ガールズ!ナイトデューティー

高城蓉理

文字の大きさ
上 下
52 / 123
番外編 夜勤ガールズのお花見

倍倍返しのExpression of affection

しおりを挟む
山辺息吹(水道局漏水修繕夜勤明け)年上彼女
×
野上道也(音響効果見習い)年下彼氏

お花見 温泉宿でのお話




「息吹、息吹…… 夕飯の時間だよ 」

「……んんっ 」

 その声は 世界で一番 私の名前を優しく呼んでくれる。
 だけどアラサーの体力を持って完徹明けで温泉宿は失敗だった。頭は起きているのに 身体が全くいうことを聞いてくれない。息吹は声にならない声を絞りだしながら、何とか目を覚まそうとしていた。

「息吹。ほら、もう六時だから…… ご飯を食べに行くよ 」

「えっ? もう……そんな時間? ごめんなさい、私ずっと寝てて…… 」

「別に気にすることないよ。息吹は元々この時間は、いつも寝てるんだから 」

「それは、そうなんだけど 」

 息吹は野上の手を借りながらも、何とか起き上がると辺りを見回した。畳の上で横になっていたはずなのに、いつの間にか床には座布団が敷かれ、胸元にはドテラが掛かっていた。

「息吹、浴衣が肌蹴てるよ。ほらここ、ちょっと引っ張って 」

「うん 」

 野上は顔色ひとつ変えることなく、てきぱきと息吹の胸元を修正すると、ついでに彼女の髪の毛も結び直した。確かに自分は年度末かつ夜勤明けだ。忙しさに拍車がかかっている。だけど野上だって連日のハードワークで疲れているはずなのに……
 息吹の頭の中は、何だか惨めさと申し訳ない気持ちでいっぱいになっていた。


◆◆◆


 食事中、野上の態度は至っていつも通りには見えた。 何ヵ月も前から野上は何とか連休を確保する努力をし、二人で無理矢理予定を合わせてわざわざ伊豆までやって来た。しかも今回は少し奮発して 離れのちょっといい部屋を予約したのだ。それなのに自分としたことが、宿に着いて早々にどこにも出掛けずに寝てしまうなんて……

 きっと怒ってる……よね……
 せっかく遠出したのに、悪いことしちゃったな……
 
 夕食を終え部屋に戻る頃には、辺りはすっかり真っ暗になっていた。二人は間接照明でライトアップされた石段を、ゆっくりと降りていた。庭に植えられた桜は七分咲きといったところで、個人的には一番美しい状態に思えた。

「ごめんね、みっちゃん。私が ずっと寝ちゃってて 」

「息吹、まだ気にしてたの? 」

「それはそうでしょ。せっかく二人で過ごせる貴重な時間なのに 」

 本当に勿体ないことをした。
 息吹は心底反省しながら野上を振り返ると、彼は目を見開いてこちらを見ていた。

「……息吹、それもう一回言って? 」

「えっ? 何の話? 」

「せっかく……の後、なんて言った? 」

「…………?」

 息吹には野上の言っていることの意味が、よく理解できなかった。野上は真剣な顔をしてこちらを見ている。何だかよく分からないが、取り敢えずリクエストにはこたえるしかなかった。

「せっかく二人で過ごせる時間だったのに、ごめんって言ったケド 」

「むふっ…… 」

 野上はもはや 反射の領域で思わず吹き出していた。
 そんな彼の様子を見た息吹は訳がわからず、思わず動揺した。

「えっ……? なんか私、変なことを言った? 」

「だって息吹、オレのことちゃんと気にしてくれてるってことでしょ? 」

「なっ、それは 勿論そうだけど……? 」

「オレにはその気持ちだけで十分だよ。ありがとう 」

「……えっ? 」

 息吹は足取りを止め、野上の顔を見上げた。照明が暗いから表情まではよくわからなかったが、彼は微笑を浮かべているように見えた。

「息吹からそういうこと聞くの、あんまりないからさ 」

「あっ…… 」

「息吹、本当はそんなに僕に興味ないんじゃないかって思うこともあるんだ。僕の気持ちが先行しすぎて、一方通行だったらどうしようとか 」

「……なっ、みっちゃん、そんなふうに思ってたの! そんなことないから、絶対! 」

「ごめん、ごめん。オレ……変なこと言っちゃったね。でも息吹の気持ちわかったから、ちょっと安心した 」

 野上は片手で息吹を抱き寄せる。息吹は思わず彼の胸のなかに顔を埋めた。
 なんだ…… 全然怒ってなんかないじゃない……

 今から……
 彼の腕の中なら……
 ちょっとだけ本音を口に出来るかもしれない。

 息吹は顔を埋めたまま、恐る恐るこう切り出した。

「あのね…… ちょっと恥ずかしくて 」

「えっ? 」

「他のことは大丈夫だけど、私は自分の好きとかそういう気持ちを 上手に言葉にできなくて…… 」

「別に大丈夫だよ。言葉にすることだけが全てじゃない…… 」

 野上は息吹の頭にぽんと手を置き、優しくポンポンとした。そしてその手をあっさり離すと、また暗い桜道を歩き始めた。

 息吹は立ち尽くしながらも、強くこう思った。 

 私はまだ彼に何も返せてない……


「…… 」

「……息吹? ちょっ、立ち止まってどうした? 部屋に戻るよ? 」

 野上が立ち止まる息吹に気付き、彼女に近づこうと戻り始めた。そしてその手を彼女に差し出したとき、息吹は何とか声を振り絞って、本能のまま彼にこう告げた。

「……すき 」

「……へっ? 」

「私は みっちゃんのことが好き……だから…… 」

「…… 」

 野上はフリーズして声を失っていた。
 彼はとても驚いているように見えた。

 本当はもっと恋人らしい言葉で、気持ちを伝えた方がいいと思う。
 だけど今の自分にはこれが限界だ。

 まだまだ勉強が足りなさすぎる……
 どうすれば、私の気持ちは彼に伝わるのだろうか……

 息吹が俯きかけたそのとき、野上はゆっくり彼女に近づいていた。
 そして耳元でこう囁いた。

「息吹、急にそれは…… 反則だよ 」

 いい終わるか終わらないかのところで、野上は彼女の耳を甘噛みしていた。
 彼の吐息は全身を駆け巡り、息吹は今にも火を吹きそうな真っ赤な顔をして硬直状態に陥っていた。

「えっ、きゃっッ…… ちょっ、みっちゃん? 」

 もう恥ずかしくて目を開くことは出来ない。そんな様子の息吹を野上は構うことなく、彼女の髪をかきあげながら更に彼女にこう呟いた。

「もう今夜は寝かせない…… 正直さっきだって寝てる息吹をスルーするの、すげーキツかったから。だから…… 覚悟しといてね 」

 野上は悪い表情を浮かべながらゆっくりと、息吹の頬にキスをした。そして顔を離すと彼女の手を取り、またゆっくりと歩き出した。

 こんなに自分のこと、好きでいてくれる人には出会えそうもない。
 そして今の出来事は、ずっと私だけの秘密にしておきたい…… 

 息吹はそんなことを思ったが、今は恥ずかし過ぎてコクコクと頷くので精一杯だった。




しおりを挟む
感想 5

あなたにおすすめの小説

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

友達の母親が俺の目の前で下着姿に…

じゅ〜ん
エッセイ・ノンフィクション
とあるオッサンの青春実話です

独身寮のふるさとごはん まかないさんの美味しい献立

水縞しま
ライト文芸
旧題:独身寮のまかないさん ~おいしい故郷の味こしらえます~ 第7回ライト文芸大賞【料理・グルメ賞】作品です。 ◇◇◇◇ 飛騨高山に本社を置く株式会社ワカミヤの独身寮『杉野館』。まかない担当として働く有村千影(ありむらちかげ)は、決まった予算の中で献立を考え、食材を調達し、調理してと日々奮闘していた。そんなある日、社員のひとりが失恋して落ち込んでしまう。食欲もないらしい。千影は彼の出身地、富山の郷土料理「ほたるいかの酢味噌和え」をこしらえて励まそうとする。 仕事に追われる社員には、熱々がおいしい「味噌煮込みうどん(愛知)」。 退職しようか思い悩む社員には、じんわりと出汁が沁みる「聖護院かぶと鯛の煮物(京都)」。 他にも飛騨高山の「赤かぶ漬け」「みだらしだんご」、大阪の「モダン焼き」など、故郷の味が盛りだくさん。 おいしい故郷の味に励まされたり、癒されたり、背中を押されたりするお話です。 

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~

恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」 そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。 私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。 葵は私のことを本当はどう思ってるの? 私は葵のことをどう思ってるの? 意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。 こうなったら確かめなくちゃ! 葵の気持ちも、自分の気持ちも! だけど甘い誘惑が多すぎて―― ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

そこでしか話せない

上野たすく
ライト文芸
エブリスタ様にて公開させていただいているお話です。 葛西智也はある夜、喫茶店で不思議な出会いをする。

処理中です...