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キラキラした世界
ニーハオ!台湾
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■■■
「九月で打ちきりだとよ 」
「へっ……? 」
茜は珍しく日付が変わる前に出勤を完了させ、アナウンス部のミーティングルームにいた。部長である迫田に突然呼び出された場合は、九割五分 説教であることが通例なのだが、どうやら今日はそれを上回る破壊力を持つお知らせであることは肌で感じていた。
「私のせいですかっッ? 私が週刊紙に撮られちゃったからっッ? 」
「まあ、落ち着きなさいって。確かに御堂の件もゼロじゃないらしいけど、原因はこれらしい 」
そう落ち着いたトーンで迫田は茜に告げると、ヨレヨレの週刊紙を茜に手渡した。それは茜の醜態をすっぱ抜いたものと同じ週間秋冬のもので、何だか心臓がドキリと鳴るようだった。
「これって…… 」
「スパンキーさんの未成年者淫行疑惑。流石にこれは俺もひいたな。俺も同世代だけど、ちょっとな…… 」
茜は手渡された週刊紙を、パラパラと捲ってみた。そこには見知った顔が、明らかに若そうな身なりの少女と共にカラオケやらホテルに入っていく写真が 何枚も載っていた。少女の方は髪の長さや、服装の傾向が違いから、暗にこれは数人と遊んでいることが悟れてしまう。
発行は、一昨日の日付……
全然こんなことが起きているのは知らなかった。
同じ週刊紙の記事という辺りからして、もしかして自分はスパンキーを張ってたついでに、もらい事故をもらってしまったような気もしてくる。
「でも…… そんな話、現場では誰も一言も…… 」
「そんなの お前が知ったら気持ち悪くて、番組の進行に差し支えると思ったんだろ。今朝のOAを最後に挨拶もしないで、正式に降板したらしいぞ。つーか首切られたって表現が正しいのかな 」
「はあ…… 」
「だから今日からは暫く一人喋りだそうだ。せいぜい励めよ 」
迫田は端的に茜に事実を伝えると、一切の無駄話をすることなく席を立った。普通の上司なら、いきなり一人で二時間の生放送を担当することになった部下に何か声をかけそうなところだが、迫田は違う。自分自身も演者だからか、相手に必要のない言葉は敢えてかけない人間だった。
すると迫田は去り際に、茜にこんな声をかけた。
「あとな十月からこんなオファーが来てる。良かったな、テレビ復帰だぞ 」
◆◆◆
「御堂 茜の台湾グルメ紀行(仮)…… ねぇー…… 」
一人きりのオンエアーを消化した後、茜は珍しくアナウンス部のデスクで 迫田から渡された企画書を眺めていた。いつもは居心地が悪くてラジオ部のある六階のフリースペースで 残務作業をすることが殆どなのだが、ラジオ部でテレビの企画書を広げるのは何となく気が引けて こちらに渋々顔を出したという具合だった。
正直なところ今日は一人喋りを謳歌するつもりだったが、まだ疑惑状態のスパンキーの急な降板に触れずに進行するのは、想像していたよりも難儀だった。それに思いがけない企画書のせいで、少し集中しきれなかった部分もある。ラジオの仕事は好きだし、自分なりに技術の向上に努めていたはずだった。それなのに 画面に復帰したい願望が丸出しのように 上長に認識されていた現実も 地味に堪えた。
夕方の帯を持っている迫田が茜に会おうとすると、社屋に何時間もいて、夜中に出勤する茜を待つことになるのだが、迫田は何時も文句ひとつ言わず 夜中に働く部下を思い 自分が犠牲になって顔を合わせてくれる。迫田はついでのように新しい仕事の知らせをくれたが、本当はそうではなくてこちらが本題だったのではないかと邪推してしまう。そんな自分に少し嫌気もさしていた。
企画の内容としては関東放送のBSで、月~金曜日の午後十一時から毎日三十分、台湾の魅力を茜が紹介するとゆうものだった。
茜は思わず複雑な心境に陥っていた。
単純に計算しても月に十時間の尺が必要であるし、三十分の番組を一本作るには何時間もの取材をして編集をして番組が作られる。嬉しいオファーだが、なかなかハードなロケが組まれるのは想像できる範疇だった。そして隔週で台湾に飛び三泊四日のスケジュールっ飛び回る。ラジオの帯はなくなるが深夜帯の当直は続くから、なかなかハードではないか?
茜は早速 何となく台湾について調べ始めた。海外旅行はよくする名前だが、台湾には行ったことはない。正直なところ公用語から国の組織形態、民族にいたるまで全く良く分かっていない。いま現在の茜の台湾に対してのイメージは、食べ物が美味しいというイメージしか浮かんでこないのだが、簡単な会話程度の語学はマスターしたほうがいいのだろうか……
茜はデスクのパソコンで堂々と台湾の観光案内を開くと、いろいろとメモを取り始めた。いささか気が早い気もしなくはないが、必要な準備はどうせいつかは行うのだ。
作業に没頭する前に、茜はちらりとアナウンスルームを見渡した。朝のアナウンスルームは早朝番組の出演者が数人いるだけで、朝から落ち着きがあった。夜勤組は茜以外はほぼ帰宅していて、昨日が続いているのは二、三人しかいない。
「茜っち、どうしたの? 旅行でも行くの? 」
茜の隣のデスクに腰掛けながら、同期の西野がふと茜に声を掛けてきた。
アナウンスルームはパーソナルデスクがなく、共有パソコンを使用するのだが、西野は部屋の一番端を陣取る茜にも、わざわざ出向き態度を変えずに接してくれる数少ない同僚の一人だった。
「ああ、西くん…… 久し振りだね。旅行はしたいけどね、残念ながら次の仕事の勉強なんだ 」
「へー、台湾に取材? 」
「まあ、そんな感じ…… 」
西野は朝から茜のパソコン画面を覗き込むと、それ以上は特に何も言わずに席を離れた。西野は朝八時からの情報番組でコーナー担当を任されており、現状では大きく水を開けられている。これから全国放送の本番だというのに西野は余裕綽々な様子で、もはや腹立たしいとかそういう感情は沸かないし、むしろ敢えて意識しないようにしている自分がいる。入社当初の立場は逆だったのに、今はすっかり西野の方が活躍している期待のホープだ。
若気の至りというやつで、実力もないのにセコい手を使ったり、あの手この手を繰り出した自分が愚かだったのだ。人生はショートカットをして信頼を得られるものではないし、そんな人間は認めてもらえない。
台湾か……
しかもテレビの仕事……
物事は始まりがあれば終わりがある。
それはわかっている。
だけど今回の幕引きはあまりに呆気なく、そして次のステージはあっさりやってきた。
もう、なるようにしかならない…
人生は何が起こるかわからないから、エキサイティングで楽しいのだ。
「九月で打ちきりだとよ 」
「へっ……? 」
茜は珍しく日付が変わる前に出勤を完了させ、アナウンス部のミーティングルームにいた。部長である迫田に突然呼び出された場合は、九割五分 説教であることが通例なのだが、どうやら今日はそれを上回る破壊力を持つお知らせであることは肌で感じていた。
「私のせいですかっッ? 私が週刊紙に撮られちゃったからっッ? 」
「まあ、落ち着きなさいって。確かに御堂の件もゼロじゃないらしいけど、原因はこれらしい 」
そう落ち着いたトーンで迫田は茜に告げると、ヨレヨレの週刊紙を茜に手渡した。それは茜の醜態をすっぱ抜いたものと同じ週間秋冬のもので、何だか心臓がドキリと鳴るようだった。
「これって…… 」
「スパンキーさんの未成年者淫行疑惑。流石にこれは俺もひいたな。俺も同世代だけど、ちょっとな…… 」
茜は手渡された週刊紙を、パラパラと捲ってみた。そこには見知った顔が、明らかに若そうな身なりの少女と共にカラオケやらホテルに入っていく写真が 何枚も載っていた。少女の方は髪の長さや、服装の傾向が違いから、暗にこれは数人と遊んでいることが悟れてしまう。
発行は、一昨日の日付……
全然こんなことが起きているのは知らなかった。
同じ週刊紙の記事という辺りからして、もしかして自分はスパンキーを張ってたついでに、もらい事故をもらってしまったような気もしてくる。
「でも…… そんな話、現場では誰も一言も…… 」
「そんなの お前が知ったら気持ち悪くて、番組の進行に差し支えると思ったんだろ。今朝のOAを最後に挨拶もしないで、正式に降板したらしいぞ。つーか首切られたって表現が正しいのかな 」
「はあ…… 」
「だから今日からは暫く一人喋りだそうだ。せいぜい励めよ 」
迫田は端的に茜に事実を伝えると、一切の無駄話をすることなく席を立った。普通の上司なら、いきなり一人で二時間の生放送を担当することになった部下に何か声をかけそうなところだが、迫田は違う。自分自身も演者だからか、相手に必要のない言葉は敢えてかけない人間だった。
すると迫田は去り際に、茜にこんな声をかけた。
「あとな十月からこんなオファーが来てる。良かったな、テレビ復帰だぞ 」
◆◆◆
「御堂 茜の台湾グルメ紀行(仮)…… ねぇー…… 」
一人きりのオンエアーを消化した後、茜は珍しくアナウンス部のデスクで 迫田から渡された企画書を眺めていた。いつもは居心地が悪くてラジオ部のある六階のフリースペースで 残務作業をすることが殆どなのだが、ラジオ部でテレビの企画書を広げるのは何となく気が引けて こちらに渋々顔を出したという具合だった。
正直なところ今日は一人喋りを謳歌するつもりだったが、まだ疑惑状態のスパンキーの急な降板に触れずに進行するのは、想像していたよりも難儀だった。それに思いがけない企画書のせいで、少し集中しきれなかった部分もある。ラジオの仕事は好きだし、自分なりに技術の向上に努めていたはずだった。それなのに 画面に復帰したい願望が丸出しのように 上長に認識されていた現実も 地味に堪えた。
夕方の帯を持っている迫田が茜に会おうとすると、社屋に何時間もいて、夜中に出勤する茜を待つことになるのだが、迫田は何時も文句ひとつ言わず 夜中に働く部下を思い 自分が犠牲になって顔を合わせてくれる。迫田はついでのように新しい仕事の知らせをくれたが、本当はそうではなくてこちらが本題だったのではないかと邪推してしまう。そんな自分に少し嫌気もさしていた。
企画の内容としては関東放送のBSで、月~金曜日の午後十一時から毎日三十分、台湾の魅力を茜が紹介するとゆうものだった。
茜は思わず複雑な心境に陥っていた。
単純に計算しても月に十時間の尺が必要であるし、三十分の番組を一本作るには何時間もの取材をして編集をして番組が作られる。嬉しいオファーだが、なかなかハードなロケが組まれるのは想像できる範疇だった。そして隔週で台湾に飛び三泊四日のスケジュールっ飛び回る。ラジオの帯はなくなるが深夜帯の当直は続くから、なかなかハードではないか?
茜は早速 何となく台湾について調べ始めた。海外旅行はよくする名前だが、台湾には行ったことはない。正直なところ公用語から国の組織形態、民族にいたるまで全く良く分かっていない。いま現在の茜の台湾に対してのイメージは、食べ物が美味しいというイメージしか浮かんでこないのだが、簡単な会話程度の語学はマスターしたほうがいいのだろうか……
茜はデスクのパソコンで堂々と台湾の観光案内を開くと、いろいろとメモを取り始めた。いささか気が早い気もしなくはないが、必要な準備はどうせいつかは行うのだ。
作業に没頭する前に、茜はちらりとアナウンスルームを見渡した。朝のアナウンスルームは早朝番組の出演者が数人いるだけで、朝から落ち着きがあった。夜勤組は茜以外はほぼ帰宅していて、昨日が続いているのは二、三人しかいない。
「茜っち、どうしたの? 旅行でも行くの? 」
茜の隣のデスクに腰掛けながら、同期の西野がふと茜に声を掛けてきた。
アナウンスルームはパーソナルデスクがなく、共有パソコンを使用するのだが、西野は部屋の一番端を陣取る茜にも、わざわざ出向き態度を変えずに接してくれる数少ない同僚の一人だった。
「ああ、西くん…… 久し振りだね。旅行はしたいけどね、残念ながら次の仕事の勉強なんだ 」
「へー、台湾に取材? 」
「まあ、そんな感じ…… 」
西野は朝から茜のパソコン画面を覗き込むと、それ以上は特に何も言わずに席を離れた。西野は朝八時からの情報番組でコーナー担当を任されており、現状では大きく水を開けられている。これから全国放送の本番だというのに西野は余裕綽々な様子で、もはや腹立たしいとかそういう感情は沸かないし、むしろ敢えて意識しないようにしている自分がいる。入社当初の立場は逆だったのに、今はすっかり西野の方が活躍している期待のホープだ。
若気の至りというやつで、実力もないのにセコい手を使ったり、あの手この手を繰り出した自分が愚かだったのだ。人生はショートカットをして信頼を得られるものではないし、そんな人間は認めてもらえない。
台湾か……
しかもテレビの仕事……
物事は始まりがあれば終わりがある。
それはわかっている。
だけど今回の幕引きはあまりに呆気なく、そして次のステージはあっさりやってきた。
もう、なるようにしかならない…
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