちゃうよ? だって本当に何もしてない。『あんなのいいな~』『こんなのいいな~』『あれ欲しい。これ欲しい。作って』と丸投げ。まあ、クリエイティブ職ってやつ?
商会を一躍人気商会にしたのは、美味しくてデコに凝った貴族のご婦人方を虜にしたスイーツ。そう、砂糖とバターや油のコンボは、抗えない魅惑の味だよね。それで脳を刺激し依存性を煽っちゃったのだ。
だって高額でも買うんだよ? 凄いよねー。
最初はザックバイヤーグラヤス家の料理人に作らせていたのを長期休みで帰国した義兄が作るようになって、出来栄えに納得しない義兄は素材から吟味を始めた(帝国で)そこに母さんも加わり、ようやく完成したスイーツが社交界で受けた。多分、母さんの販促のお陰だろう。
義兄曰く材料は帝国産の方が味に旨味と深みが出るらしい。段違いだって。今では、母さん監修の契約農家が主戦力商品の材料を賄っている。さっき食べた飴玉の材料もそこでだって。
何か、魔素がどうたらこうたら。うん、わかんない。
そこから美容品、健康食品へと発展。まあ、商品開発の主導は母さんね。火系統の魔力を持つ母さんだが意外と植物の生育に才を発揮したらしい。あれかな? 栽培に適した温度とか? 知らんけど。俺は齧った知識で美容液とか保湿液とか何となく列挙したら喰いつかれたわけで、大して役にも立っていない。
魔法術の勉強を進める義兄が魔道具を試作。俺も欲しい魔道具を作ってもらった。ドライヤーとか冷蔵・冷凍庫とか。後は文房具の類。馬車に関しては揺れるのを何とかしてっていったら、魔法術で何とかしてくれた。最後に作ってもらったの、確か写術だったっけ。勿論、皇帝に献上したよ。義兄は『プロトタイプだけれどね』と苦笑してたっけ。
思い返すとよくわかる。いやホント、皆様のお陰です。商会の商品ははっきりいって周囲の汗と努力の結晶。といいながら、ちゃっかり発案に対するお駄賃は貰ったけど。
だけど、義兄は違う。学生時代から日々お勉強&研究で培った知識と技術をだよ?
この世界、まだ産業財産権ってないからね。あ、勿論、知的財産権も。
だけど、帝国は皇帝が恩賞として与える特別許可状(特許に近い。但し恣意的)があるからまだマシ。
この許可状があれば独占権が行使されるからパクられることはない。仮にパクっちゃうと罰金&刑罰が待っている。だからねー、許可状って垂涎物なんだよねー。
勿論、義兄は、というか商会はこの許可状を賜った。自慢じゃないが自慢できる功績なのだ。
「お義兄様はよろしいのですか? 開発した魔道具の製図や術式を取られたのでしょ? 調合方法だって・・・ん? え・・・と、お義兄様の調合は、へんた・・・んんんんーん、特殊ですよね? 真似できるものですの?」
血を使う変態チックな調合とか言ってなかったっけ? 義兄が言うと退廃的な雰囲気が漂うわ。
「ふふ、無理だね」
ですよねー。
それはそれはもう大変ご満悦なお顔の義兄でした。はい。
商会の魔道具は、筐体と魔法陣は製作者が違う。分業なわけ。詳しい事は知らないけど義兄は魔道具の製図を手掛け、後は雇われた技師や職人が手分けして作業を行う。量産化でこうなった。
まあ、帰国前に制作環境を整えたのだろうが、そういえば義兄は一年以上も前からオリジナルの制作を止めている(商会では)ふふ、今ではすっかりレティエル専用技師だからね。
「ふふ、問題ないよ。商会の魔道具は私以外の技師が製作した量産型だからね。多少の経験と知識があれば誰でも作れるかな。オリジナルは使用者制限と製作者制限が掛けられているからね。製作者以外弄ることはできないよ?」
「あ、そういえば雇用者増やしてましたね。それに帰国に伴い後任を雇い入れたとか。その人でも?」
「ああ、彼ね。アレは対貴族用。技師に貴族の対応をさせるのは酷でしょ? そのための人材だからね。一応、魔道具技師の免許を保持してはいるが、ふふ、無理だよ」
うわお。義兄はなから商会潰す気だったの?
「ふふ、私は何もしていないよ? これは彼らの初歩的なミスだからね? 逆らってもいい相手かどうか、それぐらいの見極めはして欲しかったかな。私が製作者制限を解除すれば魔道具は使えなくなるのにね」
「え?」
「やっと面倒な帝国と縁が切れたのだから喜ばしい限りだよ。これで私を縛る制限が解消されたからね、ふふ、レティの望む魔道具を遠慮なく作れるかな。楽しみだね。今までは軍事用に転用の恐れがあったでしょ? 作りたくても作れないジレンマに陥ってたから。くく、お馬鹿はそれを私の才能の枯渇だと早合点していたね。やっかみもあっただろうが浅慮すぎる」
「え・・・ということはお義兄様、わざとですの?」
何が?とわかっていないフリの義兄。悪意に満ちた笑顔を惜し気もなく振りまく様を見れば、もう何も言えない。恐ろしくて。
・・・狙ってたのかーーー。
こうして自制の足枷から解き放たれた義兄は、マッドなサイエンティスト街道を驀進するのだろう。こっわ。
「でも、王国は魔物も魔素が豊富な植物もありませんわ。素材が手に入らなくなるのよね? はぁ、帝国もダメ、王国もダメ、どこか別の国に行かないと、ああ、それもまたいろいろ面倒なことになりそう。はー、もうこうなればいっそのこと自分達の国でも作っちゃう? ふふ、なんてね」
お疲れ気味な俺のメンタルは、新たな優しい世界が欲しいと思っちゃった。何となくね。
「ふふ、だったら新しい国を作る? レティの望む国をね」
「へ?!」
おおお、悪魔のささやき!
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