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第二話 滅びの始まり

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「行きましょうか」

 三人目の勇者を殺してから三週間が経ち、世界を滅ぼす時がやってきた。

「じゃあ、魔界のことは任せたわね。ノクス」

 魔王城の裏庭へと見送りに来ていた彼に声を掛ける。

「はい。お任せください」

 短い黒髪に捻じれた角が特徴的な青年が、頭を垂れ返事する。

 私より優秀な彼であれば、何があっても上手く対処するだろう。
 彼の返事に頷き、出発しようとするとノクスから声が掛かる。

「フィア様」
「なに?」

「ご武運を」

 そうして魔界の統治はノクスに任せ、そば付きのグレイシーだけを連れて城の裏庭から飛び立った。


 本来であれば不安要素を無くすため、魔王としての立場を使い魔族全体で侵攻していく所だが、そうすると降伏した国は私の物ではなく魔王の物。
 つまりは魔界の所有物となってしまう。

 個人の物ではなく魔界全体の物となれば、過激派の魔族がその国の人を襲う事を抑制できなくなる。
 そうなってしまえば目的である平和の道が途絶えてしまうだろう。

 ならば個人で国を落とし、魔界の物ではなく、私個人の物にすればいい。私の所有物であれば平和を乱す過激派に罰を下す大義名分が立つ。
 グレイシーと話し合う中でそう結論付け、今日まで準備してきた。

 まぁ。準備というよりも業務が多すぎて、魔界から離れる時間を作るのに苦労しただけなんだけど。

「早く世界を終わらせてお茶にしましょう」

 一歩後ろから付いて来る共犯者へと語り掛ける。

「はい」

 後ろでレイシーが力強く返事する。

 その返事を合図に世界を滅ぼすべく、魔王は従者を連れ、力強く羽を羽ばたかせた。

--- ---

 魔界から西に飛び立ってから二時間が経過し、魔界に最も近いとされるオリエンス王国が見えてきた。
 王国の周りは魔界から続く木々が生い茂っており、魔物や魔族に対抗するためか分厚い城壁に囲まれている。
 壁内はかなりの人で賑わっており、隣接する魔界の資源の採集や魔族と戦うために集まった冒険者たちの姿も多く散見される。

 事前に準備した情報では、魔界に隣接していることでマナの乱れが発生しやすく、対魔結界や対魔法結界などの結界が作動しないという事が分かった。
 その代わりに魔術師や冒険者、討伐隊や騎士団の実力が総じて高く、過激派の者たちでも未だに手を焼いているのだとか。

 いい気味ではあるが、今から自分がそれに手を焼かされるかもしれないと考えると憂鬱になる。

 だが、考えても仕方ない。なるようになるはず、そう思って気持ちを切り替える。

「始めよっか」

 そう言って上空へと手をかざし、王国を包み込むほど大きな魔法陣を空に展開させる。
 それと並行して魔法で全王国民に思念で接続していく。

『我が名はフィア・エーヴ・ザガン。魔王である』

 そう名乗りを上げ、眼下に見える王国の民へと思念を送り付ける。

『一度しか言わぬ。降伏か滅亡か選べ』

 予定通り降伏勧告を行うが、今回は形式でしかない。

『降伏の意思があるのなら、三十分以内に国王一人で防壁の外へ出ろ』

 一方的に全王国民に告げ、思念を切断する。
 すると眼下に見える王国は少しずつ騒がしくなっていき、悲鳴などが聞こえてくるようになった。

 今頃、どうするのか話し合っているのだろう。
 降伏しても国は滅びると知らずに。

「魔術師が現れたらグレイシー、頼むわね」
「はい。準備はできています」

 グレイシーは帯剣の柄に手を添え、そう返事した。

--- ---

 それから少しの時間が経ち、正門から男が一人で出てきた。

「来たわね」

 一人ということを確認し、男の正面へと降り立つ。

「其方が国王で違いないか?」
「あぁ」
「そうか。ならば降伏ということで相違ないな?」

 そう問いかけると男は一歩踏み出し答える。

「あぁ。降伏する。この国は貴女の物だ」
「そうか」
「俺たちも死にたくはない。友好的に頼むよ」

 そう言って男はさらに一歩踏み込んでくる。

「そうか。残念だ」

 そう呟いた瞬間、男は短剣を何処からか取り出して斬りかかってきた。

 間合いにまで縮まっていた距離から放たれる斬撃。
 男の動きには無駄がなく余程腕の立つ者なのだと分かる。が――

「がはッ……」

 残念ながら短剣が身体に届くことはない。
 男はひとりでに苦悶の声を上げ、そのまま地面に倒れていく。
 地に伏した男の息は既になく。

「はぁ」

 身の程知らずの男の愚行にため息が漏れ出る。
 彼我の実力差を見極めることができないようであれば、冒険者など向いていないだろうに。
 実力や愚行から見て先程の男は国王ではない。
 つまり、滅亡を選ぶ。そういうことだろう。

「さてと、滅ぼしましょうか」

 そう呟き、グレイシーの待つ上空へと羽ばたく。

 もとより、魔界を荒らすこの国は滅ぼすと決めていた。それでも形式に拘ったのは、心の何処かで人間に期待していたからなのだろうか。
 そんなことを思いながら飛翔し、グレイシーの横へと到着する。

「始めるわ」
「はい」

 そうして上空に展開された魔法陣へと手をかざす。

 すると魔法陣が呼応し、徐々に雲が集まりだした。
 暗雲が立ち込め、徐々に雨が降り始める。さらに雨足が強くなり、風が吹き始めると同時に眼下の王国から悲鳴や断末魔があがりだす。
 降り注ぐ大粒の雨は空中で金属に変換され、街を破壊し、人の頭を果実のように割っていく。

「いつ見ても恐ろしい能力ですね。フィア様」

 血に染まっていく王国を見て、珍しくグレイシーが感想を零す。
 グレイシーが畏怖するのも無理はなく、この異能<虚飾の錬金>こそが一人の少女を魔王たらしめている。

「そう?」
「はい」

 条件はあるが血や水を金属に変え、金属を水や血に変えることができる。地味な能力だけど、グレイシーに褒められるのは素直に嬉しい。だが、

「グレイシーだって私から見ても十分恐ろしいわよ」

 事実、グレイシーの剣技は卓越している。

 踊っていると錯覚するほどに華麗な剣さばきから繰り出される、確実な死を内包した一撃は今まで何体なんにんもの相手を葬ってきた。その実力は魔界でも五指に数えられるほどだろう。

「お褒めに預かり光栄です」

 謙遜や卑下する訳でもなく、そう言って彼女はお辞儀をした。
 そんな話をしていると、紅く染まった王国の街並みは原型を失い、先ほどまでの賑わいは嘘のように消え去っていることに気が付く。

「頃合いね。準備はいい?」
「はい」

 グレイシーの返事を聞き、上空の魔法陣へと手をかざす。
 それに呼応し、魔法陣が引き起こす暴風雨が徐々に弱まっていく。それに合わせて自身の能力も解除し、金属の雨が終わりを迎える。

「じゃあ、行きましょうか」

 そう言って半壊した王国へと降りていく。
 先ほどまでの活気あふれる街は潰れ、血に染まり、いたるところに金属の塊が落ちている。
 常人であれば生き残ることは難しいはずだが、やはり生き残りは居るもので。

「それじゃあ、生き残った魔術師などの殲滅お願いね」

 倒壊した物陰に隠れている生き残りへと視線を送りながら、グレイシーに指示を出す。

「承知しました。フィア様はどちらに?」
「私はこの国の王様とお話があるから」

 一方的なお話になりそうだけど。

「承知しました」

 そう言うとグレイシーは身体を翻し、街中へと跳躍して行った。

「さてと」

 先程から物陰に潜む生き残りへと視線を向けるが、出てくる気配はない。
 このまま待っていてもいいが、用事があるためそういう訳にもいかない。
 手早く済ませるため、上空の魔法陣へと手をかざし、雨の軌道を物陰に隠れる者へと集約させる。一点に集約させた雨はやがて金属に変換され、標的へと降り注ぐ。

「ッ――」

 悲鳴や断末魔は降り注ぐ金属の雨にかき消され、こちらまで届くことはない。
 しばらくの間、金属の雨が打ち続けたが潜む者が現れることはなく、完全に絶命したのだと分かる。
 魔術師や冒険者の類かと思って警戒したが、取るに足らない愚者だったらしい。

 只人であればグレイシーに任せればよかったなと思いながらも、気を取り直して国王の待つ城へと歩を進める。

--- ---

 道中、かろうじて生き残っていた騎士団なるものが阻んできたが難なく始末することができた。
 それから意外と生き残っている者がいるということが分かり、水銀で作り上げた魔法生物を街に放って他の者を始末させた。
 そんなことがありながらも、何とか形だけを保っているお城へと踏み入り、国王の姿を探す。
 中は多少入り組んでいたが、感知魔法ですぐに国王を見つけることができた。

「女? 誰だ! 貴様は!?」

 大広間の端に三人の臣下に囲まれ、怯えながら国王らしき男が口を開く。

「止まれ! それ以上こちらに近づくな!」

 周りの臣下も王を守ろうと口を開くが、私の足が止まることは無い。
 警告を聞かず、なおも歩き続けてくる少女の異質さに、臣下の一人が剣を引き抜いて斬りかかる。

 だが、その剣が届くことはなく、男は剣を落とし地面に倒れていく。
 男が倒れるのと連動するように後ろの臣下も倒れてしまう。

「おい。どうした!?」

 急に倒れていく臣下に驚き、国王が声を上げる。

「貴様、何をした? 一体何が望みだ!?」

 やっと現状を理解できたのか、国王が問いかけてくる。

「我が望みはこの国の滅亡」

 一度、降伏勧告をしたにも関わらず聞いていなかったのだろうか?
 そんなことを思いながら答える。

「どうしてこんなことをする!?」
「愚問だな。我が領地を荒らしたのだ、覚悟の上だろうに」
「本当に、魔王……ひッ……」

 全てを理解し、国王の怯えに拍車がかかる。

「頼む。命だけは……命だけは助けてくれ」

 自分の目の前に誰がいるのか、ようやく理解した男が無様にも命乞いを始める。

「そうか」

 命乞いをする男に向け、腕を振り下ろす。
 瞬間、男の腕が鮮血を散らして宙を舞った。

「ぎゃあ゛ぁぁ――」

 片腕を失った男は悲鳴を上げ、のたうち回る。

「どうした? まだ命はあるではないか」
「あ゛ぁぁぁぁ――」

 静かに問いかけるが、男は悲鳴を上げ続けている。

「其方らはこうして命乞いをする、我が同胞を殺していったのだろう?」

 それこそが過激派の生まれた要因となっている。
 全ての人間とまでは思わないが、一部には卑しい欲望を持った人間がいるものだ。
 そしてその卑しい欲望を持った人間が集まってきやすいのがこの国であり、もとより滅ぼすと決めていた理由である。

「そろそろ、落ち着いたらどうだ?」

 そう言って、のたうち回る男へと手をかざす。
 瞬間、男の右足を鉄の棘が穿った。

「がぁ゛ああああ――」

 男の絶叫が大広間に響き渡る。
 右足を貫く鉄から血が流れていく。
 男は悶え、表情は絶望に染まっていた。

「もう……やめ……て……くれ……」

「我が領地を荒らして得られた繁栄はよかったか? 
 我が同胞を殺して飲む酒は美味かったか?」

 そう質問をしていく度、男の指を飛ばしていく。

「ぎゃぁぁぁ――」

「同胞の尊厳を踏みにじって得た権力は気持ちがよかったか? 答えろ」
「あ゛ぁぁぁ――」

 男は悲鳴を上げ続けるだけで、質問に答えることはない。

「もうよい。もとより其方の返答など期待していない」

 未だに絶叫している男の姿を見て、質問を諦める。

「耳障りだ。……死ね」

 これ以上何も得られるものはないと判断し、魔法で金属を操り男の首を斬っていく。

 ゆっくりと――

--- ---

「終わったわ」

 国王との話が終わり、城の外で待つグレイシーと合流した。

「お疲れ様でした」

 そう言ってグレイシーは綺麗なお辞儀をする。

「グレイシーもお疲れ様。無事に終わったみたいね」
「はい」

 彼女に外傷は見られず、何事もなく終わったことに安堵する。

「魔術師や冒険者たちはどうだった?」
「はい。魔術師が三人、冒険者が八人ほど生き残っていました」
「結構いたわね」

 さすがオリエンス王国、魔界に隣接していながら繁栄を続けるだけあるというところだろうか。

「それじゃあ、行きましょうか。次の国へ」
「はい」

 そうしてオリエンス王国を壊滅させた魔王は次の国へと飛び立った。
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