ガールズ!ナイトデューティー

高城蓉理

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アナグラム②

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 地下にいると時の流れが遅くなる。
 それはお日様が私たちをコントロール出来ないことに尽きる話だ。
 桜と織原はゆっくりとした足取りで、東京駅を歩いていた。少し飲み過ぎたのは自覚できる範疇で、桜は自主的にタクシーで自宅まで帰宅することにした。織原はそんな桜を見送るために、わざわざ隣を歩いてくれている。 
 日曜日の夕方の東京駅は地元に戻る人でごった返し、大変な賑わいを見せていた。

「夕方に 織原と飲みに出掛けるなんて 新鮮だったー 」

 「そうですね。朝に仕事終わると、飲みに行く気にもならないですしね 」 

「夜勤だと 無理矢理時間作らないと、周りと合わせられないからね 」

 そこまでして繋ぎ止めたいものは、何なんだろう……
 桜は思考が回らない頭で、ずっと答えを考えていた。 もちろんこの問題の答えなど、すぐに出るハズもない。答えがわかるのならば、あんなことになる前にどうにかできていた。

 酒が切れてきていた。暫く無言が続く。
 すると突然、織原が歩くのを止めて、いきなり朱美に向き直った。

「あの、遠藤さん。実は…… 」

「何? 」

「……僕、今月いっぱいでバイトを辞めることにしたんです。すみません。変なタイミングでこんなこと言い出して。その面談で今日は店長と話を…… 」

 唐突だった。
 あまりに突然だとショックとか驚くとか、そういう感情はすぐにはわからないのだと桜は思った。 

「そうなんだ…… 寂しくなるね 」

 「お世話になりました 」 

「ちょっ、こんなところでいきなり頭下げるのはちょっと。こちらこそ、いっぱい助けて貰ってありがとう。本業……軌道に乗ったんだ…… 」

「ええ。まあ、目標が達成したんで…… 」

「そう 」

 「あの遠藤さん、ちょっと本屋、寄ってもいいですか……? 」

「うん。いいけど…… 」

 辞めると言ったかと思えば、急に本屋か……
 織原は相変わらずマイペースなときがある。普通、このタイミングで買い物行くか?
 でもまあ、深夜の相棒がいなくなると寂しくはなるだろうな、きっと……
 暫くすると、織原は手に一冊の本を携えて戻ってきた。

「これ、良かったら…… 」

「川相晴臣の…… 本……? 」

 「お世話になりましたから、遠藤さんには…… 」
 
 その手には桜が水没させた【君と半分こ】が握られていた。この期に及んでそんなに川相が好きなんかい、桜は半ば呆れつつもそんな織原の行動が可笑しくて仕方なかった。

「ありがとう。でもハードカバーは高かったんじゃない? 」

「いえ、そんなことは。あっ、でも、ちょっと待ってください 」

「……? 」

 織原はそう一言言うと、本屋で同時に購入したと思われるサインペンをパッケージから取り出した。そして徐に背表紙を開くと、その場で何かを書き始めた。

「ちょっ、織原? 何を……してるの? 」

「ちょっと、字が歪んじゃって申し訳ないんですけど…… 」

「なっ……これって、どういう…… 」

 桜は声を失った。

 そこには、
 遠藤桜さま いつもありがとうございます
 という文章と、川相晴臣のサインが添えられていたのだ。

「川相晴臣というのは、もう一人の自分なんです 」

「はい……? 」

 桜は訳がわからず、空気の抜けたような返事をした。川相晴臣が、もう一人の自分? 好きすぎると、そういう境地になるの?

「僕には夢があって、いつか自分の作品を好きっていってくれる人に、織原究として出会うことだったんです。それまでは執筆で食えるようになっても、外との縁を立ち切らないって決めて、会社員辞めてからもバイトしてました。でも一昨日、その夢は叶ってしまった。僕があの店で働く理由はなくなりました 」

「…… 」

 酔いは一気に覚めた。
 織原が何を言っているのか、桜には理解ができない。
 織原が川相晴臣?
 冗談は冗談だから面白いのだ。夢なら今すぐ醒めて欲しい。

「遠藤さんに大切な方がいるのは知ってます。店に自宅の鍵を忘れて、一日成立されてるのを見たら、もう勝ち目はありません…… 」

「なっ 」

「だけど玉砕覚悟で伝えます。僕、遠藤さんのこと好きです。返事はいらないですから 」

 そう織原は言い切ると、桜に一刻の猶予も与えず半ば強引に話を続行した。

「今日は楽しかったです。いい思い出になりました。ありがとうございました 」

 織原はそう一方的に話をまとめると、深く一礼して回れ右をした。
 状況の理解が追い付かない。だけどこの独特のサインは、間違いなく川相晴臣のものだ。桜は声にならない声を絞りだし、織原を引き留めた。

「織原、ちょっ…… 」

「……えっ? 」

「何か誤解してるみたいだから、訂正はさせて。私は付き合ってる人は……いないから。あと一方的に話すだけ話して自己簡潔って何様? ここはフィクションの世界じゃないっつーの 」

「……あの 」

 織原はキョトンとした表情を浮かべて、桜の方を振り返った。

「いーい? 情報過多で、私はいま 全然 現状が把握できてないから。しかも昨日から個人的なこともあって、頭の中もう滅茶苦茶! 」

「……遠藤さん? ちょっ 」

「昨日から妻帯者から犯されそうになるし、ずぶ濡れで新宿徘徊して保護されるし、もう何がなんだか訳わかってないの 」

「ちょっ、遠藤さんっッ。 声がデカイっッ…… 」

「だから、いまの私にそういうの判断できないから 」

 桜は半泣き状態で、声をあらげていた。観光客の視線が痛いことには、遅れて気づいた。
 こんなだらしない私に、みんな何でそんなに興味持つの?私は私が嫌いだ。こんな女、自分だったら絶対に好きになんかならない。

「少し、落ち着いて下さい 」

「上書きしてよ。私のことが好きなら 」

「はいっ? ちょっ、遠藤さん、自分で何言ってるかわかってます? 」

「わかってるよ? 織原が私のこといいなって思ってくれてるなら出来るでしょ? 」

「…… 」

 織原は急に桜の手を引くと、柱の裏に桜を連行した。そしてゆっくりと騒ぐ桜を壁に押し付けた。

 一瞬、雑踏が遠退いた。
 そして織原は彼女を見つめると、一方的に彼女の唇をふさいだ。
 彼女が暫く喚かないように、長く長くその自由を奪った。

「…… 」

「静かにしてください。ここは公共のスペースですから 」

 織原は一言だけ桜に声をかけると、無言で彼女の手を引いた。桜は少し正気を取り戻していた。

 このタイミングでこんなキスは、
 ……反則だと思った。



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