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第一話 

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◆◆◆



 ああ、眠い。眠過ぎるっっ。
 今日は朝からめちゃくちゃ寒いし、何でこんな一限朝っぱらから、授業が入っているのかなーー
 つーか、俺は一応 妖狐のなのに、何で大学の講師なんかやってるんだ?
 
 狐太郎こたろうは溜め息まじりに共同研究室の扉を開くと、崩れるように机に頭を埋めていた。毎晩、毎晩、めちゃくちゃ充実している。昨晩だって蘭ちゃんは最高で、何度果てて、何度絶頂を迎えたかはハッキリとは覚えていない。 やっぱり一度人間の女の子の温もりを知ってしまったら、あやかし女性一般妖狐には戻れないような気すらしていた。

「おい、狐太郎 」

「何だよ 」

「お前さ、がはみ出てるぞ。今は人がいないからいいけど、隠しとけよ。一般人が見たら、お前が妖狐ってバレちゃうんじゃないの? 」

「ああ、本当だ。悪い、助かったよ。疲れが溜まってて、少し油断してたかも 」

 狐太郎は致し方なく机から起き上がと、頭に木の葉を乗せて、サラリと身形を人間風に整えた。
 狐太郎に声を掛けてきたのは、大学時代からの腐れ縁の正臣まさおみだ。正臣と狐太郎は研究者として同僚の立場であるのだが、一番の共通点は互いのルーツがであることに起因するのだった。

「オイオイ、大丈夫か? 月曜の朝からこんな調子じゃ、一週間 先が思いやられるな。もうすぐ冬休みも近いんだから、気を引き締めとけよ 」

「別に、今はここに人間はいないんだから、少しぐらい油断したっていいだろ。二十四時間変化し続けないとならないのは、なかなか大変なんだよ 」

 狐太郎は大きな欠伸を飲み込みつつ、鞄の中から竹皮を取り出す。竹皮の中には艶々とした光沢を放つ稲荷寿司が包まれていた。

「お前さ、今日はいつもに増して眠そうだな。大丈夫か? 」

「いや、大丈夫ではないかもな。最近、蘭ちゃんと毎晩 とても忙しいんだ。だからぶっちゃけたところ、寝る暇がなくて運動量が半端ない 」

「ハア? 何だ、それ。生々しくて、普通に引くんだけど 」

「そうか? 別にそのくらい普通だろ? お前だって、毎日とはいかなくとも、美波みなみちゃんとは定期的に仲良くしてるんだろ? 同じだろ 」

 狐太郎はお稲荷さんを摘まみながら、悪戯な顔をしながら正臣に言い寄る。正臣は思わずゴホンと咳払いをすると、汚いものを見るような視線を狐太郎に送りつけた。

「あのなあ、俺たちをお前ら変態と一緒にするな。うちは最低限の節度は守ってるし、翌日に響くようなことは一切しない。俺らはいい年齢で、社会人でもあるんだから、それくらい当たり前だろ 」

 正臣は最近は公私ともに充実していて、婚約者である美波と同居している。美波は人間だが元々は主従関係にあったので、恋愛関係に発展するには紆余曲折があったらしい。口の悪さからは反比例するのだが、数十年に渡る想いを実らせた、わりと一途な一面があるのだった。

「はーん? 正臣は それは本心で言ってるの? 」

「ハイ? 」

「今の頻度じゃ物足りないって、顔にガッツリ書いてあるぞ? 」

「あのな、自分の性生活を肯定するために、俺を巻き込むのは止めろよな。ったく、俺は正常で、お前らが異常なんだよ。毎晩毎晩って発情期の動物みたいな生活をするなんて、お前らはタフ過ぎるんだよ。普通は気力も体力も持たないだろ 」

「へー 河童って、意外とお淑やかな妖怪なんだな。目の前に美波ちゃんみたいな可愛い子がいて、よく耐えられるな。俺らは妖怪の末裔だぞ? 散々我慢してきて、婚約者同士になってもセーブしてるって、鋼のメンタルが半端ないだろ 」

「別にセーブしてるとかじゃない。蘭ちゃんは特殊かもしれないけど、人間と妖怪じゃ体力も性欲も普通は違うだろ。少しは考えろよ 」

「まあ、それは、そうかもしれないけど 」

 正臣の至極真っ当な意見を目の当たりにして、狐太郎は思わず黙り込む。確かに自分は妖狐で、蘭はただの人間だ。いくら蘭が底無しの性欲を持ち合わせていても、体力が追い付かないのは十分に考えられることだった。

「それに、こっちは既に家族みたいなものだから、夜な夜な盛り上がることもないしな。今更、いたすことだけが、コミュニケーションの全てじゃないんだよ 」

「でも、本当はもっとしたいだろ? 匂いで分かるぞ? 」

「お前のデリカシーのなさには、たまに猛烈に腹が立つな 」

 正臣は呆れた様子を浮かべると、ハアと息を付く。
 だいたい、朝っぱらからから、何で夜の営みを話さねばならんのだ? それに狐には相変わらず、一般常識が悉く通じない。
 正臣は致し方なくコーヒーサーバーに近寄ると、カップを手にしながら、こう話題を切り替えた。

「つーかさ、そんなに蘭ちゃんが好きなら、お前も結婚とかは ちゃんと考えてるの? 」

「えっ? 」

「結婚を考えているなら、今から夜な夜なしなくても、よさそうな気はするけどな。身体で繋ぎ止めたい気持ちが先行してるだけで、お前は十分に蘭ちゃんに惚れているだろ? 」

「あっ、いや。俺と蘭ちゃんは、そういう関係ではないというか…… 少なくとも蘭ちゃんは身体がメインだと思っているはずだし、将来の話をしたことはないからさ 」

「……オイオイ。毎晩、そんなに振り回しておいて、その体たらくはないだろ? 蘭ちゃんがあまりに不憫じゃないか 」

「まあ、確かに蘭ちゃんとは身体の相性がいいし、話も合う。妖怪の女の子たちのヒステリックさはないし、気立てもいいけど 」

「それなら、尚更、蘭ちゃんのことは もっと大切にした方がいいんじゃないのか? そんなに気の合う女性は、なかなか出会えるものじゃないだろ? 」

「なっ。長年、美波ちゃんのことをハッキリしてこなかった、正臣だけには言われたくないね 」

「……まあ、俺も人のことは言えないけどさ。女性と交際するなら、キチンと後先のことは考えた方がいいし、相手に方向性は伝えるべきだ。俺らあやかしと人間とでは、生きる時間が違うわけだし。それに仮に添い遂げるまで一緒にいるつもりなら、常にアクセル全開だとパンクするぞ? 」

「えっ? 」

「なっ、何だよ? 」

「あのさ、正臣。お前さ、いまって言ったよな? 」

「ああ。だって結婚って基本的にそういうものだろ? まあ、いまの世の中は三組に一組は別れるらしいから、離婚も特段珍しくはないだろうけど 」

「いや、ちょっ、待っ。いや、そう言うことではなくてさ 」

「ん? 俺、何か変なことを言ったか? 」

「いや、そんなことはないけど…… 」

 正臣妖怪の末裔の口から、まさか添い遂げるなんて単語を聞くとは思いもしなかった……
 狐太郎は思わず黙り込むと、考え事をするように一点を見つめていた。

 蘭ちゃんと結婚する、なんて今までに考えたことはあっただろうか。いや、むしろ蘭ちゃんの方は、そういうことは考えていたりするのだろうか。自分たちは妖怪と人間でそもそも種族が違うし、蘭ちゃんがその辺りをどう思っているかは確認したことがない。というか、怖くて聞けない。
 人生は長いから、結婚とか家族を作るのはまだまだ先だと思っていたけど、現に同年齢の正臣はきちんと将来に向き合っている。なんだか先を越された感が半端ない……
 
 狐太郎は急にトーンダウンをすると、そそくさと授業に必要な荷物をまとめ始めたのだった。



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