ガールズ!ナイトデューティー

高城蓉理

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始まりの一歩

レイトショーで逢瀬①

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◆◆◆


 最近は締め切り明けに完徹同盟の四人で集まることが少なくなった。
 もちろん個々で会うことはあるし連絡は取り合っている。特に顔を合わせずらくなったのは、隔週末ごとに台湾に出張にいく茜、次いで最近彼氏ができて時差恋愛中の元ヤンファミレス副店長の桜の二人だ。

 そもそも朱美自身も 漫画の締め切りで だいたい家に軟禁状態にあるし、あまり融通も利かないから文句を言える立場でもない。夜勤公務員の息吹とは たまに会うけれど、あっちはあっちで年末から年度末にかけては忙しさに拍車が掛かる。何でも年間の予算が下りるのが この時期とかで、漏水の対応プラス水道管の交換工事の立ち会いの件数が増えるのだそうだ。
 別に完徹同盟に拘らなくてもいい気はするが、一般の友達は昼間主体の生活だし、家庭を持っている人も少なくない。交遊関係が途切れる度に 自分の世界が年々狭くなっていくのは 気のせいでもないだろう。 

 女子の友情は難しい。
 人には生き方の選択肢がたくさんあって、ある一定のキャパシティを越えたときに 抱えてきた何かを取捨選択しなくてはならないことがある。
 恋人ができて、結婚をして、子どもが産まれて、新しい家族ができれば人生のステージは目まぐるしく変わる。

 もちろんそれが選択できる全ての価値観ではない。
 自分の極めたい道を進んだり、自分個人を大切に生きていく手段も人生を豊かにする方法の一つなのだと思う。

 そういう人生の節目節目のターニングポイントに立たされたとき、人は自分の持ち物を捨てるか保ち続けるか悩む瞬間が必ずやってくる。
 生きていればモノは増える。
 持ちきれなくなったものを断捨離して切り捨てて進む人生は、大切なものが厳選されて気持ちとしては楽になるのかもしれないし、余計なことを考えなくてもいいのかもしれない。

 けれども私は何かを諦めたりしたくない。
 それは傲慢なことだと言われることはわかっている。
 全部大事にしたいのだ。

 会えなくても構わない。でも誰かとの繋がりを切る行為を私は是とはしたくないのだ。
 いままでの私を構成する大切な人たちとの絆は、形や在り方は変わってもお婆ちゃんになるまで大事にしたい。

 人を断捨離する人生は、私が選びたい道じゃない。
 そうしないと幸せになれないならば、私は新しい世界は欲しくない。

 もし大切なものが両手に抱えきれなくなったとしても、私は仕事も恋も友達も家族も全部大事にする。

 こんな風に思ってしまう私は……
 やっぱり欲張りなんだろうか。


◆◆◆


 ヤバイ…… 仮眠しすぎだっッ……!!

 朱美は地下鉄の出口から勢いよく駆け上がると、スマホの時計を確認する。
 っていうか、待ち合わせまであと五分しかないじゃんか……
 
 朱美は大きく一息つくと、辺りをキョロキョロ見渡しながらシネコン直通エレベーターを探した。
 遅刻しかけながら家を出たはずなのに、何故 履き慣れないヒールの靴をチョイスしたのか数十分前の自分に説教したい気分だ。
 とにかくっッ、今の最優先は待ち合わせ相手の機嫌を損ねないかに尽きる。何と言っても今日のデートの相手である彼は、すぐに怒る癖があるからだ。

 今回の締め切りも 死闘だった。
 原稿自体はそこまでは押してはいなかった。
 だけど吉岡が珍しくヤッてくれたせいで、朱美は今月もピンチをチャンスに変える余裕もなく、必死に原稿と吉岡のやらかし案件にペンを走らせる羽目になった。
 そして今朝なんとか脱稿して、軽く睡眠を取ってからレイトショーに来たという具合だ。

 バイクで連れ去られた 先日の満月デート事件の後も、吉岡とは何回も顔を合わせてはいるし普通に仕事もしている。でも特別なムードがあるわけでもなく、気持ちを確かめ合うこともなく一ヶ月が過ぎようとしていた。

 一応互いの気持ちは共有したが、だからといって発展も進展もしていない。
 本当に何も起きてないのだ。

 あれ以来二人で外に出掛けるのは初めてだけど、吉岡は何を思って自分をわざわざ外に誘ってくれたんだろうか……

「ごめんっ。はあ、はあ、遅くなってっッ…… 」

「いいえ、僕はそんな待ってませんから 」

 朱美は吉岡に気がつくと、駆け足で彼に近づいた。ここのシネコンは何故か短い毛足の絨毯張りで、ヒールの靴では足が取られそうになってしまう。
 彼は仕事終わりなのか、スーツ姿でコートを腕に掛けていたが、ネクタイは外していた。手には最近話題のアニメ映画のチケットが二枚、出版社のツテで貰った招待券が握られている。

「朱美先生? 息が上がってるみたいですけど大丈夫ですか? 」

「大、大丈夫。ちょっと走ったけど、なんとか…… 」

 朱美はゼーゼー言いながら、膝に手を当てて上半身を丸めている。こういう些細な運動でも息が上がってしまうのは少し情けない気がした。

「……なんか、全然 平気そうには見えませんよ? っていうか、足元もガクガクしてませんか? 」

「平気平気! それ多分、気のせいだから…… ほら、早くしないと映画始まっちゃうよね!? 」

「えっ? あっ、まあ……  」

「さっ、早く中に入ろ!  」

 朱美はそう言うと、一瞬迷うように吉岡の腕の辺りで目を泳がせて スーツの裾を掴んだ。

「ちょっ、そんなにいきなり引っ張るなって。予告があるから、そこまで慌てないで大丈夫ですって。それに急ぐと躓きそうだし…… 」

 吉岡は慌てるようにして 拘束されていない反対の手で朱美の手首を掴むと、諭すように語り掛ける。
 満月デートのときにも、その手で掴まれたのは掌ではなく手首だった。普段は微塵も感じないのだが、ちょっとしたときに見え隠れする 力の逞しさに、朱美は思わずドキッとしてしまう。

「わっ、わかった。ごめん。気を付けるから 」

「……それなら、いいですけど 」

 吉岡はそう言うと、その手を弛めて 朱美の手首を解放する。別に離さなくてもいい、と朱美は言おうと思ったが ここは敢えて言葉を飲み込むことにした。今までの吉岡なら何かにつけて
『あなたに万一のことがあると僕は困るんですよ』とかすぐに怒るところなのに、今日に限っては常套句は飛び出してはこなかった。

 二人は既に予告が始まった劇場に体を屈めながら入場すると、指定の席に横並びに座った。今日は平日のレイトショーということもあってか、疎らにしか席が埋まっていない。

 なんだか、無駄に緊張してきた……
 でも横を確認するのも変だし、今さら意識しすぎるのも違う気がする。
 今まで散々持ちつ持たれつやってきたし、あり得ないような醜態も晒しまくってきた相手だ。何せ下着姿まで見られている。それが急に交際相手に格上げになったら、どう接していいか わからない。朱美は席に座ってから暫くの間、隣に吉岡がいて一緒に映画を観ているシチュエーションに 無駄に心が落ち着かなかった。

 でも意外なことに、本編が始まってしまえば隣の人間の存在はあまり関係はなくなるものだ。

 今回二人が観に来た映画は、主人公が家族を救うために全身全霊で戦うバトルアクションもので、序盤から迫力の映像と迫真の演技が繰り広げられていた。
 敵キャラでは最近何かと世話になった 中野葵の声が聞こえてきて、普段のトーンとのギャップに思わず固唾を呑む。終始スクリーンからは耳を突き刺すような爆音が鳴り響き、画面からは激しいバトルが繰り広げられていた。

 あれ……?
 何か、頭がボーッとしてきたかも……

 映画の中盤に差し掛かった頃だろうか。
 朱美は締め切り明けの映画の約束を、とても楽しみにしていたはずだった。でも物語が勢いよく進んでいくにつれて、何だか内容がだんだん頭に入ってこなくなる。仕方なく手の甲をつねってみるが、痛みよりもフワフワする感覚の方が勝っている。もはやこれが自分の睡眠不足のせいなのか、潜在意識でこの映画に興味がないのかも判断が出来ない。
 ちらりと横目で同行者を確認すると、吉岡はしっかりとスクリーンをしっかり観ていて、話に集中しているようだった。

 もしかして今日の私は、 が目的になってたのかも……
 そうだとしたら、何か悔しい。
 きっと私ばっかり、いろいろ意識し過ぎてるんだろうな。

 人間には起きていられる時間に限度がある。
 そしてそのリミッターを振り切ると、人は思考を停止し体力の回復に努めることになる。 
 それはどんな環境下であっても、どうしようもないときがあるのだ。

 吉岡は目の前で繰り広げられるストーリーに集中していた。
 大ヒットする作品の構造を紐解けば、編集者として得る物も多い。きっとそれは隣にいる朱美も同じように感じているに違いない。
 編集者としての自分は あくまで漫画家の朱美を補佐をする立場に過ぎないけれど、これからはこういう機会を増やしてもいいかもしれない。
と、思った矢先の出来事だった。

 バサッ……
 突如として右肩に重みを感じて、吉岡はほぼ反射的にそちらを確認する。

「……って、えっ? 」

 セミロングの髪の毛は吉岡の腕の辺りに纏わりつき、石鹸のような香りが鼻につく。
 毎日毎晩のように夜な夜なピンチを乗り越えてきた間柄なはずなのに、さすがに身体を委ねられると鼓動が一層早くなる。

 真っ暗な劇場内では、朱美の表情は確認できない。
 だけどたまに画面が明るくなったときにだけ、その穏やかな寝顔と長い睫毛が、乱れた髪の隙間から見え隠れする。
 寝ている姿は初めて見たわけではない。
 むしろ何回も見てきたし、その姿を自分は知っている。

 なのに今日の彼女は見るに耐えないくらい本当に無防備だった。


 つーか、よくこんな爆音の中で眠れるよな……
 どんな神経をしてんだよ。

 吉岡はそう思いつつ朱美の体にコートを掛けると、ついでに彼女が持っていたストールで耳の辺りを塞いでやるのだった。




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