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第二十三話 幕間

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 アルウェウス王国を旅立って少し経った頃。

「わたし、本当に飛べてる! すごい!!」

 私が掛けた飛行魔術のコツを掴み始め、自在に飛べるようになったイリスがそう口にする。

「あまり飛びすぎると、最初のうちは酔うから気をつけてね」
「え!? うん!」

 忠告に対しイリスが軽快に返事した直後、

「あ、なんだか、気持ち悪く――(オロロロ)」

 忠告虚しく、吐瀉物が宙を舞う。
 陽の光に照らされるソレは風に流され、大地へと降り注いでいく。

「遅かった……」
「みたいですね」

 横に並ぶグレイシーとそう口にしていると、イリスの高度がみるみる下がっていく。

「はぁ……これは少し休息が必要みたいね」
「フィア様。私はこの先が不安になってきました」
「言わないで。私もそう思ってるから……」

 幸先の悪さにため息を吐きながら、降りたイリスを追い地上へと降りていく。

--- ---

「ごめんなさい」

 口を濯ぎ終わり、頭を下げたイリスから謝罪の言葉を聞く。

「次から気を付けて。今は少し休憩しましょう」

 そう言って、魔術で人数分の腰かけを創り出して座る。

「ありがとう……フィアさん」

 まだ少し気持ち悪いのか、持ち前の元気はないようだ。

「フィアでいいわ。あ、でも厳格な場では呼び方に気を付けてね」
「分かった。フィア!」

 本当に分かっているのか、若干の不安を残しつつ話題は移り変わる。

「そういえば、まだ聞いてなかったんだけど。次はどこへ向かってるの?」
「次は……精霊の大樹海よね?」

 イリスの質問に答えながら、グレイシーへと確認する。

「はい。正確にはその中にあるエルフの国、シルウェストレが目的地です」
「エルフの国……!」

 何やら思う事でもあるのか、イリスはそう呟いた。

「イリスはエルフには会ったことある?」
「一回だけなら。鷲みたいな精霊を連れてて凄い人だったよ!」
「凄い人ね……」

 漠然とした感想だけど、間違いではない。実際、精霊と契約したエルフの力は侮れない。
 自然が意思を持った存在である精霊。その精霊と契約することで自然の力を振るうことができるエルフ。
 大樹海のマナは濃く魔界に比較的近い環境であるのに、魔族から侵略されることなく現在も存続していることがその証明。

「降伏してくれるといいんだけど……」

 精霊の量と質次第ではグレイシーと私だけでは相手しきれないかもしれない。
 そんな不安を拭えないでいると、イリスが疑問を口にする。

「降伏じゃなくて、和平を結ぶことはできないの?」

 平和を目指す者ならば一度は考える純粋な疑問。
 それに対し、

「それはできないのです」

 静かに聞いていたグレイシーが代わりに答える。

「難しい話になりますが現在、魔界は三つの勢力に分かれています。フィア様を筆頭とした穏健派、一部の獣族や鬼族、吸血種からなる過激派。それ以外の中立派といった具合です」

 現状の力関係では穏健派が優勢。
 とは言え中立派の動き次第で力関係は簡単に逆転してしまう。

「もし仮に和平を結んでしまえば、過激派は暴走してしまうことでしょう」

 安易に和平を結ぼうとする危険性。それをグレイシーは説いていく。

「ですが、それならばまだいい方です。フィア様と私で止めることはできます。
 最悪なのは、和平が裏切りであると中立派に捉えられた場合です。過半数の魔族が敵に回り、収拾が付けられなくなります」

 有象無象だけならまだいいけど、種族を束ねる六魔領主の半数以上が敵に回れば、それだけで被害は甚大なものになる。
 勇者の協力があればそれでも勝算はあっただろうけど、無いものを考えても仕方がない。

「そして、もし過激派にフィア様が負けてしまった場合。人界と魔界のどちらかが全滅するまで終わらない絶滅戦争が始まることになるはずです」

 グレイシーが語る最悪の未来。
 共存の道は途絶え、訪れる平和は敵となる種族を絶滅させた先にある。

「だから、そうならない為にも私の支配下に置くのよ」

 いくら過激派だろうと魔王わたしの所有物には手が出せない。
 仮に手を出そうものなら即座に処断する大義名分を得ることもできる。

「うーん」

 疑問に対する回答を聞き、イリスは頭を悩ませるように唸る。

「難しい話だと思うし、事情があるのも判ったんだけど。
 それを直接、話してみたらいいんじゃないかな?」
「それは難しいと思います」

 間髪入れず、イリスの案をグレイシーが否定する。
『もし、君が本当にそう思っているのだとしても。僕には魔族との共存という道は取れない』
『あたし達は、魔王の支配で平和になった世界なんて望んでない!』
 今まで差し伸べた手を拒絶されてきた記憶が脳裏を過る。

「私も同じ意見」

 両者が円満に手を取り合う。そんな夢物語は所詮、夢でしかない。

「残念だけど、異種族の話を聞き入れる者なんていないのが現実よ」

 拒絶され続けた経験から、諦観を含んだ声音で語る。と、

「わたしがいるから!」

 そう言ってイリスは立ち上がった。

「魔族だからなに!? 想いに種族は関係ない!
 駄目なら人間のわたしが説得する!!」

 胸に手を当て、イリスは啖呵を切った。

「……」

 彼女の言葉に面食らい言葉が出てこない。
 驚いた。こんな言葉を聞く日がやってこようとは。
 期待を呑み込み、少しの間を置いて直面している現実をイリスへ告げる。

「……嬉しいけど。次はエルフの国だから、人間だとしても聞き入れてもらえるか分からないわよ?」
「そうなの!? でも話してみるだけ話してみようよ!」

 何処までも純真で無垢な瞳で語り掛けてくる。
 算段もなく、上手くいく保証もない。にも拘わらず、もしかしたら? と思ってしまう気持ちが少し生まれる。期待するだけ無駄と分かっているはずなのに。
 
「はぁ……じゃあ交渉は貴女に任せるわ」
「本当に!?」
「あまり期待はしてないけどね。私の降伏勧告だって上手くいった試しないし」
「そうなの? でも上手く説明すれば分かってくれると思ってる!」

 疑うことを知らず、生物の善性を信じ続けるイリス。
 そんな彼女だからできることも……。
 そう感じていると、グレイシーから声が掛かる。

「フィア様。そろそろ……」
「分かったわ。出発しましょう」
「うん!」

 こうして話は纏まり、三人はエルフの国シルウェストレへと向かうのだった。
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