上 下
62 / 71

叶わなかったジェーンの望み

しおりを挟む

 私達の目の前に赤い靄がゆらゆらと揺らめいている。
 一体、いつの間に。

 周囲の変化さえ見落とすほどレギオン先生(仮)の狂態に翻弄されていた。


 …‥あっ
 …‥? くーちゃんどうしたの?
 …‥何でもないわ。見たことがあるかと思っただけ、気のせいだったわ。


 気のせいとはぐらかす彼女の曖昧な微笑に若干の違和感を覚える。その言葉を素直に受け取れないのは、どうしてなのか。自分の勘がサラリと囁く。彼女は何か隠していると。






 ‥‥し…てぇ

 

 不意に響く絶望の声。
 今までとは違う誰かの気配に私達は怯む。

 
 ‥‥えっ? まだ誰かいるの?
 ‥‥そうみたいね。

 (ええー、今度は誰よー! ヤバい人は、もうレギオン先生(仮)でお腹いっぱい! もう勘弁して!!)

 アレと似た者が増殖するのかと失礼ながら辟易してしまった私は悪くない。悪意はない。うっとおしいだけなのだ。可能なら無視したいのに。無駄な願いは気を滅入らせる。

 苺のような赤色が薄暗い空間に嫌に冴える。
 広がり行く様はまるで染みが滲み渡るようだ。そう、徐々に大きく形を作り始めているのだ。この場に現れるために‥‥。

 
 (え? なにあれ‥‥)

 映えすぎる赤に目が離せない。



 ‥‥あれって、人みたいね。
 ‥‥だよね?
 

 この時ばかりは一人じゃなくて心底良かったと心の中で安堵した。視覚の暴力と異常性は結構ショッキングなのだ。赤い靄が赤い衣を着た女性?に変化したのだから。


 ‥‥誰かしら。
 ‥‥顔がよくわからないね? フローレンスちゃん関係者かな?

 (うーん、いたっけあんな人? あれ? 見たことあるかも)

 僅かな既視感にちょっとだけ動揺する。



 ‥‥どう…してぇ 聞いた…とちがう‥‥

 

 後悔と違って嘆きの声色が胸に迫る。

 …‥また、騙された人っぽいね。
 ‥‥みたいね。

 (もしかして同じパターンかも?)

 ‥‥あ‥‥あぁ‥‥

 
 暫く様子を見ていると女性の意識が明確になり、簡単な会話を交わす程度には意志の疎通が可能になったことを地味に喜んだ。

 同じ立場なのか術者なのか。そこんとこはっきりして欲しい。



 ‥‥孤児の私に優しくしてくれたのは彼女なの。誰からも顧みられない私にね親切だったのは彼女と神官様だけだった。


 ‥‥彼女は幼いころから厳しい教育を施され貴族の令嬢として恥ずかしくないよう躾されていたのよ。それはそれは‥…誰が見ても可哀想なほどね。

 
 (うーん、以前、夢で見たような気がするのは気のせいかな? いつだっけ‥‥あ~確か…?! あ、そうだ! あの夢! 3日も眠り続けた時に見た夢に間違いない。‥‥今の今まですっかり忘れた~)


 何故かこの時はそう思った。不思議だが共感できるのがその証拠だろうとアイナは胸中で納得させていた。


 ‥‥ご両親に振り向いてもらえず、婚約者からも裏切られ親から勘当されて。でもね、やっと素敵な男性に見初められたのよ。彼女の努力が報われたのね。

 ‥‥結婚して子供も生まれて‥‥本当に幸せな生活を‥‥誰が見てもそう見えたのよ? 仲睦まじいご夫婦。子煩悩な父親。慈しみ合う家族の姿がそこにあったの。


 ‥‥壊されたわ。

 ‥‥えっ?
 
 (あ、思わず声出しちゃった! まずい?)

 ‥‥殺されたのよ。

 (うわっ、重い話じゃない! ちょっちょっと、聞きたくないんだけど!)


 ‥‥だから‥‥恩人の神官様と彼女達を殺した人たちに復讐を決めたの。私と母を捨てたあの男とその娘に一矢報いたいと願ったわ。


 女性の顔は不鮮明で判別できないが、遠い記憶を思い出しているのがわかる。


 ‥‥話が違うじゃないの‥‥嘘だったのね‥‥使徒様。


 強い憎しみの感情が胸を突く。衝撃的に驚いて彼女を見ると。
 目が合った彼女は…‥彼女の顔は知っている。


 ‥‥えっ?! ジェ、ジェーンさん?!



 ‥‥ジョアンナさま…‥ごめんなさい‥‥




 全ての景色が一瞬で消えた。


 私の意識も‥‥

 

 









 「はぁぁぁぁぁ?! どういうことよー!」
 
 雄叫びと共に飛び起きたアイナは、またもや見知らぬ部屋で一人寝かされていたのだった。


 「はっ?! あ…あぁ、良かったぁ~夢か~」

 目覚めたアイナは夢で良かったと、全身の力を抜いてホッとした。あのまま暗闇の空間に閉じ込められなくて本当に良かったと心底安堵する。

 「あ‥‥れぇ? 夢見てたよね? どんな夢だっけ? 閉じ込められてたのかなぁ? うーん、思い出せない」

 確かに解放された喜びと安堵を感じるのだが、それが何から齎された感情なのか全く思い出せないアイナである。それに妙な不安と嫌な気分もしっかり感じ取っているのだ。すっきりしない、頭に引っ掛かる目覚めである。


 「はぁ‥‥悪い夢でも見たのかな? まぁ起きて忘れちゃったからいいか。それよりもお腹空いたなぁ~」


 ノックもなく部屋に入って来たのはいつぞやの神官さん。

 「ああ!! 目覚めたのですね! 本当に良かった」

 (何だか、デジャブってない?!)

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

転生悪役令嬢は双子執事を護りたい~フィギュア原型師は推しの為なら異世界生活も苦じゃありません!~

天咲 琴葉
ファンタジー
推しのフィギュアを公式に認めてもらうーーその一心で人生最高傑作を造り出した私。 しかし、企業との打ち合わせ前に寄ったカフェでフィギュアの原型を盗まれそうになり、犯人と揉み合った挙げ句刺されてしまう。 目が覚めると私は赤ちゃんになっていた。 母が私を呼ぶ名前はーー推しであるイケメン双子執事の主、悪役令嬢サシャ!? ならば私の目指すべき未来は1つ! 推し達の幸せは絶対に私が守る!

いじめられ続けた挙げ句、三回も婚約破棄された悪役令嬢は微笑みながら言った「女神の顔も三度まで」と

鳳ナナ
恋愛
伯爵令嬢アムネジアはいじめられていた。 令嬢から。子息から。婚約者の王子から。 それでも彼女はただ微笑を浮かべて、一切の抵抗をしなかった。 そんなある日、三回目の婚約破棄を宣言されたアムネジアは、閉じていた目を見開いて言った。 「――女神の顔も三度まで、という言葉をご存知ですか?」 その言葉を皮切りに、ついにアムネジアは本性を現し、夜会は女達の修羅場と化した。 「ああ、気持ち悪い」 「お黙りなさい! この泥棒猫が!」 「言いましたよね? 助けてやる代わりに、友達料金を払えって」 飛び交う罵倒に乱れ飛ぶワイングラス。 謀略渦巻く宮廷の中で、咲き誇るは一輪の悪の華。 ――出てくる令嬢、全員悪人。 ※小説家になろう様でも掲載しております。

チート幼女とSSSランク冒険者

紅 蓮也
ファンタジー
【更新休止中】 三十歳の誕生日に通り魔に刺され人生を終えた小鳥遊葵が 過去にも失敗しまくりの神様から異世界転生を頼まれる。 神様は自分が長々と語っていたからなのに、ある程度は魔法が使える体にしとく、無限収納もあげるといい、時間があまり無いからさっさと転生しちゃおっかと言いだし、転生のため光に包まれ意識が無くなる直前、神様から不安を感じさせる言葉が聞こえたが、どうする事もできない私はそのまま転生された。 目を開けると日本人の男女の顔があった。 転生から四年がたったある日、神様が現れ、異世界じゃなくて地球に転生させちゃったと・・・ 他の人を新たに異世界に転生させるのは無理だからと本来行くはずだった異世界に転移することに・・・ 転移するとそこは森の中でした。見たこともない魔獣に襲われているところを冒険者に助けられる。 そして転移により家族がいない葵は、冒険者になり助けてくれた冒険者たちと冒険したり、しなかったりする物語 ※この作品は小説家になろう様、カクヨム様、ノベルバ様、エブリスタ様でも掲載しています。

王女殿下は家出を計画中

ゆうゆう
ファンタジー
出来損ないと言われる第3王女様は家出して、自由を謳歌するために奮闘する 家出の計画を進めようとするうちに、過去に起きた様々な事の真実があきらかになったり、距離を置いていた家族との繋がりを再確認したりするうちに、自分の気持ちの変化にも気付いていく…

神々の仲間入りしました。

ラキレスト
ファンタジー
 日本の一般家庭に生まれ平凡に暮らしていた神田えいみ。これからも普通に平凡に暮らしていくと思っていたが、突然巻き込まれたトラブルによって世界は一変する。そこから始まる物語。 「私の娘として生まれ変わりませんか?」 「………、はいぃ!?」 女神の娘になり、兄弟姉妹達、周りの神達に溺愛されながら一人前の神になるべく学び、成長していく。 (ご都合主義展開が多々あります……それでも良ければ読んで下さい) カクヨム様、小説家になろう様にも投稿しています。

元侯爵令嬢は冷遇を満喫する

cyaru
恋愛
第三王子の不貞による婚約解消で王様に拝み倒され、渋々嫁いだ侯爵令嬢のエレイン。 しかし教会で結婚式を挙げた後、夫の口から開口一番に出た言葉は 「王命だから君を娶っただけだ。愛してもらえるとは思わないでくれ」 夫となったパトリックの側には長年の恋人であるリリシア。 自分もだけど、向こうだってわたくしの事は見たくも無いはず!っと早々の別居宣言。 お互いで交わす契約書にほっとするパトリックとエレイン。ほくそ笑む愛人リリシア。 本宅からは屋根すら見えない別邸に引きこもりお1人様生活を満喫する予定が・・。 ※専門用語は出来るだけ注釈をつけますが、作者が専門用語だと思ってない専門用語がある場合があります ※作者都合のご都合主義です。 ※リアルで似たようなものが出てくると思いますが気のせいです。 ※架空のお話です。現実世界の話ではありません。 ※爵位や言葉使いなど現実世界、他の作者さんの作品とは異なります(似てるモノ、同じものもあります) ※誤字脱字結構多い作者です(ごめんなさい)コメント欄より教えて頂けると非常に助かります。

異世界転生雑学無双譚 〜転生したのにスキルとか貰えなかったのですが〜

芍薬甘草湯
ファンタジー
エドガーはマルディア王国王都の五爵家の三男坊。幼い頃から神童天才と評されていたが七歳で前世の知識に目覚め、図書館に引き篭もる事に。 そして時は流れて十二歳になったエドガー。祝福の儀にてスキルを得られなかったエドガーは流刑者の村へ追放となるのだった。 【カクヨムにも投稿してます】

あの、神様、普通の家庭に転生させてって言いましたよね?なんか、森にいるんですけど.......。

▽空
ファンタジー
テンプレのトラックバーンで転生したよ...... どうしようΣ( ̄□ ̄;) とりあえず、今世を楽しんでやる~!!!!!!!!! R指定は念のためです。 マイペースに更新していきます。

処理中です...