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鳴らなかった鐘

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 静寂が支配する世界。
 闇に溶けていた意識が段々と覚醒して行く。
 見渡しても己が居場所は暗闇と無音の世界に変わりはなく、生命の息吹を感じさせない静寂が一層の恐怖を煽ってくる。


 …‥く、暗いよ‥‥あ、

 薄らと思い出す記憶が、何かが違うと訴えてくる。

 
 …‥…‥‥あぁ
 ‥‥鐘‥‥あぁ…鐘の音が、しないんだ‥‥

 ぼんやりと鳴り響くであろう鐘の音を待ってみたが、無音は変わらず続く。慣れ切った展開との違いに漸く異常な状態だと理解した。




 覚醒して最初に思ったのは、『いつもと違う』
 刺された後は鐘の音と共に場面が変わるのがお・約・束・だったのに。完全に違う展開だ。


 ‥‥あれ? 景色が変わらない? えっ、どういうこと?!


 鐘の音どころじゃない。繰り返されると思いきや、今の私は暗い闇の中だ。
 何と言うか…‥黒い空間に、ぽつんと一人。
 勝手が違う今の状況に戸惑いと困惑で、現状のヤバさにビビる。


 ‥‥そ、そんなぁ‥‥先生…くーちゃん! だ、誰かー! 誰かいないのー


 続く暗闇と静寂さに軽いパニックに陥るのは、無理からぬ事だろう。
 この予期せぬ出来事にかなり心が焦ったのだ。お願いだから誰か返事してと縋る気持ちで必死に声を出して叫ぶ。このままだったらどうしようかと恐怖が押し寄せる。


 ‥‥く、くーちゃん返事してー!




 ‥‥ここだ、ここ


 静寂に包まれた中、くーちゃんの意志が伝わる。


 ‥‥あっ! くーちゃん?! よかった…誰もいないかと‥‥あれ?

 
 私がくーちゃんを認識した途端、暗闇の中に薄らとした明るみが混じり合う。
 辛うじて相手が認識できる程度だが、今はそのぼんやりさでもありがたい。

 よく見ればレギオン先生の姿のくーちゃんが私を見ていた。不思議と薄暗い中でも何とも言えない複雑な心境が、その表情で読み取れた。どうやら先生も初めて味わうのだと‥‥雄弁に物語った表情である。


 …‥これは、予想外だったね。
 ‥‥そうね。
 ‥‥‥‥。

 お互いかける言葉が見つからない。二人して無言で見つめ合うしか出来ないでいた。それ程、戸惑いと混乱の中にいるのだ。


 ‥‥見つめ合ってても、何も生まれないね。
 ‥‥ああ、まあ、そうね。
 ‥‥くーちゃん、聞いていい?
 ‥‥なに?
 ‥‥これってループから抜け出せた? ってことでいいのかな‥‥


 思い描いていた『抜け出せた』結果とは程遠い。明らかに違うだろう。これは下手すれば失敗ではなかろうか。事実を知るのが恐ろしいが、知らずにはおれない。中々複雑な心境である。


 ‥‥そう…ね、今までとは違うのは分かるわ。でも抜け出せたかどうかは。
 ‥‥だよね。
 ‥‥‥‥‥‥‥‥。


 何とも言えない、気不味い雰囲気に包まれる。
 これはこれで、かなり宜しくない状況に陥ったと落ち込みたくなる。

 私の焦燥感を感じ取ったくーちゃんが、まだ手はある筈だから諦めないでと励ましてくれた。彼女も私と同じなのに。こんな状況下でも変わらず気遣ってくれるくーちゃんに泣けてくる。

 ‥‥ありがとう、くーちゃん
 ‥‥え、ふふふ。礼を言われる程でもないわ。でも、あーちゃんは泣き言も文句も言わないじゃない。当たり散らされたり泣きつかれた方が私の心労が増すだけだもの。冷静さを保とうとしてくれる貴女には、私の方がありがとうって言いたいわ。

 照れくさいな。

 冷静‥‥ではなくて、現実味がないから実感が乏しいのだ。だけど、そう評価をくれるのなら、そのまま受け入れよう。ここで言い返しても、謙遜しても意味はない。



 私達は思いつく限りの可能性の話を続け、一つの見解を見出した。

 フローレンスの人生を繰り返すために作られた創作の世界。私達はフローレンスの世界を作った『何か』がこの空間にも作用しているのではと考えている。

 これはくーちゃんの意見だけどね。私には思い付けない発想だよ‥‥だって、魔法ありきの世界観だもん。科学文明の恩恵を受けた私では考えもしない。

 フローレンスの世界が崩壊? 消滅? 何があったのか判らないものの、違う結果を招いたことはわかる。でも、それってどうして? 肝心なことが判らないのが口惜しい。二人で考えても、この謎が解けないのだ。私達は、まだフローレンスの世界に囚われたままなのだろうか。

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