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12.ズキッ-2
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「フェル、俺を見ろよ。こっち向け、俺を見ろ!」
なぜこんなことになったんだ? 僕のどこがいけなかった?
「何がいけなかったんだろう……僕はきっともっと気をつけるべきだったんだよな……お前がいるのに、お前がいるのに、どうしてそんなヤツに抱かれたんだろう……」
抱きしめてきたリッキーが震えてる。
「あのな、どんな被害者でもこう思うんだ、自分に悪いとこがあったんじゃねぇかって。俺もそうだったよ、俺はどっかおかしいんだろうって。だからみんなそんな目で見るし、そんな風に扱うんだって。それって自然なんだ。周りの事認めるくらいなら自分が悪かったって思う方が楽だもんな」
震えてるリッキーが温かい。
「俺もずっと自分を責めてる。今、この瞬間も。なんで離れた、なんで間に合わなかった……俺は自分が許せねぇんだ」
震えて、温かくて、ぎゅっと抱いてくれる。そんなリッキーの背中が遠い。
「お前が俺を助けようとして足掻く夢を見んのは、お前が俺を大事に思ってくれてるからなんだ、って教えられた。お前は俺を責めるくらいなら自分を責める方を選んだ。助けてほしかったのに、間に合ってほしかったのに、そうしなかった俺をお前は本当は怒ってて……憎んでるんだ……」
憎む? 僕がリッキーを?
「でもそれを認めたくなくて一生懸命記憶の穴を自分で埋めてんだよ、夢ん中で。でも、それじゃいつか壊れる。お前が壊れていくのは見たくない。壊したくない。だからきちんと俺を見て、俺に怒るべきなんだ。お前はどこも悪くない。いけなかったとこなんて、何も無ぇんだ」
「ぼくは……あいつをうけいれたんだ、リッキー、ぼくはかんじたんだ、おまえがいるっていうのに」
「バカ!! じゃ、なんで苦しんでんだよ! なんで記憶から削り取ったんだ! お前が愛してんのは俺だ、俺だけだ。お前、うなされるように毎晩言い続けてんだぞ、『リッキーだけを愛してる』ってな!」
抗おうとする僕をリッキーが引き寄せる。
抗おうとする僕はリッキーにしがみついている……
「俺はもう、間に合わなくなるのはいやなんだ。今お前を黙って見てたら俺はまた間に合わなくなる。嫌われてもいい。逃げるな! お前は強い、誰よりも。だから……逃げないでくれ、どんなことからも」
時間が過ぎていく。聞こえなかったセミの声が今さらのように耳についた。僕は体を離した。リッキーがギュッ!と目を閉じた、まるで審判を待つように。
手を伸ばす。
シャツを掴む。
めくり上げた。
逆らわずにリッキーが僕に脱がされていく。
傷がたくさんあった。
一番新しい傷は左肩だ。
爪が食い込んだ痕。
これは手加減なく掴んだ痕だ。
「お前は俺にしがみついて寝てたよ。俺の肌を触ると安心した顔をしてくれた。俺はしがみつかれて嬉しかった。少しでもお前の役に立てる。お前のつける傷なら痛くねぇよ」
分かってる、リッキーは僕を待ってるんだ。眠って縋る僕じゃなくて、起きて真っ直ぐリッキーを見る僕を。
「時間、たっぷりあるよ。お前がイヤじゃなきゃ、その時間の中に俺を置いといてほしい。でもお前が決めることだ。俺を見るときっとお前の傷が抉れる。それは確かなんだ。お前に必要ならどんなことだって受け入れるし、やってやるよ」
リッキーの傷を触る。数えようと思ってやめた。きっと退院してからの日数分の数がある。その傷一つ一つにリッキーの愛が溢れていた。
「お前はそれでもいいのか、他の男に抱かれた僕でも」
「抱かれたうちに入らねぇ」
「善がったかもしれない」
「なら俺がもっと善がらせてやる」
「いやだね、僕はボトムじゃない」
「フェル」
唇が近づいてくる。目を閉じて受け入れると目が眩んだ……気がつくと背中に手があって、そっと上下に動いていた。
「いいんだ、まだ早すぎた。悪かったな、もっと出しちまえよ」
僕の上がる手を見て、リッキーが水を持たせてくれた。なんでも分かっているリッキー。
僕は辛い気持ちを手放した。その間、ずっとリッキーがそれを持っていてくれたんだ。僕はまだそれを返して欲しくなかった。手に取るにはあまりにも重い記憶で。
でも。
「リッキー」
「うん?」
「なんでもっと早く来てくんなかったのさ」
「そうだな」
「なんでそばにいてくれなかったんだ」
「ごめん」
「あんなヤツにいいようにされたくなかった」
「分かってるよ」
「助けてほしかった」
「ああ なのに俺はいなかった」
「抵抗したかった」
「俺は防げなかった」
「挿れられてイキたくなかった」
「俺は間に合わなかった」
「リッキー」
「…………」
「愛してる。あんなヤツ、もうどうだっていい。僕はリッキーだけを愛してるんだ」
自分の言葉が本物だと確かめたかった。リッキーの頬に触れた。頬と頬とを重ねた。目は閉じなかった。目の前にいるのはリッキーだ。ちゃんと分かっていたかった。
「ふれあうって信じあうってことなんだな」
頬を離した僕にリッキーが囁く。
「お前がふれてくれて嬉しい。謝ることが出来て、そんなチャンスをくれて嬉しい」
僕じゃなくて、リッキーが泣いていた。謝れなかったリッキーにもきっと出口が無かったんだ。
「時間が」
――なにか いないか? ここに いないか?
「要ると思う。ごめん、リッキーだって酷い目に遭ってきてるのに」
「それは違う。これはあっていいことじゃない。一度だろうが、たくさんだろうが、それは関係ねぇよ」
「でもリッキーには誰もいなかった」
「お前には俺がいる。だから頼ってくれたら嬉しいんだ。必要としてくれるならそれで俺は幸せだ」
いつの間にか僕は鎮痛剤を取り出していた。ずっとその瓶を手に転がし続ける。僕は今、どうしたいんだろう。
「どうするつもりだ?」
その声で自分がどうしたいのかが分かった。
「こうするんだ」
僕は小瓶を遠くに投げた。もう薬はたくさんだ。
「焦ること無いさ。何も変わるものは無ぇんだ、俺たちには」
「ずっと……いてくれるか?」
「ずっといていいのか?」
「僕はいてほしい」
――這ってるような……
「リッキー……さっきから何かいないか? ずっと何かがいる、」
「何もいない。俺だけだよ、フェル。何もいない、大丈夫だ。ずっとお前から離れねぇから」
慌てたようにリッキーが肩を抱いた。少し落ち着いた。
そうだ。僕には悪かったことなど一つも無い。何の落ち度も無かった。そしてリッキーはずっと出来得る限りのことを精一杯してくれていたんだ。
「パートナーになろう」
「リッキー……」
「お前は俺にそう言ってくれた。離れたくねぇんだ。ずっとそばにいたい。今度は俺が待つ番だ。お前の返事を待つよ」
「どこか……行きたい」
「しばらくお前の母さんのところに行こう」
僕は頷いた。
「明日ここを発ちたい」
今度はリッキーが頷いた。
僕らには いや、僕にはまだ時間が必要なんだ。体の奥の傷が僕を責めなくなるまで。もう鎮痛剤は要らない。僕はこの痛みに向き合っていかなきゃならない。そしてこの痛みを受け入れていくんだ。
……なにかがいるよりっきー……
その夜、僕らはいつもの様に一つのベッドにいた。僕は爪を短く切った。まだ夜のことは自信が無い。またリッキーを傷つけるかもしれない。この頃じゃ盗聴のことも気にならなくなってる。聞きたけりゃ聞けばいいんだ、踏ん反り返って。
「ごめん、嫌かもしれないけどいろいろ聞いておきたいんだ」
「どんなことだ? イヤな思いをすんのはお前だ。俺じゃねぇだろ?」
「まず、遠巻きにしてる連中、どこまで知ってるんだ?」
「肝心なことはシェリー以外誰も知っちゃいねぇよ。何かきな臭い噂が出始めると、ロジャーが別の情報で操作してうやむやにしちまう」
くすり と笑い声が聞こえた。
「あいつが自分の希望通りマスコミ関係に進んだら、世の中えらいことになるだろうな」
確かにそうだ。本人がやたら軽いのも功を奏している。でも本当は頭の中は厄介なことにPC並みに動いてる。今回リッキーに認められたい一心で充分にその能力を発揮しているらしい。
「その……」
「なんだ? 何が聞きたい?」
深呼吸をする。これは覚悟して聞かなくちゃならない。どうしても知るべきなんだ、自分のためにも。それでも大きな抵抗があって、目を閉じて深呼吸して言葉を吐き出した。
「セバスチャンはどうしてるんだ?」
驚いた顔でリッキーが起き上がった。
「知っておきたい。どっかでいきなり出くわすかもしれない。僕には覚悟がいるんだ。中途半端にしておきたくない」
「お前が気にするこっちゃねぇ」
「僕は訴えてない。だから当然警察沙汰にもなってないよな?」
「ああ。そんな話は出ちゃいない」
そう言ってリッキーは天井に向かって親指を立てた。
「何も心配はいらねぇ。だから安心してろ。俺は野郎をあの後ぶちのめしたよ。ばったり会ったからな。まずあの手じゃ、二度とメスは握れねぇだろう。鼻は叩き折ったから元の形に戻るとは思えねぇよ。もうちっとで殺すとこだったのを通りかかったおっさんに止められちまってあいつは逃げた。その後は知らねぇ。病院にも確認したんだ。ふいといなくなったってさ。噂じゃどっか田舎に逃げたって話だ」
「分かった。なら安心だ。そうなったらどうしようって思ってたんだ」
リッキーが覆いかぶさってきた。
「それよりお前に抱かれて寝たい。何もしなくていいから」
リッキーが耳に口を寄せてきた。
「消えた」
「え?」
「多分あいつらだろう。だから気にすんな。いつものことだ。もうあいつに会うことは無ぇよ、きっと」
そのままそっと唇に触れてきた。
こうやって生きてきたんだ、リッキーは。アイツみたいに消えて欲しい相手ばかりじゃなかっただろう。自分が関わることで誰かが消えていく。
どれだけの辛酸を舐めてきたんだろうか。僕にしたって、殺されたのかと思うとそれはそれで複雑だ。だったらこの手で殺してやりたかった。自分自身にケリをつけるために、止めを刺してやりたかった。
ここのところ僕はリッキーに守られる立場で、それがキスの形にも現れていた。僕の頭を抱き寄せて覆いかぶさるように唇を寄せてくる。僕はその胸を突き上げた。
「ごめん、まだ……」
「あ そうだった、悪い! つい……気分悪いか? 俺、考え無しだった」
「頬合わせるだけなら平気なんだけど」
僕の鼓動があまりに速くなってるからリッキーは慌てた。こんなことがいつまで続くんだろう。
「こういうのって……恐ろしいんだな……お前も母さんもこんな思いしてきたんだな」
「一緒にすんな、お前は特別だ。お前みたいな酷い目に遭ったことねぇよ。きっと母さんも無いと思うぜ。俺なら乗り越えんのは無理だ」
「……どんなだったんだ? 僕はどうされたんだ?」
「知らなくていい」
即答だった。
「もう過ぎたことだろ? いいじゃねぇか、こうしてここにいるんだから」
「僕だってこの先どうなるか分からない。正直言って自信がない……」
「お前は大丈夫だ。俺は心配してねぇぞ。ただ今はさっきみたいな無神経なこと、お前にしちゃいけなかった。悪かった」
「ありがとう……もう少し時間をくれよ。僕こそごめん」
手を握り合った。その温もりが嬉しい。
「俺、前から聞きたかったんだけど……」
今度はリッキーが聞いてきた。
「何さ。答えるよ、何でも」
「お前とシェリーって…………どういう関係?」
そうか、説明してなかったんだ。
「えぇと、表向きは」
「表向き?」
「うん、幼馴染みってことになってる。中学からは学校もずっと一緒だし」
「で、表向きじゃねぇ方は?」
「なに? 焼きもちホントに焼いてた?」
「バ、バカ言え! そんなもん焼くか! ただ……妙にお前のことになると過保護だし。最初の頃は俺を目の敵にしてただろ? お前の母さんとすごく親しげだったし、家の事情も知り過ぎだろ? それに……」
だんだん早口になっていくリッキーが可笑しい。
「なぁ! そういうの、ヤキモチって言わない? すごく嬉しいな! じゃんじゃん焼いてくれよ!」
「じゃ……やっぱり昔の彼女……」
「違うよ! 母さんの姉さんの子ども」
「つまり……従妹?」
「ってことになってる」
「は? まだ何かあんのか?」
「母さんの娘なんだ。というか、僕の双子の姉」
「ええ!?」
「あっちはそれを知ってて、僕を姉として守ろうとしてるんだ。で、僕はそれを知らないことにしてる。ただの従妹だってね」
「なんか……ややこしいことになってんだな」
「一卵性じゃないからね、似てないんだよ。母さんは女の子をブロンクスに置いときたくなかったんだ、自分に酷いことが起きたから。だから養女に出したんだよ。でもちょっと上手く行かなくてね。結局母さんの姉が引き取ったんだ。暮らし向きも良かったし。頭がいいからもっと上を目指せるのにここに来たんだ。あれで結構弟思いなんだよ」
「だから世話を焼くのか……普通じゃないからな、実はちょっと心配してた」
「それに心配は要らない。シェリーにはちゃんと彼女がいるから」
リッキーの目が瞬きを忘れた。
「もう……お前んとこはびっくりすることばっかりだな」
「いろいろと悪いね」
「もう他に無ぇか?」
「……あるけど。でも今はいいだろ? 隠すつもりないけど、今は話す気になれないんだ」
「分かった。なら聞かねぇ。話したくなったら話せよ、聞くから」
思い出したように時計を見てリッキーは起き上がった。
「おい、薬。これは飲んどけ。まだ完全に良くなっちゃいねぇからな」
渡された薄い青と白い錠剤。
「これは何の薬? ずっと飲んでるけど聞いたことなかったよね」
「いいから飲め。体のためだ」
「リッキー。もう薬は飲みたくない。訳の分からない薬なら猶の事だ」
諦めたような顔。
「睡眠導入剤と安定剤だ。お前、ずっと眠れずにいるから。夜中はうなされてんだ」
しばらく考えて口の中に入れた。
「飲まないかと思った」
「きっとお前が困るだろう? 夜中に迷惑かけたくない。ただもう要らないって思ったら止めにしてくれ。判断、リッキーに任せるよ」
「そうか……しばらくは飲んだ方がいいと思う。今日いろんなこと聞いたばかりだからな。様子を見ててやるよ」
そして僕はリッキーの胸で鼓動を聞きながら寝た。眠りに落ちるまで、リッキーは僕の額や頬や頭にキスをくれた。
――どうか どうか。
今夜はこの温かい体に傷をつけませんように。リッキーの眠りを妨げませんように。
神なんか信じちゃいない。けど、この瞬間は僕は祈りたい。
――どうか僕に力をくれ。僕は自分を取り戻したい。リッキーを愛してるから。
なにかが うごめく
なにかが 這いずる
なにかが…………
なぜこんなことになったんだ? 僕のどこがいけなかった?
「何がいけなかったんだろう……僕はきっともっと気をつけるべきだったんだよな……お前がいるのに、お前がいるのに、どうしてそんなヤツに抱かれたんだろう……」
抱きしめてきたリッキーが震えてる。
「あのな、どんな被害者でもこう思うんだ、自分に悪いとこがあったんじゃねぇかって。俺もそうだったよ、俺はどっかおかしいんだろうって。だからみんなそんな目で見るし、そんな風に扱うんだって。それって自然なんだ。周りの事認めるくらいなら自分が悪かったって思う方が楽だもんな」
震えてるリッキーが温かい。
「俺もずっと自分を責めてる。今、この瞬間も。なんで離れた、なんで間に合わなかった……俺は自分が許せねぇんだ」
震えて、温かくて、ぎゅっと抱いてくれる。そんなリッキーの背中が遠い。
「お前が俺を助けようとして足掻く夢を見んのは、お前が俺を大事に思ってくれてるからなんだ、って教えられた。お前は俺を責めるくらいなら自分を責める方を選んだ。助けてほしかったのに、間に合ってほしかったのに、そうしなかった俺をお前は本当は怒ってて……憎んでるんだ……」
憎む? 僕がリッキーを?
「でもそれを認めたくなくて一生懸命記憶の穴を自分で埋めてんだよ、夢ん中で。でも、それじゃいつか壊れる。お前が壊れていくのは見たくない。壊したくない。だからきちんと俺を見て、俺に怒るべきなんだ。お前はどこも悪くない。いけなかったとこなんて、何も無ぇんだ」
「ぼくは……あいつをうけいれたんだ、リッキー、ぼくはかんじたんだ、おまえがいるっていうのに」
「バカ!! じゃ、なんで苦しんでんだよ! なんで記憶から削り取ったんだ! お前が愛してんのは俺だ、俺だけだ。お前、うなされるように毎晩言い続けてんだぞ、『リッキーだけを愛してる』ってな!」
抗おうとする僕をリッキーが引き寄せる。
抗おうとする僕はリッキーにしがみついている……
「俺はもう、間に合わなくなるのはいやなんだ。今お前を黙って見てたら俺はまた間に合わなくなる。嫌われてもいい。逃げるな! お前は強い、誰よりも。だから……逃げないでくれ、どんなことからも」
時間が過ぎていく。聞こえなかったセミの声が今さらのように耳についた。僕は体を離した。リッキーがギュッ!と目を閉じた、まるで審判を待つように。
手を伸ばす。
シャツを掴む。
めくり上げた。
逆らわずにリッキーが僕に脱がされていく。
傷がたくさんあった。
一番新しい傷は左肩だ。
爪が食い込んだ痕。
これは手加減なく掴んだ痕だ。
「お前は俺にしがみついて寝てたよ。俺の肌を触ると安心した顔をしてくれた。俺はしがみつかれて嬉しかった。少しでもお前の役に立てる。お前のつける傷なら痛くねぇよ」
分かってる、リッキーは僕を待ってるんだ。眠って縋る僕じゃなくて、起きて真っ直ぐリッキーを見る僕を。
「時間、たっぷりあるよ。お前がイヤじゃなきゃ、その時間の中に俺を置いといてほしい。でもお前が決めることだ。俺を見るときっとお前の傷が抉れる。それは確かなんだ。お前に必要ならどんなことだって受け入れるし、やってやるよ」
リッキーの傷を触る。数えようと思ってやめた。きっと退院してからの日数分の数がある。その傷一つ一つにリッキーの愛が溢れていた。
「お前はそれでもいいのか、他の男に抱かれた僕でも」
「抱かれたうちに入らねぇ」
「善がったかもしれない」
「なら俺がもっと善がらせてやる」
「いやだね、僕はボトムじゃない」
「フェル」
唇が近づいてくる。目を閉じて受け入れると目が眩んだ……気がつくと背中に手があって、そっと上下に動いていた。
「いいんだ、まだ早すぎた。悪かったな、もっと出しちまえよ」
僕の上がる手を見て、リッキーが水を持たせてくれた。なんでも分かっているリッキー。
僕は辛い気持ちを手放した。その間、ずっとリッキーがそれを持っていてくれたんだ。僕はまだそれを返して欲しくなかった。手に取るにはあまりにも重い記憶で。
でも。
「リッキー」
「うん?」
「なんでもっと早く来てくんなかったのさ」
「そうだな」
「なんでそばにいてくれなかったんだ」
「ごめん」
「あんなヤツにいいようにされたくなかった」
「分かってるよ」
「助けてほしかった」
「ああ なのに俺はいなかった」
「抵抗したかった」
「俺は防げなかった」
「挿れられてイキたくなかった」
「俺は間に合わなかった」
「リッキー」
「…………」
「愛してる。あんなヤツ、もうどうだっていい。僕はリッキーだけを愛してるんだ」
自分の言葉が本物だと確かめたかった。リッキーの頬に触れた。頬と頬とを重ねた。目は閉じなかった。目の前にいるのはリッキーだ。ちゃんと分かっていたかった。
「ふれあうって信じあうってことなんだな」
頬を離した僕にリッキーが囁く。
「お前がふれてくれて嬉しい。謝ることが出来て、そんなチャンスをくれて嬉しい」
僕じゃなくて、リッキーが泣いていた。謝れなかったリッキーにもきっと出口が無かったんだ。
「時間が」
――なにか いないか? ここに いないか?
「要ると思う。ごめん、リッキーだって酷い目に遭ってきてるのに」
「それは違う。これはあっていいことじゃない。一度だろうが、たくさんだろうが、それは関係ねぇよ」
「でもリッキーには誰もいなかった」
「お前には俺がいる。だから頼ってくれたら嬉しいんだ。必要としてくれるならそれで俺は幸せだ」
いつの間にか僕は鎮痛剤を取り出していた。ずっとその瓶を手に転がし続ける。僕は今、どうしたいんだろう。
「どうするつもりだ?」
その声で自分がどうしたいのかが分かった。
「こうするんだ」
僕は小瓶を遠くに投げた。もう薬はたくさんだ。
「焦ること無いさ。何も変わるものは無ぇんだ、俺たちには」
「ずっと……いてくれるか?」
「ずっといていいのか?」
「僕はいてほしい」
――這ってるような……
「リッキー……さっきから何かいないか? ずっと何かがいる、」
「何もいない。俺だけだよ、フェル。何もいない、大丈夫だ。ずっとお前から離れねぇから」
慌てたようにリッキーが肩を抱いた。少し落ち着いた。
そうだ。僕には悪かったことなど一つも無い。何の落ち度も無かった。そしてリッキーはずっと出来得る限りのことを精一杯してくれていたんだ。
「パートナーになろう」
「リッキー……」
「お前は俺にそう言ってくれた。離れたくねぇんだ。ずっとそばにいたい。今度は俺が待つ番だ。お前の返事を待つよ」
「どこか……行きたい」
「しばらくお前の母さんのところに行こう」
僕は頷いた。
「明日ここを発ちたい」
今度はリッキーが頷いた。
僕らには いや、僕にはまだ時間が必要なんだ。体の奥の傷が僕を責めなくなるまで。もう鎮痛剤は要らない。僕はこの痛みに向き合っていかなきゃならない。そしてこの痛みを受け入れていくんだ。
……なにかがいるよりっきー……
その夜、僕らはいつもの様に一つのベッドにいた。僕は爪を短く切った。まだ夜のことは自信が無い。またリッキーを傷つけるかもしれない。この頃じゃ盗聴のことも気にならなくなってる。聞きたけりゃ聞けばいいんだ、踏ん反り返って。
「ごめん、嫌かもしれないけどいろいろ聞いておきたいんだ」
「どんなことだ? イヤな思いをすんのはお前だ。俺じゃねぇだろ?」
「まず、遠巻きにしてる連中、どこまで知ってるんだ?」
「肝心なことはシェリー以外誰も知っちゃいねぇよ。何かきな臭い噂が出始めると、ロジャーが別の情報で操作してうやむやにしちまう」
くすり と笑い声が聞こえた。
「あいつが自分の希望通りマスコミ関係に進んだら、世の中えらいことになるだろうな」
確かにそうだ。本人がやたら軽いのも功を奏している。でも本当は頭の中は厄介なことにPC並みに動いてる。今回リッキーに認められたい一心で充分にその能力を発揮しているらしい。
「その……」
「なんだ? 何が聞きたい?」
深呼吸をする。これは覚悟して聞かなくちゃならない。どうしても知るべきなんだ、自分のためにも。それでも大きな抵抗があって、目を閉じて深呼吸して言葉を吐き出した。
「セバスチャンはどうしてるんだ?」
驚いた顔でリッキーが起き上がった。
「知っておきたい。どっかでいきなり出くわすかもしれない。僕には覚悟がいるんだ。中途半端にしておきたくない」
「お前が気にするこっちゃねぇ」
「僕は訴えてない。だから当然警察沙汰にもなってないよな?」
「ああ。そんな話は出ちゃいない」
そう言ってリッキーは天井に向かって親指を立てた。
「何も心配はいらねぇ。だから安心してろ。俺は野郎をあの後ぶちのめしたよ。ばったり会ったからな。まずあの手じゃ、二度とメスは握れねぇだろう。鼻は叩き折ったから元の形に戻るとは思えねぇよ。もうちっとで殺すとこだったのを通りかかったおっさんに止められちまってあいつは逃げた。その後は知らねぇ。病院にも確認したんだ。ふいといなくなったってさ。噂じゃどっか田舎に逃げたって話だ」
「分かった。なら安心だ。そうなったらどうしようって思ってたんだ」
リッキーが覆いかぶさってきた。
「それよりお前に抱かれて寝たい。何もしなくていいから」
リッキーが耳に口を寄せてきた。
「消えた」
「え?」
「多分あいつらだろう。だから気にすんな。いつものことだ。もうあいつに会うことは無ぇよ、きっと」
そのままそっと唇に触れてきた。
こうやって生きてきたんだ、リッキーは。アイツみたいに消えて欲しい相手ばかりじゃなかっただろう。自分が関わることで誰かが消えていく。
どれだけの辛酸を舐めてきたんだろうか。僕にしたって、殺されたのかと思うとそれはそれで複雑だ。だったらこの手で殺してやりたかった。自分自身にケリをつけるために、止めを刺してやりたかった。
ここのところ僕はリッキーに守られる立場で、それがキスの形にも現れていた。僕の頭を抱き寄せて覆いかぶさるように唇を寄せてくる。僕はその胸を突き上げた。
「ごめん、まだ……」
「あ そうだった、悪い! つい……気分悪いか? 俺、考え無しだった」
「頬合わせるだけなら平気なんだけど」
僕の鼓動があまりに速くなってるからリッキーは慌てた。こんなことがいつまで続くんだろう。
「こういうのって……恐ろしいんだな……お前も母さんもこんな思いしてきたんだな」
「一緒にすんな、お前は特別だ。お前みたいな酷い目に遭ったことねぇよ。きっと母さんも無いと思うぜ。俺なら乗り越えんのは無理だ」
「……どんなだったんだ? 僕はどうされたんだ?」
「知らなくていい」
即答だった。
「もう過ぎたことだろ? いいじゃねぇか、こうしてここにいるんだから」
「僕だってこの先どうなるか分からない。正直言って自信がない……」
「お前は大丈夫だ。俺は心配してねぇぞ。ただ今はさっきみたいな無神経なこと、お前にしちゃいけなかった。悪かった」
「ありがとう……もう少し時間をくれよ。僕こそごめん」
手を握り合った。その温もりが嬉しい。
「俺、前から聞きたかったんだけど……」
今度はリッキーが聞いてきた。
「何さ。答えるよ、何でも」
「お前とシェリーって…………どういう関係?」
そうか、説明してなかったんだ。
「えぇと、表向きは」
「表向き?」
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「で、表向きじゃねぇ方は?」
「なに? 焼きもちホントに焼いてた?」
「バ、バカ言え! そんなもん焼くか! ただ……妙にお前のことになると過保護だし。最初の頃は俺を目の敵にしてただろ? お前の母さんとすごく親しげだったし、家の事情も知り過ぎだろ? それに……」
だんだん早口になっていくリッキーが可笑しい。
「なぁ! そういうの、ヤキモチって言わない? すごく嬉しいな! じゃんじゃん焼いてくれよ!」
「じゃ……やっぱり昔の彼女……」
「違うよ! 母さんの姉さんの子ども」
「つまり……従妹?」
「ってことになってる」
「は? まだ何かあんのか?」
「母さんの娘なんだ。というか、僕の双子の姉」
「ええ!?」
「あっちはそれを知ってて、僕を姉として守ろうとしてるんだ。で、僕はそれを知らないことにしてる。ただの従妹だってね」
「なんか……ややこしいことになってんだな」
「一卵性じゃないからね、似てないんだよ。母さんは女の子をブロンクスに置いときたくなかったんだ、自分に酷いことが起きたから。だから養女に出したんだよ。でもちょっと上手く行かなくてね。結局母さんの姉が引き取ったんだ。暮らし向きも良かったし。頭がいいからもっと上を目指せるのにここに来たんだ。あれで結構弟思いなんだよ」
「だから世話を焼くのか……普通じゃないからな、実はちょっと心配してた」
「それに心配は要らない。シェリーにはちゃんと彼女がいるから」
リッキーの目が瞬きを忘れた。
「もう……お前んとこはびっくりすることばっかりだな」
「いろいろと悪いね」
「もう他に無ぇか?」
「……あるけど。でも今はいいだろ? 隠すつもりないけど、今は話す気になれないんだ」
「分かった。なら聞かねぇ。話したくなったら話せよ、聞くから」
思い出したように時計を見てリッキーは起き上がった。
「おい、薬。これは飲んどけ。まだ完全に良くなっちゃいねぇからな」
渡された薄い青と白い錠剤。
「これは何の薬? ずっと飲んでるけど聞いたことなかったよね」
「いいから飲め。体のためだ」
「リッキー。もう薬は飲みたくない。訳の分からない薬なら猶の事だ」
諦めたような顔。
「睡眠導入剤と安定剤だ。お前、ずっと眠れずにいるから。夜中はうなされてんだ」
しばらく考えて口の中に入れた。
「飲まないかと思った」
「きっとお前が困るだろう? 夜中に迷惑かけたくない。ただもう要らないって思ったら止めにしてくれ。判断、リッキーに任せるよ」
「そうか……しばらくは飲んだ方がいいと思う。今日いろんなこと聞いたばかりだからな。様子を見ててやるよ」
そして僕はリッキーの胸で鼓動を聞きながら寝た。眠りに落ちるまで、リッキーは僕の額や頬や頭にキスをくれた。
――どうか どうか。
今夜はこの温かい体に傷をつけませんように。リッキーの眠りを妨げませんように。
神なんか信じちゃいない。けど、この瞬間は僕は祈りたい。
――どうか僕に力をくれ。僕は自分を取り戻したい。リッキーを愛してるから。
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目の不自由な響野を見かねてサポートを申し出てくれた水元とすごすうちに、友情だけではない感情を抱く響野だが、勇気を出して想いを伝えても「その感情は一時的なもの」と否定されてしまい……?
重い過去を持つ一途な攻め × 不幸に抗(あらが)う男前な受けのお話。
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・性描写のある回には「※」マークが付きます。
・水元視点の番外編もあり。
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※番外編はこちら
『光の部屋、花の下で。』https://www.alphapolis.co.jp/novel/728386436/614893182
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