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神は僕たちを加速させた

神は花火の美しさを僕らと共有した①

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聞きたくなかったことを聞き、知りたくなかった真実を手にしてしまった気分だった。


僕は雄飛閣で少しだけ涼を取って冷たい茶菓子を頂くと、再び陽射しが降り注ぐ【いでゆ大橋】を歩いていた。
飛騨川の流れは、いつもと何も変わらない。
ゴーと大きな水音を上げ続け、悠久の如くその流れが尽きることはない。その水の音が、僕の心の中の雑踏を打ち消してくれるけど、時間が経つと邪念は再び沸々と溢れていく。これではまるで鼬ごっこのようなものだった。

僕は両手に雄飛閣の女将さん匡輔の母親から預かったリネンの束を抱え、屋台に帰りがてら医務テントへのお使いを頼まれていた。
祭りの間は、本部のテントの隣に医務テントが併設されていて、中には父さんや母さんみたいな地元の医療従事者のボランティアが、交代交代で番をすることになっている。もちろん直接の医療行為は出来ないけれど、近くの総合病院に搬送しなければならないときは、少しでも心得がある人がいるほうが安心だという采配だ。地元の僕も初めて知ったのだけど、毎年医務テントで使用するリネン類は、雄飛閣が無償で提供しているらしい。その補充分を、僕がついでに預かって白鷺橋方面へと帰る寸法だった。

救護テントの中には、まだ母さんがいるらしいから、今このタイミングで顔を会わせるのは少し気まずい部分もある。もう少し、心の整理に時間が欲しいところだったけど、僕も屋台の交代があるから、そう斜に構えていられるような猶予はなかった。
 
僕は…… 
色んなことを考えていた。
姉貴と先生のこともだし、うちの両親がそれを知っていて黙認いることも、まだうまく消化は出来ていない。
姉貴の心境を聞いてしまった手前、ますます自分がどうするべきか、わからなくなっていると言うのが僕の本音だ。

僕は いでゆ大橋を渡りきると、朴葉味噌焼おにぎり屋台僕の店を通りすぎ、目的地へと重い足取りで直行していた。
用事もないのに、医務テントという空間へと立ち寄るというのは、自然と構えてしまうものがある。

中に患者がいたら困るので、念のために、僕は外からリネンの補充を持ってきた旨を声掛けをした。
するとテントの中からは、

「どうぞー 」

と若い女性が響いてきて、僕は思わず身構えた。

母さんは、どうやらいなくなったみたいだけど、代わりの要員は誰が来たのだろう?
僕はその声の主に見当がつかなかったので、恐る恐る中へと入ってみる。すると入り口の側には衝立があって、ダイレクトには中の様子が見えないように工夫がされていた。テントの中には簡易クーラーが引かれていて、猛暑日には有難い冷気が宙を舞っている。テントのベッドに横になっている人はいないから、患者はいないようだった。

だけど次の瞬間……
僕は、テントの中で番をしている人物に、思わず声を上げていた。

「まっ、麻愛……? 」

「コーセー? 」

「なんで…… 麻愛が医務テントにいるの? 」

「何でって言われても…… この時間帯は人がいなかったから、稜子ママの助っ人で…… あっ、それって補充用のタオルでしょ? 話は聞いてるよ。そっちの長机に置いておいて貰えるかな? 」

「あっ、ああ…… 」

彼女は白のTシャツにチノパンと、清潔な服装をしていた。ただ白衣に関しては遠慮をしたみたいで、そういったアイテムは椅子に引っ掻けたままになっていた。

僕は言われた通りに、机の上で荷をほどく。
彼女は驚くほど自然に、この簡易医療テントの空間に馴染んでいた。

「さっき、マリコがこっちに帰ってきたから、稜子ママはそれで一旦、家に帰ったよ 」

「そっか 」

「だから、私が代打でいるんだけど。私も今は聴診器すら持ってないし。そもそも私は日本の免許はないから、緊急時以外は医療行為は出来ないんだ。だから何かあっても、病院に付いていくのが仕事にはなるんだけど…… 」

「それは…… 僕もわかってるけど。急に医者モードだったから、ちょっとだけ吃驚したんだ 」

「ご、ごめんね…… 驚かせちゃったみたいで 」

「いや、全然……  」

「それにね 」

「……? 」

「今晩と明日は、お祭りを沢山見て巡るから、今のうちに出来ることはしておこうかと思って 」

彼女は端的にそう僕に伝えると、テントの中の消毒に勤しんでいた。

匡輔は、明日の丸一日を、彼女と過ごしたらどうだと気を使ってくれた。
確かに来年の夏までしか日本に滞在しない彼女にとっては、ここから先の風景は一度しかない経験で、それを僕だけが独占出来たら、どんなに最高だろうとも思う。

だけど……
姉貴と先生は、この先どんなことがあっても……
この下呂温泉の風物詩を、二人で見ることはほぼ不可能と言っても過言ではない。

だから、それを叶えて上げられるのは……
村松先生の教え子という身分があって、その事情を知っている僕にしかなし得ないことも、同時に理解はしていたのだ。

個人的な感情に、負けそうになっていた。
こちらだって、生涯一度きりのチャンスのようなものなのだ。
だけど、一生そのハンデと立ち向かうと決めた二人を応援でにるのも、僕にしか出来ないことだった。


僕はいま一度、深呼吸をした。
そして意を決すると、彼女にこう声をかけていた。

「麻愛っ…… 」

「えっ? 急に声を上げて、どうしたの? 」

「あのさ…… 僕は麻愛に、一つお願いがあるんだ 」



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