ガールズ!ナイトデューティー

高城蓉理

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スリーピングビューティ②

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◆◆◆


 ったく、一体、彼女はどれだけ僕をヤキモキさせたら気が済むんだ……
 吉岡は丸の内の半地下にあるバルで、一人でヤケ酒をしながら、朱美に電話をかけていた。大雨にもなっているし、マイペースな朱美がちゃんと帰れたかどうか、担当編集者として一応心配する必要があると判断したからだった。

「……ったく、でやしない 」

 吉岡は完全に独り言を呟きながらスマホをポイとカウンターに転がすと、煽るようにドイツビールを煽る。するとそんな少し荒れ具合な吉岡の様子を察したマスターが、カウンターの中から声を掛った。

「珍しいねー、よっちゃん。久しぶりに来たと思ったら、独りでグイグイ飲むなんて。今日はお連れさんたちは? 」

「今日は…… いいんです。後輩たちは巻き込めませんよ。さっき昔の女に 胸クソ悪いこと言われて 」

「ヤケ酒かい? 」

「まあ、そんなとこです 」

 吉岡は顔を少し赤らめつつネクタイを緩めると、ジャケットのボタンをはずし始めた。体が熱かった。酒のせいなのか、アイツに言われた一語一句に腹をたてているせいなのか、もはや自分には良くわからない境地だった。

「何? 電話の相手は元カノ? 未練はあるの? 」

「違いますよ。アイツには自分からはゼッテー連絡しない。金輪際ね 」

 吉岡はジョッキを煽り中身を空けると、マスターに同じものを要求した。

「じゃあ、誰に連絡してんの。彼女? 」

「違いますよ。俺が担当してる作家さんです  」

「……あっ、そうなの? 」

 マスターは怪訝な表情を浮かべると、吉岡の前に同じジョッキを差し出した。

「っていうか、飲みながらクライアントに連絡とかしていいの? 後からバレたら、怒られるよー 」

「別に、全然平気ですよ。生存確認をするだけですから 」

「生存確認ねえ…… 」

 ただの確認作業のわりに、とてもイラついてるのは気のせいかい?
 マスターは吉岡に、そうツッコミをいれたい気持ちでいっぱいだったが、ここは黙って静観することにした。久しぶりに店に来たかと思えば、彼は何かを拗らせているのは明白だった。

「編集者なんでね、一応 心配なんですよ。いろいろと。あと ちゃんと確認しないと、俺がちゃんと酔えない 」

「……? 」

 吉岡はジョッキを片手にもう一度、朱美に電話をかけた。いくらなんでもタクシーなら、もう到着してもいいはずだ。なのに呼び出し音が一向に終わらない。
 もしかして……もう到着して、シャワーでも浴びてるのか? それならそれで構わないのだが。
 まあ、いいか。
 吉岡が諦めようかと スマホを耳から話した瞬間的、ガチャリと通話が始まる音がした。すると吉岡は殆ど本能で開口一番こう声をかけた。

「ちょっ、神宮寺センセ! 着きました? さっきから連絡してるのに、電話が繋がらないから心配しましたよ 」

「……… 」

「ちょ、先生? なんで黙ってるんです? 」

「あのー、この電話の女性の知り合いの方ですか? 」

「はい? ええ、まあ…… 」

「あのー 私、タクシーの運転手なんですけど 」

「……はあ? 」

「いや 実は新宿から乗せたこちらのお客様が、寝てしまわれましてね。起きられないんですよ…… 我々はお客様に触れないので、声はかけてるんですけど全然起きなくて。このままだと交番で警官に起こしてもらう感じになっちゃうんですよ。何で申し訳ないんですけど、お客さんが握りしめてたスマホに出ちゃった感じなんで…… 」

「えっと、その…… 」

 嫌な予感がした。
 吉岡は言葉に詰まりながらも、状況把握に努める。  酔っていたハズの高揚感は、いつの間にかどこかにすっ飛ぶくらいに、頭は冷静になっていた。

「その女性、どんな服装ですか? 」

「えっと、服装は上が白で下が黒色お召し物かな? あと…… 」

「わかりました。うちのが迷惑掛けて、すみません。あの……私、十分もしないでそちらに向かいますから。メーターは回したままでもいいんで、待っていて頂いてもいいですか? 」

 ったく、何でこんなことになってるんだ。彼女はスキが多すぎでしょっッ……
 吉岡は手早く荷物をまとめると、千円札を二枚テーブルに置いた。

「マスター、また来ます 」

「よっちゃん。久し振りに顔を出したかと思えば、もう帰っちゃうんかい。何? やっぱり女だろ? 」

「いや。俺のじゃないんで…… 全然 」

「……? 」

 吉岡は一人バルを退店すると、足早にタクシーに乗り込んだ。雨は相変わらずの強さで、車にバチバチと打ち付ける。やっぱり本格的に深酒をする前に、確認作業をしたのは吉と出た。雨で車は多少は混雑していたもの、程なくして中央区の端の辺りに位置する朱美の自宅マンション前へと到着した。

「すみません。迷惑かけちゃって 」

 吉岡はタクシーのドアを叩き、運転手に合図を送った。傘を畳み ほんの一瞬だけ雨に晒されただけなのに、あっという間に服はびしゃびしゃになり、これは もはやゲリラ豪雨に近い状態だった。朱美は想像以上に車内で熟睡していた。最初から それほど健康面の心配はしてはいなかったが、顔色などには問題はなさそうに見えた。

「あのー お連れさんは、大丈夫ですか? 」

「すみません。その、睡眠不足だとは思ってたんですけど。申し訳ない、迷惑かけちゃって 」

  運転手がそれほど怒り心頭でなかったのは不幸中の幸いだったが、吉岡は丁重に詫びを入れると、メーター料金よりも少し多目の支払いをして領収書をもらった。吉岡は今日ここに至るまで、かなりの散財をしていた。でもそれは後でキチンとこの眠り姫に請求をするからチャラとすることにして、自分自身で自己完結した。 

「ほら、先生っッ、起きてくださいっッ! ちょっと、先生っッ! 」

「せんせい? あの、失礼ですが お二人のご関係は? 」

「えっ、あっ、あの…… 」

 チョイっっッ……
 運転手さん、何故そこを今このシチュエーションで突っ込むんだよっ?
 それって今はどうでもよくないかっッ?
 吉岡は絶叫したい心境を必死に押さえて、こう答えた。

「………恋人です 」

「恋人? 」

 吉岡は運転手の鈍い反応を見て、思わずハッとした。
 本当のことを言うと 様々な支障があるだろうから、その辺りは正しい判断なはずだ。ただ何故いま自分は数ある選択肢のなかから咄嗟とは言えども、わざわざそこをチョイスしたんだ……
 しかも恋人という設定において彼女を先生呼ばわりするのは、結構 無理矢理な話ではないか?
 吉岡はドキリとしながらも、何とか話を続けた。

「彼女、教員なものでつい普段のクセが。ほら、あけみ! 朱美っー、起きろって 」

「……? 」

 運転手の怪訝な反応は、続行のようだった。っていうか、冷静に考えたら おそらく世の中の教員は、こんな醜態はさらさない……よな?
 朱美は起きないし、こうなったら強行突破するしか吉岡には手立てがなかった。

「あの、すみません。ちょっと起きそうにないんで。あの、担いで帰りますんで 」

「担ぐ? 」

「ええ、はい。まあ…… 」

 吉岡は大きな溜め息をつくと、彼女の鞄から躊躇することなく鍵を取り出した。あと必要なものはと吉岡が鞄に手をかけると、中には領収書が転がっていて、明らかに一人前の料理に対して白ワインのグラスと赤ワインをハーフデキャンタで注文した痕跡があった。

 あんた、そんなに飲んだんかいっッ…… 
 吉岡は怒りの矛先をどこに向けるべきかも良くわからなかったが、朱美の鞄を二つ肩に引っ掻けると、ぐったりとする彼女の腕に手を掛けた。相変わらず彼女は気持ち良さそうに寝ていて、起きる素振りは微塵もない。もはや腹を立てるのも馬鹿馬鹿しいくらい、彼女はスヤスヤと眠りこけていた。

「あの、大丈夫ですか? 」

 運転手はシートベルトを外し、身を乗り出して不安そうな表情を浮かべてこちらを見ていた。ここまでくると、本当に申し訳ない以外の感情もわかないものだ。

「ええ、大丈夫です。すみませんでした。開けていただいて大丈夫です 」

 吉岡はタクシーの運転手に礼を述べると、ドアを開けるように願い出た。
 ったく、端から見れば連れ込みも同然じゃないかっッ。
 通報されたら、一貫の終わりだな……

 大体、最近はろくに運動してないから彼女を落とさない自信ないんだけどっ。つーか、落としたら落としただ。文句は言わせねー。
 吉岡は気合いを入れると、ゆっくりと彼女を背負った。

 だけどその瞬間、吉岡は意外な感覚を覚えた。
 あれ? 
 朱美先生って、意外と華奢?
 こんなに小さな体で、漫画描いてる……のか……

 一瞬、時が止まったような感覚に陥った。

 しかし吉岡は直ぐ様意識を取り戻すと、大降りの中、朱美と自分の荷物と傘二本を携えて 玄関のエントランスを目掛けて歩き始めた。 水溜まりも構わず最短ルートで歩を進めると、滑りそうな階段を着実に昇り、やっとの思いでオートロックを解除してエレベーターに飛び乗った。そして玄関の鍵を解錠し部屋に到着した頃には、吉岡は体全体で息をしていた。

「ちょっと、アケミ先生? いい加減起きてくれないかな。全身びしょびしょなんだけど 」

 吉岡は息を切らしながら朱美を玄関に座らせると、ふー、と大きく息をついた。
 流石に疲れた……
 自分もだいぶ雨に打たれたが、背中で雨を受けた彼女の方が重症だ。というか、何故ここまで濡れているのに起きないんだ? ここまでくると、もはや不思議発見のレベルだぞ?

 吉岡は慣れた手つきで廊下の電気をつけると、恐る朱美の寝室のドアを開けた。いままで開けたこともない寝室に、今度は朱美をお姫様ダッコ状態で運搬すると、取り敢えずベッドに寄っ掛からせながら床に彼女を座らせた。

 うっ……
 思わず躊躇してしまうほど、床はあっと言う間に水浸しになった。
 このままベッドで寝かせるわけにもいかないし、催眠剤でも飲んだんかい と突っ込みたくなるレベルで 彼女はいい加減に目を覚まさない。
 本来ならば自分の仕事は彼女を布団に寝かせるところ……までなのだろう。だけどあいにく彼女も自分もバケツの水をひっくり返したように、全身はびしょ濡れ状態だった。

 どうしたものか。
 このまま放置すれば、彼女は風邪を引いてしまう。
 変な下心などない。
 ただ冷静に考えて、彼女を着替えさせなくてはいけないのは不可避の状況になっていた。

 吉岡は深い溜め息をつくと、風呂場からバスタオルを持ち出し彼女の上半身に被せた。ここまで来たらヤケクソだった。

「朱美先生、ラストチャンスです。起きてますか? 」

「…… 」

 返事はなかった。吉岡は朱美の手を触れた。自分が熱を帯びているのかと錯覚するくらい、彼女は冷えきっていた。
 万事休すか。
 すると吉岡は深呼吸をすると、朱美のトップスに手をかけた。


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