番外編と短編

高城蓉理

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朱美と吉岡の元旦(ガールズ!ナイトデューティー番外編/後方に少しだけご注意を)

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朱美(売れっ子漫画家)×吉岡(その編集者)の元旦の話
※一部の発言が新年の情緒に欠けてます



■■■■■



「さむっ…… 」

 吉岡は無意識に布団を手繰り寄せると、ベッドの中で身体を小さく埋めた。今シーズンは暖冬と言われてはいたものの、この数日でグッと気温は冷えている。いくら羽毛布団や敷きパットで防寒をしたところで、服を着ないで寝入ってしまっては、全く意味はない気がした。

「んっ? あっ、ヤバっッ 」

 吉岡は驚きのあまり声を上げると、慌てて隣に布団一式を確認する。
 どうやら自分はあまりにもリラックスしていたらしく、二人でベッドを共有していたことを完全に失念していた。昨日は年越しのカウントダウンを観ることもせずに床に入ったが、結局何時に眠ったかは分からなくなっている。記憶が曖昧になるくらいには、夜通しはっちゃけてしまったので、疲れ果ててそのまま寝落ちしてしまったのだ。
 いま吉岡にとっての最大の問題は、締め切り云々とかの類いではない。悪気がないとは言え、全裸の朱美の布団を奪てしまったとなれば、いろんな意味で大変なことになってしまうのだ。

「ごめん、朱美! って、いない……のか? 」

 吉岡が恐る恐る布団をずらしながら、隣の枕を覗き込むと、そこにいるはずの朱美の姿が見当たらない。それどころか、その場所には人がいたであろう温もりとか、余韻の一切が全く残ってはいなかった。

 まさか自分は一人でとんでもない妄想を抱きながら寝落ちした? 
 ……なんて、オチではないよな?
 いや、ゴミ箱は凄く見苦しい残骸だらけだから、そんなことはないはずだ。それに何より、身体の充足感が半端ないから幻影であっては困る。
 吉岡は慌てて布団から這い上がると、床に脱ぎ散らかしてしまった部屋着を纏う。そして慎重に寝室のドアを開くと、リビングの向こうからはフツフツと鍋が沸くような音が響いていた。 

「あっ、あの、朱美先生? 」

「あっ、吉岡? もう少し寝てて良かったのに。明けましておめでとう 」

「あっ、ああ。こちらこそ、おめでとう。あの、朱美先生は ……身体は大丈夫でした? 」

「うん。まあ…… 何とかだけどね。でも、それでも私はしたかったから仕方ないんだけど 」

「えっ? 」

「あっ…… 」

 朱美は頬を赤らめながら、ぎこちない返事をすると、恥ずかしそうに腹部を押さえる。

 朝っぱら、いや新年一発目から、メチャクチャ変なことを言ってしまった……
 ヤバい。
 こんなことを口にしたら、私ははしたない女だと思われたりしないだろうか。
 朱美は吹き出しそうな冷や汗を堪えながら、ゆっくりと吉岡の表情を確認する。すると一方の吉岡もだいぶ顔を紅潮させて、その場で頭を抱えていたのだった。
  
 マズイ。
 これは場の空気を変えないと、取り返しが付かないことになる。
 朱美は焦る気持ちを押さえつつ、目の前の鍋の中身に向き直る。そしてフタを開けると「ねえねえ」と、吉岡に中身の確認を促すのだった。

「えっ? 朱美先生、これって……? 」

「えっとね、お雑煮を作ってみたの。その…… 吉岡の故郷の味になってると良いんだけど 」

 湯気の隙間からは、刻まれたカブが見え隠れしている。鍋の中では味噌汁のような香りが引き立ち、丸餅が数個 蕩けるように浮かんでいた。
 
「懐かしい…… 福井のお雑煮を久しぶりに見た気がする 」

「それなら良かった。見よう見まねで作ったんだけど、合ってるかは解らなかったから 」

 朱美はホッと胸を撫で下ろすと、お椀に雑煮を盛り付けて沢山の鰹節を乗せる。そして冷蔵庫の中から、簡単な御節セットを取り出すと、食卓に並べるのだった。

「うまっ…… 」

 吉岡はいの一番にお雑煮を口にすると、餅を食べて汁を啜る。故郷の味を口にしたのは数年振りで、また格別な味がするような気がした。

「そう。それなら良かった 」

「しかも、このお餅は形が丸いのを使ってるんだ。関東だと、なかなか売ってないよね? 」

「うん。あっ、でもね丸餅はネットで注文したの。福井のお雑煮のお餅は丸餅って書いてあったから。あのね、別に買いに行ったわけではないし、お雑煮の材料もコンビニで…… あっ、カブはスーパーで買ったけど、準備時間は十五分くらいだったから休憩の範疇だと思うし。そんなに熱量は注いでないよ。御節は買ったし、お雑煮は作るのもシンプルだったから 」

「……? 」

 朱美は謎の『私はお正月料理に手間暇を掛けていません』アピールをすると、ニコニコと作り笑顔を浮かべる。まさか【吉岡の郷里の味を調べるのに半日使った】とか【丸餅がなくてスーパーを数件梯子した】なんてことは、絶対に口にするわけにはいかなかった。

「朱美、あのさ…… 」

「なっ、ちょっ、だから原稿はちゃんと頑張るから 」

「はい? 」

 吉岡は朱美の心中など知るよしもないので、キョトンとした表情を浮かべている。

 朱美は一体、何にそんなに焦っているのだろう?
 ああ、そうか。
 吉岡としては、今は完全なプライベートな気分だったけど、在宅ワークで締め切りを常に抱えている朱美に取っては、その切り替えは難しい。ましては、最近まで    ただの仕事のパートナーだった吉岡が夜通し一緒にいたのでは、いくらやることをやったのだとしても、気持ち的に錯覚をしていまうのは仕方がないことなのだろう。

「あのさ、朱美。色々とありがとう。その、嬉しかった 」

「えっ? 」

「沢山調べて準備してくれたんだよね? 」

「いや、そんなことは…… 」

「だからさ、別に誤魔化さなくてもいいよ。今日は漫画のことは全部忘れよう。今日の朱美はただの朱美だし、今日の僕は編集者ではなくて、ただの吉岡 」

「いや、でも締め切りが…… 」

「明日から必死にやれば何とかなるだろ。つーか、大晦日から夜通しやることやってるから、けっこう今更だし。俺もトーンとかベタとか出来る限りで原稿は手伝うから、今日はこのあとお詣りに行って、ついでに築地で寿司でも食おう 」

「……いいの? 」

「そりゃ、良いに決まってるだろ。つーか、一日くらい俺にも朱美を独占する権利はあるし 」

 朱美は急な吉岡のお姫様扱いに、カッと顔を熱くする。そんでもって、昨日の晩の出来事を脳内にフラッシュバックさせると、朱美はその場で噎せ込んだ。

「但し、条件はある 」

「条件? 」

「餅を食った分は、適度に消化をしなくちゃいけないな。だから今日の俺は、朱美のそのサポートに回ることにするよ。運動不足は一緒に発散しないと 」

「……? 」

 朱美は吉岡の意図することが解らず、頭のなかに はてなマークを量産する。
 さっき、今日は仕事を休もうと宣言したばかりのはずなのに、サポートは怠らないとか意味が解らない。運動不足なのは万年だし、一緒に発散も……
 って、一緒に発散って……

「って、ちょっ、吉岡!? 新年早々、発言が有り得ないんだけどっ! 」

「別に有り得なくはないだろ。ついでに寿司を食いに行ったら、運動量は加算しなきゃならないかもしれないな 」

 吉岡は朱美の耳元で意地悪に囁くと、満足そうな笑みを浮かべる。
 というわけで、その晩のご飯が、築地のお寿司がデリバリーになったのは言うまでもなく。





(おわれ)


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