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17.愛してるなら-1
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いろいろな事実が浮かんできて、どれから手を付けたらいいかまるで分からなかった。どこまでが憶測なのか。僕はどこまで確信しているんだろう。彼に聞くべきなのはなんだ? リッキーに伝えていいのはどこまでだ?
「すみません、しばらく1人にしていただけませんか?」
「私は……君に言おうと思って来たんだ」
「何を?」
「これ以上首を突っ込むなと」
「そうですか…… 僕には首を突っ込んじゃいけない境界線が見えないんです」
「……明朝、話そう。その写真はしばらく持っていて構わない。その後どうするかは今は考えずにおこう」
写真をじっと見た。最初に見た時に何も疑わずにリッキーの母親だと思った。自分の直感は正しいのだと今写真を見直してそう思う。なら……
『孫のように見守ってきた』
『命をかけて責任を持つと言った』
どの言葉も1つの事実に辿り着くじゃないか。この生ぬるい監視。目の届く範囲にリッキーを置いておきたかったのは、本当にリッキーの父親か?
リッキーに聞いた非情な将軍としての父。アメリカに送ることさえ考えていなかった…… 担任を消して、リッキーを食い物にしていた連中を始末して。
自分の地位を脅かす張本人のリッキーをどうするつもりだった?
「葬るつもりだったんだ」
声にしなきゃ良かった……現実味を帯びたその言葉。
『少なくとも今生きてはいる。アイツが示した最後の温情ってヤツだ』
リッキーはそう言った。そこにはまだ親としての情があったと信じて。
祖父はリッキーの命乞いをしたんだ、非情な将軍に逆らうことに自分の命を懸けた。
『私が殺した』
なら、あの意味はなんだろう。すでに本国では死んでいることになっている。
――もう一度、殺した。行動範囲を制限した。
何の必要があった? 本当はリッキーは生きている。それを知っていたのは……。目眩がしそうなほど、その行き着く結論に怒りが渦巻く。悲しみが渦巻く。
リッキーは本国で周囲を欺くために殺された。そして、リッキーの死を諦めない父親の目を欺くために再度殺された。二度目の死を隠すためにリッキーは何もかも奪われた。
言えやしない、リッキーには。じゃ、僕がこれ以上知る必要があるんだろうか。いつか口に出てしまうかもしれない、何かの拍子に。そんな危険を侵してまで知りたいか? リッキーにとって一番いい選択はなんなんだろう……
まるで昨日という衣を脱ぐように夜が消えていった、考えがまだまとまらないというのに。シャワーの刺すように冷たい水に体は凍え、痛み、麻痺していく。震えはとうに止まり、ただ感覚だけが研ぎ澄まされる。要らないものはみんな剥がれ、排水口に流れていった。
――考えない
――用意しない
僕の準備が出来た。
朝食が並び、彼が正面に座った。
「夕べは食事に手をつけなかったそうだね」
最初の頃の厳しい声じゃなかった。今の僕には必要の無くなった優しさがあった。
「リッキーはお母さん似なんですね」
僕から出た言葉には抑揚がなかった。
――考えない
――お前のためなら何でもする
彼は硬直していた。
「いい写真です。これを撮ったのはあなたですか?」
返事が無い。
「あれこれ知りたいとは思いません。でもこれだけは知っておきたい、リッキーはお母さんにいつか会えますか? 母親だと知らなくてもいいから」
間が空いて、棒のような答えが返ってきた。
「それは無理だ、リアナは死んでしまった…」
続いた質問は空っぽになってしまった僕の言葉なんだろうか……
「どこで? どうやって?」
囁くような声。時間が凍った。あのシャワーより冷たい……
「娘は……海に身を投げた」
「リッキーは……それがお母さんだと知っていた?」
「いや。リカルド様はご存知ない。あの方にとって娘はあくまでも乳母だった」
リッキー お前…… 何もかも……
「リッキーは……」
僕の中にそれ以上言葉は生まれなかった。冷たくて乾いた怒り。
「いえ、聞きたいことはそれだけです。僕は今日帰ります。あなたが誰でもいいです。リッキーを僕にください」
やっと彼は顔を上げた。
「間違えないでください。僕は頼んでる訳じゃないんだ。確認しているだけです、彼はもうあなたのものじゃないと」
「リカルド様は」
「リカルド 、でしょう? あなたの中では」
「リカルドは……娘の忘れ形見だ。君は本当に幸せを約束出来るのか」
「あなたに約束する必要はありません。それはリッキーと僕の問題だ」
「送金はする。生活を手伝わせてほしい。私の条件はあのままだ。それ以上は言わない。何かあれば手を貸したい」
「要りません、金も条件も何もかも。リッキーは自由です。僕らは何の束縛も受けません」
「私は孫を守りたいんだ! だから刺された時に死んだと報告したんだ!」
僕は彼の感情を理解する気は無かった。
「あなたはリッキーを二度殺した。三度も殺させやしない。あなたの孫はこの国であなたが殺した、抜け殻にして。もうたくさんだ、彼はリカルドじゃない、リチャード・ハワードだ!!」
打ちひしがれた顔がそこにあった。
「君は……惨いことを言う……」
「リッキーを惨い目に遭わせたのはあなただ、何年も。あなたのしたことはリッキーを守りはしなかった。自己満足のためにリッキーを縛り付けたんだ」
弁解の言葉も、反論も出なかった。そこにいるのは軍人のように毅然とした老紳士じゃない。ただの萎れた年寄りだった。気づいてるんだろうか。『リカルド』を守りたかったんじゃない。その向こう側に見える『リアナ』という愛しい娘を守りたかったということに。
どういう経緯でリッキーの父親に抱かれたのかは知らない。リッキーを産んだあの女性は上官に差し出され、そして海に身を投げて死んだ。そしてその事実をリッキーは全部知ってたんだ。
父親が動いてたんじゃなかった。リッキーの父親はとっくに、正妻との間に生まれれたわけじゃない息子は死んだと思っていた。アメリカに来てすぐに、リッキーは本国とも父親とも縁が切れてたんだ……
「リカルドを……大切にしてくれ、頼む。あの子の傷を癒してやって」
「僕に傷を舐め合う趣味は無いです。互いに相手を幸せにする努力を惜しみなく精一杯する。でも妥協はしません。喧嘩もすれば泣かせもする。僕らは普通の夫婦になるんだから。あなたはああするしか道が無かったと言うのでしょう? 愛してるならリッキーを離してください」
写真は返した。多分今のリッキーを苦しめるだけだ。盗聴器の場所を聞いた。僕らの情報を流していた人間を聞いた。最後まで渡そうとしたアタッシュケースは受け取らなかった。
せめて自分に送らせてくれという言葉を拒んだ。クロロフォルムは自分から吸った。彼がついてきたかどうかは知らない。
リッキーのお母さん。分かってください。可哀想だなんて思わない。僕があなたの父親に酷い仕打ちをしたとも思わない。
もうとっくに『リカルド』はあなたの父親に殺されていたんだから。
ピシャン! ピシャン! と、結構な勢いで頬を引っ叩かれていた。
「いい加減にしろよ!」
「あら、起きた。ね? これ、一番手っ取り早いでしょ?」
シェリー……これじゃ何言ったって敵わない。僕は文句を言うのを諦めた。
見慣れた天井。見慣れた壁。すぐ横に泣きそうなリッキーがいる。パッ! と起き上がって、ドスン! とベッドに倒れた。慌ててリッキーが手を出したけど間に合わなかった。
すっごい頭痛……そう言えばクロロフォルムを目一杯吸ったっけ。あんなに吸う必要はなかったのかもしれない。
「どのくらい寝てた?」
「あんたが届いたのは昨日の夕方の5時。今は1時半。もちろん、昼間のね」
あの屋敷を出たのは1時頃だったと思う。ってことは、24時間? え、『届いた』って、ナニ?
「まさかデリバリーで届くなんてね。開けた時のリッキー、見せたかったわよ」
「だって、あれじゃ死体が入ってると思うだろう!?」
「まあね。さすがにギョッとするわよね」
「何のこと?」
「あんたね、これに入って届いたの」
リッキーのベッドの脇に大破したバカでかい木箱があった。
「え? あれ?」
「そ! ドアの外にあれが置いてあったのよ。上開けてあんたが見えた途端にリッキーが粉砕したの。あんた、くたんと床に転がって。もう大変な騒ぎになったんだから。危なく警察沙汰よ、リッキーが『殺された!』なんて喚くから」
「だって……シェリーだって泣いたくせに」
途端にシェリーから怒鳴られた。
「余計なことは言わない!」
さんざん泣いたんだろう、リッキーの目の周りがひどく腫れあがってる。そりゃ驚くよな、箱の中から恋人が転がり出たら。ずいぶん悪趣味な届け方だ。でも意識の無い僕をその辺には置いてけないだろうし、下手すりゃホントに通報されただろうし、そう思えばこの手段しか無かったのかも…… じゃトラックで運んだのか?
「はい! もう泣かない! どんだけ泣くの? 目の前にフェルがいるでしょ? ほらほら、抱きあって。フェル、後で容器返してね」
バタン! と音を立てて閉まったドアを見る。抱き合ってって……そんな風に言われたら抱くにも抱けな
ガシッ!!
一気に首が締まった。
「お おい! バカ、離せ! 首絞めるな、ホントに死ぬ!」
「やだ!」
「力、緩めろ!」
「やだ!」
「もうどこにも行かないから!」
「手を離したらフェルは消える!!」
「消えな」
塞がれた口。おい、僕の言葉も聞けって……。
押し倒されて、発熱したような唇は離れずに乱暴に上着のボタンは外され、シャツのボタンは弾け飛び、ベルトがあっという間に抜かれ、ジッパーが下り。そして直に僕は握られた……
まるで噛みつくようなキスの中に、縋りつくようなリッキーを感じる。頬を伝うのは僕じゃない、リッキーの涙だ。左手は愛撫してるんじゃない。僕が確かにここにいると確認してるんだ。
その激しい手の動きに一気に爆発しそうになるのを堪えて、僕は覆いかぶさるリッキーを引き剥がした。僕の上に座ったリッキーが何も言わず上半身裸になる。
シャツを脱ぐ動きの中で左手の薬指が煌いた。僕の頭の両脇に手をついて布越しに僕に腰を擦りつけてくる。その瞳を見つめながらリッキーのゆっくり動く腰からジーンズを下ろした。流れるような黒髪……その中に手を通す。
「長くなったな、髪」
「うん。伸ばすんだ、長い髪が好きなんだって聞いたから」
「誰に?」
「ビリーに」
「あいつの言うことなんか、真に受けるなよ」
「でもそうなんだろ?」
押しつけ合うような腰の動き。髪を梳いた、何度も。何の抵抗も無くさらさらと落ちてくる。その奥にリッキーの顔がある。
あの写真の顔が重なる
あの写真の母の顔が重なる……
「ああ。好きだ、お前の髪が」
僕には今のお前だけでいい。
首を引き寄せた。僕の頬が髪に覆われる。下りてくる唇が待てなかった。首を浮かせて迎えに行った。さっきとは違う緩やかなキス。両手で髪を撫で、首をなぞり、背中を下り、腹から胸へと這い上がる。唇を離したリッキーがわずかな愛撫に身を反らせた。目の前に来た胸の突起に舌を這わせる。ゆっくりと舐めて転がす。
っは……ぅふっ
溜め息が漏れた。さざ波のように小さな震えが走る。
「お前を触りたかった 夢に見たよ、こうやって下からお前を見上げるのを」
ボクサーを脱がせる前に、もう濡れきっているのが分かった。僕もそうだ、すっかり熱を持ってただお前に入ることしか考えて無い。だから先延ばしにする、だってもったいないだろ? こんなに早く終わりにしちゃ。
脱がせながら、触りながら、後ろに手をやりながら、なんて長い三日間だったんだろうと思う。たった二晩。たった二晩だよ、リッキー。それでこれじゃ、もっと離れたらどうなるんだろうね?
体がゆらゆらしてるから、多分目を閉じてもう夢の世界にさまよっているんだろうと思う。夢に片足突っ込んでるだろうに、それでも真っ直ぐ僕に快楽を求める体。
ちょっと心配になる。快楽を追ってるだけ? 誰に?
「リッキー リッキー」
髪が揺れながら下に落ちてきた。
「なに ふぇる……」
必死に目を開けようとしてる。可愛いからもう一度呼んだ。
「リッキー」
「なに……」
「僕は? 僕は誰?」
「ふぇる ふぇる ふぇる……」
喘ぐような声。
自分の名前に煽られるなんて僕も相当ヤキが回ってる。腰が細くなった。僕とトレーニングし始めてからだよな。ああ 入る前にイってしまいそうだ……
細い腰 しなやかな背中 唇を誘う胸の突起 手を伸ばしたくなる首筋 目が離れない揺れる髪 しめやかに高く低く啼く声……
後ろに入った増えていく指に息を詰めては吐き、すすり泣くように吸ってはまた息を詰める。指の動きだけじゃ足りないかのように腰が回る。焦るなって。それじゃ僕も追い詰められてしまうだろう?
「ふぇる……」
「ん?」
「はいって……」
「だめ」
「ふぇる……おねがいだ……ふぇる……」
ほら、簡単に追い詰められる。待てないのは僕の方だ。お前はこうやって女の子になる。僕は男を抱いてんだか女の子を抱いてんだか分かんなくなるんだ……
起き上がって膝に抱いた。長い長いキスをする。まるであったかいマシュマロを舐めるようにリッキーの舌を舐める、吸う、絡ませて裏に回り、上顎を撫でまわす。
リッキーが僕の口を振り切った。
「や……だ……きすだけ、や……」
抱き抱えてベッドに降ろした。そのまま膝を折らせて体を前に押す。形のいいスーツを脱ぎ捨て裸になった。突き出る二つの丘の間に蠢き誘う秘所がある。背中に胸をつけて前に進み始めた。この奥に天国がある。
ぁは…… く……っ
小さな声が耳を蕩かす。分かってる、早く そう言ってるんだろ? ゆっくり入っていく自分を突き上げた。
ゃ…… あ ぃや ぁぁ……
何度も突き上げて小さな悲鳴を聞き続けた。いやだと言いながらどうしてそんなに擦りつけてくるんだよ……僕にはこの声こそが愛撫だ。知らないだろう? 僕がキスだけでイかせるなら、お前は声だけで僕をイかせるんだ……
胸を弄る、背中を舐めて突き上げる。お前は狭いんだ、そんなに腰をくねらせるなよ…… 浅い場所での出入りはお前の嬉しい場所を擦ったらしい。身をよじる、震わせる。何回も擦れば痙攣が起き始めた。前に手を伸ばす。待っていたかのように ドクドクッ と波を打つ。
それを感じて僕も安心して自分だけの快感を追った。痙攣する中の締めつけが僕を解放していく……頭が白くなる前に外に出た…… 手に受ける飛び出す粘り……弾けた自分……
痙攣の続く体をさすって足を伸ばしてやった。喘ぎが少しずつ収まってくる。うつ伏せのリッキーから声が漏れた。
「もっと……」
隣に寝転がって閉じた瞼にキスをした。
「今は終わり」
うっすらと目が開いた。手が僕を求めて下に下りてきた。潤んだ瞳で見つめながら握り込む。
「もっと」
柔らかく口づける。横に上がり耳に言葉を吹き込む。
「だめ」
途端に手の力が強くなった。
「ばか、痛いよ」
「しないんなら手、離さねぇぞ」
「さっきまでの色香はどこ行ったんだよ」
「するんだ、も一回」
「しない」
「なんで! 俺に飽きたのか!?」
ひとしきり笑い転げてリッキーの鼻のてっぺんにチュッと唇をつけた。
「お前みたいなバカ、見たことない。こんなバカ、ほっとけないだろ?」
「なら、頭良かったら捨てんのか!」
抱きしめてもう一度言った。
「お前、バカだなぁ」
「なんだよ! さっきからバカバカって! フェルなんか嫌いだ!」
「じゃ手離せよ」
「いやだ! その気にさせてやる!」
顔が下りていく。辿り着く前に引きずり上げた。
「やめろ」
真剣な声に目が大きく開いた。
「フェラなんかやめろ、お前が好きなのか?」
「俺……上手いんだぜ? みんな俺にこれやらせてすぐ勃つんだ。あっという間に気持ち良くなるって……」
「聞いてるんだ、お前が好きなのかって。それ、したいのか?」
口を閉じてしまったリッキー。
「僕は嬉しくなんかない。お前が好きならいいよ、そりゃ気持ちいいし。けどお前にかしずかれるのはいやだ。僕はお前のものだろう? "みんな" の一部か?」
――従属するお前が見たくないんだ……這いつくばるなよ、自分から。
「分かんねぇ……分かんねぇよ、フェル。しねぇと離れていきそうで……これしてると俺とのセックス、もっと楽しくなるはずなんだ……」
消え入りそうな声に切なくなる……
「すみません、しばらく1人にしていただけませんか?」
「私は……君に言おうと思って来たんだ」
「何を?」
「これ以上首を突っ込むなと」
「そうですか…… 僕には首を突っ込んじゃいけない境界線が見えないんです」
「……明朝、話そう。その写真はしばらく持っていて構わない。その後どうするかは今は考えずにおこう」
写真をじっと見た。最初に見た時に何も疑わずにリッキーの母親だと思った。自分の直感は正しいのだと今写真を見直してそう思う。なら……
『孫のように見守ってきた』
『命をかけて責任を持つと言った』
どの言葉も1つの事実に辿り着くじゃないか。この生ぬるい監視。目の届く範囲にリッキーを置いておきたかったのは、本当にリッキーの父親か?
リッキーに聞いた非情な将軍としての父。アメリカに送ることさえ考えていなかった…… 担任を消して、リッキーを食い物にしていた連中を始末して。
自分の地位を脅かす張本人のリッキーをどうするつもりだった?
「葬るつもりだったんだ」
声にしなきゃ良かった……現実味を帯びたその言葉。
『少なくとも今生きてはいる。アイツが示した最後の温情ってヤツだ』
リッキーはそう言った。そこにはまだ親としての情があったと信じて。
祖父はリッキーの命乞いをしたんだ、非情な将軍に逆らうことに自分の命を懸けた。
『私が殺した』
なら、あの意味はなんだろう。すでに本国では死んでいることになっている。
――もう一度、殺した。行動範囲を制限した。
何の必要があった? 本当はリッキーは生きている。それを知っていたのは……。目眩がしそうなほど、その行き着く結論に怒りが渦巻く。悲しみが渦巻く。
リッキーは本国で周囲を欺くために殺された。そして、リッキーの死を諦めない父親の目を欺くために再度殺された。二度目の死を隠すためにリッキーは何もかも奪われた。
言えやしない、リッキーには。じゃ、僕がこれ以上知る必要があるんだろうか。いつか口に出てしまうかもしれない、何かの拍子に。そんな危険を侵してまで知りたいか? リッキーにとって一番いい選択はなんなんだろう……
まるで昨日という衣を脱ぐように夜が消えていった、考えがまだまとまらないというのに。シャワーの刺すように冷たい水に体は凍え、痛み、麻痺していく。震えはとうに止まり、ただ感覚だけが研ぎ澄まされる。要らないものはみんな剥がれ、排水口に流れていった。
――考えない
――用意しない
僕の準備が出来た。
朝食が並び、彼が正面に座った。
「夕べは食事に手をつけなかったそうだね」
最初の頃の厳しい声じゃなかった。今の僕には必要の無くなった優しさがあった。
「リッキーはお母さん似なんですね」
僕から出た言葉には抑揚がなかった。
――考えない
――お前のためなら何でもする
彼は硬直していた。
「いい写真です。これを撮ったのはあなたですか?」
返事が無い。
「あれこれ知りたいとは思いません。でもこれだけは知っておきたい、リッキーはお母さんにいつか会えますか? 母親だと知らなくてもいいから」
間が空いて、棒のような答えが返ってきた。
「それは無理だ、リアナは死んでしまった…」
続いた質問は空っぽになってしまった僕の言葉なんだろうか……
「どこで? どうやって?」
囁くような声。時間が凍った。あのシャワーより冷たい……
「娘は……海に身を投げた」
「リッキーは……それがお母さんだと知っていた?」
「いや。リカルド様はご存知ない。あの方にとって娘はあくまでも乳母だった」
リッキー お前…… 何もかも……
「リッキーは……」
僕の中にそれ以上言葉は生まれなかった。冷たくて乾いた怒り。
「いえ、聞きたいことはそれだけです。僕は今日帰ります。あなたが誰でもいいです。リッキーを僕にください」
やっと彼は顔を上げた。
「間違えないでください。僕は頼んでる訳じゃないんだ。確認しているだけです、彼はもうあなたのものじゃないと」
「リカルド様は」
「リカルド 、でしょう? あなたの中では」
「リカルドは……娘の忘れ形見だ。君は本当に幸せを約束出来るのか」
「あなたに約束する必要はありません。それはリッキーと僕の問題だ」
「送金はする。生活を手伝わせてほしい。私の条件はあのままだ。それ以上は言わない。何かあれば手を貸したい」
「要りません、金も条件も何もかも。リッキーは自由です。僕らは何の束縛も受けません」
「私は孫を守りたいんだ! だから刺された時に死んだと報告したんだ!」
僕は彼の感情を理解する気は無かった。
「あなたはリッキーを二度殺した。三度も殺させやしない。あなたの孫はこの国であなたが殺した、抜け殻にして。もうたくさんだ、彼はリカルドじゃない、リチャード・ハワードだ!!」
打ちひしがれた顔がそこにあった。
「君は……惨いことを言う……」
「リッキーを惨い目に遭わせたのはあなただ、何年も。あなたのしたことはリッキーを守りはしなかった。自己満足のためにリッキーを縛り付けたんだ」
弁解の言葉も、反論も出なかった。そこにいるのは軍人のように毅然とした老紳士じゃない。ただの萎れた年寄りだった。気づいてるんだろうか。『リカルド』を守りたかったんじゃない。その向こう側に見える『リアナ』という愛しい娘を守りたかったということに。
どういう経緯でリッキーの父親に抱かれたのかは知らない。リッキーを産んだあの女性は上官に差し出され、そして海に身を投げて死んだ。そしてその事実をリッキーは全部知ってたんだ。
父親が動いてたんじゃなかった。リッキーの父親はとっくに、正妻との間に生まれれたわけじゃない息子は死んだと思っていた。アメリカに来てすぐに、リッキーは本国とも父親とも縁が切れてたんだ……
「リカルドを……大切にしてくれ、頼む。あの子の傷を癒してやって」
「僕に傷を舐め合う趣味は無いです。互いに相手を幸せにする努力を惜しみなく精一杯する。でも妥協はしません。喧嘩もすれば泣かせもする。僕らは普通の夫婦になるんだから。あなたはああするしか道が無かったと言うのでしょう? 愛してるならリッキーを離してください」
写真は返した。多分今のリッキーを苦しめるだけだ。盗聴器の場所を聞いた。僕らの情報を流していた人間を聞いた。最後まで渡そうとしたアタッシュケースは受け取らなかった。
せめて自分に送らせてくれという言葉を拒んだ。クロロフォルムは自分から吸った。彼がついてきたかどうかは知らない。
リッキーのお母さん。分かってください。可哀想だなんて思わない。僕があなたの父親に酷い仕打ちをしたとも思わない。
もうとっくに『リカルド』はあなたの父親に殺されていたんだから。
ピシャン! ピシャン! と、結構な勢いで頬を引っ叩かれていた。
「いい加減にしろよ!」
「あら、起きた。ね? これ、一番手っ取り早いでしょ?」
シェリー……これじゃ何言ったって敵わない。僕は文句を言うのを諦めた。
見慣れた天井。見慣れた壁。すぐ横に泣きそうなリッキーがいる。パッ! と起き上がって、ドスン! とベッドに倒れた。慌ててリッキーが手を出したけど間に合わなかった。
すっごい頭痛……そう言えばクロロフォルムを目一杯吸ったっけ。あんなに吸う必要はなかったのかもしれない。
「どのくらい寝てた?」
「あんたが届いたのは昨日の夕方の5時。今は1時半。もちろん、昼間のね」
あの屋敷を出たのは1時頃だったと思う。ってことは、24時間? え、『届いた』って、ナニ?
「まさかデリバリーで届くなんてね。開けた時のリッキー、見せたかったわよ」
「だって、あれじゃ死体が入ってると思うだろう!?」
「まあね。さすがにギョッとするわよね」
「何のこと?」
「あんたね、これに入って届いたの」
リッキーのベッドの脇に大破したバカでかい木箱があった。
「え? あれ?」
「そ! ドアの外にあれが置いてあったのよ。上開けてあんたが見えた途端にリッキーが粉砕したの。あんた、くたんと床に転がって。もう大変な騒ぎになったんだから。危なく警察沙汰よ、リッキーが『殺された!』なんて喚くから」
「だって……シェリーだって泣いたくせに」
途端にシェリーから怒鳴られた。
「余計なことは言わない!」
さんざん泣いたんだろう、リッキーの目の周りがひどく腫れあがってる。そりゃ驚くよな、箱の中から恋人が転がり出たら。ずいぶん悪趣味な届け方だ。でも意識の無い僕をその辺には置いてけないだろうし、下手すりゃホントに通報されただろうし、そう思えばこの手段しか無かったのかも…… じゃトラックで運んだのか?
「はい! もう泣かない! どんだけ泣くの? 目の前にフェルがいるでしょ? ほらほら、抱きあって。フェル、後で容器返してね」
バタン! と音を立てて閉まったドアを見る。抱き合ってって……そんな風に言われたら抱くにも抱けな
ガシッ!!
一気に首が締まった。
「お おい! バカ、離せ! 首絞めるな、ホントに死ぬ!」
「やだ!」
「力、緩めろ!」
「やだ!」
「もうどこにも行かないから!」
「手を離したらフェルは消える!!」
「消えな」
塞がれた口。おい、僕の言葉も聞けって……。
押し倒されて、発熱したような唇は離れずに乱暴に上着のボタンは外され、シャツのボタンは弾け飛び、ベルトがあっという間に抜かれ、ジッパーが下り。そして直に僕は握られた……
まるで噛みつくようなキスの中に、縋りつくようなリッキーを感じる。頬を伝うのは僕じゃない、リッキーの涙だ。左手は愛撫してるんじゃない。僕が確かにここにいると確認してるんだ。
その激しい手の動きに一気に爆発しそうになるのを堪えて、僕は覆いかぶさるリッキーを引き剥がした。僕の上に座ったリッキーが何も言わず上半身裸になる。
シャツを脱ぐ動きの中で左手の薬指が煌いた。僕の頭の両脇に手をついて布越しに僕に腰を擦りつけてくる。その瞳を見つめながらリッキーのゆっくり動く腰からジーンズを下ろした。流れるような黒髪……その中に手を通す。
「長くなったな、髪」
「うん。伸ばすんだ、長い髪が好きなんだって聞いたから」
「誰に?」
「ビリーに」
「あいつの言うことなんか、真に受けるなよ」
「でもそうなんだろ?」
押しつけ合うような腰の動き。髪を梳いた、何度も。何の抵抗も無くさらさらと落ちてくる。その奥にリッキーの顔がある。
あの写真の顔が重なる
あの写真の母の顔が重なる……
「ああ。好きだ、お前の髪が」
僕には今のお前だけでいい。
首を引き寄せた。僕の頬が髪に覆われる。下りてくる唇が待てなかった。首を浮かせて迎えに行った。さっきとは違う緩やかなキス。両手で髪を撫で、首をなぞり、背中を下り、腹から胸へと這い上がる。唇を離したリッキーがわずかな愛撫に身を反らせた。目の前に来た胸の突起に舌を這わせる。ゆっくりと舐めて転がす。
っは……ぅふっ
溜め息が漏れた。さざ波のように小さな震えが走る。
「お前を触りたかった 夢に見たよ、こうやって下からお前を見上げるのを」
ボクサーを脱がせる前に、もう濡れきっているのが分かった。僕もそうだ、すっかり熱を持ってただお前に入ることしか考えて無い。だから先延ばしにする、だってもったいないだろ? こんなに早く終わりにしちゃ。
脱がせながら、触りながら、後ろに手をやりながら、なんて長い三日間だったんだろうと思う。たった二晩。たった二晩だよ、リッキー。それでこれじゃ、もっと離れたらどうなるんだろうね?
体がゆらゆらしてるから、多分目を閉じてもう夢の世界にさまよっているんだろうと思う。夢に片足突っ込んでるだろうに、それでも真っ直ぐ僕に快楽を求める体。
ちょっと心配になる。快楽を追ってるだけ? 誰に?
「リッキー リッキー」
髪が揺れながら下に落ちてきた。
「なに ふぇる……」
必死に目を開けようとしてる。可愛いからもう一度呼んだ。
「リッキー」
「なに……」
「僕は? 僕は誰?」
「ふぇる ふぇる ふぇる……」
喘ぐような声。
自分の名前に煽られるなんて僕も相当ヤキが回ってる。腰が細くなった。僕とトレーニングし始めてからだよな。ああ 入る前にイってしまいそうだ……
細い腰 しなやかな背中 唇を誘う胸の突起 手を伸ばしたくなる首筋 目が離れない揺れる髪 しめやかに高く低く啼く声……
後ろに入った増えていく指に息を詰めては吐き、すすり泣くように吸ってはまた息を詰める。指の動きだけじゃ足りないかのように腰が回る。焦るなって。それじゃ僕も追い詰められてしまうだろう?
「ふぇる……」
「ん?」
「はいって……」
「だめ」
「ふぇる……おねがいだ……ふぇる……」
ほら、簡単に追い詰められる。待てないのは僕の方だ。お前はこうやって女の子になる。僕は男を抱いてんだか女の子を抱いてんだか分かんなくなるんだ……
起き上がって膝に抱いた。長い長いキスをする。まるであったかいマシュマロを舐めるようにリッキーの舌を舐める、吸う、絡ませて裏に回り、上顎を撫でまわす。
リッキーが僕の口を振り切った。
「や……だ……きすだけ、や……」
抱き抱えてベッドに降ろした。そのまま膝を折らせて体を前に押す。形のいいスーツを脱ぎ捨て裸になった。突き出る二つの丘の間に蠢き誘う秘所がある。背中に胸をつけて前に進み始めた。この奥に天国がある。
ぁは…… く……っ
小さな声が耳を蕩かす。分かってる、早く そう言ってるんだろ? ゆっくり入っていく自分を突き上げた。
ゃ…… あ ぃや ぁぁ……
何度も突き上げて小さな悲鳴を聞き続けた。いやだと言いながらどうしてそんなに擦りつけてくるんだよ……僕にはこの声こそが愛撫だ。知らないだろう? 僕がキスだけでイかせるなら、お前は声だけで僕をイかせるんだ……
胸を弄る、背中を舐めて突き上げる。お前は狭いんだ、そんなに腰をくねらせるなよ…… 浅い場所での出入りはお前の嬉しい場所を擦ったらしい。身をよじる、震わせる。何回も擦れば痙攣が起き始めた。前に手を伸ばす。待っていたかのように ドクドクッ と波を打つ。
それを感じて僕も安心して自分だけの快感を追った。痙攣する中の締めつけが僕を解放していく……頭が白くなる前に外に出た…… 手に受ける飛び出す粘り……弾けた自分……
痙攣の続く体をさすって足を伸ばしてやった。喘ぎが少しずつ収まってくる。うつ伏せのリッキーから声が漏れた。
「もっと……」
隣に寝転がって閉じた瞼にキスをした。
「今は終わり」
うっすらと目が開いた。手が僕を求めて下に下りてきた。潤んだ瞳で見つめながら握り込む。
「もっと」
柔らかく口づける。横に上がり耳に言葉を吹き込む。
「だめ」
途端に手の力が強くなった。
「ばか、痛いよ」
「しないんなら手、離さねぇぞ」
「さっきまでの色香はどこ行ったんだよ」
「するんだ、も一回」
「しない」
「なんで! 俺に飽きたのか!?」
ひとしきり笑い転げてリッキーの鼻のてっぺんにチュッと唇をつけた。
「お前みたいなバカ、見たことない。こんなバカ、ほっとけないだろ?」
「なら、頭良かったら捨てんのか!」
抱きしめてもう一度言った。
「お前、バカだなぁ」
「なんだよ! さっきからバカバカって! フェルなんか嫌いだ!」
「じゃ手離せよ」
「いやだ! その気にさせてやる!」
顔が下りていく。辿り着く前に引きずり上げた。
「やめろ」
真剣な声に目が大きく開いた。
「フェラなんかやめろ、お前が好きなのか?」
「俺……上手いんだぜ? みんな俺にこれやらせてすぐ勃つんだ。あっという間に気持ち良くなるって……」
「聞いてるんだ、お前が好きなのかって。それ、したいのか?」
口を閉じてしまったリッキー。
「僕は嬉しくなんかない。お前が好きならいいよ、そりゃ気持ちいいし。けどお前にかしずかれるのはいやだ。僕はお前のものだろう? "みんな" の一部か?」
――従属するお前が見たくないんだ……這いつくばるなよ、自分から。
「分かんねぇ……分かんねぇよ、フェル。しねぇと離れていきそうで……これしてると俺とのセックス、もっと楽しくなるはずなんだ……」
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