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5.ジェイと蓮
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(来て良かった)
いつもの表情が、陰が消えている。
(遊園地、有りだな)
きっと自分以外、誰も連れてきやしない。ジェイを子どもみたいに笑わせることが出来てすごく嬉しい。思いがどんどん募っていく。
(ジェットコースター、克服しないと)
そんなことまで考えていた。どうしてもまた喜ばせたい。
「次はどれがいい? あ、頼むからメリーゴーランドの類いや観覧車はやめてくれよ」
「えぇ、観覧車は乗りたいです」
「だ! め!」
今度はジェイが膨れた。
「そんな顔しても……だめだ」
言いにくい、だめだと。きっとこの顔を見続けたら自分は良しと言ってしまうだろう。
「分かりました! 他のもん探します」
そうニコッと笑うからホッとした。
ジェイはいくつかのアトラクションを堪能して、今缶コーヒーを飲んでいる。その間も絶え間なく周りを眺めていた。
「連休だな」
蓮の声に、視線が戻った。休みなくあれこれ回ったせいか、少し疲れた顔に見える。
「疲れました?」
「年寄り扱いか?」
「違います! ただ……心配なだけです」
「俺、今まであんまり休暇取ってなかったんだ。今度のゴールデンウィークは休み取ろうかって考えてる」
「なんで休まなかったんですか?」
「休む目的が無かったからな」
「課長、彼女とか」
「課長?」
「あ、いえ、蓮」
そんなに簡単には変われない。つい『課長』と出てしまう。
「別れたよ。どうせ噂になってるからお前の耳にも入るだろう。気にしなくていいからな。とっくに終わった話だ。今は誰も付き合ってない」
この流れなら自然に聞ける。
「お前はどうなんだ? 彼女とかいないのか?」
焼き鳥屋じゃそう叫んでいたがどうせ覚えちゃいない。
「いないです」
「今は、ってことか? 俺と同じで」
口を開けたり閉じたり。言い淀む様子に可哀想になる。
「いいんだ、プライベートなことだった」
「俺、どっか変なんです」
「変?」
「女の子に……」
(俺、なに言う気なんだ?)
じっと自分を見る視線に慌てて目を逸らす。夢の中の声が……
「女の子と付き合う暇無かったから、どうしていいか分かんなくって」
危ういところで軌道修正をした。
「そうか…… その内いい子が見つかるさ。焦るな、焦るな」
蓮は深く問うのをやめた。そんなことをして何の意味があるだろう。
「さ、次はどうする? あとやってないのは……」
たいがい乗ったし、残っているのはキッズ向けばかりだ。
もう夕方だ。これから帰れば途中食事してのんびりしても9時前にはアパートに送れるだろう。
時計を見るのを悲しそうに見るジェイに気がついた。だからと言っていつまでもここにいる訳には行かない。ふっとプールがあったことを思い出したが時間が時間だ。泊まりでもしなきゃとても無理だ。
「かち……蓮、もう全部回ったんですよね」
「そんな顔するな、また連れてきてやる。最後にジェットコースター乗っとくか? 構わないんだぞ」
首を振るジェイが堪らなく切なくなった。
「今度来たらプールで泳ぐか」
「俺……あの、泳げないです」
「え?」
「泳いだこと、なくて……」
消え入りそうな声。
「俺、何も知らない……」
抱きしめたかった。知らないなら教えてやる、寂しいならそばにいてやる。けれど蓮はそれを口にしなかった。
「また来よう。入ってりゃすぐ泳げるようになるさ。じゃ、帰るか」
素直に頷いたジェイの肩に手を載せた。軽くトントンと叩く。
「入社してずっとよくやった。疲れが出てくる頃だ、ゴールデンウィークはゆっくり休め」
きっと独りきりであのアパートで過ごすのだろう。そうは思ってもこれ以上そばにいるのはどう考えても不自然だ。
その時、ジェイが立ち止まった。
「どうした?」
「あれ、入ってない」
指差したのはおばけ屋敷。
「あれは子どもかカップルが入るもんだ」
大の大人の男2人で入るようなところじゃない。
「でも入ってみたい。みんなおばけ屋敷の話、よくしてたんです。面白いって」
周りはもう薄暗くなり始めている。きっと入るところは目立たないだろう。蓮には分からないがグズグズしてると閉館になるかもしれない。
「しょうがないなぁ。じゃ、あれが最後だ。大したことないからきっと拍子抜けするぞ」
入ってすぐにジェイの様子がおかしいのに気がついた。
一歩入れば、やっと足元が見えるような暗がり。どこからともなく風が吹いてきて囁くような啜り泣きが聞こえてくる。ジェイの手が蓮のジャケットを掴んだ。
「暗いから歩きにくいか?」
返事が無い。突然金切り声が響いた。
「風と叫び声だけじゃ怖くもなんとも無いな。子ども騙しだ」
そこに赤ん坊の泣き声……
「か、かち……」
また違う声がして何かがそばを走り抜けていった。
「か…」
言い終わらない内に畳み掛けるように「ぎゃあああっ!」と男の悲鳴。
「か! かちょ!」
(こいつ、怖いのか? え? これが?)
いつのまにかジャケットではなく、腕にしがみついていた。いきなり通路のガラスの向こうに明かりがついてゾンビ仕様の男がバン! バン! とガラスを叩いてくる。
「か、か、か……」
両側の明かりが点滅し始め、その中でかなりのゾンビがジェイを見て騒ぐ。おばけ屋敷では、怖がる子どもや女性を標的に定めて脅かすものだ。どうやらジェイはその標的に認定されたらしい。
「か」
「ジェイ、俺は誰だ?」
点滅する明かりの中で涙目のジェイが震えている。
「ちゃんと言えば助けてやる。俺は?」
どうやら怖さのあまり、ジェイの頭の中は混乱し切っているらしい。
「か、かちょ、あいつら、出てくる」
ジェイのすぐそばのガラス越しにゾンビが集まり始めていた。
「ジェイ、俺を見ろ、助けてやる。俺は誰だ?」
「か…?」
いつもの表情が、陰が消えている。
(遊園地、有りだな)
きっと自分以外、誰も連れてきやしない。ジェイを子どもみたいに笑わせることが出来てすごく嬉しい。思いがどんどん募っていく。
(ジェットコースター、克服しないと)
そんなことまで考えていた。どうしてもまた喜ばせたい。
「次はどれがいい? あ、頼むからメリーゴーランドの類いや観覧車はやめてくれよ」
「えぇ、観覧車は乗りたいです」
「だ! め!」
今度はジェイが膨れた。
「そんな顔しても……だめだ」
言いにくい、だめだと。きっとこの顔を見続けたら自分は良しと言ってしまうだろう。
「分かりました! 他のもん探します」
そうニコッと笑うからホッとした。
ジェイはいくつかのアトラクションを堪能して、今缶コーヒーを飲んでいる。その間も絶え間なく周りを眺めていた。
「連休だな」
蓮の声に、視線が戻った。休みなくあれこれ回ったせいか、少し疲れた顔に見える。
「疲れました?」
「年寄り扱いか?」
「違います! ただ……心配なだけです」
「俺、今まであんまり休暇取ってなかったんだ。今度のゴールデンウィークは休み取ろうかって考えてる」
「なんで休まなかったんですか?」
「休む目的が無かったからな」
「課長、彼女とか」
「課長?」
「あ、いえ、蓮」
そんなに簡単には変われない。つい『課長』と出てしまう。
「別れたよ。どうせ噂になってるからお前の耳にも入るだろう。気にしなくていいからな。とっくに終わった話だ。今は誰も付き合ってない」
この流れなら自然に聞ける。
「お前はどうなんだ? 彼女とかいないのか?」
焼き鳥屋じゃそう叫んでいたがどうせ覚えちゃいない。
「いないです」
「今は、ってことか? 俺と同じで」
口を開けたり閉じたり。言い淀む様子に可哀想になる。
「いいんだ、プライベートなことだった」
「俺、どっか変なんです」
「変?」
「女の子に……」
(俺、なに言う気なんだ?)
じっと自分を見る視線に慌てて目を逸らす。夢の中の声が……
「女の子と付き合う暇無かったから、どうしていいか分かんなくって」
危ういところで軌道修正をした。
「そうか…… その内いい子が見つかるさ。焦るな、焦るな」
蓮は深く問うのをやめた。そんなことをして何の意味があるだろう。
「さ、次はどうする? あとやってないのは……」
たいがい乗ったし、残っているのはキッズ向けばかりだ。
もう夕方だ。これから帰れば途中食事してのんびりしても9時前にはアパートに送れるだろう。
時計を見るのを悲しそうに見るジェイに気がついた。だからと言っていつまでもここにいる訳には行かない。ふっとプールがあったことを思い出したが時間が時間だ。泊まりでもしなきゃとても無理だ。
「かち……蓮、もう全部回ったんですよね」
「そんな顔するな、また連れてきてやる。最後にジェットコースター乗っとくか? 構わないんだぞ」
首を振るジェイが堪らなく切なくなった。
「今度来たらプールで泳ぐか」
「俺……あの、泳げないです」
「え?」
「泳いだこと、なくて……」
消え入りそうな声。
「俺、何も知らない……」
抱きしめたかった。知らないなら教えてやる、寂しいならそばにいてやる。けれど蓮はそれを口にしなかった。
「また来よう。入ってりゃすぐ泳げるようになるさ。じゃ、帰るか」
素直に頷いたジェイの肩に手を載せた。軽くトントンと叩く。
「入社してずっとよくやった。疲れが出てくる頃だ、ゴールデンウィークはゆっくり休め」
きっと独りきりであのアパートで過ごすのだろう。そうは思ってもこれ以上そばにいるのはどう考えても不自然だ。
その時、ジェイが立ち止まった。
「どうした?」
「あれ、入ってない」
指差したのはおばけ屋敷。
「あれは子どもかカップルが入るもんだ」
大の大人の男2人で入るようなところじゃない。
「でも入ってみたい。みんなおばけ屋敷の話、よくしてたんです。面白いって」
周りはもう薄暗くなり始めている。きっと入るところは目立たないだろう。蓮には分からないがグズグズしてると閉館になるかもしれない。
「しょうがないなぁ。じゃ、あれが最後だ。大したことないからきっと拍子抜けするぞ」
入ってすぐにジェイの様子がおかしいのに気がついた。
一歩入れば、やっと足元が見えるような暗がり。どこからともなく風が吹いてきて囁くような啜り泣きが聞こえてくる。ジェイの手が蓮のジャケットを掴んだ。
「暗いから歩きにくいか?」
返事が無い。突然金切り声が響いた。
「風と叫び声だけじゃ怖くもなんとも無いな。子ども騙しだ」
そこに赤ん坊の泣き声……
「か、かち……」
また違う声がして何かがそばを走り抜けていった。
「か…」
言い終わらない内に畳み掛けるように「ぎゃあああっ!」と男の悲鳴。
「か! かちょ!」
(こいつ、怖いのか? え? これが?)
いつのまにかジャケットではなく、腕にしがみついていた。いきなり通路のガラスの向こうに明かりがついてゾンビ仕様の男がバン! バン! とガラスを叩いてくる。
「か、か、か……」
両側の明かりが点滅し始め、その中でかなりのゾンビがジェイを見て騒ぐ。おばけ屋敷では、怖がる子どもや女性を標的に定めて脅かすものだ。どうやらジェイはその標的に認定されたらしい。
「か」
「ジェイ、俺は誰だ?」
点滅する明かりの中で涙目のジェイが震えている。
「ちゃんと言えば助けてやる。俺は?」
どうやら怖さのあまり、ジェイの頭の中は混乱し切っているらしい。
「か、かちょ、あいつら、出てくる」
ジェイのすぐそばのガラス越しにゾンビが集まり始めていた。
「ジェイ、俺を見ろ、助けてやる。俺は誰だ?」
「か…?」
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