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フォーエバーフォールインラブ
衝動の反動②
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◆◆◆
吉岡はタクシーを捕まえると、すぐさまスマホを取り出した。渋谷から社屋までタクシー移動となると、正直痛い出費だったが 今は時間を買うことを優先する。
吉岡は着信履歴から 登録していない番号を見つけ出すと、すぐさま通話ボタンを押した。発信ボタンを押すと同時くらいに、相手はすぐに電話に出る。その辺りあいつはやっぱり抜かりがない。
そう……
吉岡には、もう迷いはなかった。
「もしもし 」
「あら? 吉岡くん…… 決意は固まった? 」
電話の相手は相変わらず、ねっとりとした話し方をしていた。昔の彼女はこんなのではなかったが、もはやそれは過去のことだ。小暮のリアクションは あらかた予想はしていたが、吉岡は一息つくと冷静に対処した。
「……ああ。時間掛かったけどね。何とかね 」
「そう……それじゃ、いつ退職届を出す感じになりそう?こっちとしては、いつでもいいのだけど…… 」
電話の向こうから、小暮が氷をカラカラもて遊ぶ音が聞こえていた。
「俺は……会社は辞めないし、記者にもならない」
「……何ですって? 」
小暮の声色に少しだけ変化がある。氷を弄る音もパタリと止んだ。余程自信があったのだろうか。
「もし あの写真を世に出すなら、俺としても弊社としても君を法的手段に訴える 」
「また、そんなに強気にでちゃって…… 大丈夫なの? 」
「大丈夫もクソもない。そもそも交際の事実はないんだから 」
「…… 」
「うちの先生は、中野さんに絵を教えていただけだそうだ。もはや友人というより、知人に近いレベルの付き合いらしい 」
小暮にはかなりの自信があったのだろうか。
だけどそのわりには、裏取りも何もかもが雑だった。
すると小暮は一拍タイミングを置いて、こう切り返してきた。
「……それがどうしたの? 」
「えっ? 」
「それが事実か否かは、それほど重要じゃない。真実というのは作るものよ 」
「はい? 」
吉岡は小暮の発言を、思わず疑った。
そしてあの言葉が本気だったのかと肝が冷える。
真実を作るって…… 言っていることが理解できない。
ゴシップであろうと何であろうと、そこには正しいことを正確に伝えるという、マスコミ従事者としての義務がある。彼女の発言は、ただの本末転倒としか言い様がなかった。
「つまり、出してしまえばこっちのもんってこと。世の中に記事が出回れば、嘘だって まことしやかに本物になる。私はそうやって導いてきた。つまり最初から吉岡くんに勝算はないのよ 」
小暮は勝ち誇ったように、吉岡に自信たっぷりに言ってのけた。
だいたい漫画家と若手声優のロマンスに、世界を引っくり返すほどの需要があるとも思えない。疑いが確信に変わる。最初から狙いは俺ということか……
吉岡はスマホを握りしめる力を強めると、一息ついて小暮にこう告げた。
「……出したければ出せばいい。その代わり、きっちりとこの分は裁判で争わせてもらう。中野にも、うちの神宮寺にも、名誉毀損を訴えるに十分な理由はある。
それに君の会話は、全部録音をさせてもらってる。
それでも記事を週刊秋冬に売り込むなら、君から恐喝されてることも含めて、全部世間に晒してまとめて訴える。
こちらが勝つのがわかっているのなら、君の信用はガタ落ちまっしぐらだ。
俺だって、元々は記者をしてたんだ。それくらい造作にないことくらいわかっているだろう。
君は僕を見くびりすぎだ 」
「……なっ 」
「君のことは大事な同期だと思ってたし、僕がボロボロになったとき助けてくれたことには感謝はしてる。
だけど流石にこれはやり過ぎだ。
完全に君は僕の逆鱗に触れている。強行するなら容赦はしない 」
「ちょっ、まっ…… 」
吉岡は小暮に相槌も弁明の余地も与えなかった。吉岡は一方的に電話を切ると、ハァーとため息をついた。
果たして小暮に言葉は届いてくれるのだろうか。
ここまで言って小暮が戦いを挑んでくるのならば、そのときは正々堂々法廷で勝負をする。
タクシーの運転手は少しだけ苦笑いを浮かべているのがバックミラー越しに見てとれたが、吉岡は気に止めないことにした。
言いたいことをハッキリいえて、吉岡の心中は霧が晴れていくように穏やかだった。
絵を教えてもらっていた…… か……
紛らわしい他、この上ない。
朱美のスキャンダルが出ることも、小暮に屈して記者になることも、それは正直些細な問題だった。
それよりも、彼女が誰のものでもないという確信が、何よりも知りたかった。
俺はどうかしている。
決して彼女のことは自分が独占できない。
立場もある。
特別な感情を抱いてはいけないと思えば思うほど、彼女が愛しくて仕方がない。
吉岡は衝動と理性の狭間に揺れていた。
吉岡はタクシーを捕まえると、すぐさまスマホを取り出した。渋谷から社屋までタクシー移動となると、正直痛い出費だったが 今は時間を買うことを優先する。
吉岡は着信履歴から 登録していない番号を見つけ出すと、すぐさま通話ボタンを押した。発信ボタンを押すと同時くらいに、相手はすぐに電話に出る。その辺りあいつはやっぱり抜かりがない。
そう……
吉岡には、もう迷いはなかった。
「もしもし 」
「あら? 吉岡くん…… 決意は固まった? 」
電話の相手は相変わらず、ねっとりとした話し方をしていた。昔の彼女はこんなのではなかったが、もはやそれは過去のことだ。小暮のリアクションは あらかた予想はしていたが、吉岡は一息つくと冷静に対処した。
「……ああ。時間掛かったけどね。何とかね 」
「そう……それじゃ、いつ退職届を出す感じになりそう?こっちとしては、いつでもいいのだけど…… 」
電話の向こうから、小暮が氷をカラカラもて遊ぶ音が聞こえていた。
「俺は……会社は辞めないし、記者にもならない」
「……何ですって? 」
小暮の声色に少しだけ変化がある。氷を弄る音もパタリと止んだ。余程自信があったのだろうか。
「もし あの写真を世に出すなら、俺としても弊社としても君を法的手段に訴える 」
「また、そんなに強気にでちゃって…… 大丈夫なの? 」
「大丈夫もクソもない。そもそも交際の事実はないんだから 」
「…… 」
「うちの先生は、中野さんに絵を教えていただけだそうだ。もはや友人というより、知人に近いレベルの付き合いらしい 」
小暮にはかなりの自信があったのだろうか。
だけどそのわりには、裏取りも何もかもが雑だった。
すると小暮は一拍タイミングを置いて、こう切り返してきた。
「……それがどうしたの? 」
「えっ? 」
「それが事実か否かは、それほど重要じゃない。真実というのは作るものよ 」
「はい? 」
吉岡は小暮の発言を、思わず疑った。
そしてあの言葉が本気だったのかと肝が冷える。
真実を作るって…… 言っていることが理解できない。
ゴシップであろうと何であろうと、そこには正しいことを正確に伝えるという、マスコミ従事者としての義務がある。彼女の発言は、ただの本末転倒としか言い様がなかった。
「つまり、出してしまえばこっちのもんってこと。世の中に記事が出回れば、嘘だって まことしやかに本物になる。私はそうやって導いてきた。つまり最初から吉岡くんに勝算はないのよ 」
小暮は勝ち誇ったように、吉岡に自信たっぷりに言ってのけた。
だいたい漫画家と若手声優のロマンスに、世界を引っくり返すほどの需要があるとも思えない。疑いが確信に変わる。最初から狙いは俺ということか……
吉岡はスマホを握りしめる力を強めると、一息ついて小暮にこう告げた。
「……出したければ出せばいい。その代わり、きっちりとこの分は裁判で争わせてもらう。中野にも、うちの神宮寺にも、名誉毀損を訴えるに十分な理由はある。
それに君の会話は、全部録音をさせてもらってる。
それでも記事を週刊秋冬に売り込むなら、君から恐喝されてることも含めて、全部世間に晒してまとめて訴える。
こちらが勝つのがわかっているのなら、君の信用はガタ落ちまっしぐらだ。
俺だって、元々は記者をしてたんだ。それくらい造作にないことくらいわかっているだろう。
君は僕を見くびりすぎだ 」
「……なっ 」
「君のことは大事な同期だと思ってたし、僕がボロボロになったとき助けてくれたことには感謝はしてる。
だけど流石にこれはやり過ぎだ。
完全に君は僕の逆鱗に触れている。強行するなら容赦はしない 」
「ちょっ、まっ…… 」
吉岡は小暮に相槌も弁明の余地も与えなかった。吉岡は一方的に電話を切ると、ハァーとため息をついた。
果たして小暮に言葉は届いてくれるのだろうか。
ここまで言って小暮が戦いを挑んでくるのならば、そのときは正々堂々法廷で勝負をする。
タクシーの運転手は少しだけ苦笑いを浮かべているのがバックミラー越しに見てとれたが、吉岡は気に止めないことにした。
言いたいことをハッキリいえて、吉岡の心中は霧が晴れていくように穏やかだった。
絵を教えてもらっていた…… か……
紛らわしい他、この上ない。
朱美のスキャンダルが出ることも、小暮に屈して記者になることも、それは正直些細な問題だった。
それよりも、彼女が誰のものでもないという確信が、何よりも知りたかった。
俺はどうかしている。
決して彼女のことは自分が独占できない。
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吉岡は衝動と理性の狭間に揺れていた。
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