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第十二章 分水嶺
余談・ある日の
しおりを挟む皇子率いる使節団が王国に入国する数日前。
王族の中でもごく限られた人間しか知らされていない某所にて。
地下牢に閉じ込められた人物のもとへ一人の訪問者が。
朦朧とした意識のまま身を横たえる人物へ蔑みの視線で。
「どうです? 神の遣わした守護者様の従順なしもべへと回心しましたか?」
この場に訪れた長身の見た目二十代後半と思わせる美しき男が、問う。
「いえ、まだ抵抗しております。しかし、ここまで抗うとは予想以上です。長年精神干渉を受けておきながらいまだ抗うとはなかなかのお方です。ですが時間をかければ「それでは困りますね。時間が無いのをわかっているのですか? どんな手を使ってもよいのでさっさと仕上げなさい」は、は、いぃ!!」
命じられた男は身を震わせながら諾と答えた。否とは言わせない迫力があったのだ。心の中で手段を問わずとなればできなくはないが精神が壊れてしまう可能性に思いを巡らせ、ゴクリと飲み込んだ。
上に命令された自分は拒否などできないと保身の心に言い訳をする。
「時間が惜しい」
立ち去る男が心底時間が無いのを悔いる声が身を震わせる男の耳に微かに届く。
(ああ、何としてもやり遂げなければ)
握り込んだ手にグッと決意の力が籠る。できなければ自分の首が飛ぶ―――男は自分の首に手を置いて恐怖で正常な判断ができないでいた。やらなければ。その一言が脳裏を占めた。
室内には手で首を確かめる男と、守護者のしもべに成れと強要された男‥‥無言のジオルドが残された。
ーーーーーーーーー
「母上、ご機嫌麗しゅうございます」
「あら、来たのね。ふふ、久し振りですこと。肩ぐるしい挨拶はいらないわ。さぁ、其方の顔を母に見せておくれ」
母に手招かれ喜びが隠せない。歩を進め手を取りその指先に軽く口を付ける。臣下としての挨拶でもあり紳士としての振る舞いでもある。母親に対する礼儀ではないが、母が喜ぶので振る舞うだけだ。
「ふふ、立ち振る舞いも立派ですこと、母は嬉しいわ。どう、婚約者とは上手くいきそうかしら。其方は長らく不当な環境におかれていたのです、本来なら傅かれる身の者であるというに‥‥。口惜しや。これというのもザックバイヤーグラヤスの奸計に乗せられた者の愚行。…‥ですがようやく、ふふふ、さぁ、姿を良く見せておくれ、可愛いわたくしの息子よ」
「若く勇ましきお姿、守護者様のご子息として立派な立ち振る舞い。お目にかかれ光栄でございます。此度のお披露目、恙なく執り行えますよう我等一同誠心誠意努めさせて頂きます」
「ああ、これは総神殿長ではございませんか。いらしたのですね。これは母上と話をされていらっしゃったとは存ぜず邪魔を致しました。申し訳ない」
「いえいえ、わたくしめの報告は終わり、今しがた辞するご挨拶を致したところでございます」
「おお、そうでしたか。では丁度良い時に私は来たのですね。貴方には是非もう一度お目に罹ってお礼を述べたいと望んでいたのです。貴方には感謝してもしきれない。私をいち早く見つけてくれたおかげで今の私がある。この礼はいつか必ず返すとしよう。我が祖父も同じ思いだ」
「ふふ、これはこれは身に余る光栄。我等としましても常に正しくあれと律する身。このようにお助けできましたのを誉と致しましょう」
「まぁまぁ、肩ぐるしいのはお止めなさい。ようやく母子の対面が叶ったのですよ」
「母上」
「これはこれは無粋な真似を。失礼いたしました。お目通りも叶いました故、この場を辞しましょう。御前を失礼致します」
総神殿長が退出の礼をとり、自らを母と言う女性が艶やかな微笑で手招きをする。
「さぁ、エリック、母のもとへ」
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