ガールズ!ナイトデューティー

高城蓉理

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如何なるときも全力で!

伏せ字だらけの女子バナ①

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◆◆◆


「あの…… 夜分にすみません 」

「ああ、夏樹? それに彼女さん? 」

 間もなく日付が変わる深い時間……
 朱美は吉岡に引っ張られながらアパートの管理人室を訪れていた。
 急なお泊まりなのにコンビニにも寄らずにアパートまで直行したものだから、足りないものがたくさんあった。朱美は一日くらい大丈夫だからと遠慮したが、吉岡が管理人である巴さんに頼めばいいと、言って聞かなかったのだ。

「巴さん、あの…… 彼女にメイク落としを貸してもらってもいいですか? 」

「ええ、別にいいけど 」

「すみません、こんな遅い時間に 」

「気にしなくて大丈夫よ。金曜はどっちにしろ一時過ぎないと、表の玄関は閉められないから。中にどうぞ、って、えっと…… 」

「朱美と申します 」

「ああ、あけみちゃんね。あけみ…… あけみちゃんか…… なるほどねって、夏樹は駄目よ 」

「ちょっ、何でっッ 」

「レディーの部屋に、チェリーに毛が生えたみたいな若造を入れるわけないでしょ。ほら、さっさと部屋に戻りなさいっッ 」

 チェリーに毛!? って、何だ!?
 朱美は巴が発したパワーワードに、思わず目を点にした。一方巴は、シッシッと まるで虫でも追い払うような仕草を見せると、吉岡を面倒臭そうに一蹴している。

「なっ、失礼なッ!? 何だよ、その無茶苦茶なニックネームは!? 下ネタにも程があるでしょ? っていうか、彼女に変なこと言わないで下さいよ。普通の女性は、そういうの殆ど免疫ないんだから 」

「あはーん、さてはやましいことの心当たりが多すぎるのね? 」

「そんなワケないでしょ! 俺が女を連れ込んだことが、この十年近い歴史の中で今日の今まで一回でもありましたか!? 」

「でも朝帰りや お泊まりはしょっちゅうでしょ? 」

「それは全部仕事ですっッ。って、信じろよ、朱美 」

「あっ、うん。まぁ、私は そういうの気にしないから大丈夫だよ 」

「なっ、朱美は逆に気にしてくれよ。つーか、あることないことを 彼女に吹き込まないで下さいよ? 」

「あはは、わかってるわよ。準チェリーはさっさと部屋に戻んなさいっッ 」

「何だよ、準チェリーって? そんな簡単にデリケートな単語を連呼しないでくださいっッ 」

「…… 」

 強烈だ…… 
 朱美は二人のやり取りを目の当たりにし、完全に圧倒されていた。
 吉岡のツッコミスキルは ここで磨かれたと言っても過言ではないような気もする。

「じゃあ、朱美先…… 朱美、僕は部屋に戻るけど、なんかあったら直ぐに叫んで下さい。すぐ迎えに来るから 」

「そんなオーバーな 」

「朱美は 巴さんのことをよく知らないから、そんなことが言えるだよ。油断したら一瞬で制圧されますからね 」

「はあ…… 」

 こんな時間に押し掛けておいて、しかも文句を言ってしまえる間柄なんだから、吉岡と巴の信頼関係は出来上がっているのだとは思う。
 ここまで騒いでいる吉岡を見たのは、久し振りかもしれない。そしてそれは まるで姉弟のようなやり取りにも見えた。

「あの、お邪魔します…… 」

 後ろ髪を引かれる吉岡を横目に、朱美は巴の部屋に足を踏み入れる。管理人室はリフォームをしていないのか、昔ながらの漆喰の壁になっていた。部屋には 最近張り替えたのか 畳のいい香りが広がっていた。

「狭いけど、どうぞー あっ、これがクレンジングね。私の頑固なメイクもきれいに落ちるから、あけみちゃんのナチュラルメイクなら瞬殺よ 」

「あっ、ありがとうございます 」

 管理人室は水回りの設備があるらしく、台所も洗面台も完備されていた。ナチュラルメークというのは褒められてるのか何なのかわからなかったが、朱美は洗面台を借りると 顔を洗い始めた。いつもよりも厚めに塗ったファンデーションから開放されるとやっぱり気持ちがいい。本当は先日付けられた首筋の跡を隠すのにコンシーラーも塗ってはいたが、そちらは巴に突っ込まれたら炎上は不可避なので、そのままにしておく。首なら一日くらい放っておいても問題はないだろうし、スエットにコンシーラーが付いてしまう可能性は否定できないけど、そのときはまた考えればいい。  巴は「男子の部屋にはないもんねー 」とか言いながらも面倒見が良くて、親切に化粧水や歯ブラシなどのアメニティも貸してくれた。

「あけみちゃんは、お肌が綺麗ね。血色がいいわ。普段むさっ苦しいもやしボーイたちに囲まれて暮らしてるから、目の保養になるわ 」

「そうですかね…… 私は普段はあんまりお化粧をしないので、そのせいかもしれませんね 」

 それに殆ど家に引きこもってるから紫外線も浴びないし……と言いかけて、朱美は口を閉じる。そんなことを言ったら自分はとっても怪しい人間であることが即認定されてしまう。そもそも そんな情報まで自分から晒す必要もないだろう。

「あね、あけみちゃん 」

「なにか? 」

「あけみちゃんは、夏樹と付き合って長いの? 」

「えっ……? 」

「あら? 私ったら、変なことを聞いちゃった? 顔が真っ赤よ? 」

「いや、その…… ちゃんと交際してからは三ヶ月くらいで 」

「三ヶ月? あらやだ、まだそんなもんなんだ! てっきり、もっと長い付き合いなのかと思ったわ 」

「いや、そんなことは 」

「何か二人の雰囲気を見てると、熟年期夫婦みたいオーラだったから 」

「夫婦!? 」

「あはは、ゴメンね。まだ付き合いたてで、そんな風に言われたら嫌よね? 」

「いや、その…… 元々、仕事の関係で知り合ったので。もうすぐ出会ってからは二年になります。その夫婦感?みたいなのがあるなら、その……一緒にいる年月のせいかもしれません 」

「でも付き合ってからは、三ヶ月なんだ 」

「はい 」

 朱美は座布団の上に正座して、巴が貸してくれたクリームを少しだけ拝借する。それは普段朱美が使わないような外資系の化粧品で、何だかとてもいい香りがした。

「で、あけみちゃんたちは、もうヤッた? 」

「ハイっッ? 」

 朱美は思わず手を止めて、顔を見上げた。
 巴はテーブルに肘を付きとっても悪そうな笑みを浮かべて、朱美を見ていた。

「夏樹って奥手そうじゃない? 本命の扱いは不馴れそうよね? すぐに手を出す度胸もなさそうだし、身体から始まったって感じでもないでしょ? 」

「えっ、いや…… その…… 」

 朱美は顔をゆでダコみたいに赤くして、ゴニョゴニョと言葉を詰まらせた。
 ギリギリ先に手は出されては……いないと思う。
 むしろこちらが不安になるくらい、慎重に扱われている。だけど自分たちは 互いの気持ちを確認するより前にキスをしている。しかもあれは今まで朱美が経験してきた中でもなものだった。それに朱美が知らないところでも 吉岡にキスをされたことがあるらしいから、一概に彼を奥手認定するのも安直なことのような気がしてしまう。


「でさ、その、いろいろ大丈夫だった? 」

「大丈夫……とは? 」

「そんなの、一つしかないでしょ。ちゃんと●●●良く、かつ●●●してくれたかってことよ 」

「エっッ!? 」

「まさか、まだ一回もヤってないってことはないでしょ? 大人なんだから…… 」

「それは、まあ…… その、えっと…… 」

 だから吉岡は巴さんを警戒してたのか……
 朱美は 今さら そんな事情を理解して、いろんなことを頭の中で整理する。アメニティ代だと思えば高い買い物だけど、このまま逃げたって吉岡の名誉にも関わるだけだ。
 朱美は明言は避けつつも、巴から目を逸らすと恥ずかしそうにコクリと一回頷いた。

「夏樹がちゃんと出来てるのか想像ができなくて、普通に心配なのよね。あのムッツリスケベ、●●とかめっちゃ参考にしそうじゃない? あんなの全部ドリームワールド、全部フィクションなのにね 」

「なっ、えっ……!! 」

 朱美は巴の発するダイレクトワードを耳にするにつれて、さらに顔を真っ赤にしていく。

「あら、もしかして図星だった? ●●●とかしてって言われたら、ちゃんと断らなきゃ駄目よ。あけみちゃんがOKなら構わないけど、こういうのって最初が肝心だから 」

「は、はい……? 」

「それにあの子は、緩急がなさそうよね…… ずっと●●ばっか攻めそうだし。他にも●●とか●●とか、いろんなポイントがあるのに、ずっと●●●ばっかしそうだし 」

「いや、まあ、えっと…… 」

 一応交際相手の前なのに、巴の妄想悪口は止まる気配がない。でも朱美の羞恥心という感情は、ここは肯定も否定もするなと言っている。
 別に●●みたいな上級者向けなことはなかったし、難しい要求だってされなかった。自分はそもそも片手で数えるくらいしか経験がないから、正直なところ比較対象はほぼないに等しい。だからそれが普通なのか何なのかも良くはわからない。
ちゃんと求められてたことがわかって、それは素直に嬉しかったし安心もした。
 だけど申し訳ないと思うくらい、こちらから何かをする余裕は全くなかった。ただただ必死にしがみついていただけだと思う。それに自分がお久し振り過ぎたのと、おそらく物理的な事情も重なったんだとは思うけど、最初はかなり痛くて複雑なことを考える余裕もなかった。吉岡を困らせてしまったのは自分の方だ。
 それに……
 巴さんが想像している以上には、彼はとっても優しく触れてくれたと思う。


「あはは、冗談よ冗談。 私のエロチックジョークを真に受けちゃうなんて、あけみちゃんは可愛いね。あーもう、夏樹があけみちゃんに夢中になるのも分かる気がするなー 」

「はあ…… 」

 吉岡が自分に夢中と言うのは 少しオーバーな気もするが、朱美にはこんなことを大っぴらに言われて平然としていられるほどの 場数はこなしていない。それに冗談の範疇を軽く越える下ネタのオンパレードが繰り出されているのも、決して気のせいではないだろう。

「私は独り身に戻ってから、ずっとここで管理人しながら細々と暮らしてるから、もう下宿生たちはみんな息子みたいな感覚なのよね。特に夏樹は何を考えてるのか知らないけど、十年近く居座っちゃってるし 」

「十年……? 」

「そう。十八でうちに来たから、それくらいよ。あの子は真面目で繊細な部分があるし、今までも心配になることが沢山あったけど、あけみちゃんみたいな子が居てくれたらもう安心ね 」

 巴はそう言うとニコリと笑って、朱美にお茶を入れてくれた。そして部屋の隅にある小さな仏壇にもお茶を備える。

 独り身になってからと言うわりに、巴さんの薬指には結婚指輪が嵌められている。もしかしたら新しい彼氏とのファッションリングなのかもしれないけど、そのわりには鈍い光を放っているような気がした。



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