ガールズ!ナイトデューティー

高城蓉理

文字の大きさ
上 下
97 / 123
始まりの一歩

謎の体調不良

しおりを挟む
■■■■



 三日連続の光景だった……
 初日はワインをぶち撒かれ、昨晩は流れであんなことになってしまい、今日こそはと普通を装い 仕事という体でやって来た。

 今日は合鍵は使わない。というか、今後だってあまり頻発して使っていい代物ではない気がする。 
 吉岡は朱美の自宅のインターフォンを鳴らすと、僅かな待ち時間の間に身なりを整えた。


「吉岡さん? どうぞお待ちしてました 」

「ああ、お久し振りです。お邪魔します 」

 吉岡を出迎えてくれたのは、朱美のアシスタントのマリメロンだった。同人誌の世界では成人向けの神BLを爆弾させまくっている第一人者のような存在で、その世界では名を知らない者はない逸材だ。同人一本でも十分やっていけそうだし、逆に商業デビューの声を掛けたこともあるが、彼女は何故か朱美のアシスタントとしての仕事も大事にしていた。

「あの、原稿の進行具合はどうですか? 」

「うーん、どうなんですかねー 私と伊藤ちゃんはバッチリなんですけど、先生が調子良くないみたいで…… 」

「……そうですか 」

「ずっと お腹を押さえてるし、全身筋肉痛らしくて。声もガラガラなんですけど、熱はないみたいなんですよね…… 」

「はあ…… 」

「風邪の初期症状ってやつなんですかね…… 」

「うーん、季節の変わり目ですからね 」

 吉岡はマリメロンの嘆きにすっとぼけた回答をすると、何事もなかったかのようにスリッパに履き替えた。

 でも心の中では、こう思っていた。
 申し訳ない……マリメロンさん。
 朱美さんのそれは、風邪なんかじゃないんですよね……

 の才能に溢れたマリメロンに 朱美の体調不良の理由がバレていないことには、吉岡は内心安堵していたが、油断は出来ないような気がしていた。
 作家というのは、周りの機微に大変聡い。
 朱美だって自分のことには驚くくらい鈍感だが、他人のことはその本人以上に動向がよくわかっている。別に彼女たちに自分達の進展した関係がバレたからといって敵に回ることはないだろうけど、二人の方が朱美との付き合いが長いことを考えると、気を使わせる状況は避けたいところだった。

 吉岡が作業部屋へと入ると、朱美とアシスタントの伊藤ちゃんが前のめりになって机に向かっていた。
 伊藤ちゃんは至っていつも通りで静かに背景にペン入れをしていたが、朱美はタートルネックで顔の半分近くを覆いつつ、左手でお腹を押さえながらペンを走らせている。身体は微妙に斜めに傾いていて、その姿はいつも以上にいつも通りの朱美の執筆スタイルにも見えた。

「神宮寺先生、どうですか? 」

「よし……おか……? 」

 朱美は吉岡の声を聞くなり顔を真っ赤にすると、すぐさま近くにあったタオルで顔を覆った。昨晩 夜通しあんなことやこんなことになってしまったにも関わらず、吉岡が平然としていることに朱美は理解が追い付かなかった。


「なんで…… 来たの? 」

 前情報……というか朝もそうだったから知っているのだけれど、朱美の声はやっぱり掠れていた。

「そう言われても…… 大丈夫かどうか、一応確認に…… 」

「大丈夫かどうかと聞かれたら、大丈夫じゃない。大丈夫な訳ないでしょ、具合悪いもん。だけど、一応…… ちゃんと描いてる。締め切りは待ってくれないし 」

「そうですか。それなら安心です。じゃあ僕は今日はこれで。マリメロンさん、伊藤さん、神宮寺先生のこと宜しくお願いしますね 」

「「はあ…… 」」

 伊藤ちゃんとマリメロンは いつもならあり得ないような吉岡のあっさりした物言いに、思わず目を点にする。その反応は朱美も右に習えだった。

「なっ、ちょっ、マジで帰るの? 」

「ええ、何とかなってるの確認できましたし、僕がこれ以上ここにいても出来ることはないですから。では失礼しますね 」

「ちょっ、吉岡…… 」

「見送りは大丈夫ですよ? 」

「鍵を閉めないといけないから、どちらにせよ誰か見送らなきゃならないでしょ? 」

 朱美はそう言うと、体を丸めながらゆっくりと席を立った。伊藤ちゃんは「私が代わりに」と手を出そうとしたが、マリメロンは何かを察したのかその腕を取ると、小さく首を振った。


「すみません、玄関まで来てもらっちゃって。あの、どうですか? 具合の方は? 」

「どうですか? じゃないでしょ。誰のせいだと思って…… 」

朱美はそう言いうと、勢いよくタートルネックを捲った。首筋には無数の充血跡が広がっていて、何とも痛々しい状態になっている。

「すみません、その…… 反省はしてます 」

「そうだよ、そうそう。大いに反省してもらわないと。私は殆ど初心者なんだから、もっとお手柔らかにしてもらわないと…… 」
 
「でも、後悔はしてません 」

「なっ、ちょっ。それ、どういう意味……? 」

朱美は物凄い剣幕で、吉岡を睨み付けた。と言っても、立ったままのこの状態では朱美は完全に上目遣いになっていて、あまりその威力というのは感じられない。

「あの、どうしたらいいのかちょっと良くわからなかったんですけど、一応カイロを買ってきました 」

吉岡はそう言うと、鞄の中から使い捨てのカイロを二つ三つ取り出して朱美に渡した。

「吉岡、実はやっぱり慣れてるな? 」

「慣れて……? とは? 」

「なっ、なんでもないっッ! 」

 朱美はプイッとした表情を見せると、壁に軽く手をついた。真っ直ぐ立っているのもしんどいくらい、事態は思った以上に深刻だった。

 「朱美先生。今朝起きたら、腹が痛いって言ってたじゃないですか。対処として合ってるかわからないし効くかもわからないけど、一応自分なりに考えたつもりです…… 」

「何じゃそりゃ…… でも、まあ…… ありがとう 」 

 朱美は若干 不貞腐れながらカイロを受けとると、すぐさまその封を切った。そのくらいお腹にはずっと鈍痛が響いていて、それが治まる気配はまるでない。
 というよりも、これから先もこんなのが続くのかと思うと、何だか途方に暮れてしまうような気がしてくる。こんなんじゃ歴代彼女は苦労の連続だっただろうと、同情すら湧いてきた。

「あの、朱美先生、なんか勘違いされてる気がするから一応確認ですけど…… 」

「……何? 」

「俺、自分から女性に対して好きって言ったの初めてなんで 」

「はあ? 」

「何ですか? そのリアクションは? 」

「……吉岡って、もしかして本当は●●なの? 」

 朱美が素直に発した言葉を聞いた瞬間、吉岡は反射でゲンコツを落としていた。
 この天然バカっッ、いきなり何を言い出すかと思えば…… 
 つーか、発想が豊かすぎやしないか?


「ちょっ、いきなり何? フツーに痛いんだけどっッ 」

「先生、声がデカイですっッ! しかも違うっッ! 何でいきなりそんなに振り切れるんだよ! ったく、俺が今この場でそういう嘘を付いて、何かメリットがあるんですか? 」

「それは…… わかんないけど…… 」

「じゃあ、今日はもう俺は帰りますから…… 」

「なっ、ちょっ、それズルッ 」

 吉岡はそう言うと、そそくさと靴を履き始めた。
 そして明らかに不機嫌な顔をすると、仕返しとばかりに朱美の耳元に顔を近づけてこう囁いた。

「こっちもね、誰かさんがワインを派手にぶちまけてくれたせいで、一昨日から殆ど寝てないんだよ。痛いのはそのうち俺が時間かけてなんとかするから、昨日は すみませんでしたっッ 」


 痛いのは……
 そのうち何とかする……?
 って、何だその変態発言はっッッ!?

「な゛ッッッ、ぢょっどぉ!バっカぁじゃないのっッ!? 」

 朱美は吉岡の問題発言を脳内で処理して、直ぐに大音量の奇声で対抗を試みたが、吉岡も瞬時に反応してその口を押さえて無理矢理シャットアウトする。
 そして向こうの部屋にいる二人のアシスタントの気配に変化がないことを確認すると、今度は普通に朱美にこう言ってのけた。

「朱美先生が面倒臭い感じになったら、シュンとすることわかったし、一回やってしまえば怖いことなんてありませんよ。じゃあ 」

「なっ…… 」

 吉岡はそう言うと、朱美の反応を殆ど確認せずに玄関のドアを開けた。
 一方の朱美はほぼ放心状態で、その場に腰が砕けたかのように沈み込んだ。


 何なんだ…… ちょっと……
 もはや、どうかしてないか?
 吉岡は決して表面的には大したこと言ってはないが、意味を考えると相当酷いことをペラペラと発しているのではないだろうか……


「吉岡のバカバカバーカ!! 」


 何なんだ…… まったく……
 完全に私のこと、お見通しじゃないか。
 ムカつく……
 凄くムカつく……
 こっちこそ、今度は倍返しで受けて立つッ!

 朱美はブリブリ怒りながら貰ったカイロを全力で振り始めたが、やはり暫くはその場でうずくまるしかなかった。



しおりを挟む
感想 5

あなたにおすすめの小説

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

友達の母親が俺の目の前で下着姿に…

じゅ〜ん
エッセイ・ノンフィクション
とあるオッサンの青春実話です

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

独身寮のふるさとごはん まかないさんの美味しい献立

水縞しま
ライト文芸
旧題:独身寮のまかないさん ~おいしい故郷の味こしらえます~ 第7回ライト文芸大賞【料理・グルメ賞】作品です。 ◇◇◇◇ 飛騨高山に本社を置く株式会社ワカミヤの独身寮『杉野館』。まかない担当として働く有村千影(ありむらちかげ)は、決まった予算の中で献立を考え、食材を調達し、調理してと日々奮闘していた。そんなある日、社員のひとりが失恋して落ち込んでしまう。食欲もないらしい。千影は彼の出身地、富山の郷土料理「ほたるいかの酢味噌和え」をこしらえて励まそうとする。 仕事に追われる社員には、熱々がおいしい「味噌煮込みうどん(愛知)」。 退職しようか思い悩む社員には、じんわりと出汁が沁みる「聖護院かぶと鯛の煮物(京都)」。 他にも飛騨高山の「赤かぶ漬け」「みだらしだんご」、大阪の「モダン焼き」など、故郷の味が盛りだくさん。 おいしい故郷の味に励まされたり、癒されたり、背中を押されたりするお話です。 

極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~

恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」 そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。 私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。 葵は私のことを本当はどう思ってるの? 私は葵のことをどう思ってるの? 意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。 こうなったら確かめなくちゃ! 葵の気持ちも、自分の気持ちも! だけど甘い誘惑が多すぎて―― ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

だんだんおかしくなった姉の話

暗黒神ゼブラ
ホラー
弟が死んだことでおかしくなった姉の話

処理中です...