お前のものになりたいから

りふる

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2.キス

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 しばらく外を歩いた。風に当たるつもりだったのに、ちっとも空気を冷たく感じない。もう、今日は寝てしまおう。混乱しきった頭で明日のことも考えられない。

 ため息混じりにドアを開けると、そこにリッキーがいた。言いたいことが山ほどあるのに言葉がまとまらない。口を開いて閉じる。
「分かってる、お前の言いたいこと」
うんと真面目に僕の目を見るリッキー。

――そりゃもう、『誰だってイチコロさ』 
そうだね、ロジャー。分かるよ、それ。けどさ!
ロイじゃないけど、それはそれ、これはこれだろ?

「やってくれたね、リッキー」
 僕の中には怒りが渦巻いて、これから自分が何をまくし立てるかも分からないくらいだった。ベッドに座り両手を上げた彼に一旦口が閉じる。
「まず、お前にはそんな気が無ぇってのは分かった。悪かった、本当に」
 意外な言葉に、自分の目が和らぐのを感じた。そばにあった椅子に座る。で? という僕の無言の質問に、彼はため息をついた。
「俺の早とちりだったんだよな。そこは分かったんだ。冷静になってみれば俺はお前のこれまでの行動を自分に都合よく取っちまってたんだ。けど俺は仕切り直したい。だから最初に戻りたい、お前と初めて出会った頃に」
「出会った頃?」
「ああ、そうだ。最初からやり直してぇんだ」

 リッキーは何を言うつもりなんだろう? 第一、僕のこれまでの行動って?

「だから全部整理してきた。もしそのせいでお前に迷惑がかかっちまったら俺に言って欲しい。全力でお前を守る」
 どうやら僕は飲み込みが悪いらしい。
「リッキーは今、何を言ってるんだ? 整理って? 僕に何か起きるのか?」

 しっかり頷く目の前の男。なんで? なんでそこで確信を持って頷くんだよ。

「ノラは理詰めで話してきた。その気が無くなった相手とは確かに付き合っていけないけど納得は出来ないって言われた」

――僕に関係ある話なのか?

「テッドは感情的なヤツで、うまく受け入れらんねぇらしい。離したくないってな。ベッドではかなりのもんなんだけどそれ以外じゃ女々しいヤツだよ」

――そこ、必要?

 少し前かがみで、だから真っ直ぐな黒髪がはらりと頬にかかっている。両肘を膝について手をしっかりと組んでいるリッキーが僕を見つめて真剣に話している。気にもしてなかったけどこんなにきちんと正面から顔を見るのは初めてだ。
 なんか……リッキーの綺麗さって、凄味がある。こんなだったっけ、本当に。だからよく分からないまま黙って聞いていた、惹き込まれるように。

「ロイは大丈夫だ。あいつ、今は凹んでるけど切り替えの出来るヤツなんだ。じゃなけりゃ、あんな内職なんか出来ねぇしな」
ロイの様子を思い出して、そうなんだろうか? と疑問に思う。

「エシューはこの前も言った通り割り切った付き合いだったから問題ねぇ。だから大人の女性が好きなんだけどさ」
さらりと言ってのける。

「ノラは酔っ払った勢いで考え無しに寝ちまったからな」

リッキーの色事の内情を聞かされている僕。我ながら、なんてマヌケな真似してんだろう。

「ソーヤーには、いい思い出だったって言われた。どうせ別れることになってたし。だからお前に厄介をかけるとしたら、ノラとテッドなんだ」
「あのさ、リッキー。具体的に、今僕はどういう立場になってんだよ」

彼は済まなそうな顔で言った。
「お前は今、みんなの恋敵になってる」

 開いた口が塞がらない。そもそも、付き合ってない。僕はリッキーを愛してるわけじゃない。さらに、あんまりリッキーを知らない、結構同室になって長いけど。長いったって5ヵ月だ。

「ノラとテッドだけじゃねぇんだ。俺にプッシュしてきたヤツは結構多い。最初の頃は無作為に誰彼構わず、誘われるままに寝ちまってたからな。今でもスケジュール空いてる時は誰かのベッドに入ってたりするし」

それって凄い発言だよ、愛してるって言葉の後じゃさ。

「ロイにさ、僕が冷たいから別れたいんだって言っただろ?」
「一番最初に話したのがロイだった。そん時は俺、感情のまんま話しちまったんだ。あれはまずったよ」
「リッキーが自分の身の回りを整理してきたってのは分かったよ。つき合ってた面子と全部別れたってことなんだな? 僕が謂れのない標的になったってことも分かった」

彼がちゃんと頷く。なんだかもう、力が抜ける。

「僕に厄介をかけたくないなら、僕とは何でもないって表明すればいいことなんじゃないのか?」
「そんな簡単にはいかねぇよ」
「なんで!」
「だって、俺、お前が好きだから」

 みんながイチコロになるというリッキーが、僕を好きだって? しかもそれ面と向かって言われたら……顔が火照ってるのが自分でも分かる。

「この前、映画館でお前のあの顔見て」
どんな顔のことさ! お前の中に焼き付いてる僕の顔……。
「再確認したんだ、俺、お前が好きだ、愛してる」

 最後の言葉は僕の目をまっすぐ見ながらだから茶々を入れることも怒ることも出来なかった。まして疑うことなんか出来ないほど僕を見つめてる大きな黒い瞳。

 少し間が空いて、僕は口を開いた。
「確かに真剣に言ってるんだと思う。いい加減な気持ちじゃないってことも伝わってきてるよ。でも僕はそれにどう応えりゃいいのさ。考えたことも無かったんだよ、こんな展開」
「本当に悪いと思ってる」
「だいたい、僕はリッキーのことをよく知らないし、リッキーだって僕のこと知らないだろ?」
「知ってるよ、いいヤツだってことと、いい男だってこと。それだけで充分だ。だからしたくなったんだ。お前も気持ち良さそうにしてくれてた」
「うるさい、黙れ」
それしか言えない。他に返事のしようがない。

「俺はお前が知ってる通り、ちゃらんぽらんだ。男にも女にもだらしねぇし」

――頷いちゃまずいか?

「だが、嘘はつかねぇし、約束は破らねぇ。隠し事もしねぇ。それが俺の信条だ」
 思っていたよりも真っ直ぐなリッキーに、僕はこれまでの認識をほんの少し改めた。単なる性欲旺盛過ぎる色情男ってわけではなさそうだ。

「それでこれからどうしていきたいんだ? さっきも言ったけど僕の人生にこんなことが起きるなんて思ってもいなかったからさ、頭が追いつかない」
「お前はまず俺をちゃんと見てくんねぇか? そして理解だけでもして欲しいんだ、俺がお前を好きだってこと。その上で付き合うに値しねぇと思うんなら仕方ねぇ、俺も黙って引き下がる」
あの……引き下がらなかったらどうなるわけ?
「けど、お前に認めてもらうために俺は全力を尽くす」
「ぜ 、全力って?」
「まず、俺のやり方になるけど、今回のことについちゃお前を守りきる。そして、お前を愛してるんだって思いが伝わるように頑張る、とことん」

 僕の生活が思いっきり変わるってことなら、はっきり分かった。

……なんか大事なことを忘れてる……ロジャー!
「リッキー! リッキーが泣いて飛び出してっただろう? あん時にロジャーがいたんだ」
チッ!と舌打ちが聞こえた。
「あのスピーカー……ちょっと待っててくんねぇか? すぐ戻るから」
言った時には立ち上がってる。ドアノブを掴んで振り返りもう一度言った。
「すぐ戻る」


 この間の映画を誘った時の彼とはまるで別人だ。いや、違う。あの時は僕は彼のことを色眼鏡で見てた。だってあの時だって、真っ直ぐだったじゃないか。何も飾っちゃいなかった。
『俺が相手してやろーか?』
ストレートだった……。
 そこまで考えて、クラッシュ。だって、その後起きたことは……。

『お前も気持ち良さそうにしてくれてた』


 頭がぼんやりし始めた時にドアが開いた。
「待たせたな、ロジャーは大丈夫だ。まだ2人にしか話して無かったし、ロジャーも2度と喋らねぇよ」
僕はロジャーをよく知ってる。ネタになることを掴んだら、それが風化するまで喋り続けるヤツだ。
「あいつを黙らせることなんて誰にも出来ないよ」
「心配しなくっていいって。言ったろ? お前のことを守りきるってさ」
「何してきたんだよ!?  脅したのか?」
「そんなことしたらお前が何されっか分かんねぇだろ?」
「じゃ、何してきたのさ」
「キスしてきた」
「は?」

――あれ? 僕を愛してるって言ってなかったっけ?

​「つまり、落としてきたんだ。お前に隠し事したくねぇからな、ちゃんと言っとく。ただ、恋敵1人増やしちまった。済まん」
謝られて、僕は許すのか? そんな関係にまだなっちゃいないよ、リッキー。
「話しちゃった2人って、誰?」
「それも落としとく。後でロジャーと一緒に整理する」
断言しちゃうところがすごい。
「それって、僕がヤキモチ焼くとこなのか?」
「大丈夫。ヤキモチ焼くくらいにさせてやるよ」

 今日初めての笑顔。あの時と同じ、映画館の時の凄みのある笑顔。熱くって心を揺さぶられるような眼差し。任せとけみたいな、いいこと言ってるような……。
 だめだ、リッキーのこと普通に考えられなくなってる。

「僕に付き合ってる子がいるかもしれないじゃないか」
「ちゃんと知ってる、お前は今フリーだ。フリーじゃないヤツとは付き合わねぇ。俺、そーいうこと嫌いなんだ。けどお前が片思いしてるだの、ほんのり誰かを思ってるだのなら話は別」
失礼だよ、フリーだって決めつけるなんて。
「どう別なんだよ」
「俺の方がいいって、絶対思わせてやるから」

凄み通り越して、妖艶になり始めてる笑顔……もしかして催眠術みたいなもんが出来るのか?

「お前、今とろんとしてるだろ?」
「な なに言ってんだよ!」
思わず立ち上がろうとした僕の顎がリッキーの指でクイッと上げられた。
「お前さ、やっぱいい。俺のツボ。お前が一番いい、誰よりも」
顎を振ろうとして、掴まれた。
「俺、本当にお前が好きなんだ」

 押しつけられた唇。動けない僕。また力が抜けていく……入り込んで来る舌。優しくてゆっくり動いて、だんだん力強く……。

 僕は勢いに呑み込まれる寸前にに立ち直った。舌を押し出して唇をガリっと噛んでやる。
――あ……! 噛み過ぎた? 
血が垂れてる。焦る僕を尻目にそれを舌先でチロチロと舐めてにやりと笑った。離れない僕の目。
「そーいう感じ、すごくいい。焦らされてるみてぇでさ」

なんてこと言うんだよ!


「一目惚れだって言ったね?」
僕はちょっと目を逸らし、咳ばらいをして聞いた。
「そうだよ。電気が走ったみたいだった」
赤くなる自分の顔を意識しながら尚も僕は聞いた。
「それっていつの話?」
少し寂しそうに笑ったんでドキッとした。
「そーだよな、お前覚えちゃいねぇんだ」

足を投げ出して向うを向いて座ったリッキーが、僕の足に頭を預けてる。そんなの……ずるいよ……。

「お前さ、あん時バスケやってたんだよ、仲間たちとさ」
いつ頃の話なんだろう? 年中やってるから分からない、ハーフコートのバスケ。
「お前、目立ってたんだ、背が高いから。流れる汗腕で拭いながら太陽浴びて走り回ってたお前、すごくきれいでイカしてた。笑顔がすっごく良かった。ダークブロンドがきらきら光ってて目が真っ青で……あの笑顔が俺だけに向けられたらどんなに幸せだろうって」

そんな風に褒められるとなんだか居心地悪い。きれいだなんて言われたこともない。

「他の連中のミスのせいで負けて、シャツ脱がされてさ。俺、目が離れなかった、お前の背中すげぇいい筋肉してて」
負けたらシャツ脱ぐのなんて恒例だ。僕の背中を見てたやつがいたなんて……。
「で、ふざけてたヤツが思いっきりお前にぶつかった。
そん時には俺、飛び出してたんだ。お前の頭が地面に叩き付けられる前に咄嗟に手で受け止めたんだけど、それでもちょっと遅かったみたいでな、お前少し頭打って……」
ぼんやりと思い出す。そういえばそんなことがあったような……。
『倒れた時に、すっげぇ美形がお前を抱き抱えたんだぞ』
そんな風なことを言われたような気がする。
「あれ、リッキーだったの!?」
「ああ。俺、そん時にはもうお前にやられちまって。で、相部屋でお前が入って来た時には息が止まるほど驚いたんだ。けどお前、覚えちゃいねぇし、俺のことさっぱり関心持ってくんねぇし。そんなヤツ初めてだった」

確かに彼は印象的だったけど、僕にとってはただのだらしない同居人だった。

「でも覚えてるか? 俺がシャワー浴びようとした時にお前入って来たろ?」
あ、それなら覚えてる!
「ごめん、あの時は走って帰って来てリッキーがバスルームにいるとは思わなくってさ。音もしてなかったし。だからつい……」
「中に入ったばっかりだったからな。お前さ、しば らく俺の裸じっと眺めてたよな 」
「あれは……! 違うんだ、固まっちゃったんだよ! 驚いちゃって。裸を見たかったわけじゃないんだ」
「俺はそう思ったんだよ。やっと俺を見てくれて、それも俺の裸を……その後お前が真っ赤になってて、それが嬉しくって……」
「だから『お前だって』って言ったのか」

足にもたれた頭が頷く。
「てっきり少しはそんな風に思ってくれたんだって思っちまったんだ。バカみてぇだな」
少年みたいだ。勝手な思い込みで恋してしまう……あ、いや、相手は僕だぞ!
「結構俺の前で素になってたし。お前のケツ、見てやったこともあったろ?」
途端に顔から火が出そうになった。
「思いっきり机にぶつかった時のことだろ!? 痣になってないか見てもらったやつ。尻見せたつもり無いけど。そのちょっと上だったろ?」
「いや、ばっちり見えてた。思わず俺、撫でた」
そんな風に取ってなかった。
「腫れてるかどうか見てるんだと思ってたんだよ!」
「チラッと前も見えた。すっげぇ……そう思った」

 またもやショート始める頭の中。確かにその……僕のは立派だとよく言われる。でもそれって男同士じゃよくあるやり取りじゃないか!

「だから抱かれたいと思ったんだ」
――ん?
「あれ? 抱きたいんじゃなくて?」
「俺、女は抱くの。男には抱かれんの」

 途端に浮かんできた3Pポルノ映画……。
「3Pはいやだ!!」
足にもたれてた頭が僕を見上げた。
「なに、言ってんだ?」
その見上げてきた顔が……可愛い……。
「あ、お前、あん時のヤツ思い出してんだな? この、スケベ!」
「ち、ちがう、ポルノなんかのこと言ってない」
「ポルノ? しっかり覚えてんじゃねぇか」
クスっと笑ってるリッキー。

「俺さ、すっごく尽くすぞ」
足首を撫でながら徐々に手が上に上がり始める。
「その……そういうの抜きで付き合うってのはだめなのか?」
「抜きって……セックス無しってことか?」
心底驚いたような声だ。
「それって付き合ってねぇだろ!」
「友情って意味だよ、友だち」
「それ、愛に入ってねぇ。なんだよ、遠回しに俺、振ってんのか?」
いや、その、遠回しじゃなくてさ……。
「僕がノーマルだって分かってるだろ?」
「だから守って尽くして認めてもらうんだ、お前に」

うん、確かに友情じゃまかなえそうにない。

「僕のどこがいいんだよ! すごく普通の男なんだよ?」
「お前は普通なんかじゃねぇ、特別なヤツだ」
 もたれていた頭がゆっくり振り返った。そしてこっちを向いて膝まづいた。
「俺、惚れたんだ、お前に。理屈も理由もどうでもいい。お前だけだ、俺をちゃんと扱ってくれたの」
そう言うと僕の膝に額を乗せた。
「頼む、俺にチャンスをくれ。俺、このままじゃ狂っちまいそうだ」

 最後の方は消え入りそうな声……そこまで僕を思ってるのか? 膝が濡れ始めた。どうしていいか分からない。僕はいつの間にかその髪を梳いていた。

「リッキー。僕は約束できないよ。今まで恋愛は何度かしたけど、そんな風に思われたことないし。僕も相手をそこまで思ったこと無い」

そう、僕は燃えるような恋はもうしたくない。

「5ヶ月もそんな気持ちで僕を見てたって言うのも、正直よく分かんない。それでいて、他に付き合ってた相手が何人もいるじゃないか」
「それ否定しねぇよ。俺 は好きだからな、誰かと触れ合ってんのが。一人でいんの、俺には無理なんだ」

 人間付き合いがセックスだけ。
――愛だ恋だ
外から見たら、気ままにそんな中を泳ぎまわってるもんだと思っていた。でも今の話を聞いてるとひどく殺伐としている。

「なぁ。それじゃ、もし付き合ったとしても僕とも寝なくなったら終わりだって、そう思わないか?」
「それは違う!」
「どう違う? 僕もおんなじ風に見てない?」
「だから……俺、お前は違うって分かってんだよ。お前はそんなヤツじゃねぇんだ」
「なら、まず普通に付き合って行かないか? 僕とバスケしたり飲みに行ったり」
「それ、やっぱり俺をもう振ってるってことか?」
「振ってるとかじゃなくってさ。それこそリッキーも僕をちゃんと見てほしいよ。そして他の連中のこともそういう目じゃなくて見てほしいんだ。リッキーが変わらないと何も変わんないよ。人との付き合いをセックスだけで見てるだろ?」
「お前は知らねぇんだよ。お前みたいな付き合いだけじゃねぇんだ、世の中は」
「人を信じてないよね、リッキーは」
「信じる……俺、フェルなら信じること出来るって思うよ」
「例えば家族とかっているだろ? ここまで生きてくる間に世話になった人とか頼りにした相手とか」
 僕の言葉の途中からすでにリッキーは笑っていた。
「家族? 家族ってなんだ? 俺の親は……」
言葉がすぼまっていく。よほどの事情があるに違いない。彼は吐き出すように喋り始めた。


――俺にセックスを仕込んだのは担任だった。初めての時は痛いのと気持ち悪いのとで吐いたし歩けなかった。それでも抱くんだ、俺のこと。
 上級生にそれがバレて俺は餌食になった。逃げ隠れするのは上手くなったぜ。だけどどうしても捕まっちまう時がある、相手が複数だったりな。
 そのうち、俺も充分感じるようになって、そうしてればいい扱いを受けるって分かった。それからはそうやって過ごして来たんだ。楽だし気持ちいいし。どうやれば相手から主導権奪えんのか分かってからは言うこと聞かせんのも簡単だった。
 俺から誘ったこと無ぇのは本当だ。お前に嘘は言わねぇんだ。けど、他のヤツとはお互いに純粋に利害関係で付き合ってきた。気持ちよくしてやる。気持ちよくしてもらう。どうせ俺なんか、そういう対象でしかねぇし。


 そこで言葉が 止まった。僕も出てくる言葉が無い。
「こうやって言ってみるとさ。俺って惨めなヤツだな」
「リッキー……」
「フェル、憐れんでるか? 俺のこと」
僕は首を横に振った。リッキーなりに必死に生きてきたんだ、そんな中で。
「そうだよな、お前はそういうヤツじゃねぇんだ」
そう言うと僕の膝に乗ってきた。
「抱きしめてくれよ、何もしねぇから」
ちょっと困ったけど、その背中に手を回した。逞しい体が僕の腕の中で身を縮こませた。
「あったかいな、お前って」
「そうか?」
「うん。あったかい」
そこには小さな男の子がいるような気がした。まだ世の中のことなんて全然知らない男の子。


 しばらくその状態が続いて、縮こまった背中が徐々に伸び始めた。
「キス、だけでもダメかな」
『いい子だったからご褒美ちょうだい』 そんな声が聞こえる。
「なにもしないって言ったじゃないか」
「だから聞いてるんだ、だめ?」
「だめ」
「どうしても?」
いつの間にか男の子が違うものになっていた。男とも違う別のもの。
「なあ」
下から声が上がってくる。
「お前がだめだって言うんなら俺、本当に我慢するよ。抱きしめてくれたし。でも俺、今キスが欲しくってさ。だめかな、キス」

 肌がざわついてくる。熱が伝わってくる。あんなに強気で喋っていた彼が男の子になって、そして今はえらく色っぽい声を出している。

「お前の口の中、気持ち良かった。俺、うっとりしちまったんだぜ」
今腕の中にいるのは舌なめずりした猫だ。背中にあった手が首に回ってる。
――だめだ  
その言葉が口の中で固まった。下から見上げるその目は僕をしっかり掴んでいた。

「フェル……キスがほしい……」

 首にしがみつくその手に抱き寄せられた僕の顔に開いた口が近づいてくる。その口が僕の口に重なった。下から僕の首に、口に、懸命にしがみついてくるリッキーをいつの間にか僕は抱え込んでいた。
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