17 / 123
番外編 ポッキーの日の1日
7時 至福の一時
しおりを挟む
都内某所 東京都水道局 某管理センター
♪
息吹は数時間振りに事務所に戻ると、作業着姿のままデスクに突っ伏した。予算が下りたこの時期は公共工事が集中する。普段の漏水対応だけでなく、劣化した幹線道路の水道管の交換工事も参入してくるものだから、ほぼ毎日夜の工事現場の見回り業務が続いていた。
そういえば…… 今は何曜日だっただろうか……
息吹はデスクにある卓上カレンダーを確認した。息吹にとっての今日は、水道新聞の発行日であることを思い出した。
水道新聞を読むのにはやっぱり夜勤、それも帰宅間際の朝6時くらいが調度いい。息吹の所属する水道局では、それほど部数をとっていないので日中は局員で奪い合いになるし、若手の分際では何かと遠慮も多い。
息吹は新聞を手にすると内容に目を通し始めた。定時まではまだ数十分あるし、今日は休憩の取得も不十分だ。いま新聞を手にしたところで咎めるものはいないだろう。
息吹はデスクの引き出しの下段から、いつもストックしているポッキーを取り出すと徐に口に運び始めた。一本づつ、ポキッっと音をたてながら食べ進める。例のゲームの推しの一人が作中でしょっちゅうポッキーを口にする描写があり、息吹はすっかりポッキーにハマっていた。ゲームとは思えないクオリティで、彼はポキッっといい音を立てて、子リスのように満面の笑みでそれをむしゃむしゃ食べている。そんな彼を夜な夜な見ていたら(正確には朝寝る前に)、自分まで無性にポッキーを食べたくなってしまうのだ。
日勤をしていたらポッキーを食べながら事務所で水道新聞を読むのは、少し目立つのかもしれない。
しかし今、事務所には誰もいない。
静かに誰に気を使うこともなく、ポッキーを片手に水道新聞を読むことができる。
まさに至福の一時だった。
正直に言うと、息吹は夜勤自体は好きではない。
でも意外かもしれないが、息吹は仕事が好きだった。
夜勤同盟のメンバーを含め、このロマンを理解してくれる人はほぼいない。だから息吹は普段、声を大にして仕事の中身は語ることはあまりないが、工事の立ち会いといいつつ、水道が敷かれていく様子を見るとドキドキするし、お役を果たした古い水道管が地上に引き上げられるのをみると思わず感極まることもある。自分が設計した配管で工事が行われたときは、本当に嬉しくて仕方なかった。
自分たちの歩く地面の下を縫うように、上下水とガス、そして電線までも緻密に計算され、共存するように埋まっている。私たちの生活を当たり前のように支えてくれているこの軌跡は、とても貴重なもので、だからこそワクワクが止まらないのだ。
◆◆◆
気づくと箱の中身は空になっていて、時刻は定時を迎える頃合いになっていた。そろそろ退散しないと、息吹にとっての明日を迎えた時短組のママさんたちと顔を会わせることになる。年頃の息吹にとって、それは避けたいのが乙女心の本心なのだ。
さて日報を記入してそろそろ着替えるか。
ふと息吹は窓に目をやった。
ブラインドの隙間からはちらちらと日の光が漏れて、放射線状に床を照らしていた。
今晩もきっと絶好の公共工事日和になるに違いない。
息吹はそんなことを思いながら、帰り支度を始めたのだった。
♪
息吹は数時間振りに事務所に戻ると、作業着姿のままデスクに突っ伏した。予算が下りたこの時期は公共工事が集中する。普段の漏水対応だけでなく、劣化した幹線道路の水道管の交換工事も参入してくるものだから、ほぼ毎日夜の工事現場の見回り業務が続いていた。
そういえば…… 今は何曜日だっただろうか……
息吹はデスクにある卓上カレンダーを確認した。息吹にとっての今日は、水道新聞の発行日であることを思い出した。
水道新聞を読むのにはやっぱり夜勤、それも帰宅間際の朝6時くらいが調度いい。息吹の所属する水道局では、それほど部数をとっていないので日中は局員で奪い合いになるし、若手の分際では何かと遠慮も多い。
息吹は新聞を手にすると内容に目を通し始めた。定時まではまだ数十分あるし、今日は休憩の取得も不十分だ。いま新聞を手にしたところで咎めるものはいないだろう。
息吹はデスクの引き出しの下段から、いつもストックしているポッキーを取り出すと徐に口に運び始めた。一本づつ、ポキッっと音をたてながら食べ進める。例のゲームの推しの一人が作中でしょっちゅうポッキーを口にする描写があり、息吹はすっかりポッキーにハマっていた。ゲームとは思えないクオリティで、彼はポキッっといい音を立てて、子リスのように満面の笑みでそれをむしゃむしゃ食べている。そんな彼を夜な夜な見ていたら(正確には朝寝る前に)、自分まで無性にポッキーを食べたくなってしまうのだ。
日勤をしていたらポッキーを食べながら事務所で水道新聞を読むのは、少し目立つのかもしれない。
しかし今、事務所には誰もいない。
静かに誰に気を使うこともなく、ポッキーを片手に水道新聞を読むことができる。
まさに至福の一時だった。
正直に言うと、息吹は夜勤自体は好きではない。
でも意外かもしれないが、息吹は仕事が好きだった。
夜勤同盟のメンバーを含め、このロマンを理解してくれる人はほぼいない。だから息吹は普段、声を大にして仕事の中身は語ることはあまりないが、工事の立ち会いといいつつ、水道が敷かれていく様子を見るとドキドキするし、お役を果たした古い水道管が地上に引き上げられるのをみると思わず感極まることもある。自分が設計した配管で工事が行われたときは、本当に嬉しくて仕方なかった。
自分たちの歩く地面の下を縫うように、上下水とガス、そして電線までも緻密に計算され、共存するように埋まっている。私たちの生活を当たり前のように支えてくれているこの軌跡は、とても貴重なもので、だからこそワクワクが止まらないのだ。
◆◆◆
気づくと箱の中身は空になっていて、時刻は定時を迎える頃合いになっていた。そろそろ退散しないと、息吹にとっての明日を迎えた時短組のママさんたちと顔を会わせることになる。年頃の息吹にとって、それは避けたいのが乙女心の本心なのだ。
さて日報を記入してそろそろ着替えるか。
ふと息吹は窓に目をやった。
ブラインドの隙間からはちらちらと日の光が漏れて、放射線状に床を照らしていた。
今晩もきっと絶好の公共工事日和になるに違いない。
息吹はそんなことを思いながら、帰り支度を始めたのだった。
0
お気に入りに追加
27
あなたにおすすめの小説

百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
独身寮のふるさとごはん まかないさんの美味しい献立
水縞しま
ライト文芸
旧題:独身寮のまかないさん ~おいしい故郷の味こしらえます~
第7回ライト文芸大賞【料理・グルメ賞】作品です。
◇◇◇◇
飛騨高山に本社を置く株式会社ワカミヤの独身寮『杉野館』。まかない担当として働く有村千影(ありむらちかげ)は、決まった予算の中で献立を考え、食材を調達し、調理してと日々奮闘していた。そんなある日、社員のひとりが失恋して落ち込んでしまう。食欲もないらしい。千影は彼の出身地、富山の郷土料理「ほたるいかの酢味噌和え」をこしらえて励まそうとする。
仕事に追われる社員には、熱々がおいしい「味噌煮込みうどん(愛知)」。
退職しようか思い悩む社員には、じんわりと出汁が沁みる「聖護院かぶと鯛の煮物(京都)」。
他にも飛騨高山の「赤かぶ漬け」「みだらしだんご」、大阪の「モダン焼き」など、故郷の味が盛りだくさん。
おいしい故郷の味に励まされたり、癒されたり、背中を押されたりするお話です。
極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~
恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」
そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。
私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。
葵は私のことを本当はどう思ってるの?
私は葵のことをどう思ってるの?
意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。
こうなったら確かめなくちゃ!
葵の気持ちも、自分の気持ちも!
だけど甘い誘惑が多すぎて――
ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる