期間限定の、トモダチ

三ツ葉りお

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変わった猫と遭った日

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「お前、いつもここでいじけてんのな」
「え.....」

 背中にかけられた男の人の声に驚いて、反射的に振り向く。
(今まで、この場所で人に会ったことなんてなかったのに。また、何処か時間潰しの場所を探さないと...)

 面倒くさく思いながら向けた視線の先には、誰の姿もない。
(あれ...? 気のせい...)

「こっちだっつーの」
 するりと、足元を毛布で撫でられたような感覚がした。
声は、その位置からしている。

 視線を下ろせば、小さな真っ黒い毛の猫が、印象深い黄金色の瞳で、私を見上げていた。

(うわ、めっっっっちゃカワイイィ~~~!!!)

「かわいいねぇ、ねこちゃん」
「は?」

 感情のまま抱き上げれば、腕の中の猫からは不満そうな、つまらなそうな声が上がった。

「お前さぁ。普通もっと、『猫がしゃべった!』とか、『気持ち悪い』とか、あるんじゃねぇの?」

(普通、普通、かぁ......)

 しゃべる猫からいぶかしげに普通について問われ、色々考えてみるけど...私には、“普通”が判らなかった。

「そういう反応を求めて私に声をかけたんだったら、残念だったね」

 数回猫の柔らかい背を撫でてから地面に下ろすと、最初よりもっと不満げな表情で、キラキラした瞳が私を見上げる。
(表情豊かな猫だなぁ)

 無言で見つめあって居るのも間が持たないので、何となくしゃがみこみ、魅惑の手触りだった黒い毛並みを撫でてみる。
「....」

 嫌がる素振りはなく、制止の言葉もない。
むしろ、もっと撫でろと言わんばかりに頭をぐいぐい寄せてきたので、ふわふわを心行くまで満喫する事にした。


「.....俺は、ずっと病弱で。川向こうの大学病院で、生まれた時からずっと、たくさんのチューブくっつけて、15年間。一切病院の外に出られないまま、死んだ。通えてねェが、生きていれば来年高校生だった」

 天気の話をしているくらい、猫がさらりと身の上を口にした。

「川向こうの大学病院って、お金持ちしか行けないんでしょ? ねこちゃんは、お坊っちゃまだったんだ...」
「反応するの、そこかよ。...まァ、そうだな。俺しか身寄りのない、大企業のジジイが死んだってんで元々両親の遺産で入院してた俺のもとには、更に高額の遺産が転がり込んできた。入院費でしか使えなかったがな」

 自嘲気味に言いながらも地面に寝転んでお腹を晒し、無言で(撫でろ)と圧をかけてくる猫にかける言葉も見つからず、ただ柔らかな毛を撫でる。

「そんな俺を、神様だか悪魔だかは知らねェが、かわいそうに思ったみてぇでな。死ぬ寸前に、『成仏するまでの49日間、自由に動ける体を貸してやろう』っていう声が聞こえてきた」
「へぇ....」
「人間も選べたが、あえて猫になりたいって願った」
「何で?」

(ずっと外に出たいって思っていて、どうして....病気じゃない自分の体で過ごしたいって、願わなかったんだろう?)
 単純な疑問を口にしたら、満足そうに猫は笑い、何でもないことのように、答えた。


「猫になったら楽しそうだなって、さ。ふと、思ったんだよな」


 ......最後の最期の時に。
そんな風に。─────彼のように。私は、思えるだろうか。

「.....っ」
胸に感情が詰まって、苦しくなる。

「でもさ、気軽に人に話しかける訳にもいかないし。元々死んでるから腹も減らないし、新陳代謝しねェから体も汚れない。飯も風呂も要らないとか。最初の3日で飽きたよな。CMで見た、猫まっしぐらなおやつとか、食ってみたかったんだけどな...。味覚なくてわからんかった」
あっけらかんとどうでも良いように告げられた言葉で、思わず笑ってしまった。

「っ、おやつって...」
「そんで、人気のないこの川沿いで、ゆっくり49日が過ぎるのを待ってたら...ほぼ毎日、同じ客が来やがる。さすがに気になったってワケ」

 猫らしくない仕草で肩を竦める彼に、気付けばポツポツと...語るにしてはお粗末な私の事情を、話していた。

 学校からの帰り道、何だかまっすぐ家に向かいたくなくて、人通りの少ない川沿いで時間を潰す。
それが私の日課だ。

 私の卒業式に参加するため、仕事を急いで抜けてきたお母さんが事故で亡くなり。
 優しかったお父さんが声を荒げて「お前のせいだ」と私を糾弾することにも、既に冷たくなって白い布を顔にかけられれているお母さんの事も、その1ヶ月後に家にやって来た新しい母親と名乗る人のことも。

 なにも受け入れられなかったし、消化できなかった。

 だから未だに、お母さんのために泣けてもいない。

(私が普通じゃないから泣けないのかな。それとも、お父さんの言う通り、冷たい人間だからなのか...)

「安心した」
「え?」
「お前には、帰る家がある。少なくとも、暴力はふるわれてなくて、大人になるまで養ってくれる親が居る。そうだろ?」
「え.....。う、うん」
「なら、良かった」

 隣に座り込んでいた彼が、猫らしくぐんにゃりと私の足にもたれ掛かってきた。

「どうにかして俺が使えずに残ってるたくさんの金を、お前に渡す方法はねェかって...考えてたんだ。しなくても良さそうで、気が抜けたぜ」
(は?)

「猫の姿でどうやって弁護士に話するか、散々考えたが良い案浮かばなくってなァ~。絶対腰抜かすぞ、アイツ」
 ケラケラ笑う彼が、私のためにそこまでしようとしてくれていた事が、理解できない。

「ただ見かけただけの私に、どうしてそこまで...」

「お前だって、こんな姿の俺の話を、全部本当だと思って聞いてくれただろう?」
「え.....うん。私に嘘つく理由、ないでしょ?」
「あぁ。そういうトコロが、気に入ったんだろうなァ」

 身軽に私の体をつたって肩まで上ってきた猫は、鼻先をトン、と私の鼻にぶつけてきた。

「あと1ヶ月くらいここに居るからよ。それまでは仲良くしようぜ、お嬢さん」
(お嬢さんって...)

 不適な笑みを浮かべる猫に、私からも鼻をぶつけて、笑い返す。
「こちらこそ、よろしく。ネ・コ・チャン?」

「.....ネコチャンはヤメロ」
「私だって、もう中学生なんだから。お嬢さんはやめて」

 不機嫌面を見合わせて、私と彼は同時に吹き出す。

「では、お名前を教えていただけますか?」
「私はミヨ。美しい夜と書いて、美夜よ。貴方は?」
「.....この姿になってから、自分の名前は忘れちまった。お前が付けてくれ。カッコイイやつをな」

「じゃあ、クロ!」

「カッコイイやつって、言っただろうが」
「格好いいよ? その真っ黒な毛並み。私はとっても素敵だと思う」
「...あっそ」
「ええ」

 思ったままを告げたけど、気に食わなかったのか、彼は私から降りてプイと顔を背けてしまう。

「...呼んでくれ」
「?」
「お前の付けた、俺の名前を」

「クロ?」
「ああ」
「クロ」
「うん」
「クーロ!」
「───気に入った。それで良い」

 あっという間に踵を返し、ゴロゴロ喉をならして懐いてくる姿は、完全に可愛らしい猫だけど。

(お母さんの事があってから、はじめてまともに話した...友達トモダチだ)

 じわじわ、冷えきっていた胸の奥が...熱を取り戻していく。

「では改めて。俺が成仏するまで、よろしくな。美夜」
「ええ、よろしく。クロ」

 期間限定の、変わった友達。
私の代わり映えしない日々に彼が増えると思うだけで、何だか少しこれからの時間が、楽しみに思えた。    
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