上 下
67 / 71

ラグザス

しおりを挟む

事件から数日後。

ラグザスは仲間の伝手を使って一人調査に赴く予定だったが、アイナの尋常じゃない魔力量を知って計画を変更しなければならなくなった。

(魔力があり過ぎるってのも、問題だな。制御が出来ないと魔力暴走を起こしかねない)

幼い子はどうしても精神が未熟で感情に左右され易い。昂ると早々抑え込むことができない。魔力は情動で簡単に溢れてしまう。と言えど該当するのは魔力量の多い子になる。

幸か不幸か。アイナは見た目に反して大人びた子だ。癇癪も起こさなければ我が儘も言わない。どちらかといえば大人の考えを読む聡さがある。ただ、ちょっと常識が足りない不思議な子だがと、ラグザスは目下の問題児、アイナを思い浮かべて溜息を吐く。

「はぁ~。あのガキ、どっかちぐはぐでおかしいんだよなぁ」

そうは言っても弟子にした以上、面倒は見なくてはいけない。勿論、最低限の。今必要なのは、魔力操作かと思考をグルグル巡らせアイナの様子を思い出していた。

(ああ、駄目だ。ちょっと説明したが理解しようとしていない。端から魔法を信じちゃいねえ。おかしいだろ?!)

この世界、魔法は人々の生活に根付いたものだ。平民でも少量だが魔力はある。魔石や魔道具を使えば火を起こしたり水を出したり、明かりを灯すこともできる。ただ、量が少ないと使える頻度が少ないので不便ではあるが。それを思うとアイナの全く信じていない言動が不思議で仕方がないとラグザスは頭を捻る。そんな幼女にどう魔力の扱いを教えればいいのかと頭をガシガシ掻いて気を逸らす。

(ちっ、めんどくせー)

考えるのが飽きたラグザスは、思考が適当になり始めた。

(あー何かなかったかな、おっ! あれがあった! 上手く出来りゃあ、いい小遣い稼ぎにもなるな!)

素晴らしい閃き。もしや自分は天才では? と自画自賛だ。内職を訓練に充てれば駄賃が入る。これはもう一石二鳥だとぬか喜びのラグザスである。

(屑魔石ってあったっけ?)

恐らくアイナがコレを知れば訓練じゃないんですか? と文句を言いそうだが師匠権限で黙らせればいいかと、最低な考えに染まっていた。師匠である自分に貢ぐのは弟子の役目と信じて疑わない。かなりゲスイ師匠である。メンドウクサイ手解きも酒になると思えば、憂鬱だった気持ちがカラっと晴れる。現金な男である。



妙案だ妙案だと内心で浮かれている間に呼び出された執務室に辿り着いた。ノックをして入室の許可を貰う。室内には恐らく文官と思われる男が一人。「お待ちしておりました」と迎え入れられた。

書類と奮闘していた領主が書き物の手を止め顔を上げた。碌に眠れていないのだろう、疲れた顔だ。目が合うと何とも情けない表情で「仕事が多い」と呟いた。

(まぁ確かになぁ)

普段の領地の執務に魔導士が興した事件。三年前の災厄の復興支援もある。
事の起こりは第二夫人と魔導士崩れがしでかした凶行。この領地にある結界に細工を施し魔物の侵入を許したことだ。
その動機が横恋慕となれば巻き込まれた者達は堪ったもんじゃないだろう。今回の事件で第二夫人は醜悪な老婆へと変貌した上に瀕死の状態だ。一命は取り留めたらしいがまだ予断を許さないという。
死ねばいいとは思わないが同情する気にもなれない。だが天に裁かれるだろうとは思っている。
まだ事件の全貌は不明。迂闊なことは言えないが、一人の女の執着が引き起こした過去は消えない。友の心に深い爪痕を刻みつけた。

(あの女も本望だろうよ。憎しみであれ後悔であれ、あいつの心にてめえを植え付けたんだからな)

友が自分自身もあの女のことも許すとは思えない。悪夢に苛まれるのだろうとソファに座るよう招く友を見ながらラグザスは心で悲しんだ。



「ラグザスよ、私は王都に向かうがお前はどうする? 以前、王宮図書館の利用を望んでいたが、私の口利きであれば入室の許可が下りるだろう」

一瞬、何を呑気に? と呆れたが、事情聴取かと思い直す。凄惨な事件は容疑者の不審死という何とも歯痒くスッキリしない終わりを見せた。それに第二夫人の罪と実家の悪事の件もある。

(これからが正念場か…‥)

三年前の厄災の傷跡が深く領地は疲労したまま。そして今回の事件。第二夫人の実家の援助で凌ぎを削っている現状、今以上に領地が困窮しそうだ。

「どうした? 気が進まないのか?」

つい、逸れてしまう思考を戻し、王都への同行を逡巡する。

事件を思えば調べ足りない不満が残るが一旦ここを離れるのもありかも知れないと、考えに余裕を持たせた。頭の角に、だがしっかり存在を示す幼女の生意気な姿を思い浮かべ(ああ、クソガキ、どうしよう)と扱いに困惑した。

(置いて行ってもいいが‥‥いや、一度呪いを受けた身だ。不運を招き易くなっている可能性を‥‥)

今回の王都は諦めるべきかと少々残念な気持ちに支配されかかっていた。
崩壊した呪術具と魔法陣は気になる。なるのだが呪具にされかかった幼女をこの地に放置するのは流石に不味いだろうと、怠惰なラグザスでもそれぐらいの分別はつく。

(さて、どうしたもんか)

「ああ、あの幼子のことが気になるのか。心配なら連れて行けば良いではないか? お主の子と名乗らせればこれ以上の身元の確かさはないぞ?」

クックックと噛み殺して笑うのは友のクルクカーン領主

「ほざくな。俺の弟子でいだろうよ。あーそうだな連れて行くか」
「ではしっかりと娘の世話をするように。よいなラグザス…‥ブフゥ」

自分が言い出したのに吹きだしたクルクカーンを恨みがましく睨むラグザス。

そんな彼だが実利に関しては切り替えの早い男だ。既に意識は王都の馴染みの女に向いている。幼女には仕事‥‥訓練をさせておけば手が掛からないだろう。世話は女友達に任せればいいかと早速育児放棄だ。

面倒見は悪くはないが、無責任な男である。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~

おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。 どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。 そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。 その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。 その結果、様々な女性に迫られることになる。 元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。 「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」 今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。

疲れきった退職前女教師がある日突然、異世界のどうしようもない貴族令嬢に転生。こっちの世界でも子供たちの幸せは第一優先です!

ミミリン
恋愛
小学校教師として長年勤めた独身の皐月(さつき)。 退職間近で突然異世界に転生してしまった。転生先では醜いどうしようもない貴族令嬢リリア・アルバになっていた! 私を陥れようとする兄から逃れ、 不器用な大人たちに助けられ、少しずつ現世とのギャップを埋め合わせる。 逃れた先で出会った訳ありの美青年は何かとからかってくるけど、気がついたら成長して私を支えてくれる大切な男性になっていた。こ、これは恋? 異世界で繰り広げられるそれぞれの奮闘ストーリー。 この世界で新たに自分の人生を切り開けるか!?

旦那様が多すぎて困っています!? 〜逆ハー異世界ラブコメ〜

ことりとりとん
恋愛
男女比8:1の逆ハーレム異世界に転移してしまった女子大生・大森泉 転移早々旦那さんが6人もできて、しかも魔力無限チートがあると教えられて!? のんびりまったり暮らしたいのにいつの間にか国を救うハメになりました…… イケメン山盛りの逆ハーです 前半はラブラブまったりの予定。後半で主人公が頑張ります 小説家になろう、カクヨムに転載しています

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

王女の中身は元自衛官だったので、継母に追放されたけど思い通りになりません

きぬがやあきら
恋愛
「妻はお妃様一人とお約束されたそうですが、今でもまだ同じことが言えますか?」 「正直なところ、不安を感じている」 久方ぶりに招かれた故郷、セレンティア城の月光満ちる庭園で、アシュレイは信じ難い光景を目撃するーー 激闘の末、王座に就いたアルダシールと結ばれた、元セレンティア王国の王女アシュレイ。 アラウァリア国では、新政権を勝ち取ったアシュレイを国母と崇めてくれる国民も多い。だが、結婚から2年、未だ後継ぎに恵まれないアルダシールに側室を推す声も上がり始める。そんな頃、弟シュナイゼルから結婚式の招待が舞い込んだ。 第2幕、連載開始しました! お気に入り登録してくださった皆様、ありがとうございます! 心より御礼申し上げます。 以下、1章のあらすじです。 アシュレイは前世の記憶を持つ、セレンティア王国の皇女だった。後ろ盾もなく、継母である王妃に体よく追い出されてしまう。 表向きは外交の駒として、アラウァリア王国へ嫁ぐ形だが、国王は御年50歳で既に18人もの妃を持っている。 常に不遇の扱いを受けて、我慢の限界だったアシュレイは、大胆な計画を企てた。 それは輿入れの道中を、自ら雇った盗賊に襲撃させるもの。 サバイバルの知識もあるし、宝飾品を処分して生き抜けば、残りの人生を自由に謳歌できると踏んでいた。 しかし、輿入れ当日アシュレイを攫い出したのは、アラウァリアの第一王子・アルダシール。 盗賊団と共謀し、晴れて自由の身を望んでいたのに、アルダシールはアシュレイを手放してはくれず……。 アシュレイは自由と幸福を手に入れられるのか?

神々の仲間入りしました。

ラキレスト
ファンタジー
 日本の一般家庭に生まれ平凡に暮らしていた神田えいみ。これからも普通に平凡に暮らしていくと思っていたが、突然巻き込まれたトラブルによって世界は一変する。そこから始まる物語。 「私の娘として生まれ変わりませんか?」 「………、はいぃ!?」 女神の娘になり、兄弟姉妹達、周りの神達に溺愛されながら一人前の神になるべく学び、成長していく。 (ご都合主義展開が多々あります……それでも良ければ読んで下さい) カクヨム様、小説家になろう様にも投稿しています。

ナイナイづくしで始まった、傷物令嬢の異世界生活

天三津空らげ
ファンタジー
日本の田舎で平凡な会社員だった松田理奈は、不慮の事故で亡くなり10歳のマグダリーナに異世界転生した。転生先の子爵家は、どん底の貧乏。父は転生前の自分と同じ歳なのに仕事しない。二十五歳の青年におまるのお世話をされる最悪の日々。転生チートもないマグダリーナが、美しい魔法使いの少女に出会った時、失われた女神と幻の種族にふりまわされつつQOLが爆上がりすることになる――

いじめられっこが異世界召喚? だけど彼は最強だった?! (イトメに文句は言わせない)

小笠原慎二
ファンタジー
いじめられっこのイトメが学校帰りに攫われた。 「勇者にするには地味顔すぎる」と女神に言われ、異世界に落とされてしまう。 甘いものがないと世界を滅ぼしてしまう彼は、世界のためにも自分の為にも冒険者となって日々のお金を稼ぐことにした。 イトメの代わりに勇者として召喚されたのは、イトメをいじめていたグループのリーダー、イケメンのユーマだった。 勇者として華やかな道を歩くユーマと、男のストーカーに追い回されるイトメ。 異世界で再び出会ってしまった両者。ユーマはイトメをサンドバッグ代わりとして再び弄ぼうと狙ってくる。

処理中です...