ガールズ!ナイトデューティー

高城蓉理

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ネクストワールド

爆睡!台湾!

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◆◆◆


 空港を出発してから暫くは、長閑な街の風景が広がっていた。斜線こそ逆だが 高速道路の作りは日本と似ていて、あまり外国に来た気分にもならない。ノスタルジーが溢れる家屋は、写真に撮ったら画になりそうで山の緑と一体化していた。

「御堂さん、それは何を見てるの? 」

「台本…… っていっても、簡単なことしか書いてないけど 」

「それ、見せてもらっていい? 」

「ええ…… 」

 茜は少し驚きつつも、手に持っていた資料を林に渡した。

「これ、何が書いてあるの? 」

「機材と、あと簡単なカット割について。一応、ロケハンのときに色々決めてたみたいで。技術的なことばかりだから、正直 私はにもよくわからない部分は多いけど  」

「へー 」

「興味があるの? 」

「一応は。うちは取材のアテンドも多いから。でも俺には難しい内容だな。読み書きは苦手だし、業界用語は全くわからない 」

「そう……ですか…… まあ、私も演者側だから詳しくはないんですけどね 」

 彼は外国人……なんだよね?
 容姿が自分達に近いからかもしれないけど、あまり距離を感じなかった。
 どうやって日本語を習得したかはわからないけど、私が何も意識しないレベルで会話が成立してる……
 けれどもそういう発言を聞くとちょっと壁を感じてしまうところもあるかもしれない。

 茜は手持ちぶさたになり、また窓から外を眺めた。そこには見知らぬ風景が広がっているはずなのに、不思議と懐かしさが込み上げてくる。あちこちに天使の柱が現れていて、何だか絵画を切り抜いたような美しさだった。

「あっ、虹。しかも何ヵ所も 」

「今は雨季だからね。天気雨が多いから、虹もよく出るんだ 」

「虹なんて、久し振りに見た 」

 茜は無意識に窓に張り付きながら、虹の色を数えていた。うーん七色とするのは無理があるかな? せいぜい五色捉えるので精一杯かもしれない。

「……この辺りではよく見られるから。日本人のお客さんは、そう言う人が多いよ 」

「そんなに頻繁に虹を見ることができたら、いつも心穏やかに過ごせそうだね 」

「……そうかな。見慣れちゃってるから、あんまり有り難みもないけどね 」

 茜は林の発言を聞き、思わずフフッと吹き出した。そんな茜の態度をみて、林は思わず彼女を振り返った。

「……俺、何かおかしいこと言った? 」

「ううん全然。その通りだなと思って。私も多分日本にいるとき、そう感じてるものが沢山あるはずだから。一番幸せなことは、きっと自分はいま幸せだなって気付かないまま、毎日を過ごせることだなーと思って 」

「……? 俺には哲学的なことはよくわからない 」

「……そう 」

 林の会話は、基本的にぶっきらぼうだ。
 よく知らない相手と話をしているからなのか、日本語が母国語でないからなのか、そう感じる理由はよくはわからない。
 茜はまた外を眺め始めた。
 私は半年間、この土地のいいところをたくさん見つける。
 せっかくのチャンスなのだ。この街を第二の故郷と思えるくらい、私はこの街を好きになりたかった。


◆◆◆


「御堂さん、起きられる? 」

「えっ? 」

「ほら、もうすぐ着くよ 」

「ん……? 」

 聞き慣れない声が、耳元で何かを囁いている。
 車の振動が妙に心地がいいが、若干耳はツンとする。視界は斜めになっていて、自分は前の座席の下方部分を見つめていた。そして次の瞬間、自分の頭がポロシャツの少しシャリ感のある生地を捉えているのに気がついた。

「えっ? あっ、ごめんなさいっッ!! わっ、私、寝てた!? 」

 自分としたことがっッッ……
 壮大にリンリンに寄りかかっているではないかっッ!

 茜は慌てて体制を整えると、手を合わせ 再び彼に謝罪した。いくら睡眠不足とはいえ、これは不味いでしょ!
しかもどのくらいこうしてたんだ!? こういうときは遠慮なく払い除けてくれて全然よかったのにっッ!
 茜が明らかに落ち込んだ表情を浮かべていたが、林は眉ひとつ動かさず会計を進めていた。

「いいよ、別に。気にしないで。夜勤明けに弾丸で台湾きたんでしょ 」

「いえ…… まあ…… 」 

 意地悪なツッコミが来るかと思いきや、 林の反応は意外にクールだった。
 あれ、私リンリンに夜勤明けで来たって言ったっけ?里岡さんが私が粗相をやらかすと思って、予防線を張ってくれたのだろうか。

「あと里岡さんは、税関を抜けたみたい。運転手と合流できたって 」

「あっ、すみません。連絡お願いしちゃて 」

「別にいいよ、仕事だし。でも御堂さんが爆睡してるっていったら、里岡さん怒ってたけどね 」

「あっ…… 」

 やっぱりチクったんかい……
 茜は少しムッとしながら、林を振り返った。出会ってまだ数時間しか経ってない人に、こんなに雑な対応されたの初めてなんだけどッ。

「でも思ったよりも早かったから、良かった。これなら先に来なくても良かったかもしれないね。きっとすぐ合流できるよ 」

 林はそういいつつタクシーを降りた。そして茜もそれに続く。外は雨は止んでいたが、雲は少し厚く見えた。

「御堂さん。この辺りは石畳で凸凹してるし、雨で地面は濡れてるから…… 」

 林はそう言っているのは聞こえた。だけどそれより何より、茜はビックリしたことがあった。
 林が車の外から、茜に手を差し出していたのだ。

「足元は……気を付けて。滑りやすいから 」 

「えっ、……うん 」

 茜は恐る恐るその手を取った。
 不意打ちはズルすぎるじゃないか。

 こんなシチュエーション、何とも思ってない男性からされてもドキドキするのだから、気になる人からされたら心臓が破裂するかもしれない。

 認めたくない……
 何だか癪だ……
 不安だらけの場所で 本来 クールで一線を引く男性に、こんなにビジネス優しいのオンパレードをされたら、ちょっと心が緩んでしまいそうだ。

「あの、えっと……多謝你 」

 林はハッとした表情で、一瞬動きを止めて茜を見つめた。

「……御堂さん、今なんて? 」

「あっ、ごめんなさい、間違ってた? ……ガイドブックに、ここではこれがポピュラーって書いてあったから 」

「……合ってますよ。ちょっと驚いただけです。さあ、行きますよ 」

 林は手を離すと紙を片手にスタスタと歩き出した。
 何だかこの人は、よくわからない人だ。
 里岡さんと峯岸さん早く来てくれないかなと、茜は心の底からそう思った。



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