ガールズ!ナイトデューティー

高城蓉理

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スリーピングビューティ③

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 なんで俺は女性のブラウスのボタンを外してるんだか。
 いや、もう今は考えるのはよそう。
 吉岡は慎重にボトムスのホックを外すと、バスタオルで業務的にテキパキと朱美の体を拭いていった。やはり服は雨でびしょびしょになっていて、それらは自分のシャツとともに洗濯機に突っ込んだ。後から殺されるかもしれないという恐怖はあったが、吉岡は無理やり朱美に部屋着を着せると、髪はタオルで拭くことにした。
 ったく、これじゃ子育てする親の感覚じゃないか。ムードも何もないことが せめてもの救いだったが、本人のミスとは言え意識なしの脱力状態の人間に触るのは、やはり罪悪感が沸いてきた。

 本当に 世話のかかる先生だよ……
    ため息混じりに吉岡が事務的に作業をしていると、朱美が体を埋めきながら息をついた。

「んっ…… 」

 朱美の吐息が漏れる声がして、吉岡は思わず硬直した。
 起きた? のか……?
 いや、もはやここまで来たら、今このタイミングでは起きないでくれ。

「ん゛んっ…… 」

 吉岡は反射的に頬を赤らめ、目線を逸らした。
 これは想像以上に……生き地獄だ。
 規則正しい寝息と、ほのかに香るコロンの香り。
 そして極めつけは、相変わらずあの長い睫毛。いくらなんでも油断しすぎだろっッ。

 吉岡はざわつく胸のうちをグッと堪え、朱美を抱き上げた。このままでは床に倒れこむのは予想できる。こんなに冷えてるのに、何故 ここまで熟睡出来るのかは疑問だったが、それだけ疲弊しているということなのだろう。吉岡は無意識に自分の体温が朱美に伝わるようギュッとすると、ゆっくりとベッドに彼女を寝かしつけた。

 吉岡は大きな溜め息を付くと、ベッドで横になる朱美を見た。
 こんな細い腕で毎日毎日漫画と向き合い、アニメ化の設定を書き下ろし、イラストを描き続けている。レシートにあった数杯のワインでこんなに熟睡してしまうほど、彼女の肉体は疲れているのだ。

 吉岡は彼女の頬を、ゆっくりと撫でた。白くて弾力のある化粧っけのない素肌。そしてそのままおでこに手をやり優しく触れると、睫毛を優しく指でなでて髪を掬った。

 ったく……
 いくらなんでも無防備過ぎるでしょ。他の男に拾われたら、どうするつもりだったんだよ。

 部屋には時計の針の音だけが、チクタクチクタクと規則正しく響いていた。そして彼女は気持ち良さそうに眠っている。

 吉岡は顔を歪めながら、何故か左右をキョロキョロした。
 今、この部屋には自分たち二人しか存在しない。

 魔が差す……
 とは、こういう状態のことを言うのだろうか。

 そして吉岡はゆっくりと朱美に近づくと、静かに彼女の額に自分のおでこをくっつけた。

「風邪…… 引かないでくださいね 」

 吉岡はそう小さく呟いた。
 そして彼女の顔に自分の唇を近づけると、そのまま優しくキスをした。

「んっ…… 」

 やばっ、流石に起きたか……?
 と思ったが、朱美は相変わらず熟睡をしていた。 これで彼女が起きたら起きたで、それはそれで割り切れる境地にあった。でも彼女は気づく様子もなく相変わらず瞳を閉じていた。慣れないことをしたり昼間に起きていたりで、余程睡眠不足だったのだろう。

 それにしてもいま俺は…… いくらか酔っている……
 でもこのくらいの対価はもらわないと、自分はこのシチュエーションは乗り越えられそうになかった。

 アイツに言われたあの一言、いつの間にか本心で言い返せなくなってたんだな。
 俺はどうやらいい年齢をして、まだ人間出来上がってないらしい。

 吉岡はあくびを堪えながら、気づくと自分もベッドに頭を突っ伏し座ったまま寝てしまっていた。


◆◆◆



「……見たのっッ!? 」

「見たって、何をです? 」

「だからっッ、その下着とか…… 」

「……チラリとは見えましたよ。最大努力はしましたけど 」

「なっッ……!? 」

「仕方ないでしょ。朱美先生の服、びしょ濡れだったし、そのまま寝かせるわけにもいかなかったんですから。あなたに風邪を引かれたら、僕は困るんですよ 」

「なっ、人のこと何だとっ! 吉岡は私のこと漫画量産マシーンくらいにしか思ってないでしょっっッ 」

 朱美はベーと舌を出すと、布団をかかえたまま壁側を向いた。
 予想はしていたが そんな様子を見た吉岡は、大きな溜め息をついた。
 ったく、人の気持ちも知らないで……
 あなたがただの漫画量産マシーンなら、わざわざ慌てて家まで来たりしねーーよ。

 このままじゃ埒が明かない。それにこちらの事情を彼女に話してやるつもりも 毛頭なかった。吉岡は開き直りの胸中に達すると、こう朱美に切り出した。

「先生、僕もう今日は終電ないんで、泊めてください。明日 朝イチで帰りますから 」

「どうぞ、好きにすれば? 」

 朱美は布団の中から、もぞもぞと余った肌掛けクッションを引っ張り出すと、ムッとした表情を浮かべながら吉岡を振り返りもせずにパスをした。

「じゃあ、ソファー借ります 」

「別にいいよ…… 」

「はい? 」

 朱美の声は、吉岡が思わず聞き返すほどに小さかった。

「吉岡が嫌じゃなければ、隣で寝ても 」

「えっ? 」

「ベッド、セミダブルだから狭いけど。アシさんたちの部屋の二段ベッド使ってもいいし、ソファーで寝てもいいけどさ。向こうの部屋、冷房効くまで時間かかるでしょ。あっちは南側だから、いまは多分 めちゃくちゃ暑いと思う…… 」

 朱美はふて腐れた表情を浮かべてはいたが、口調ははっきりしていた。だけど素面に戻ったのか、まだ酒が回っているのか、どちらなのかは定かではなかった。

 彼女の意図がわからない……
 そしてそんな彼女に翻弄されるのも、不思議と悪くはないのだ。

 「ったく、あなたは俺の鋼の自制心に感謝するべきだ 」

「……はあ? ちょっと、意味が分からないんだけどっッ 」 

「じゃあ、隣失礼します 」

 思わず、言ってしまった。
 けれども彼女はその意味を理解出来なかった。

 助かった……のか?

「いい忘れてましたけど、僕も飲んでるんでまだ若干酔っぱらってます 」

「だから…… 何よ……? 」

「だからですね、僕も今日はいささか気分がいいんです。おやすみなさい…… 」

「……? 変なの…… 」

「別に今さら何を言われても、気にしませんよ 」

「……吉岡 」

「何ですか? 」

「その…… ありがと 」


「……どういたしまして 」

 朱美はそういうと、すぐさま吉岡に背を向け体を丸めて壁を向いた。

 吉岡はそんな朱美の姿を横目で見つつ、天井を仰いでいた。
 朱美先生……
 僕は一つ、あなたに言っておかなきゃいけないことを敢えて飲み込みました。

 あなたが襲われそうになったのは、本当はいま隣にいるヤツです。
 本当、俺の鋼鉄の理性に感謝してくださいね。
 あなたは自分のことを過小評価し過ぎてる節があるから……


 今日は些か疲れた。
 いろんなことがあった。
 嫌なことも良いことも、たまにはそんな日もある。
 吉岡はやれやれとった表情を浮かべると、唇を今一度手で触りながら、ゆっくりと瞳を閉じた。





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