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如何なるときも全力で!

ちょっとだけ素直になる金曜日①

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■■■


 いくら何でも遅くないか?
 気になる、気になる…… 気になりすぎるっッ!
 やっぱり朱美を巴さんの部屋に連れていったのはミスだったのだろうか。

 吉岡は自室のこたつで突っ伏しながら、卓上に転がっている腕時計と睨めっこする。朱美には悪いが、あのまま顔を洗わずに夜を明かしてもらった方が、自分の精神状態を考えると良かったとさえ思えてしまう。
 朱美が知らない自分を巴は何でも知っている。
それが怖い。何よりも危険な存在だ。巴は知らぬ存ぜぬを装おってはいるけど、吉岡が記者をしてた頃の雑誌は、管理人室に後生大事に山積みになってる……

 結局、まだ朱美には 何一つ自分のことは話せていない。
 本来ならば 諸々をちゃんとしてから 順序立てて行動を起こすべきだったのに、結局いろんなことを曖昧にしたままで事に及んでしまっている。我ながら情けない限りだ。
 過去のことを彼女に言えば、確実に幻滅される。そして言わない時間が長くなれば長くなるほど、彼女を落胆させることになる。それは頭ではわかってはいるのだ。
 だけど彼女に嫌われるのが怖い。
 彼女のことを失いたくないという身勝手な理由が、独断専行している。

 きっかけが欲しい。
 というか、それは自分で作るものか……
 それはわかっているはずなんだけどなー
 吉岡は自分の不甲斐なさを戒めるように パチンと頬に渇を入れると、こたつから這い上がってよそよそと部屋を抜け出すのだった。


◆◆◆


 部屋に戻ってきてからの朱美は怪しい挙動で満ち溢れていた。吉岡と一切目を合わせようとしないし、こたつの中で膝を抱えていて静かにしている。その様子はただ眠いだけという風にも取れるし、その真意を吉岡は汲み取れないでいた。

「あの 」

「なに? 」

「随分…… 長かったですね 」

「そうかな? 」

 吉岡の問いかけに呼応して、朱美は頭を上げる。
 長い睫毛がこちらを覗く。朱美の素肌はもう見慣れているはずなのに、薄暗い照明の中でも今日は一段と艶やかに見えた。

「念のため確認ですけど 」

「何を? 」

「……巴さんに、変なこと吹き込まれてないですよね? 」

「変なこと? 」

 朱美はウーンと唸りながら、暫くのあいだ眉間にシワを寄せる。こんなに悩まれると逆にいろいろと心配になるのだが、朱美のリアクションは至って落ち着いているようにも思えた。

「そうだね…… うーん。もう済ませた? とは聞かれた 」

「済ませた? ……って何を? 」

「そんなの一個しかないじゃん。言わせないでよ 」

「はぁ? 」

「マジでわかんないの? 」

「そんなの、わかるわけないでしょ。主語がないんだから 」

 朱美は一瞬、吉岡がわざと意地悪をしているのかと思ったが、どうやら本気で何のことかわからないらしい。吉岡は首を傾げて真剣に考え込んでいる。別に懇切丁寧に教えてあげる必要もないような気がするが、ここまで言っておいて黙っているのも気が引ける。朱美はハァとため息を付くと、躊躇いつつも声を潜めて吉岡にそっと耳打ちした。

「つまり、その…… ●●●●したかって 」

「●●●●……? って、ハァッ!? 」

 吉岡の予想以上のリアクションに驚いたのか、朱美は慌ててシーシーと言いながら その口を手で押さえる。こんなに薄そうな木造アパートで深夜に声を荒らげたら、迷惑千万極まりない。しかも単語が単語だ。絶叫していい類いのワードではない。吉岡は巴のイタズラに心底腹が立ったようだが、それより何より朱美からそんなダイレクトなワードが語られたことが衝撃過ぎて、叫ばずにはいられなかったようだ。

「何なんだよ、あのババアっッ! ●●●●したかなんて、普通聞くか!? どういう思考回路で、そんな発言が出てくるんだよっ。●●●●だぞ!? ●●●●!! デリカシーってものを熨斗貼って送りつけてやりたいわっッ 」

 吉岡は全身をプルプルさせながら、込み上げる怒りを抑えようと大きく息をつく。一方 朱美は吉岡の発するキワドイ名称を聞くたびに耳を赤くさせると、

「ちょっと、そんなに……連呼しなくていいから。 余計に恥ずかしいんだけど 」

と自重を求めた。すると吉岡も流石に自分の発言の酷さに気づいたのか、時間差で顔を真っ赤にすると慌てるように朱美から目線を逸らす。そしてオホンと一回大きく咳払いをすると、

「で…… なんて答えたの? 」

と一番気になることを朱美に質問をした。

「まあ一応、正直に答えた……ケド…… 」

「なっ…… 」

 吉岡にとっては、朱美の対応は予想外だったのだろう。
 はぐらかすとか、誤魔化すとか、そういう選択肢はなかったんかい!? と言いたくなるが、あの巴を相手にしてそれは無理な注文だろう。これはもう一生弄られる負のスパイラルに突入してしまったかもしれない。
 唖然とする吉岡を後目に朱美は再びハァとため息を付くと、案外冷静にこう話を続けた。

「良かったじゃん。一回だけど、ちゃんとしてたんだから。下手したら吉岡の沽券に関わるところだったよ? 」

「回数も…… 巴さんに聞かれたの? 」

「それは聞かれなかったケド 」

「そう 」

 朱美にとっては正直●●●●した、しない、の質問自体は、もはや大した問題ではなかった。どちらかというとパンチがあったのは、に言及されたことの方だ。オブラートに包まずダイレクトに破廉恥な内容を根掘り葉掘り聞かれたことが、朱美には相当堪えたのだが、それを吉岡に伝えたらさらに激昂間違いなしなので、それは黙っておくことにした。


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