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神は僕に試練を与えた

神は僕に少しだけ加勢した

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■■■■■■



彼らは……何を、話しているのだろうか。

終業後、僕はロビーの柱の影から、彼女とアルバートさんを覗き見していた。
彼女も私服に着替えていて、二人は向き合って何かを話している。 
二人の会話に僕が同席する権利もないし、そうして欲しいと要望もされていない。それどころか、側にいたところで英語で会話をしているだろうから、どちらにせよ僕の出番はない。
僕にはわかる。
細かい英語の内容まではわからなかったけれど、アルバートさんは彼女のことを十六歳の少女として扱ってはいなかった。僕は彼女の事情を知っているから、先入観は否めないけど、二人のツーショットは妙に画になる。暗いから細かい表情はわからない。けれど異国の空気を感じる二人の風貌は、妙な色香が漂っていた。


「で、誰なの? あの外国人? 」

「知らん、僕が知るわけないだろ…… って、匡輔っ!? 」

「おっと、あんまデッカイ声出すなよ。麻愛ちゃんに聞こえるだろ? 」

「ん゛んっ…… 」

隠密に観察していたつもりなのに、僕の背後からあまりにもナチュラルに話しかけてきたのは、匡輔だった。僕はつい声を荒らげてしまい、匡輔は慌てて口元を押さえてくる。こういうときは椿もセットでいてもおかしくはなさそうなのに、今この瞬間に限っては、匡輔一人が僕を茶化しに来たらしい。

「……恒星。これは、とんでもないライバル降臨だね 」

「はあ? 匡輔、テメー何を言って…… 」

「おっと。恒星がそんな汚ねー言葉遣いするなんて珍しいな。強がるなよ。あんな大人なイケメン外国人が突然目の前に現れたら、動揺くらいするだろ 」

「なっ…… 」

「恒星、そろそろ素直になれ。俺は恒星を応援してるからさ 」

「素直にならなきゃいけないのは、お前らの方だろ 」

「じゃあ、何でコソコソ覗くようなマネをしてんだよ。そうやって、すぐ論点をすり替える。少なくとも、こっちのオッズは一倍だから比較にならないし、悪いけど焦る必要がないんだよ。だからこそ、恒星は少しは自分の立場を自覚しとけ 」

「なんだそりゃ 」

僕は頭では匡輔の言い分を理解しつつも、それを認めたくはなかったので、否定も肯定もしなかった。いいよな。ちゃんと確かめなくても、相思相愛な連中は。僕は少しばかり頭にきたが、背中に匡輔を抱えたまま、二人の観察を続行する。

「で、あの人、一体何なのさ? イギリスから来たのかな? 」

「知らん。そうじゃないの? 何か、普段聞き馴染みのない発音の英語を喋ってたから 」

「へー 話したの? 」

「風呂場を案内しただけだよっっ 」

彼女は、アルバートさんはの知り合いだと言っていた。つまり二人の接点は、大学なのだと思う。下手したら、だいぶ年の差がある同級生かもしれないし、二人の関係性はパンドラの箱の中身よりも厄介な代物だ。だけど、その事情を匡輔や椿に悟られるわけにはいかない。
当然だ。
彼女が実は大卒で医師免許を持っていて、十八になったらイギリスに帰国して医者になるなんて話は、一般的な高校生が抱えるにはスケールがデカ過ぎる。それに彼女自身は普通の高校生として過ごすために下呂温泉ここへとやってきた。だから、秘密を共有する人間が増えてしまえば、それはまるで意味がなくなってしまう。

彼女とアルバートさんは、もうゆうに一時間くらいは話をしている。談笑とまではいかないが、遠目からでも二人の雰囲気は悪くないように見える。というより、端から見れば今も十分に彼女とアルバートさんは恋人のように見えるし、もう少し彼女が年齢を重ねたら、見方によっては完全にお似合いのカップルだ。

まるで住む世界が違うことを、まざまざと見せつけられているような気分だった。これは、まだ人格形成が不完全な僕には、なかなかの酷い仕打ちだ。

ここで何もせずに見守っても、何も起きない。
ヤキモキしたところで状況は自分に有利になることはない。
何だか、馬鹿馬鹿しくなってきた……


「やっぱ、帰るわ 」

「えっ? ちょいまっ、恒星…… って、いだっッ! 」

僕がその場でスクリと立ち上がると、匡輔がドスリと つんのめるような音が聞こえた。本当は助けたくなんてなかったが、匡輔が頭を床にぶつけたような音がしたので、仕方なく手を貸しておくことにする。
逃げるのではない。ここは自分なりに空気を読んだだけだ。少なくともアルバートさんは、わざわざ海を越えて、はるばる山の奥地の下呂の街までやってきた。その情熱は、彼女に好意を抱いていなければ、さすがに説明がつかない。
少なくとも今は戦略的撤退しかない。ただし平和な温泉街といえども、夜道を彼女一人で帰すのは癪だから、僕は通用口で待っておく。だけどもう干渉はしない。

ただでさえ昼間の逆瀬川さんの壮大なカミングアウトのせいで、僕の頭の中の整理は完了していない。
これが今の自分に出来る、最大限の譲歩。
そう、思ったときだった……


ブーブーブーブーブー

僕は後ろポケットに振動を感じて、その部分に手を伸ばす。
このリズムは、電話の着信だ。
こんな静まり返ったところで声を上げたら、ホールで反響して二人に気づかれてしまいそうだ。


「いだっ、恒星、いきなり引っ張るなって! 扱いが雑だなっッ。何で、そんなに余裕がないんだよ? 」

「いいから、ちょっとこっちに来いっッ 」

「はあ? 」

僕は無理やり匡輔を叩き起こすと、そのまま連行して、例の二人と距離を取る。幸い電話の呼び出し音は、まだ止んではいない。こんな時間に電話をかけてくる人間は、家族以外では佳央理か匡輔しかいない。だけど匡輔はここにいるから、選択肢は一気に狭まる。僕は空いた片手でスマホを手に取ると、ディスプレイを確認した。


「へっ? 」

僕は液晶を二度見すると、遠巻きの彼女のシルエットを確認した。
彼女は耳元に電話をあてがい、こちらを見ているような気がした。


僕にとっては、予想外の出来事だった。
何故ならば、電話をかけてきた相手が、何を隠そう彼女だったからだ……






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