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神は僕に決断させた

神は僕たちの文化的な活動を支援した

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■■■■■



「コーセー コーセーっッ 」

「…… 」

「コーセーっ、起きてっッ! 」

「んっ? 」

「ちょっとっ! テスト週間は終わったのに、何で図書室で寝てるの!? 早く調べて今日中に文章を考えないと、間に合わないよ? 」

「あっ、ごめんごめん。すぐに取りかかるよ 」

「コーセー。最近は授業中もうたた寝してるでしょ? 夜更かししないで、ちゃんと夜は眠らなきゃ駄目なんだからね 」

「……それじゃ、間に合わないんだよ 」

「間に合わない? 」

「あっ、いや、その…… 何でもない。今のは完全に独り言だから気にしないで 」





 もし、通りすがりの赤の他人に「お前はチキンだ」と言われたら否定はしない。

 あれから数日が経っていた。
 でも結局のところ、先生からのアドバイスは無下にして、僕は相変わらず彼女との間でシーソーゲームを続けている。

 秋と言えば、体育祭と文化祭と大型行事が続いていく。
 というわけで、僕らは来週に文化祭を控えているわけだけど、うち学校の規模はそれほど大きくはないから、どちらかいうと近隣住民の方に向けての発表会的なニュアンスの方が近い。
 それ故、毎年暗黙の了解で学年ごとに役回りが決まっていて、お化け屋敷とか文化祭の定番の出し物は一年生。三年生は比較的準備が楽な飲食を担当することになっている。そして僕ら二年は展示なので当日はフリーだけど、運営や部活周りの発表に力を入れることになっていた。

 僕らのクラスの展示は、下呂温泉の歴史や発展に関しての発表で、先代たちが何度もリライトしてきた内容だ。といっても、白鷺伝説を筆頭に、温泉街に纏わる話は僕らも子供の頃からずっと習ってきた内容だから、諳じることも出来る。

 雨上がりの昼下がり、僕は彼女と二人で教室の片隅で居残り作業に勤しんでいた。
 模造紙に書いてしまえば終わりなのだけど、内容に関しては しっかりと調べを尽くさなくてはならない。しかも匡輔は 文実の仕事が忙しくてこの場にはいないし、椿は最近は体調不良が続いていて欠席が目立っている。となれば、今日中に僕らの班の分担物は、二人だけで終わらせなくてはならない。匡輔はもうすぐ行われる生徒会の会長選に立候補するとかいってたし、これからもこんなシチュエーションはあるのかと思うと、僕はどっと疲れる思いがした。


「そういえば、コーセー 」

「ん? どうかした? 」

「文化祭の御披露目、私にもちゃんと出来るかな? 」

「文化祭の御披露目? ああ、射会のこと? 」

「うん。私、人前で射場に立つのは始めてだから 」

「うーん、僕も大丈夫だよって断言はしてあげられないけど、気負いをする必要はないと思うよ。それに文化祭の前は青年会の人にも稽古をつけてもらうしね。その内、何人か来てくれてると思うよ 」

「そう? それならいいんだけど…… でも、ちょっと心配だな。ちゃんと的まで届くかどうか、自信もないし。それに緊張感がある空気に飲み込まれそうで、それも不安なんだよね 」

 彼女はそう言うと、珍しくハアと小さく溜め息をついて、顔を少しだけしかめていた。

「僕だって自信はないよ。失敗するかもしれないと思うと、全然気は進まないし 」

「そうなの? 」

「そりゃ、そうだろ。そんなに簡単に的を射抜けたら、苦労はしないだろ 」

「でも、恒星はそういうの得意だよね? 案外、積極的なところもあるし 」

「えっ? ……そうかな? 」


 型に関しては…… たまに褒めて貰えることがある。だけど的中率に関しては、かなり微妙なラインだ。僕は彼女の意図することに、皆目見当がつかなかったけれど、適当な返事でお茶を濁していた。


 僕らの高校の規模は決して大きくない。だから必然的に、僕らの文化祭は、地域の方も一丸となって盛り上げてもらうのだけど、弓道部では地元の青年会と協力して、毎年射会を催すのが定番となっていた。
 射会自体は対戦形式を取っているわけではないけど、それでも的には中って欲しいものだ。
ちなみに今年は佳央理も青年会チームでお披露目会に参戦する予定になっていて、久し振りに弓を持つから暫くは稽古に通うと言っていた。佳央理が高校に練習に来る可能性も十分に考えられる。僕はどちらかというと、その微妙な組み合わせが勢揃いすることの方が、気掛かりで仕方がなかった。





 案の定だった。

 何とか文章に当たりを付けて、僕が弓道場へと向かうと、青年会のメンバーも混じって、稽古をしている真っ最中だった。
 青年会のメンバーの中には、去年卒業した先輩たちが入り交じり、みな黙々と練習に勤しんでいる。今日顔を揃えている先輩たちは、みんな地元の旅館やホテルに就職した人たちばかりで、中には雄飛閣の従業員も顔もあった。

 僕は半ば無意識で、茂みの間から、ある一人の存在を確認していた。幸いその人物は、今日は学校には来ていないようだった。
 まあ、よくよく考えたら今日は平日だ。普通に学校もあるのだろう。僕はちょっと安堵した気分になると、弓道場の扉に手を掛けた。するとその瞬間、僕は背後から聞き慣れた声にこう話しかけられたのだ。

「恒星? 」

「あっ…… 佳央理? 」

「こんなところで、どうしたの? 」

「あっ、いや、普通に稽古に来ただけだけど。つーか、佳央理こそ、練習に来たの? 」

「うん、まあ、一応ね。そろそろ練習を始めないと、本番に間に合わないし 」

 佳央理は既に袴に着替えた状態で、手には弓を携えていた。そしてその後ろには見知らぬ女性が二人、同じく沢山の道具を携えてこちらに視線を注いでいた。

「その、後ろの人たちはお友達? 」

「うん。看護学校の友達に何人か弓道経験者がいたから、誘って一緒に来たんだ。百合ちゃんと五月ちゃん 」

「はっ、初めまして。荒巻恒星です 」

「なになに、加央理! もしかして彼氏? 」

「違うよ、私と恒星はただの同士 」

「なーんだ、つまらないのっ 」

「悪かったわね、何のひねりもなくて 」

「…… 」

 佳央理は笑顔で、友達二人のコメントをスルーしていたけど、僕の心中は穏やかではない。
 僕らは、ただの再従兄弟だ。
 夫婦だって離婚をすればただの他人に戻れるのに、血の繋がりがある僕らは生涯他人になることはない。だからこそ、距離感というものに僕らは神経を尖らせているのに、周囲はそれを許さない。親戚が親戚に情愛を抱く可能性を最初から否定するような扱いに、正直煩わしく感じることもある。 

「ところで、恒星。今日は麻愛ちゃんは、一緒じゃないの? 」

「……さすがに四六時中、常に行動を共にしているわけではないよ。麻愛は職員室に寄ってるから、もう暫くしたら来ると思うよ 」

「そう。私、麻愛ちゃんが弓を射るのは、始めて見るかも 」

「そっか。彼女は真面目だから、型とか凄く綺麗だよ 」

「へー そうなんだ、それはお手並みを拝見するのが楽しみね 」

 こんな微妙な気分になるくらいなら、彼女を待ってもう少し後から来れば良かった。でも佳央理はそんな空気は微塵も出さないし、僕も表面上はただの再従兄弟を全うしている。でも、僕がそんなことを思った矢先、突然事件は起きたのだ。

「えっ、あっ、キャっっ!!! 」

「えっ? 」

 突如、僕らの間の視界を黒い影が横切るのが見えた。
 それは本能的に拒絶以外の感情が浮かばない代物で、とにかく気持ち悪い、触れたくない、見たくないと思えてしまう、人類の敵みたいな存在だ。敵の身体は、僕ら人間の親指くらいの大きさしかないのに、とにかく全力で逃げてしまいたくなる。そんな相手がいきなり目の前に表れたら、つい声が上がってしまうものだ。

「ゴ、ゴギブディがあああああ!! 」

「おい、佳央理っ、大丈夫か? 」

 佳央理の叫び声は、多分射場まで届いていて、僕の鼓膜にも大きな振動を与えていた。そして何より驚いたのが、あまりのショックに佳央理が僕にしがみついていたことだった。

「佳央理? 佳央理っ? 大丈夫か? 」

「……無理無理無理ッ!! ゴキブリだけは、マジで無理っっッ! 」

 佳央理は僕のシャツに顔を埋めたまま、ピクリとも動かない。本気で恐怖を感じたのか、手は震えていて、小さくシャツを握っている。僕はあまりの展開の早さに、自分が置かれた状況が理解出来ずにいた。





 コーセー? 

 えっ……? 



 だけど、次の瞬間……
 僕は直ぐ様に我に返った。

 いま、僕の胸の中には不可抗力で佳央理がいる。そして視線の先には、目を見張りながら、こちらを一心に見つめる彼女の姿があった。

 いくら事故とはいっても、僕にとってはこの世の中で唯一、こんな状況を見られたくも、見せたくもない人間が、目の前で立ち尽くしている。その瞳が大きく揺らいだのは、多分気のせいではなかった。

「…… 」

「ちょっ、違っ…… これは…… 」

「…… 」

 彼女は僕と目を合わせた瞬間、何も言うことなく直ぐに走り去ってしまった。
 不味い、この状況は非常に不味い。
 僕は自分の置かれたピンチを、痛いくらいに自覚していた。

「すみません、ちょっと加央理のことお願いします」

「えっ、あっ、ちょっと再従兄弟くん? 」

 僕は放心状態の佳央理を友達二人に託すと、反射で彼女を追いかけていた。遠巻きの方で、「修羅場だねぇ…… 」という呑気な佳央理の友人の台詞が聞こえてきたけど、僕はそれを捨て置くしかない。


 あらぬ誤解を招いてしまった。
 これじゃあ、僕が佳央理に気があると言われても、釈明するには骨が折れる。

 でも、待てよ? 
 大体、何で彼女はあんな顔をして、いきなり立ち去ってしまったのだろう?
 確かに、僕は彼女には最大級の誠意を向けたいと思っている。だけど、それを彼女も同じベクトルで僕に求めているかどうかは別の話で、完全に一方通行な話だと思っていたし、彼女が何をどう思っているかは僕には未知数の領域だ。

 僕は今、とても神経が高ぶっていて、情けないけど、段々と息が上がっていた。
 やっぱり寝不足は、良いことなんて一つもありはしない。
 僕は校舎の脇を駆け回りながら、彼女の影を探していた。運動部の掛け声が、今日はやけに耳に纏わりつく。僕は散漫になりそうな注意を整えるとすると、麻亜色の髪の乙女を今一度注視した。

 すると制服姿の女子が一人、校門に向かって歩いているのが目に留まった。
 その足取りは、明らかに重苦しい。

 僕は何をどう弁明するかは、完全にノープランだった。
 そもそも疚しいことなど一つもないのだから、言い訳をする必要などまるでない。

 だけど……
 何で彼女があの場所から立ち去ったのか、その答えによっては、僕にとってはとんでもない岐路になってしまう予感もあったのだ。


「ちょっと、麻愛、待って 」

「コーセー 」

「あの、違うんだ。いや、その違うって言うか…… 」

 さっきまであんなに彼女は、元気だったのに、すっかりいつもの覇気はなくなっていた。僕はその豹変具合に少し驚いてはいたけど、退却する選択肢も持ち合わせてはいなかった。


「コーセーは、加央理ちゃんのことが好きだったのね 」

「ハイ? 」

「ごめんね。私、二人がそういう仲だって、知らなかったの。ごめんね、一人で勝手に舞い上がったりして 」

「違うって。それはただの誤解だから 」

「違うって、何が違うの? 」

「あれは…… その、急に目の前にゴキブリが現れて、佳央理が驚いて僕に抱きついただけだから。本当にただそれだけだし、僕と佳央理はただの親戚だし何もないんだ 」

「でも日本は再従兄弟同士でも、結婚は出来るでしょ? 」

「ハイッ? 」

 彼女の口調には、普段の穏やかさが まるで皆無だった。言葉尻は円やかだけど、いつものような余裕がない。それに明らかに男女を意識するような棘のある言い種は、僕には彼女が怒りを堪えているように感じられた。

「ちょっと、待って。何で、麻愛がそんなに怒るんだ? 」

「なっ…… だって、コーセーは私にかんざしをくれたじゃない? 」

「かんざし? 」

「もしかしてあれは、私の早とちりだったってこと? 」

「ハイ? 」

 何故、彼女はこれ程までに かんざしに拘るのか、僕には理由がわからないでいた。
 僕としては誕生日プレゼントのつもりだったけど、もしかして女子の間では何か特別な意味のあるものなのだろうか?

「もう知らない 」

「ちょっ、待って。麻愛が何に怒ってるのか、意味がわからないんだけど。せめて理由を聞かせてよ 」

「もう、知らないもん! ついてこないでっ! 」

 彼女は吐き捨てるようにそう言うと、再び校門に向かって歩き始める。こうなったら、僕もそれに応戦するしかない。
 周りからは、ただの痴話喧嘩にしか見えてはいないかもしれない。あんなに声を荒らげる彼女をみたのは初めてで、僕は自分が動揺しているのが手に取るようにわかっていた。

「麻愛、お願いだからちょっとだけ話を聞いてもらえない? 」

「嫌よ 」

 彼女は断固拒否の一点張りだった。
 ああ、ここまであからさまに拒絶をされると、何だかこちらまで不快な気分になってくる。

 こんなことで、僕はを得たくはなかった。でも、こんな状況では素直になりきれない自分もいる。


「いいから。さっきから一人で拗ねてないで、ちょっとは僕の話を聞いたらどうだ? 」

「はあ? って、不誠実な態度を取ったのはコーセーの方でしょ? って、ちょっっ…… 手を離して 」

「麻愛が、事情を聞くまでは離さないっ。いいから、ちょっとこっちに来い 」

「えっ、あっ、ちょっと…… 」

 僕は少し強引に彼女の手首を掴むと、そのまま武道会館の裏手まで連行した。
 僕にだって、一応男としてのプライドはある。少なくとも、僕は彼女一本で誠実に接していたつもりなのに、一瞬の気の緩みで一方的にのレッテルを貼られるのは気分が悪い。
 それに、彼女の本心と対峙することに臆してはならない。僕は、そう思ったのだ。


「麻愛 」

「何よ…… 」

「全部、誤解だから 」

「なっ、じゃあやっぱり私の勘違いで、コーセーはやっぱり私のことなんか、全然好きじゃないってこと? 」

「ちょっ、だからそれが違うんだ。それが全部早とちりなんだよ。誤解っていうのは、佳央理のことだよ。僕は佳央理のことは親戚以上の感情は抱いてないから 」

「そうなの……? 」

 僕の鼓動はバクンバクンと、はち切れんばかりの高鳴りをみせていた。
 佳央理のことは否定した。
 とりあえず、それで第一段階はクリアになる。

 もう、こうなったら怪我の功名だ。
 予定も計画も目茶苦茶で、恥も醜聞もクソくらえ。アルバートとの約束は完全無視にはなるし、これからの残り一年の同居生活も思いやられるけど、ここまできたら彼女に僕の気持ちを伝えるしか選択肢はない。

「あのさ、麻愛…… 誤解があるままなのは嫌だから、この際だから 僕もちゃんと言う 」

「えっ? 」

「あのさ、僕は…… 麻愛のことが…… 」

「私のことが…… って、あっ 」

「えっ、あ゛っっっッ!」


 雨上がりの昼下がり、そして日の当たらない建物裏手となれば、残念なことに足元とても悪かった。
 僕と彼女はまさかの展開で、バタンと泥濘ぬかるみに倒れ込み、制服を真っ黒く汚していた。そして何より、僕は彼女に覆い被さるような状態で、地面に立て膝を付いていて、彼女は尻餅をついたままになっている。

 彼女の紺碧色の眼をまじまじと眺めるのは、とても久し振りなことだった。その瞳はラピスラズリが揺らめくように、静かな波を打っている。
でも前回とは、明らかに距離が違う。誰かがもし頭をチョンと触られようものなら、僕の唇と彼女の唇は確実に触れてしまう。


 白昼堂々のこの体制は、さすがにこれは不味いと思った。
 僕は少しだけ冷静さを取り戻すと、今日このあとどんな顔をして自宅に帰るべきかと、別なことで頭が一杯になっていた。




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