ガールズ!ナイトデューティー

高城蓉理

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番外編 夜勤ガールズのお花見

真夜中のトルネードチェリーブロッサム

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三月下旬 中央区某所
神寺朱美(ペンネーム 神宮寺アケミ宅)




「お花見行きたいっーッ! ここ三日間、家から出てないしーっッ 」

「…… 」

「ちょっ、聞いてんの? 吉岡っッ? 」

「聞いてますよ。聞こえた上で無視してます。ネームできるまでは僕も帰れません。だから桜は見ませんよ 」

 朱美は毎度のことながら 自宅のソファーでグダクダすると、吉岡に理不尽な八つ当たりをしていた。明日までにはネームを完成させないと 締め切りがいよいよマズイのだが、朱美は今月もまた苦戦を強いられていた。吉岡もこの三日間は仕事終わりに顔を出し、アドバイスしたり資料を準備したりと補佐はしているが、彼女の遅筆は相変わらずだった。

「それはわかってんだけどー、思い付かないっッ。もう海蘊が全然、押し入れに籠って出てこないッ! もう動きたくないって、駄々こねてるから 」

 ヒロインが押し入れに入って出てこない?
 って何だ……?
 それじゃあ 国民的猫型ロボットみたいじゃないか。
 吉岡は真剣に意味のわからないことを口走る朱美に対して、本能的に 下手な声かけは控えた方がいいと判断すると、話の転換を図ることにした。

「……僕も明日は朝から仕事なんで、少し休み休みではありますけど、監視させてもらいますから。頑張ってください 」

「……はぁっッッ? 」

 何なんだ、コイツ?
 何のためにいるの?
 朱美はあからさまに怒りながら、サイドテーブルにあった人形焼きにかじりついた。
 そんなお馴染みの光景を見た吉岡は、ハァと力なくため息をつくと、自分の上着を手に取った。

「吉岡、何? 帰るの? 」

「……ったく、仕方ないですね 」

「……? 」

「三十分だけですよ。後、酒は禁止です 」

 吉岡はソファーに放置された朱美の上着を手に取ると、ゆっくりと彼女に差し出した。

「吉岡? 」

「隅田川…… せっかく歩いて五分の場所に住んでんのに、自業自得とはいえ流石に酷いと思っただけです 」

 自業自得って……
 まあ、その通りなんだけど……

 朱美はむくれながらも上着を羽織ると、ろくに返事をすることもなく吉岡と一緒に部屋を後にした。


◆◆◆


「どうぞ 」

「ありがと、って甘酒? 熱燗かと思った 」

「酒は駄目っていいましたよね? だいたい熱燗が自販機で売ってんのを、俺は見たことありませんけどっッ 」

 ほんの少しの時間しか外に出歩いていないのに、身体はすっかり冷えきっていた。日中は暖かな陽気だったのに、夜になると冬に逆戻りしたような寒さが広がり、春風がその冷たさに拍車をかけた。 道路には桜の花びらが既に広がっている。そして土手に向かう階段を登ると、そこには川に沿ってソメイヨシノが美しく咲き乱れていた。

「すごっッ。夜桜もいいもんだね…… ねっ、あれ? 吉岡? 」

「……えっ、ええ 」

 想像以上の光景に吉岡は少し圧倒されていた。今日は新月なのか空は闇で覆われているが、桜は街頭でライトアップされていて白く輝いていた。左を見ても右を見ても遠く離れた対岸にも、広がる川の流れに沿って相当数の桜がそこには広がっていた。

「うわっ、花びらが舞ってる! 凄っ! キレー 」

 真夜中だから人は疎らにしかいない。朱美は少しはしゃぎながら無邪気な笑顔を浮かべると、ニコニコしながら写真を撮り始めた。
 吉岡はそんな彼女の様子を見ながら、ベンチに腰かけた。こんなに美しい風景が広がっているのは知らなかった。風で飛ばされた花びらは、止まることなく川に降り注いでいく。まるで動く日本画を見ているような気分だった。

「満開だねー これ、いつまで持つのかな…… 」

「こんなに風が強いと、今年は桜散るの早いかもしれないですね…… 」

「まあ、それは仕方ないよね。春は風が強いし。吉岡、ありがとう。許可を出してくれて。しかも業務外に付き合ってもらっちゃってるし。今年の最初で最後の桜を、しっかり見納めしとかなきゃ 」

「…… 」

 最初で最後の桜……ね……
 今年の桜のなかで、いや今まで見た桜の中で、一番綺麗に見えるのは気のせいだろうか……

 吉岡はそんなことを思いながら朱美の方を振り返った。それに気づいた朱美も小走りすると、ゆっくりとベンチに腰を下ろした。

「寒く……ないですか……? 」

「うん、やっぱり寒いね。吉岡は平気なの? 」

「僕もわりと冷えてきました。やっぱりまだこの時期は寒い 」

「そうだね…… うっ、さむっッッ 」

 花びら混じりの突風が吹き、朱美は思わず身震いした。コート一枚羽織っただけでは、まだ少し堪えるような寒さだった。

「そろそろ帰りますか……? 」

「もうちょっとだけ。三十分ならいいんでしょ? 」

 朱美はそう言うと、遠慮混じりに吉岡にピタリとくっついた。寒さと他の感情も合わさってか、朱美の頬は赤くなっていた。

「……朱美先生? 」

「まだもうちょっと見たいけど寒いんだもん。引っ付いてた方が寒くないし 」

「…… 」

 もはや衝動だった。
 吉岡は朱美の発言を聞いた瞬間、彼女の肩を抱いていた。

「えっ…… ちょっ 」

「どうせくっつくなら、これくらいしないと温まりません 」

「えっ…… 」

「別に深い意味はありません。あなたに風邪をひかれたら、僕は困るんです 」

 出たよ。お決まりの口癖……

 朱美は横目で吉岡の様子を確認した。彼はこちらを見ることなく、真っ直ぐ前を向いていた。
 このよくわからない決め台詞に、私がいつもどれだけ翻弄されてるか、あなたは知らないでしょ。
 朱美ははぁっと小さく深呼吸ををすると、恐る恐る口を開いた。


「吉岡は…… 私のことを、何だと思ってんの? 」

 朱美は少しだけ 勇気を振り絞っていた。
 でも彼の返事はいつも同じなのだ。
 それでも明日のために、その答えを聞きたい自分がいる。
 朱美は地面を見つめていた。
 すると吉岡はちらりと彼女を振り返り、一息ついてこう口を開いた。


「……僕が全力で支えたい、大事な先生だと思ってますよ 」

 吉岡は躊躇うことなくあっさりとそう言い放つと、朱美の髪に付いた花びらに手をかけた。
 朱美は反射で片目を閉じると、吉岡の様子を伺った。


 大事な先生……
 わかってはいたけど、想定通りの寸分違わぬ回答に逆にちょっと安心してしまう。朱美はちょっと笑いながら吉岡にもたれ掛かると、こう口を開いた。

「ありがと…… 私ももっと自立しないとね 」

 吉岡はハッとした表情を浮かべて彼女を振り直った。
 彼女は、ただただ桜を見つめていた。

 別にこのままでいい。
 もっと頼っていい。
 全国の年頃女子の期待を一身に受け、貴女は毎日頑張っている。
 その姿を知ってるのは、俺だけでいい……

 風はまだまだ収まる気配はない。
 砂ぼこりも花びらも舞い、辺りはまだまだ寒さが広がっている。

 さて現状はとても寒いのだが、どのきっかけで部屋に帰ろうか。だけどもう少しこうしていたいたい気もする……

 彼らは束の間の花見の余韻を、暫く楽しんでいた。




















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