53 / 123
番外編 夜勤ガールズのお花見
桜が綺麗ですね
しおりを挟む
三月某日 お花見繁忙期
ファミレスケータリングサービスの日常
♪
春、満開の桜が舞う頃……
花見のシーズンは、ファミレスにとってもある意味書き入れ時だった。
花見といえば酒宴。そしてその場にはツマミが必須アイテムだ。そんな宴会を盛り上げる料理は総菜屋や持参するなどで調達するのが主ではあるが、桜の勤めるファミレスではこの時期だけケータリングで宅配サービスを行っていた。
「遠藤さん、一応しっかりビニールは縛ってあるんですけど、傾けないように注意してくださいね 」
「りょーかい 」
織原はケータリング用のプラスチックに入った出来立ての惣菜を、桜にゆっくりと手渡した。彼のその表情は明らかに不安に溢れていて、桜は思わず吹き出しそうになった。
「あの、気をつけて行ってきてください…… もう日も暮れてますし 」
「……はーい 」
桜は若干やる気のない返事を返すと、苦笑いを浮かべながら店の勝手口から外へと出た。今日はバイクに乗るから、制服は男子用のウエーター仕様なので、変な恥ずかしさもない。
関連会社からこの時期だけ拝借する三輪の後部ボックスに、手早く荷物を積み込み扉を閉める。久しぶりに単車に乗ることにはなる。だけど昔のヤンチャ時代に乗り回してたから、正直趣味を通り越して特技と言っても誇張ではない腕前だと自負はあった。桜は地図を広げ目的の届け場所を再度確認すると、鮮やかな捌きで店を後にした。
ーーーーー
こっから探すの、めちゃくちゃ難儀じゃん……
桜はとある某有名な桜の名所で、端末を片手に立ち尽くしていた。辺りはすっかり日が落ち、あちこちで大声でどんちゃん騒ぎが繰り広げられている。毎年のことだが、こんな大量の宴会客の中から、注文相手を探すのには苦労する。そこらじゅうを歩き回り桜がやっとの思いで客を見つけた頃には、料理の重さで腕はパンパンになっていた。
依頼主の団体客、中年男性十数名は既に宴会を繰り広げており、大量の酒と乾きものを肴に、かなり出来上がっているように見えた。っていうか、ちゃんと注文するときに区画をキチンと言って欲しいわ……
しかも桜の本能は、この団体は絡んじゃいない集団だと叫んでいた。彼らは内容のない下ネタで盛りに盛り上がり、どんちゃん騒ぎをしている。
桜は本心でそんなことを思いながらも、意を決して若手の幹事らしき人に躊躇いつつも声をかけた。
「お待たせしました…… ご注文の品お待たせしましたー 」
「あっ、すみません…… ありがとうございます…… 」
若手の社員は顔を赤らめながら品物を受けとると、他の人にパスをして財布から金を取り出した。そして数万単位の大金を桜に渡すと、領収書を要求した。
不必要にこの空間にいるのは危険な香りしかしない……
桜は手早く金をポシェットにつめると、明細を出力した。
「お待たせしましたー こちら領収書ですっ……って、なっッ…… ちょっと…… 」
客は当たり前だが、酒上戸になっている人ばかりだった。
気づくと桜はの腕は引っ張られ、ビニールシートに着席していた。
彼らのノリは居酒屋で店員に理不尽に絡む酔っぱらいのテンションで、桜は若干もらい事故状態に陥った。
「ちょっ……あの、困りますっッ 」
「いいじゃん、ちょっとくらい。せっかく縁があってここに来てくれたわけだし~」
手を掴んできた相手は、宴会の輪の中でも年長者の部類のように見えた……
イイ年齢してこんなことをする人がいることにもビックリだが、周りの人間も止めようともしない。風通しの悪い会社はいつか痛い目みるぞと思いながら、桜は抜け出すタイミングを見失っていた。
ーーーーー
「参ったなぁ…… 」
大口の注文だったから無下にできないのだが、時間はかなり経過している。
「ねぇ、ねーちゃん…… この後さ、俺と飲みに行こーよ。仕事何時に終わるの? 」
「あのー、私この後も夜勤なので…… というか、仕事中だし戻らないと 」
「お嬢ちゃん、夜勤なんかすんの? またまた冗談いっちゃって。そんなのいいからさ遊びにいこうよ。いいとこ、連れてってあげるからさ 」
なっ、このリーマン、頭大丈夫なのか?
客じゃなかったら一発殴ってすぐに退散するのに……
桜は怒りを堪えながら、じっとよくわからない宴会の席でひたすらタイミングを見計らっていた。
あぁ、もう我慢の限界かもしれない。
桜はすくりとその場を立ち上がると、本性を滲ませながらセクハラ親父の方の手を払った。
苦情が来るかもしれない。
怒られる…… そして最悪クビ?
そんなことを思いながら桜は思いっきりセクラハ親父を睨み付け、その手を振りほどいた。
そのとき、向こう側から知った声が自分の名前を呼ぶ音が聞こえた。
「さくらッ…… 」
「……おりはら? 」
桜は驚きを隠せなかった。
織原は厨房のコックスタイルではなく、ウェイター姿の制服を着ていて、手にはヘルメットを抱えていた。
「すみません、うちのまで混ぜてもらっちゃって。迷惑掛けませんでした? 」
織原は土足でブルーシートを踏みつけると、事務的に親父の手を振りほどき桜の腕を掴んだ。そして小さく桜に「行きますよ」と声をかけると、物凄い勢いで彼女を引っ張った。
「あんた誰よ? 俺らは今彼女と楽しく会話をしてただけなんだけどっッ? 」
「僕は…… 」
「ほら、この娘も困ってんじゃん? 」
桜は断じて困ってはなかった。
しかし強いて言えば、彼女は突然の救世主にビックリはしていた。
「彼女と僕は同僚です…… この人は僕に取って大事な人なんで 」
「……ちょっ 」
「すみません、彼女は引き取らせていただきます。失礼しました 」
織原は機械のように酔っぱらいたちにそう告げると、再び桜の腕を力強く引っ張った。
どんな距離感で今このやり取りが繰り広げられているのか、桜にはもはやよくわからないでいた。
この公園の桜並木は、数百メーターと続いていた。織原は桜の腕を掴み、振り向きもせずスタスタと歩いている。情緒も何もないシチュエーションなのに、ライトアップされた桜の花は白くて艶やかだ。そして何故だかドキドキが止まらないのは気のせいだろうか。
「織原……? あの…… 」
「あっ、すみませんっッ 」
桜が躊躇しながらも織原に声をかけると、彼は慌ててその手を離した。
「ううん…… ありがと…… 助かった 」
蹴散らすのは簡単だが、加減はわからない。危うく昔の血に頼って、もしかしたら暴走してしまう可能性もなくはなかった。
「大変でした…… よね…… 」
「まぁね…… ほんとお酒の力で強烈だね 参ったわ…… どうして場所わかったの? 」
「店長から配達端末借りてGPSで…… 店長はバイク運転できないし、社員いなくなるのもってことで僕が様子見に来ました。ほんと無事で良かったです…… 」
織原はこちらを改めて振り返った。先程は気づかなかったが、まだ若干息を切らしていて額はやや汗ばんでいた。
彼はハンカチで顔を押さえながら「戻りましょう 」と言うと、今度はゆっくりと歩き出した。
何で私のこと、さっき名前で呼んだんだろ……
それに大事な人って一体どうゆうことなのだろうか……?
桜は織原の少し後ろを歩いていた。
二人してウエーターの制服を着て、桜の名所を歩いている。きっと端から見たら、変な光景に違いなかった。
「遠藤さん…… あの……変な事とかされませんでした? 」
「えっ? まぁ、よくわからないマシンガントークと腕捕まれたりはしたけど、変なところは触られたりとかはしてないから…… 」
「なっ…… 」
「大丈夫大丈夫…… ほんと、大したことないから…… 」
桜は苦笑いを浮かべながら織原に返答した。だが彼はそんな桜の様子を見て、明らかに難しい表情をすると足取りを止めて彼女にこう告げた。
「大したことない訳、ないじゃないですか…… 」
「えっ…… 」
「あなたは普通に仕事をしただけです。別に男性と話すことを生業にしてる訳じゃないんですよ。もっと怒らないと 」
「…… 」
私は今……もしかして女性扱いされてる……?
何だか照れ臭いとゆうか、むず痒いとゆうか、不思議な感覚に陥った。
少し気になっていたいろんなことは、いっきにどうでもよくなった。
「……ありがと 」
桜は織原の手首をゆっくり持つと、その手を自分に近づけた。そしてゆっくりとその手を腕に持っていくと、触られた部分をなぞるように織原の手で上書きした。
「えっ……? 」
「これで最後に私に触れたのは、おじさんたちじゃないね 」
いちいち腹立ててたら、女子はやってらんない。でも心配してくれたこと、叱ってくれたことは素直に嬉しい、そんな心境だった。
「究さん…… ありがとね、私の代わりに怒ってくれて 」
「えっ……? 」
「さっき私のこと名前で呼んだ仕返し 」
「なっ…… 別にそうゆうセクハラとかじゃなくてですね 」
「わかってるよ、私の上の名前知られないよう配慮してくれたんでしょ 」
「違っ…… 」
「……? 」
桜の壮大な勘違いに織原はとてもガッカリした。
それなら副長って声をかければ済む話なのに、彼女はまるで気づいていない。
頭に血が昇って咄嗟に下の名前を呼んでしまったとは、とても言い出せそうにはなかった。
「さっ、お店に戻ろっか…… 」
「ええ…… 」
織原と桜は再び歩きだした。人混みを避けながら、けれども今度は二人で横並びでゆっくりと一歩一歩を噛み締めるように歩き始めた。
「桜…… 綺麗ですね…… 」
「うん…… そうだね…… 」
桜がキレイか……
自分の名前だから、いちいち反応してしまう。 一瞬、自分に向けられた言葉なのかと思いつい恥ずかしくなるのだ。
桜は横目で織原を見た。
彼はこちらを振り向くことはなく、空から降り注ぐ桜の花びらを愛しそうみ眺めていた。
大事な人か……
副長だから自分がしっかりしなきゃならないのに、彼にはたくさん助けられている。
こちらこそ、あなたは大事な相棒だと思っているよ。
駐車場までの道のりはほんの一時……
桜は満開の花びらが舞う並木道を噛み締めるように満喫した。
そしてその数ヵ月後、
桜はあの言葉の真意を知ることになるとは、まだ思ってもいなかった。
ファミレスケータリングサービスの日常
♪
春、満開の桜が舞う頃……
花見のシーズンは、ファミレスにとってもある意味書き入れ時だった。
花見といえば酒宴。そしてその場にはツマミが必須アイテムだ。そんな宴会を盛り上げる料理は総菜屋や持参するなどで調達するのが主ではあるが、桜の勤めるファミレスではこの時期だけケータリングで宅配サービスを行っていた。
「遠藤さん、一応しっかりビニールは縛ってあるんですけど、傾けないように注意してくださいね 」
「りょーかい 」
織原はケータリング用のプラスチックに入った出来立ての惣菜を、桜にゆっくりと手渡した。彼のその表情は明らかに不安に溢れていて、桜は思わず吹き出しそうになった。
「あの、気をつけて行ってきてください…… もう日も暮れてますし 」
「……はーい 」
桜は若干やる気のない返事を返すと、苦笑いを浮かべながら店の勝手口から外へと出た。今日はバイクに乗るから、制服は男子用のウエーター仕様なので、変な恥ずかしさもない。
関連会社からこの時期だけ拝借する三輪の後部ボックスに、手早く荷物を積み込み扉を閉める。久しぶりに単車に乗ることにはなる。だけど昔のヤンチャ時代に乗り回してたから、正直趣味を通り越して特技と言っても誇張ではない腕前だと自負はあった。桜は地図を広げ目的の届け場所を再度確認すると、鮮やかな捌きで店を後にした。
ーーーーー
こっから探すの、めちゃくちゃ難儀じゃん……
桜はとある某有名な桜の名所で、端末を片手に立ち尽くしていた。辺りはすっかり日が落ち、あちこちで大声でどんちゃん騒ぎが繰り広げられている。毎年のことだが、こんな大量の宴会客の中から、注文相手を探すのには苦労する。そこらじゅうを歩き回り桜がやっとの思いで客を見つけた頃には、料理の重さで腕はパンパンになっていた。
依頼主の団体客、中年男性十数名は既に宴会を繰り広げており、大量の酒と乾きものを肴に、かなり出来上がっているように見えた。っていうか、ちゃんと注文するときに区画をキチンと言って欲しいわ……
しかも桜の本能は、この団体は絡んじゃいない集団だと叫んでいた。彼らは内容のない下ネタで盛りに盛り上がり、どんちゃん騒ぎをしている。
桜は本心でそんなことを思いながらも、意を決して若手の幹事らしき人に躊躇いつつも声をかけた。
「お待たせしました…… ご注文の品お待たせしましたー 」
「あっ、すみません…… ありがとうございます…… 」
若手の社員は顔を赤らめながら品物を受けとると、他の人にパスをして財布から金を取り出した。そして数万単位の大金を桜に渡すと、領収書を要求した。
不必要にこの空間にいるのは危険な香りしかしない……
桜は手早く金をポシェットにつめると、明細を出力した。
「お待たせしましたー こちら領収書ですっ……って、なっッ…… ちょっと…… 」
客は当たり前だが、酒上戸になっている人ばかりだった。
気づくと桜はの腕は引っ張られ、ビニールシートに着席していた。
彼らのノリは居酒屋で店員に理不尽に絡む酔っぱらいのテンションで、桜は若干もらい事故状態に陥った。
「ちょっ……あの、困りますっッ 」
「いいじゃん、ちょっとくらい。せっかく縁があってここに来てくれたわけだし~」
手を掴んできた相手は、宴会の輪の中でも年長者の部類のように見えた……
イイ年齢してこんなことをする人がいることにもビックリだが、周りの人間も止めようともしない。風通しの悪い会社はいつか痛い目みるぞと思いながら、桜は抜け出すタイミングを見失っていた。
ーーーーー
「参ったなぁ…… 」
大口の注文だったから無下にできないのだが、時間はかなり経過している。
「ねぇ、ねーちゃん…… この後さ、俺と飲みに行こーよ。仕事何時に終わるの? 」
「あのー、私この後も夜勤なので…… というか、仕事中だし戻らないと 」
「お嬢ちゃん、夜勤なんかすんの? またまた冗談いっちゃって。そんなのいいからさ遊びにいこうよ。いいとこ、連れてってあげるからさ 」
なっ、このリーマン、頭大丈夫なのか?
客じゃなかったら一発殴ってすぐに退散するのに……
桜は怒りを堪えながら、じっとよくわからない宴会の席でひたすらタイミングを見計らっていた。
あぁ、もう我慢の限界かもしれない。
桜はすくりとその場を立ち上がると、本性を滲ませながらセクハラ親父の方の手を払った。
苦情が来るかもしれない。
怒られる…… そして最悪クビ?
そんなことを思いながら桜は思いっきりセクラハ親父を睨み付け、その手を振りほどいた。
そのとき、向こう側から知った声が自分の名前を呼ぶ音が聞こえた。
「さくらッ…… 」
「……おりはら? 」
桜は驚きを隠せなかった。
織原は厨房のコックスタイルではなく、ウェイター姿の制服を着ていて、手にはヘルメットを抱えていた。
「すみません、うちのまで混ぜてもらっちゃって。迷惑掛けませんでした? 」
織原は土足でブルーシートを踏みつけると、事務的に親父の手を振りほどき桜の腕を掴んだ。そして小さく桜に「行きますよ」と声をかけると、物凄い勢いで彼女を引っ張った。
「あんた誰よ? 俺らは今彼女と楽しく会話をしてただけなんだけどっッ? 」
「僕は…… 」
「ほら、この娘も困ってんじゃん? 」
桜は断じて困ってはなかった。
しかし強いて言えば、彼女は突然の救世主にビックリはしていた。
「彼女と僕は同僚です…… この人は僕に取って大事な人なんで 」
「……ちょっ 」
「すみません、彼女は引き取らせていただきます。失礼しました 」
織原は機械のように酔っぱらいたちにそう告げると、再び桜の腕を力強く引っ張った。
どんな距離感で今このやり取りが繰り広げられているのか、桜にはもはやよくわからないでいた。
この公園の桜並木は、数百メーターと続いていた。織原は桜の腕を掴み、振り向きもせずスタスタと歩いている。情緒も何もないシチュエーションなのに、ライトアップされた桜の花は白くて艶やかだ。そして何故だかドキドキが止まらないのは気のせいだろうか。
「織原……? あの…… 」
「あっ、すみませんっッ 」
桜が躊躇しながらも織原に声をかけると、彼は慌ててその手を離した。
「ううん…… ありがと…… 助かった 」
蹴散らすのは簡単だが、加減はわからない。危うく昔の血に頼って、もしかしたら暴走してしまう可能性もなくはなかった。
「大変でした…… よね…… 」
「まぁね…… ほんとお酒の力で強烈だね 参ったわ…… どうして場所わかったの? 」
「店長から配達端末借りてGPSで…… 店長はバイク運転できないし、社員いなくなるのもってことで僕が様子見に来ました。ほんと無事で良かったです…… 」
織原はこちらを改めて振り返った。先程は気づかなかったが、まだ若干息を切らしていて額はやや汗ばんでいた。
彼はハンカチで顔を押さえながら「戻りましょう 」と言うと、今度はゆっくりと歩き出した。
何で私のこと、さっき名前で呼んだんだろ……
それに大事な人って一体どうゆうことなのだろうか……?
桜は織原の少し後ろを歩いていた。
二人してウエーターの制服を着て、桜の名所を歩いている。きっと端から見たら、変な光景に違いなかった。
「遠藤さん…… あの……変な事とかされませんでした? 」
「えっ? まぁ、よくわからないマシンガントークと腕捕まれたりはしたけど、変なところは触られたりとかはしてないから…… 」
「なっ…… 」
「大丈夫大丈夫…… ほんと、大したことないから…… 」
桜は苦笑いを浮かべながら織原に返答した。だが彼はそんな桜の様子を見て、明らかに難しい表情をすると足取りを止めて彼女にこう告げた。
「大したことない訳、ないじゃないですか…… 」
「えっ…… 」
「あなたは普通に仕事をしただけです。別に男性と話すことを生業にしてる訳じゃないんですよ。もっと怒らないと 」
「…… 」
私は今……もしかして女性扱いされてる……?
何だか照れ臭いとゆうか、むず痒いとゆうか、不思議な感覚に陥った。
少し気になっていたいろんなことは、いっきにどうでもよくなった。
「……ありがと 」
桜は織原の手首をゆっくり持つと、その手を自分に近づけた。そしてゆっくりとその手を腕に持っていくと、触られた部分をなぞるように織原の手で上書きした。
「えっ……? 」
「これで最後に私に触れたのは、おじさんたちじゃないね 」
いちいち腹立ててたら、女子はやってらんない。でも心配してくれたこと、叱ってくれたことは素直に嬉しい、そんな心境だった。
「究さん…… ありがとね、私の代わりに怒ってくれて 」
「えっ……? 」
「さっき私のこと名前で呼んだ仕返し 」
「なっ…… 別にそうゆうセクハラとかじゃなくてですね 」
「わかってるよ、私の上の名前知られないよう配慮してくれたんでしょ 」
「違っ…… 」
「……? 」
桜の壮大な勘違いに織原はとてもガッカリした。
それなら副長って声をかければ済む話なのに、彼女はまるで気づいていない。
頭に血が昇って咄嗟に下の名前を呼んでしまったとは、とても言い出せそうにはなかった。
「さっ、お店に戻ろっか…… 」
「ええ…… 」
織原と桜は再び歩きだした。人混みを避けながら、けれども今度は二人で横並びでゆっくりと一歩一歩を噛み締めるように歩き始めた。
「桜…… 綺麗ですね…… 」
「うん…… そうだね…… 」
桜がキレイか……
自分の名前だから、いちいち反応してしまう。 一瞬、自分に向けられた言葉なのかと思いつい恥ずかしくなるのだ。
桜は横目で織原を見た。
彼はこちらを振り向くことはなく、空から降り注ぐ桜の花びらを愛しそうみ眺めていた。
大事な人か……
副長だから自分がしっかりしなきゃならないのに、彼にはたくさん助けられている。
こちらこそ、あなたは大事な相棒だと思っているよ。
駐車場までの道のりはほんの一時……
桜は満開の花びらが舞う並木道を噛み締めるように満喫した。
そしてその数ヵ月後、
桜はあの言葉の真意を知ることになるとは、まだ思ってもいなかった。
0
お気に入りに追加
27
あなたにおすすめの小説

百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
独身寮のふるさとごはん まかないさんの美味しい献立
水縞しま
ライト文芸
旧題:独身寮のまかないさん ~おいしい故郷の味こしらえます~
第7回ライト文芸大賞【料理・グルメ賞】作品です。
◇◇◇◇
飛騨高山に本社を置く株式会社ワカミヤの独身寮『杉野館』。まかない担当として働く有村千影(ありむらちかげ)は、決まった予算の中で献立を考え、食材を調達し、調理してと日々奮闘していた。そんなある日、社員のひとりが失恋して落ち込んでしまう。食欲もないらしい。千影は彼の出身地、富山の郷土料理「ほたるいかの酢味噌和え」をこしらえて励まそうとする。
仕事に追われる社員には、熱々がおいしい「味噌煮込みうどん(愛知)」。
退職しようか思い悩む社員には、じんわりと出汁が沁みる「聖護院かぶと鯛の煮物(京都)」。
他にも飛騨高山の「赤かぶ漬け」「みだらしだんご」、大阪の「モダン焼き」など、故郷の味が盛りだくさん。
おいしい故郷の味に励まされたり、癒されたり、背中を押されたりするお話です。
極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~
恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」
そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。
私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。
葵は私のことを本当はどう思ってるの?
私は葵のことをどう思ってるの?
意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。
こうなったら確かめなくちゃ!
葵の気持ちも、自分の気持ちも!
だけど甘い誘惑が多すぎて――
ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる