【完結】ホウケンオプティミズム

高城蓉理

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最終章 発表に関して

第三条

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◆◆◆


 かぐや姫は沢山の男性に無理難題を突き付け、別れを告げた。でも時の帝からの求愛はさすがに無下には出来ず、文のやり取りを続けていたのだそうだ。でも実際のところ かぐや姫の心の中に 帝を恋慕う感情があったのかは、今日においても曖昧なままだ。
 そもそも かぐや姫は月の住人であるから、最初から人間との交流などは許されてはいなかった。そしてかぐや姫は月に帰るときに、帝にひとつの贈り物をしたのだ。
 かぐや姫からの贈り物、それは不死の薬だった。しかしかぐや姫が月に帰ってしまい、帝はすっかり絶望のどん底に突き落とされてしまっていたのだ。失意の帝は日本の中で一番高い山を部下に訪ねると、その山頂で不死の薬を燃やすことにした。その不死の薬が燃やされた山こそが、今の富士山と言われているのだそうだ。


◆◆◆

  
 窓一面が絶景だ……
 桃佳は右側に富士山を拝みながら、その頂を見上げていた。すっかり雪化粧の進んだその山は、本当に不死の力が眠っているオーラとパワーを放っている気がする。
 今までに一人で新幹線に乗ったことはない。正直なところ、改札に切符を重ねて入れるのは未知なる体験だし、新幹線のホームの長さにも怖じけ付いていた。こんな思いをするなら、先輩たちに頼み込んででも、一緒に来て貰えばよかったかもしれない。
 
「…… 」

 桃佳は握りしめた原稿に視線を落とすと、ハアと溜め息を付く。先生には酷いことを言ってしまったし、翌朝までは誰とも喋らないことが確定している。気が紛れる要素がないまま、明日のコンテストを迎えるのは些か不安だ。少し前の自分であったら、そんなことは日常だったはずなのに、今は周りに人がいない環境が酷く心細い。

 桃佳は目を閉じると、自分の身体を座席に預ける。
 かぐや姫は月に帰ってしまったわけだけど、残された帝は不憫でならない。夢十夜の男は女のことを待ち続けていたけど、その原動力は愛が成せることなのだろうか。
 自分には分からない。相手を許容し、私自身のなかで感情を昇華させる。そんな術は持ち合わせていないし、もしかしたら自分は他人の機微を読み取る才能が疎いのかもしれない。それどころ何も始まってすらいないのに、勝手に勘違いをして 結果相手を傷付いている。
 もし仮に このあと大災害とか大事故とかが起きて、先生と今生の別れになったら、きっと後悔をするのだろう。想いが通じ合っていようといなかろうと、人とわだかまりを残したままであるのは、胸につかえる感情がある。
 
 取り敢えず、大阪に着くまでには気持ちを切り替えよう。明日には頭を空にして、自分の朗読に集中しなくてはならないのだ。

「大丈夫…… 私は出来る 」

 桃佳は再び原稿を確認すると、マスクの中でパクパクと口を動かし、自分の声を頭の中で音声にするのだった。


◆◆◆



「えっ? それって何かの間違いですよね? 」

「いえ。確かに天沢桃佳様で検索すると、今晩は店で一泊のご予約を頂いているみたいです。明日はシングルルームとツインルームで一泊ご予約を頂いているのですが、今晩はあいにくお部屋の準備がありませんで 」

「はあ…… 」

 桃佳はスマホの画面を二度見すると、ビジネスホテルの端末を確認する。いま自分がいるのは、大阪にある店で、スマホで予約したホテルは店。安心安全の全国チェーンのビジネスホテルを予約したら、あいうえお順でまさかの一ヶ所上のホテルを予約していた。隙間時間に慌てて入力したとは言え、そんな凡ミスをするなんて。桃佳はミスしたショックと宿無しなピンチに、ダブルパンチを食らっていた。

「あの、すみません。もし可能だったら、今夜宿泊させて頂くことは出来ませんか? お金に糸目は付けません。どうしても今日は布団でゆっくり休みたいのですが 」

「申し訳ありません。今晩は週末でして、全室満室を頂戴しておりまして。近隣店舗に空きがないか、探してみますね 」

「はい。お手数をお掛けします 」

 ケアレスミスだ。
 こんなことになるなら、夜行バスで来た方が精神的にはマシだったかもしれない。桃佳は祈るような気持ちで望みを繋ぐが、フロント係の表情は険しい状態が続いていた。

 勿論、世の中はそれ程甘くはない。
 週末のこんな時間に 飛び込みでホテルに宿泊出来るのは、相当な引きの良さが必要だ。

「どうしよう…… 」

 桃佳が再び大阪駅に引き返した頃には、既に外は真っ暗だった。冬至を迎えるこの時期は、世界が夜である時間の方が圧倒的に長い。
 小さなスーツケースを携えて、桃佳は手近なネットカフェを探していた。贅沢は言っていられない。取り敢えず眠れる場所を確保しないと、今日だけは野宿をするわけにはいかないのだ。桃佳は東京生まれ東京育ちの都会っ子ではあるが、知らない街の大都会に耐性があるわけではない。開放的な造りの駅ビルはガラス張りで存在感があるし、何より様々な電車の駅が梅田地域には密集している。正直に言って地図アプリを片手にしても、現在の自分の位置はよく分からないでいた。
 もしかしたら電車に乗って梅田から離れた方がネットカフェがあるかもしれない。それにワンチャンス、空きのビジネスホテルに望みを掛けるのもありだろう。

 あっ、そういえば……
 桃佳の脳裏に一瞬だけ大森の顔がちらつくが、直ぐ様 その感情に蓋をする。大森も別件で今夜は大阪に来ると言っていた。だけど先生に電話をしたら駄目だ。あんな一方的な啖呵を切ったばかりだし、何より先生の貴重な逢瀬に水を注すわけにはいかない。

 でも、十二月の屋外はやっぱり寒い。
 ビル風は容赦なく吹き付けるし、もはや何処にいたら寒さを凌げるかも分からない。
 
 そっか、やっと分かった。
 自分は独りぼっちが大丈夫な人間ではない。
 独りで何かに挑戦する振りをしながらも、しっかりと逃げ道を作って、いつも自分が心地よく過ごしていただけだ。
 仲間に支えて貰う安心感は、自分を強くしてくれた。誰かに受け入れて貰う喜びも、仲間と同じ目標に向けて励む楽しさも、そのきっかけをくれたのは全て大森先生なのだ。
 やっぱり、私は大森先生のことが好きだし、心の底から感謝をしている。教育者として導いてくれていることに尊敬するし、どんな結末になろうとも、まだまだ自分は大森先生の学生でありたいのだ。

「私って思いの外、単純な性格なのかもね 」

 桃佳はぐずつく瞼を抑えると、目頭をマフラーで隠す。
 この感情が 人に惹かれるということなのか。今の燃え上がるような衝動が維持できるのなら、確かに百年待ってみてもいいかもしれない。
 
 こうなったら…… 素直に助けを求めてみよう。私は何としても、明日は自分の結果に納得しなくてはいけないのだ。
 桃佳は意を決してスマホを取り出すと、かじかむ指先でアドレス帳から大森の名前を検索した。
 でも次の瞬間、スマホが強出力で桃佳の手のひらで振動を始めると、画面がパッと明るくなる。桃佳は目を見張りながら、恐る恐る手元を確認すると、そこには「大森先生」と名前がディスプレイされていたのだった。


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