64 / 123
フォーエバーフォールインラブ
コトの始まり①
しおりを挟む
■■■
「うーん、思い付かないっッッ! 」
「……僕は知りませんよ。先生が奏介引っ張り出して海蘊をピンチにしたんじゃないですか? 」
「それは…… まあ、そうなんだけどー! 」
朱美は頭を抱えながら、目の前のテーブルに大量の資料を並べていた。
お昼間から 朱美と吉岡は 珍しく女子受けしそうな大手町のカフェにいた。アニメ化の関係もあり 朱美が出版社まで出向く形となったので、吉岡が気分転換に外に連れ出したのだが、出されたコーヒーはすっかり覚めきっていた。
「だいたい、好きでもない人とキスとかするとか普通じゃ考えられないもん 」
「じゃあ、何でそういう展開にしたんだよ。回収できるって約束したから、僕はオーケーだしたんですよ 」
主人公が好きじゃない人と危ないシーンを迎える。衝撃の展開に読者のボルテージは盛り上がったが、その後の展開に打開策がなかった。その場しのぎへの代償は大きく、ここ数話は別の登場人物に話を振って持ちこたえていた。
でも肝心の本線の話はここ一ヶ月進んではいない。むしろ焦らされることで読者の期待は最高潮を迎えているような状態で、もはや悪循環を引き起こしていた。
「いちおう、一応ね。十ページだけ考えてみた…… 」
朱美は書類の束の中から クリップで雑多に纏められた紙を引っ張り出すと、目を伏せ勝ちに吉岡へと手渡した。何となくヤバそうな予感がしたが、吉岡はそれを無言で手にする。彼もまた浮かない表情ではあったが、紙をめくるにつれ徐々に目を丸く見開いていった。
「……!? 」
全てに目を通したとき、吉岡は声も出さずに絶句していた。想定はしていた。だけど吉岡の反応に、朱美はさすがに苛立ちを隠せなかった。
「なに、そのドラマみたいな反応っ。嫌なら読まないで、そのまま通してもらってケッコーケッコーコケッコウなんですけどっッ 」
「いや、先生。イヤもへったくれもありませんよ。プロットからまたネーム変わっちゃってるじゃないですかッ。先生、どういうつもりなんですっッ? 」
「だって…… 」
「だいっッたい、何で後ろから傘を差し出されて、あごクイからキスとかなるんですか!? これはつまり僕が男で頭固いから理解できないんですかねぇっッ!?っていうか、こんなシュチェーション現実的にあり得るんですか? 僕には理解できませんけどっッ。それに海蘊には豊のところに戻ってくれなきゃ困るんですよっッッ 」
吉岡は小声ではあったが、一方的に捲し立てると、大きな溜め息を付き 朱美を一蹴した。
恋愛漫画というのは難しい。
このような分野は、特に作者の実体験や理想が色濃く現れる。いま吉岡は禁断の箱を開けてしまった気持ちにもなっていた。
「だって、仕方がなかったんだもん…… 」
「仕方なくって…… 」
吉岡はページの最初の二枚だけ取り外すと、他の八枚は自分の鞄に回収した。吉岡としては、せれは冒頭部分はオーケーという暗黙のサインだった。でめ原稿を受け取った朱美は、何だかもう憔悴しているようにも見えた。
「あと二十二ページってことね…… 」
「はい。先生が大変なのは分かりますけど、僕にも責任があります。もう海蘊たちは先生だけのものじゃないから 」
「……えっ? 」
「言っておきますけど、僕たち出版社のものでもなくて、読者のものでもあるってことです。応援してもらうって そういうことでしょ?
取り敢えず、今日は僕も会社に帰ります。先生もカラーとか アニメ用のイラストが続いてて疲れてるでしょうし、また近いうちに ご自宅に伺いますから。まだ少し時間もあります。先生、今日はお友だちと約束があるんですよね? たまには気分転換をしてきたらどうですか? 」
「ちょっ、吉岡……? 」
吉岡はそう言うと、伝票を手に取ると朱美に頭を下げて会計へと向かった。ちょっと冷たいことを言ってしまったのかもしれない。だけどこのままここにいても、埒が明かないのはわかっていた。
最近の朱美先生は疲れている。間違いなく……
多分、生活の殆どが漫画だけになっていて、凄く狭い世界にしかいられなくなっているのかもしれない。彼女には限られた現実しか許されず、ずっとフィクションの世界でもがき続けている。
いや、そこに彼女を閉じ込めているのは……
俺自身か……
「うーん、思い付かないっッッ! 」
「……僕は知りませんよ。先生が奏介引っ張り出して海蘊をピンチにしたんじゃないですか? 」
「それは…… まあ、そうなんだけどー! 」
朱美は頭を抱えながら、目の前のテーブルに大量の資料を並べていた。
お昼間から 朱美と吉岡は 珍しく女子受けしそうな大手町のカフェにいた。アニメ化の関係もあり 朱美が出版社まで出向く形となったので、吉岡が気分転換に外に連れ出したのだが、出されたコーヒーはすっかり覚めきっていた。
「だいたい、好きでもない人とキスとかするとか普通じゃ考えられないもん 」
「じゃあ、何でそういう展開にしたんだよ。回収できるって約束したから、僕はオーケーだしたんですよ 」
主人公が好きじゃない人と危ないシーンを迎える。衝撃の展開に読者のボルテージは盛り上がったが、その後の展開に打開策がなかった。その場しのぎへの代償は大きく、ここ数話は別の登場人物に話を振って持ちこたえていた。
でも肝心の本線の話はここ一ヶ月進んではいない。むしろ焦らされることで読者の期待は最高潮を迎えているような状態で、もはや悪循環を引き起こしていた。
「いちおう、一応ね。十ページだけ考えてみた…… 」
朱美は書類の束の中から クリップで雑多に纏められた紙を引っ張り出すと、目を伏せ勝ちに吉岡へと手渡した。何となくヤバそうな予感がしたが、吉岡はそれを無言で手にする。彼もまた浮かない表情ではあったが、紙をめくるにつれ徐々に目を丸く見開いていった。
「……!? 」
全てに目を通したとき、吉岡は声も出さずに絶句していた。想定はしていた。だけど吉岡の反応に、朱美はさすがに苛立ちを隠せなかった。
「なに、そのドラマみたいな反応っ。嫌なら読まないで、そのまま通してもらってケッコーケッコーコケッコウなんですけどっッ 」
「いや、先生。イヤもへったくれもありませんよ。プロットからまたネーム変わっちゃってるじゃないですかッ。先生、どういうつもりなんですっッ? 」
「だって…… 」
「だいっッたい、何で後ろから傘を差し出されて、あごクイからキスとかなるんですか!? これはつまり僕が男で頭固いから理解できないんですかねぇっッ!?っていうか、こんなシュチェーション現実的にあり得るんですか? 僕には理解できませんけどっッ。それに海蘊には豊のところに戻ってくれなきゃ困るんですよっッッ 」
吉岡は小声ではあったが、一方的に捲し立てると、大きな溜め息を付き 朱美を一蹴した。
恋愛漫画というのは難しい。
このような分野は、特に作者の実体験や理想が色濃く現れる。いま吉岡は禁断の箱を開けてしまった気持ちにもなっていた。
「だって、仕方がなかったんだもん…… 」
「仕方なくって…… 」
吉岡はページの最初の二枚だけ取り外すと、他の八枚は自分の鞄に回収した。吉岡としては、せれは冒頭部分はオーケーという暗黙のサインだった。でめ原稿を受け取った朱美は、何だかもう憔悴しているようにも見えた。
「あと二十二ページってことね…… 」
「はい。先生が大変なのは分かりますけど、僕にも責任があります。もう海蘊たちは先生だけのものじゃないから 」
「……えっ? 」
「言っておきますけど、僕たち出版社のものでもなくて、読者のものでもあるってことです。応援してもらうって そういうことでしょ?
取り敢えず、今日は僕も会社に帰ります。先生もカラーとか アニメ用のイラストが続いてて疲れてるでしょうし、また近いうちに ご自宅に伺いますから。まだ少し時間もあります。先生、今日はお友だちと約束があるんですよね? たまには気分転換をしてきたらどうですか? 」
「ちょっ、吉岡……? 」
吉岡はそう言うと、伝票を手に取ると朱美に頭を下げて会計へと向かった。ちょっと冷たいことを言ってしまったのかもしれない。だけどこのままここにいても、埒が明かないのはわかっていた。
最近の朱美先生は疲れている。間違いなく……
多分、生活の殆どが漫画だけになっていて、凄く狭い世界にしかいられなくなっているのかもしれない。彼女には限られた現実しか許されず、ずっとフィクションの世界でもがき続けている。
いや、そこに彼女を閉じ込めているのは……
俺自身か……
0
お気に入りに追加
27
あなたにおすすめの小説

百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~
恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」
そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。
私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。
葵は私のことを本当はどう思ってるの?
私は葵のことをどう思ってるの?
意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。
こうなったら確かめなくちゃ!
葵の気持ちも、自分の気持ちも!
だけど甘い誘惑が多すぎて――
ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。
独身寮のふるさとごはん まかないさんの美味しい献立
水縞しま
ライト文芸
旧題:独身寮のまかないさん ~おいしい故郷の味こしらえます~
第7回ライト文芸大賞【料理・グルメ賞】作品です。
◇◇◇◇
飛騨高山に本社を置く株式会社ワカミヤの独身寮『杉野館』。まかない担当として働く有村千影(ありむらちかげ)は、決まった予算の中で献立を考え、食材を調達し、調理してと日々奮闘していた。そんなある日、社員のひとりが失恋して落ち込んでしまう。食欲もないらしい。千影は彼の出身地、富山の郷土料理「ほたるいかの酢味噌和え」をこしらえて励まそうとする。
仕事に追われる社員には、熱々がおいしい「味噌煮込みうどん(愛知)」。
退職しようか思い悩む社員には、じんわりと出汁が沁みる「聖護院かぶと鯛の煮物(京都)」。
他にも飛騨高山の「赤かぶ漬け」「みだらしだんご」、大阪の「モダン焼き」など、故郷の味が盛りだくさん。
おいしい故郷の味に励まされたり、癒されたり、背中を押されたりするお話です。


ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる