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雁林さんと狐さんの話
雁林さんと狐さんの話
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◆◆◆
これは昔むかしのお話です。
代々、福岡の城下町【大名】の地で暮らす【鶴原家】は、歴代 下の名前を【雁林】と名乗り、藩医を勤めていました。黒田の殿さまの身内のご病気を診たあとは、城下のお客さんのご心配ごとにも耳を傾けて、やっと帰宅する頃には毎日のように陽が沈んだ後だったのだそうです。
あるとき、雁林さんが福岡藩の家老の家に診察に行くと、白っぽい毛で覆われた雌狐が木に縛られていました。何でも狐は家老が大切にしていた鯉を持ち帰ろうとしていたところを見つかって、太い松の木に荒縄で縛られていて身動きが取れなくなっていたのです。
雁林さんは 狐を捕まえた役人に、このあと雌狐をどうするつもりなのか聞いてみました。すると役人は「皮を剥いで襟巻にでもするつもりだ」と答えたのです。それはあまりに可哀想だと思った雁林さんは、機転を利かせて「実は狐の生き肝は、我が家伝来の腹痛を治す薬をつくるのに欠かせない貴重なものでして…… 」と咄嗟に口から出まかせを言いました。そして手持ちの小銭を差し出すと、上級役人から狐を譲り受けたのです。
「いいかい、よく聞きなさい。いくらお腹が減っていたとしても、他所様の大切な池の鯉を食べるのは、人間社会では駄目なのだよ。さあ、今のうちに、あちらに見える油山にお帰りなさい。あそこには、名の通りお前の好きな油揚げがいくらでもあるから 」
雁林さんは狐を諭すと、縄をほどいて逃してやりました。雌狐は何度も何度も頭を下げて、山の中に消えていったのだそうです。
そして、それから何年かしてからのこと……
雁林さんは、今で言うところの学会に出席するために、京都に足を運んでいました。家伝の飲み薬の研究結果を、日本国中の同業者に報告するのが目的です。
ところが当の雁林さんは夜中に激しい腹痛になってしまい、高熱で倒れてしまいました。
雁林さんが旅籠で踞っているいると、突然 女が障子を開けて部屋に入ってきたのです。雁林さんは自分の苦悶が漏れたのであったら医者として恥ずかしいと思い、目を瞑ったままでいることにしました。
すると女は「大丈夫です。私があなたの病気を治してあげますから 」と告げると、お盆に乗せた白湯で 雁林さんに苦い薬を口移しで飲ませたのです。雁林さんは突然の出来事に思わず目を開けると、女の顔を見て驚きました。そこには博多の街では見かけぬような、色白で仕草や話しぶりが上品な絶世の美女がいたのです。女は夜通し雁林さんの看病に勤しみました。そして雁林さんの腹痛が治まりかけたときには、いつの間にか深い眠りに落ちていたのです。
翌朝、目を覚ましたときには、美女の姿はどこにもありませんでした。雁林さんは美しい娘の看護で、すっかり体調が良くなりました。
雁林さんは、ふと枕元にあるお盆を見ました。そこに白い毛が三本 並べてあったのです。雁林さんは寝床に落ちていたのは狐の毛であることを確信し、昨日の美女はきっと以前に助けた狐が恩返しをしてくれたのだと思いました。
雁林さんは急いで福岡の城下に戻ると、早速屋敷の裏庭に祠と真っ赤な鳥居を建てることにしました。奥方は小首を傾げていましたが、雁林さんは細かい事情は話さずに「ちょっとした思い付きだ」と言葉を濁しました。そしてそれからは毎朝の赤飯と油揚げ一枚を欠かさず供えるよう命じたのです。
その後、明暦三年に福岡で大火が発生してしまいます。福岡城下の広い範囲で火の手が広がりましたが、雁林さんの住む大名の街には狐が現れ、尾っぽを一振りすると その火はおさまったのだそうです。
そして今もなお、雁林さんに命を繋いでもらった妖狐たちはそのご恩を忘れることはありません。ずっとずっと福岡の街を見守りながら、静かに営みを育んでいるのです。
これは昔むかしのお話です。
代々、福岡の城下町【大名】の地で暮らす【鶴原家】は、歴代 下の名前を【雁林】と名乗り、藩医を勤めていました。黒田の殿さまの身内のご病気を診たあとは、城下のお客さんのご心配ごとにも耳を傾けて、やっと帰宅する頃には毎日のように陽が沈んだ後だったのだそうです。
あるとき、雁林さんが福岡藩の家老の家に診察に行くと、白っぽい毛で覆われた雌狐が木に縛られていました。何でも狐は家老が大切にしていた鯉を持ち帰ろうとしていたところを見つかって、太い松の木に荒縄で縛られていて身動きが取れなくなっていたのです。
雁林さんは 狐を捕まえた役人に、このあと雌狐をどうするつもりなのか聞いてみました。すると役人は「皮を剥いで襟巻にでもするつもりだ」と答えたのです。それはあまりに可哀想だと思った雁林さんは、機転を利かせて「実は狐の生き肝は、我が家伝来の腹痛を治す薬をつくるのに欠かせない貴重なものでして…… 」と咄嗟に口から出まかせを言いました。そして手持ちの小銭を差し出すと、上級役人から狐を譲り受けたのです。
「いいかい、よく聞きなさい。いくらお腹が減っていたとしても、他所様の大切な池の鯉を食べるのは、人間社会では駄目なのだよ。さあ、今のうちに、あちらに見える油山にお帰りなさい。あそこには、名の通りお前の好きな油揚げがいくらでもあるから 」
雁林さんは狐を諭すと、縄をほどいて逃してやりました。雌狐は何度も何度も頭を下げて、山の中に消えていったのだそうです。
そして、それから何年かしてからのこと……
雁林さんは、今で言うところの学会に出席するために、京都に足を運んでいました。家伝の飲み薬の研究結果を、日本国中の同業者に報告するのが目的です。
ところが当の雁林さんは夜中に激しい腹痛になってしまい、高熱で倒れてしまいました。
雁林さんが旅籠で踞っているいると、突然 女が障子を開けて部屋に入ってきたのです。雁林さんは自分の苦悶が漏れたのであったら医者として恥ずかしいと思い、目を瞑ったままでいることにしました。
すると女は「大丈夫です。私があなたの病気を治してあげますから 」と告げると、お盆に乗せた白湯で 雁林さんに苦い薬を口移しで飲ませたのです。雁林さんは突然の出来事に思わず目を開けると、女の顔を見て驚きました。そこには博多の街では見かけぬような、色白で仕草や話しぶりが上品な絶世の美女がいたのです。女は夜通し雁林さんの看病に勤しみました。そして雁林さんの腹痛が治まりかけたときには、いつの間にか深い眠りに落ちていたのです。
翌朝、目を覚ましたときには、美女の姿はどこにもありませんでした。雁林さんは美しい娘の看護で、すっかり体調が良くなりました。
雁林さんは、ふと枕元にあるお盆を見ました。そこに白い毛が三本 並べてあったのです。雁林さんは寝床に落ちていたのは狐の毛であることを確信し、昨日の美女はきっと以前に助けた狐が恩返しをしてくれたのだと思いました。
雁林さんは急いで福岡の城下に戻ると、早速屋敷の裏庭に祠と真っ赤な鳥居を建てることにしました。奥方は小首を傾げていましたが、雁林さんは細かい事情は話さずに「ちょっとした思い付きだ」と言葉を濁しました。そしてそれからは毎朝の赤飯と油揚げ一枚を欠かさず供えるよう命じたのです。
その後、明暦三年に福岡で大火が発生してしまいます。福岡城下の広い範囲で火の手が広がりましたが、雁林さんの住む大名の街には狐が現れ、尾っぽを一振りすると その火はおさまったのだそうです。
そして今もなお、雁林さんに命を繋いでもらった妖狐たちはそのご恩を忘れることはありません。ずっとずっと福岡の街を見守りながら、静かに営みを育んでいるのです。
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