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現実世界とは思えない。
しおりを挟む「う、う~ん…ん? なぁにぃこのにおい、く、くさい…‥かさかさ?」
私は鼻につく臭い匂いと手に触れた布のごわつきの不快さで目が覚めた。おまけに身体を捩らせた時に『カサリカサリ』と耳にした音に違和感が。
目にした光景に身震いがした。あり得ないあり得たくない情報が視界から飛び込んでくる。
「ひっ! ひぇぇぇぇぇーーー」
乙女らしからぬ声が漏れ出たのは致し方ない。全身身の毛がよだっているんだから。今もこうしているうちに自分が汚染されそうで逃げ出したい。
「こ、ここはううんちがうこれもゆめよゆめにきまっているじゃないとおかしいおかしいよお」
念仏ではない。震える声が私の恐怖を物語っているではないか。今の私は戦々恐々と身を縮こませて外界から身を守るしか成す術がないのだ。
そうここは魔の‥…ううん違う『汚』と『穢』と『臭』の世界。見知らぬ場所での目覚めよりもインパクトが強すぎるこの部屋の汚れ。
(何としても我が身を守らなきゃ! 病気になっちゃうじゃない!)
私の固い決意は突然部屋に入ってきた人物によって霧消した。見知らぬ顔が心配そうに私を見下ろしている。優し気な眼差しの中年女性と恐らく10代ではなかろうかあどけない顔したソバカスが印象的な少女。誰だろう‥…
「ああ、やっと目が覚めたのね、良かったわ。さあもう大丈夫よ、一人ぼっちで寂しかったのかしら、それともお腹が空いているの?」
心配してくれているのが声と表情から分かる。分かるがゴメンね、まず先に謝る。声を掛けてくれた中年の女性も少女も、見た目が目に悪い。何というかドギツイカラーの髪なの。個人の好みにケチをつける気は無いんだけど、何故その色にしたのか尋ねたい。でも個人の意思は尊重したいから言わないよ。地球上にこんな天然色の髪の人は存在しないよね。凄いチョイスしたねお二人さん。インパクトの強すぎる髪色で気遣いが霞む。本当にごめん。
中年女性の髪が発色の良いピンクで瞳が朱色。充血? 目の病気? 大丈夫? ちょっとオロオロしてしまった。で、少女の方はオレンジなの、明るい橙色と言えばいいのかな。瞳は薄い茶系?かな。
突然視界にこの色合いが入ってきたから驚きの余り私は固まった。
ビビったことは秘密。
✿
あの後、何とか再起動した私は己の身を守るためにもピンク頭さんに懇願した。頼むから部屋を掃除してくれろと。『これでも毎日掃除していますよ』と穏やかな口調で言われてしまったら引くしかない。
(今日のところは仕方ないか、でも諦めないから!)
私の現在地…‥‥よくわからない町の孤児院の汚れた部屋の中。薄暗さが全体的に薄汚れた感じを助長している。壁のシミや床の汚れ。空気も濁っていそう。うえっ~綺麗好きな私には拷問に近い。
ピンク頭さんの説明によると2日前の朝方、孤児院の門前で倒れていたのを保護したのだと言う。なんとビックリ、知らない間に行き倒れていたとは…ご迷惑おかけしました。
ここで疑問が湧いた。
目の前のピンク頭さんは実物か、それとも夢の産物なのか。
一度目は綺麗に整えられた可愛らしい少女チックのお部屋で目が覚めた。天蓋付きのふかふかベッドに良い匂いのするシーツに包まれて幸せな気持ちで目を覚ましたのを覚えている。その後、好奇心に負けて部屋を出ようとして失敗した私はあれからどうなった?
私の小さ過ぎるお胸はドッキンドッキン波打って忙しい。このまま激しい動悸で死んじゃうじゃないかと心配するレベルで。もう手汗が凄い。
このままスルー…‥はできないよねぇ、自分のことだし‥…
気付かないように目を瞑ってもいつかは直視しないとね。
湧いた疑問を脇に置いて、ピンク頭さんとの話し合いは続く。
私が名前も何も覚えていないのでこの孤児院で暮らすことが決まった。名無しの権兵衛さんな私は仮の名を『アイナ』にした。年齢はそのうち決める。(日置愛奈が私の名前だから別にいいよね)
身元が判明しそうな物は所持しておらず、かといって手掛かりがないわけでもないそうだ。着衣の生地が上質なのと布製の靴ルームシューズを履いていた事と綺麗な見た目が貴族か富豪の娘ではないかと推測された。
(今聞きなれないワードがあったね。キゾク? 種族? 何かの種類? 後で聞いてみよう)
『捨て子』『犯罪に巻き込まれ逃げてきた金持ちの子供』『小奇麗な身形の良い幼女、でも記憶喪失』改めて聞くとどの言葉も不憫極まりないね、幸せ要素が皆無じゃない。でもこれが今の私を指していると思うと泣ける。幸うす~
(あれ、おかしいな? ご利益目当てで神社参り(主に恋愛系)やパワスポ巡り。運気アップグッズも買い込んだのに幸薄くない? 効いてない?)
これは驚愕の事実ではなかろうか。あれ程つぎ込んだグッズの効果は何処へ? ご利益グッズの効力が効いていないと知ってしまった。膝から崩れ落ちる勢いで落ち込んだ。
あの有給使って有名処(恋愛成就系神社)に参詣した日々は一体何だったのか‥…。恥ずかし過ぎで合コンも婚活もノリの悪い自分に差し出された唯一の手段である他力本願。頼ったのに未だ成就されていなかった‥…
(‥‥ああ、そうだよねご利益があったら今頃私は既婚者だよね)
ちょっとしんみりした私のことをピンク頭さんはショックで項垂れていると誤解したようだ。ごめんなさい違うんです。ご利益がなかった過去を思い出したら悲しくなっただけです。
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