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出発!年末進行!!
手段は誰がためにあるのか 後編
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「だけどな、受け手が意見をしやすくなって、作り手の目に届きやすい構造は、何もいいことばかりじゃない。
例えば、趣味で発表しているような創作物にも平気であれこれ誹謗中傷をいう輩もいるし、とにかく発信者と受信者の距離が確実に近くなった。
昔はこちらの発信したものは視聴率でしか反応が見られなかった。言葉で反応を知る術なんかなかったんだ。
でも今は違う。
SNSの中では当たり前のように賛否両論、称賛やら誹謗中傷の嵐だ。匿名で、しかも簡単に自分の意見が手軽に相手に伝わる。だから勘違いを起こすような奴が出てくるんだ。
セミプロでプロを目指すヤツならともかく、アマチュアにまでマウンティングを取るような奴は見苦しい。そうやって才能が潰されるのはプロとして本当に痛ましくも感じる。相互に発信しやすい環境な分、作り手の可能性が潰されていくリスクは高まっているだろうな 」
「アマチュアが発信するものは、発表までに関わる人間が少ない分、荒削りな部分もありますし。粗探しのターゲットにはなりやすいんでしょうね 」
「創作物を世に放つハードル自体が低くなったことで、確かにクオリティにはムラがある。
だけど受け手はプロとかアマチュアとかは気にしないで、作品を見る。だから、そういう悪いサイクルに陥る。
でもな、俺は思うんだよ。
創作物に意見をできるのは、金を払ってその作品を手にしたやつだけだ。
そもそも人の作った物に意見する、演者のパフォーマンスに対して何かを言うなれば、それが成り立つのは売買契約が成立しているからだ。
それを生業にしているプロは、対価に応える義務がある。金をもらっているし、それで食ってるんだから。
だけどアマチュアは違う。
彼らは無償で勝手に配信しているに過ぎない。自己満足が許されるんだよ。だがら本来ならば別に受け手の要望に応える必要はないし、金が発生してないから極論一方通行でいい。受け手はつまらないと思えば、見たり読んだりするのを止めたらいい。それで終わりなんだ。
それなのに今の受け手は何を思うのか、その荒削りなアマチュアの創作物さえ粗探しをする。
粗があるのは当たり前、それはアマチュアが作っているのだから。それに対して意見をして、親切をしているつもりなんだろうけど、それは間違っている。
それはお節介とか生易しいものではなくて、もはやただの誹謗中傷だ。匿名だから意見を送りつけるハードルが下がっているんだろうけど、それはただの悪口に過ぎない。それがまかり通っている現状は、業界全体憂いて然るべきだと思うけどな。
例えばボランティアでゴミ拾いをしている人に、自称ゴミ拾いの経験者が求められてもいないのに、一方的に収集テクニックのアドバイスを送っているようなものだ。
ボランティアに労いや称賛を送るのはわかる。もしボランティアがアドバイスを求めているなら、それはわかる。けどな、無償物に勝手に意見を送りつけるってのは、やっぱり何か不思議な構図だよな。そう考えると、なんかモヤってしてくるだろ? 」
「ええ。でもそれを規制する術もない。今後も、この状況は続くでしょうね 」
「でもだからといって、アマチュアの権利ばかりが認められるわけでもない。
やっていいことと悪いこと、最低限のルールは自分を律して守らなくてはならないのに、最近はそうでもない事象が増えている。
プロが作る創作物というのは、一人の力だけで世に出回ることはまずあり得ない。
それに少なくとも、俺ら放送従事者は放送倫理に関しては徹底的に教育される。
物事を発信することは、番組の内容を最大化させるだけではない。特にメディアは、真正面から人種、ジェンダー、民族、宗教、あらゆる問題に向きあう義務がある。電波を預かるものは、その責任の重さも影響力の大きさも自覚している。無知は許されない。
それに放送に携わる人間は、少なくともそれを生業にしている社会人。
社会人の集まりが組織を形成すれば、いろんな考え方の人間がいるから、各々正義を持っている。それが束になって番組を作れば、理性が働いて成果物をたくさんの目でチェックすることが出来るんだよ。
社会人であれば、仲良しクラブで仕事をするわけにはいかない。だから危うい完成品が世に出るリスクは低くなるし、人を傷つけたりモラルに欠いた創作物に仕上がるリスクは低くなる。
抑止力が働くんだ。
それでも防げなかったものは、もう個人と組織の根底から見直すレベルにはなるんだろうけど。
もちろん集団の強みは、守りの部分だけではない。様々な意見が飛び交えば衝突もすることもあるけれど、作品が良いものになる可能性は一気に拓ける。アイデアを揉むことで、クオリティアップに繋がるのもまた重要なことだと思う。
だけど、アマチュア違う。
大半は個人制作のレベルだから、一人の考え方で作品が出来上がる。それに何人か集まったところで有志だから、似たような思考の持ち主のグループになる。
ちゃんと倫理を理解していれば問題はない。現に大半はちゃんとわかっている。だけど分別が付かないものが終結したら、そのときは一環の終わり。ストッパーがいない状態で、突き進んでいく。とても恐ろしいことだ 」
「創作物を個人の了見だけで作ることには、かなりのリスクがありますね。もし私が一人で番組を作ったとしても、第三者の目を介さずに発信するのは躊躇します。それを自分の裁量だけで世界に向けて発信するなら、なおのこと慎重にならなくてはいけない。
しかもインターネットを通じて一度世に公開したものは、一気に拡散されて完全に取り消すことがない。
そのリスクを全員が全員、理解しているかと言われたらそれは微妙でしょう。現に炎上の火種はあらゆるところに眠っています。大半の人間は他人の良いところを見つけるよりも、他人の優れていないところを見つける方が得意ですから。
創作物を発信するハードルが低くなる、確証のない情報が乱立する、軽はずみな発言が人を傷つける。そしてそれを見つけた受け手が揶揄して炎上する。負のスパイラルの完成です。
言葉は剣よりも強い。それは人を殺めることも出来てしまう。
万人に発信手段の機会を与えるリスクに、社会は本気で向き合おうとしていない。そんなことがまかり通っていては、やがて秩序は乱れます。
気を引くためのフェイクニュースが乱立し、発信したものに責任を取らない世の中になっては、未来はありません。
だからこそ我々メディアは常に公正でなくてはならない。我々から正確性というものがなくなれば、人々は情報を取捨選択する基準すら失ってしまうということになりますから 」
「ああ。俺らには立場がある。俺たちはプロだ。番組というサービスを売って仕事をしている。
どんな意見が舞い込んできたとしても、真摯に受け止めるし、万人に受け入れてもらえる番組を、誇張せずに根拠を持って正確に作り続ける。
電波を使わせてもらう以上、自分強がりな番組を作るわけにはいかない責務を追うってことなんだろうな 」
里岡は体制を少し変えるとハアと息を吐き、真っ暗な天井を仰ぐ。窓のないこの箱の中は、今が夜中なのか明け方なのかも察知できないくらい、いつまでも変化のない風景だった。
「……里岡さん 」
「なんだい? 」
「プロって一体なんなんでしょうかね 」
「プロなぁ…… また、綾瀬は難しい質問をする 」
里岡は苦笑いを浮かべると、参ったなと言わんばかりに背中を掻く。でも里岡はそういう面倒な質問にも真摯に答えてくれる。それに何よりスパンと一つの回答を示してくれるのが、里岡を素晴らしいと感じられることの一つでもだった。
「まあ、プロってのはあまり他人の制作物を面と向かって批判したりはしないな。
仲間内では意見を交わすけれど 」
「確かにそうですね。他人の批評をしないのは我々の業界の暗黙のルールだから、今まで気にもしていませんでした。
どのような意図でその番組が作られたかわからないのに、外野が軽率に口出しするのは非常に危ういことですから 」
「そうなんだよな。まあ、飲みの席で陰でちょろっとくらいはあるけどな。それはあくまでも世間話の範疇だ。
少なくとも公共の電波に乗せるものは、どれもいい加減な気持ちで作られているなんてことは、まず考えられない
。その前提があるから、他人が事情もわからないのにツベコベ言うと、職人気質なこの世界ではトラブルしか生まれない。無駄な衝突を生むだけになる。
何よりそのコンテンツを面白い、つまらないとか評価するのは視聴者なんだよな。多少セオリーから外れていたとしても、それが受け手に響いているならば、俺たちの常識もアップデートしていかなくてはならない。
ただ、称賛することはある。
良かったものに関してはチームの枠を越えて共有する。
だけど非難はしない。不体裁や事象の報告を除いてな。
同業者の評価の高さや低さは、必ずしも世間の評価と一致しない。
プロはそれを知っている。
そもそも着目点が違うから、つい技術的なことやハッとする演出に目を奪われがちになるしな。自分たちの価値観を疑えるのがプロなんだよな。
例えばドローンの登場で、テレビの演出力は飛躍的に進歩した。
ドローンから無線で映像をリアルタイムで飛ばせるとか、衝撃だっだもんな。
でもその演出の全部が全部、視聴者に受け入れられるかは、また別の話だ。中にはドローンの演出がいきすぎて目が回る、酔うって意見もあったりするし、歌番組なんかでは普通にアイドルの顔はじっくり今までのようにアップでみたい、と言う声もある。
俺たちは、ただ新しいことを番組に詰め込むのではなくて、相手が求めているのは何なのかを冷静に考えなくてはならない。
挑戦は必要不可欠だ。でも、それが視聴者のためのものでなければ手段のための目的になってしまう。
目的のために手段はある。
自分たちの価値観を常に疑わえるのが、プロなんだろうな 」
「粗を探すのは誰にでもできる…… けれど、プロはそれだけではなにも発展しないことも知っている。必要なのは、受け手のレスポンスをきちんと分析する力。日々の業務に追われると、振り返ることを後回しにしがちですけど、それをしないと次に繋がらないってことですよね 」
「まあ、そのためのキッカケとしては先輩の知恵、アドバイスを求めるのもいいかもしれないけどな。
ただ、業界は甘くないぞ。教えることは何もない、背中を見て勝手に覚えろ盗め、だの職人気質な文化がこの世界には根付こく残ってるからな。まあ、まずは己の実力を的確に把握し、理想とする人間と自分の実力を客観的に比較する。誰も教えてくれないのがプロの世界なら、それを補完していくのもプロのマインドだ。っていうか、俺、柄にもなく語りすぎたな 」
「いえ…… 」
「何十年もディレクターやってる俺にも、まだその答えはわからないんだ。そういうことを考えられる余裕ができたってのは、綾瀬が自分の存在意義を考えながら仕事している証だし、成長した部分なんじゃないの? 」
「えっ……? 」
「テレビのディレクターが一人前で仕事が回せるようになるには、十年スパンで時間も努力も労力もかかる。
番組を企画し、プレゼンして、何人もの人間を統率して、技術的なことも常にブラッシングアップして、対等に渡り歩ける知識も身に付けなくてはならない。
それに人間関係の構築だって必要だ。
気難しい演者も、頑なな技術職人の信頼も、得るのではなくて、まずは心を掴むところから始めなくちゃならない。
技量が足りない部分は、気合とガッツで『アイツ、面白れーな 』から心を掌握しなくちゃならない。地道な努力だ。
それに体力も根気も重要だぞ。
一つの番組を作るためには、個を犠牲にして仕事に打ち込まなくてはならないし、睡眠もままならないことがある。何人もが一人立ちする前に脱落する厳しい世界だ 」
「はい。この世界を幼い頃から志して、私は覚悟していたつもりでした。でも、現実はもっと厳しかったです。過去の自分の夢を否定したくない、負けたくない、諦めたくないという気持ちだけで私はまだ今ここにいますから 」
「綾瀬も、今日はやけに饒舌じゃないか? 」
「そうですか? 」
周りを気にせず、憧れの里岡と久し振りにサシで話をしている。しかもだいぶ込み入った仕事論だ。テンションがあがらない理由はない。
「俺たちはさ、そんな風に苦しい思いをして番組をつくるんだけどさ、不思議だよな。どんな状況でも良いから造った番組を視聴者に見てもらえたらそれでいいって思えるんだよな 」
「…… 」
「音を消した状態でも楽しんでもらえるならって、字幕を入れようと思えるし。CMのタイミングだって、裏番組見てアホみたいに研究する。ザッピング(テレビ視聴において、リモコンでチャンネルを頻繁に切り替えながら視聴すること)で目に留まれば御の字だし、俺の番組見ながら寝落ちしたとか言われたら、それはそれで嬉しい。心地いい番組になってるんだって、勝手に拡大解釈とかしちゃってな。
ドラマとか間を重要視する奴らの意見はわからないけど、早送りして見たって言われたら、それはそれで俺は嬉しいけどな。時間がないのに、そこまでして見てくれる労力が有難いよな。
まあ、数字的にはリアルタイムで見てほしいけど、視聴者には好きなように楽しんでもらいたい。そう思えることが制作のゴールだと思うんだよな 」
「好きなように番組を楽しんでもらう…… 」
「早送りされても、プロはそれも許容できる。受け手に見返りを要求しない。それがテレビマンを名乗ることの条件の一つだなって、俺は最近感じてるかもな 」
里岡はそういうと、卓周りの撤収を始めた。
その様子を見た綾瀬はハッとした様子で、時計を確認する。体感では十分くらいしか時間は経っていないと思ったが、時計を確認すると一時間近く里岡と話をしていたようだった。
「綾瀬もおじさんと油なんか売ってないで、そろそろ仕事に戻れ。正月は台湾に行くんだから、年末くらいは年上の彼氏に付き合ってやれよ 」
「彼のことはともかく…… あの、ありがとうございました 」
「別に、俺は礼を言われるようなことはしてないよ。あっ、そうそう。台湾では頼りにしてるからな 」
里岡はそう言うと、荷物をまとめてサブを後にする。
こんなに誰かと仕事の話をしたのは久しぶりだ。そして里岡の迷いのない言葉の一つ一つを噛み締める。普段から考えていなければ、自分みたいな若造が抱く抽象的な疑問に、持論を展開することは出来ない。
この世界は厳しい。悔しくなることも、自分の不甲斐なさに泣きたくなることもある。
格好いい先人たちの姿を目の当たりにしたとき、それは素直に憧れの感情になる。
まだまだ自分が当事者になりたい未来がそこにはある。だから今は何事も臆せずに、ただただ前に進みたいと純粋に思えるのかもしれない。
「だけどな、受け手が意見をしやすくなって、作り手の目に届きやすい構造は、何もいいことばかりじゃない。
例えば、趣味で発表しているような創作物にも平気であれこれ誹謗中傷をいう輩もいるし、とにかく発信者と受信者の距離が確実に近くなった。
昔はこちらの発信したものは視聴率でしか反応が見られなかった。言葉で反応を知る術なんかなかったんだ。
でも今は違う。
SNSの中では当たり前のように賛否両論、称賛やら誹謗中傷の嵐だ。匿名で、しかも簡単に自分の意見が手軽に相手に伝わる。だから勘違いを起こすような奴が出てくるんだ。
セミプロでプロを目指すヤツならともかく、アマチュアにまでマウンティングを取るような奴は見苦しい。そうやって才能が潰されるのはプロとして本当に痛ましくも感じる。相互に発信しやすい環境な分、作り手の可能性が潰されていくリスクは高まっているだろうな 」
「アマチュアが発信するものは、発表までに関わる人間が少ない分、荒削りな部分もありますし。粗探しのターゲットにはなりやすいんでしょうね 」
「創作物を世に放つハードル自体が低くなったことで、確かにクオリティにはムラがある。
だけど受け手はプロとかアマチュアとかは気にしないで、作品を見る。だから、そういう悪いサイクルに陥る。
でもな、俺は思うんだよ。
創作物に意見をできるのは、金を払ってその作品を手にしたやつだけだ。
そもそも人の作った物に意見する、演者のパフォーマンスに対して何かを言うなれば、それが成り立つのは売買契約が成立しているからだ。
それを生業にしているプロは、対価に応える義務がある。金をもらっているし、それで食ってるんだから。
だけどアマチュアは違う。
彼らは無償で勝手に配信しているに過ぎない。自己満足が許されるんだよ。だがら本来ならば別に受け手の要望に応える必要はないし、金が発生してないから極論一方通行でいい。受け手はつまらないと思えば、見たり読んだりするのを止めたらいい。それで終わりなんだ。
それなのに今の受け手は何を思うのか、その荒削りなアマチュアの創作物さえ粗探しをする。
粗があるのは当たり前、それはアマチュアが作っているのだから。それに対して意見をして、親切をしているつもりなんだろうけど、それは間違っている。
それはお節介とか生易しいものではなくて、もはやただの誹謗中傷だ。匿名だから意見を送りつけるハードルが下がっているんだろうけど、それはただの悪口に過ぎない。それがまかり通っている現状は、業界全体憂いて然るべきだと思うけどな。
例えばボランティアでゴミ拾いをしている人に、自称ゴミ拾いの経験者が求められてもいないのに、一方的に収集テクニックのアドバイスを送っているようなものだ。
ボランティアに労いや称賛を送るのはわかる。もしボランティアがアドバイスを求めているなら、それはわかる。けどな、無償物に勝手に意見を送りつけるってのは、やっぱり何か不思議な構図だよな。そう考えると、なんかモヤってしてくるだろ? 」
「ええ。でもそれを規制する術もない。今後も、この状況は続くでしょうね 」
「でもだからといって、アマチュアの権利ばかりが認められるわけでもない。
やっていいことと悪いこと、最低限のルールは自分を律して守らなくてはならないのに、最近はそうでもない事象が増えている。
プロが作る創作物というのは、一人の力だけで世に出回ることはまずあり得ない。
それに少なくとも、俺ら放送従事者は放送倫理に関しては徹底的に教育される。
物事を発信することは、番組の内容を最大化させるだけではない。特にメディアは、真正面から人種、ジェンダー、民族、宗教、あらゆる問題に向きあう義務がある。電波を預かるものは、その責任の重さも影響力の大きさも自覚している。無知は許されない。
それに放送に携わる人間は、少なくともそれを生業にしている社会人。
社会人の集まりが組織を形成すれば、いろんな考え方の人間がいるから、各々正義を持っている。それが束になって番組を作れば、理性が働いて成果物をたくさんの目でチェックすることが出来るんだよ。
社会人であれば、仲良しクラブで仕事をするわけにはいかない。だから危うい完成品が世に出るリスクは低くなるし、人を傷つけたりモラルに欠いた創作物に仕上がるリスクは低くなる。
抑止力が働くんだ。
それでも防げなかったものは、もう個人と組織の根底から見直すレベルにはなるんだろうけど。
もちろん集団の強みは、守りの部分だけではない。様々な意見が飛び交えば衝突もすることもあるけれど、作品が良いものになる可能性は一気に拓ける。アイデアを揉むことで、クオリティアップに繋がるのもまた重要なことだと思う。
だけど、アマチュア違う。
大半は個人制作のレベルだから、一人の考え方で作品が出来上がる。それに何人か集まったところで有志だから、似たような思考の持ち主のグループになる。
ちゃんと倫理を理解していれば問題はない。現に大半はちゃんとわかっている。だけど分別が付かないものが終結したら、そのときは一環の終わり。ストッパーがいない状態で、突き進んでいく。とても恐ろしいことだ 」
「創作物を個人の了見だけで作ることには、かなりのリスクがありますね。もし私が一人で番組を作ったとしても、第三者の目を介さずに発信するのは躊躇します。それを自分の裁量だけで世界に向けて発信するなら、なおのこと慎重にならなくてはいけない。
しかもインターネットを通じて一度世に公開したものは、一気に拡散されて完全に取り消すことがない。
そのリスクを全員が全員、理解しているかと言われたらそれは微妙でしょう。現に炎上の火種はあらゆるところに眠っています。大半の人間は他人の良いところを見つけるよりも、他人の優れていないところを見つける方が得意ですから。
創作物を発信するハードルが低くなる、確証のない情報が乱立する、軽はずみな発言が人を傷つける。そしてそれを見つけた受け手が揶揄して炎上する。負のスパイラルの完成です。
言葉は剣よりも強い。それは人を殺めることも出来てしまう。
万人に発信手段の機会を与えるリスクに、社会は本気で向き合おうとしていない。そんなことがまかり通っていては、やがて秩序は乱れます。
気を引くためのフェイクニュースが乱立し、発信したものに責任を取らない世の中になっては、未来はありません。
だからこそ我々メディアは常に公正でなくてはならない。我々から正確性というものがなくなれば、人々は情報を取捨選択する基準すら失ってしまうということになりますから 」
「ああ。俺らには立場がある。俺たちはプロだ。番組というサービスを売って仕事をしている。
どんな意見が舞い込んできたとしても、真摯に受け止めるし、万人に受け入れてもらえる番組を、誇張せずに根拠を持って正確に作り続ける。
電波を使わせてもらう以上、自分強がりな番組を作るわけにはいかない責務を追うってことなんだろうな 」
里岡は体制を少し変えるとハアと息を吐き、真っ暗な天井を仰ぐ。窓のないこの箱の中は、今が夜中なのか明け方なのかも察知できないくらい、いつまでも変化のない風景だった。
「……里岡さん 」
「なんだい? 」
「プロって一体なんなんでしょうかね 」
「プロなぁ…… また、綾瀬は難しい質問をする 」
里岡は苦笑いを浮かべると、参ったなと言わんばかりに背中を掻く。でも里岡はそういう面倒な質問にも真摯に答えてくれる。それに何よりスパンと一つの回答を示してくれるのが、里岡を素晴らしいと感じられることの一つでもだった。
「まあ、プロってのはあまり他人の制作物を面と向かって批判したりはしないな。
仲間内では意見を交わすけれど 」
「確かにそうですね。他人の批評をしないのは我々の業界の暗黙のルールだから、今まで気にもしていませんでした。
どのような意図でその番組が作られたかわからないのに、外野が軽率に口出しするのは非常に危ういことですから 」
「そうなんだよな。まあ、飲みの席で陰でちょろっとくらいはあるけどな。それはあくまでも世間話の範疇だ。
少なくとも公共の電波に乗せるものは、どれもいい加減な気持ちで作られているなんてことは、まず考えられない
。その前提があるから、他人が事情もわからないのにツベコベ言うと、職人気質なこの世界ではトラブルしか生まれない。無駄な衝突を生むだけになる。
何よりそのコンテンツを面白い、つまらないとか評価するのは視聴者なんだよな。多少セオリーから外れていたとしても、それが受け手に響いているならば、俺たちの常識もアップデートしていかなくてはならない。
ただ、称賛することはある。
良かったものに関してはチームの枠を越えて共有する。
だけど非難はしない。不体裁や事象の報告を除いてな。
同業者の評価の高さや低さは、必ずしも世間の評価と一致しない。
プロはそれを知っている。
そもそも着目点が違うから、つい技術的なことやハッとする演出に目を奪われがちになるしな。自分たちの価値観を疑えるのがプロなんだよな。
例えばドローンの登場で、テレビの演出力は飛躍的に進歩した。
ドローンから無線で映像をリアルタイムで飛ばせるとか、衝撃だっだもんな。
でもその演出の全部が全部、視聴者に受け入れられるかは、また別の話だ。中にはドローンの演出がいきすぎて目が回る、酔うって意見もあったりするし、歌番組なんかでは普通にアイドルの顔はじっくり今までのようにアップでみたい、と言う声もある。
俺たちは、ただ新しいことを番組に詰め込むのではなくて、相手が求めているのは何なのかを冷静に考えなくてはならない。
挑戦は必要不可欠だ。でも、それが視聴者のためのものでなければ手段のための目的になってしまう。
目的のために手段はある。
自分たちの価値観を常に疑わえるのが、プロなんだろうな 」
「粗を探すのは誰にでもできる…… けれど、プロはそれだけではなにも発展しないことも知っている。必要なのは、受け手のレスポンスをきちんと分析する力。日々の業務に追われると、振り返ることを後回しにしがちですけど、それをしないと次に繋がらないってことですよね 」
「まあ、そのためのキッカケとしては先輩の知恵、アドバイスを求めるのもいいかもしれないけどな。
ただ、業界は甘くないぞ。教えることは何もない、背中を見て勝手に覚えろ盗め、だの職人気質な文化がこの世界には根付こく残ってるからな。まあ、まずは己の実力を的確に把握し、理想とする人間と自分の実力を客観的に比較する。誰も教えてくれないのがプロの世界なら、それを補完していくのもプロのマインドだ。っていうか、俺、柄にもなく語りすぎたな 」
「いえ…… 」
「何十年もディレクターやってる俺にも、まだその答えはわからないんだ。そういうことを考えられる余裕ができたってのは、綾瀬が自分の存在意義を考えながら仕事している証だし、成長した部分なんじゃないの? 」
「えっ……? 」
「テレビのディレクターが一人前で仕事が回せるようになるには、十年スパンで時間も努力も労力もかかる。
番組を企画し、プレゼンして、何人もの人間を統率して、技術的なことも常にブラッシングアップして、対等に渡り歩ける知識も身に付けなくてはならない。
それに人間関係の構築だって必要だ。
気難しい演者も、頑なな技術職人の信頼も、得るのではなくて、まずは心を掴むところから始めなくちゃならない。
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それに体力も根気も重要だぞ。
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「はい。この世界を幼い頃から志して、私は覚悟していたつもりでした。でも、現実はもっと厳しかったです。過去の自分の夢を否定したくない、負けたくない、諦めたくないという気持ちだけで私はまだ今ここにいますから 」
「綾瀬も、今日はやけに饒舌じゃないか? 」
「そうですか? 」
周りを気にせず、憧れの里岡と久し振りにサシで話をしている。しかもだいぶ込み入った仕事論だ。テンションがあがらない理由はない。
「俺たちはさ、そんな風に苦しい思いをして番組をつくるんだけどさ、不思議だよな。どんな状況でも良いから造った番組を視聴者に見てもらえたらそれでいいって思えるんだよな 」
「…… 」
「音を消した状態でも楽しんでもらえるならって、字幕を入れようと思えるし。CMのタイミングだって、裏番組見てアホみたいに研究する。ザッピング(テレビ視聴において、リモコンでチャンネルを頻繁に切り替えながら視聴すること)で目に留まれば御の字だし、俺の番組見ながら寝落ちしたとか言われたら、それはそれで嬉しい。心地いい番組になってるんだって、勝手に拡大解釈とかしちゃってな。
ドラマとか間を重要視する奴らの意見はわからないけど、早送りして見たって言われたら、それはそれで俺は嬉しいけどな。時間がないのに、そこまでして見てくれる労力が有難いよな。
まあ、数字的にはリアルタイムで見てほしいけど、視聴者には好きなように楽しんでもらいたい。そう思えることが制作のゴールだと思うんだよな 」
「好きなように番組を楽しんでもらう…… 」
「早送りされても、プロはそれも許容できる。受け手に見返りを要求しない。それがテレビマンを名乗ることの条件の一つだなって、俺は最近感じてるかもな 」
里岡はそういうと、卓周りの撤収を始めた。
その様子を見た綾瀬はハッとした様子で、時計を確認する。体感では十分くらいしか時間は経っていないと思ったが、時計を確認すると一時間近く里岡と話をしていたようだった。
「綾瀬もおじさんと油なんか売ってないで、そろそろ仕事に戻れ。正月は台湾に行くんだから、年末くらいは年上の彼氏に付き合ってやれよ 」
「彼のことはともかく…… あの、ありがとうございました 」
「別に、俺は礼を言われるようなことはしてないよ。あっ、そうそう。台湾では頼りにしてるからな 」
里岡はそう言うと、荷物をまとめてサブを後にする。
こんなに誰かと仕事の話をしたのは久しぶりだ。そして里岡の迷いのない言葉の一つ一つを噛み締める。普段から考えていなければ、自分みたいな若造が抱く抽象的な疑問に、持論を展開することは出来ない。
この世界は厳しい。悔しくなることも、自分の不甲斐なさに泣きたくなることもある。
格好いい先人たちの姿を目の当たりにしたとき、それは素直に憧れの感情になる。
まだまだ自分が当事者になりたい未来がそこにはある。だから今は何事も臆せずに、ただただ前に進みたいと純粋に思えるのかもしれない。
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