ときはの代 陰陽師守護紀

naccchi

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第四章 金蘭の契~きんらんのちぎり~

第三十話

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「3対2か…まあ数的不利など大した差ではないがな。ここで出しておこうか?」

「おや、もう出しますか?まだ定着してないかと思いますが」

 犀破のつぶやきに対して、滋葵しげがいぶかしげに言う。それを聞いているのかいないのか、地を這うように黒い帯状のものが競り上がり、人型を形成していく。

 明るい橙の髪が、なびく。黄緑色の光で括られていたはずのその髪は無造作におろされている。白く細い腕にはまるで縄のような黒い跡が見えた。
 明らかに人には到底不可能な出現の仕方をしたのに、その容姿は見違えるはずもない。

紅音あかね…何してんだお前。」

正堂紅音。先の件で陰陽連の沙汰を待っているはずだった少女はこんなところにいるはずがなかった。しかし、間違いなく紅音はいた。人の気配を感じさせない姿で。

「何ってすごいでしょ?
 このひとが協力してくれるって言うから、あたし人間やめたの。」

 人間を、やめた。その一言に陽は戦慄する。横で犀破がくつくつと喉を鳴らして笑っていた。

「なかなか素質がありそうでね。
 人間を妖に堕とすのは、なかなか骨が折れるんだが、うまくいって何よりだ。」

 妖堕あやかしおち。人が、人ならざるものへと変容を遂げることなど、普通は不可能だ、妖怪の力に器である人の体が耐えきれない。

「紅音…いい加減にしろ…!たくさんの人に迷惑かけて…。
…和泉は、最後までお前のこと庇ってたんだよ。そのおかげで陰陽連は破門にならずにすんだ、それを…」
「いらないわよ!そんなこと望んでない!」

 紅音の張り上げた声は悲痛そのものだった。紅音は、陽の後ろで守られている和泉を見て、より一層顔を歪める。

「ねえ、あんた、どういう気持ち?陽のそばにいて、後生大事に守ってもらって。
 あたしのこと心配するフリしてみんなにちやほやされて。さぞかし気分がいいでしょうね。」
「違う、私はそんなつもりじゃ…」
「守って欲しいなんて頼んでないって?陽の優しさにつけ込んでよくもぬけぬけと…!」
「紅音さん、待って。私の事は、気に食わないままでいいから。謝って欲しいともちっとも思ってない…、あなたのこと庇ったのも、私がそうしたいと思ったからで、見返りなんて要らない…!」

 和泉の叫ぶような声を聴いても、紅音はより一層怒りに満ちた目を向けてくるだけだった。

「じゃあ、アンタがこっちに来なさいよ。アンタとあたしの交換なら、このひと許してくれるわよ。」

 和泉も、陽も息を呑んだ。躊躇う2人を見て、予想通りと言わんばかりに紅音は自嘲気味に笑う。

「できないわよね、ほらやっぱり自分がかわいいんじゃない。
 あたしはあんたの道具じゃないの。あんたの株をあげるために助けてなんかやらないわ、だって別に困ってないもの。あたしはあたしで選んで生きるの。」
「紅音!」
「あたしは陽がほしいの。それだけよ。」

 紅音の周りに火柱があがる。今まで紅音の使っていた、火のこうではなかった。黒く澱んだ火柱。穢れを帯びた、人に害をなす焔だった。

「陽、正直もう限界だ。私は容赦しきれないけど、いい?」

 世羅が狐火を纏った。その殺意を帯びた目は、刃のように鋭い。陽は短く息を吸って、焦り逸る気持ちを落ち着ける。迷っている暇は無い。

「いい、悪かったな。オレの判断が甘かった。」

 紅音は犀破の側についた。個人的な感情で、妖に堕ちた。庇う庇わないそれ以前の問題で、陰陽師が私信で妖に手を貸し、ましてや妖堕したとなれば、それはもう討伐対象である。殺したくないのはもう、陽自身のわがままでしかなかった。

「つくづくてめえが嫌いだよ、オレは。」

陽は、僅かな動きの遅れが致命傷になると判断して、ジャケットも脱いで、ネクタイも外してその辺に放る。
シャツ1枚になれば幾分か楽に感じたが、状況は全く楽などではない。

「そうか、それはよかった。こちらも心置きなくやれるな。」

 犀破の殺意に呼応するように、糸から、犀破本体から、紅音の炎から、強烈な穢れが出ている。
 リスク承知で陽が火のこうを使用したのは、当然意図もあった。通常の火や煙に巻かれても、人間には命の危険があるが、それでも穢れで体が朽ちていくよりは持つはずだ。可能な限り穢れの伝播を抑えて1人でも助ける。そのつもりで火を放ったものの、紅音の黒い炎がみるみる広がっていく。

 なまじ紅音自身にも陰陽師として才能があるばかりに、敵対してしまった今その脅威を目の当たりにする。

「ねえ陽。こっちへ来てよ。
 どこでだってあなたの復讐はできるわよ、人間を守りたいならそれでもいい。凄いのよ、妖怪の力って。もっと強くなれる、大事なものも守れるし、誰かに脅かされることも無くなるの。」

 陽は無邪気に笑う紅音を見て、こんな風に笑う子だったろうかと、落ち着けたはずの心が乱れる。また一人、幼馴染を失う…いやもう失ったのかもしれない事実が、重く突き付けられたのを感じる。

(落ち着け、考えるな。)

 焦れば思考は鈍り判断が遅れ、こうの扱いも綻びが生じる。今は、自分がしたいようにやれと言い聞かせる。

「泣いていた、と言ったな?
 お前のその選択は和泉を人間の世界に縛るだけだ。結果、泣くことになるのは変わらんと思うが。お前自身も、こうして仲間を失っていくことになるが構わんか?」
「だから!うるせえっての。オレも、和泉も、そっちにはいかねえよ。」

陽が和泉を自分の体の後ろで庇う。その様子を見て、犀破は面倒そうに溜息をついている。

滋葵しげ。」
「はい、準備は整っております。わたくし申しましたでしょう?力づくで、参りますと。」

 滋葵がパチンと、指をならすと炎に包まれた室内が地面と壁がうねる。
 気づけば、パーティーのメイン会場だった大広間に陽と和泉。対する穢れの中心犀破。世羅と紅音の姿はない。分断された、と認識した直後に、あの滋葵のいやに高い声がスピーカーでも通したかのように響く。

「わたくし仙狸はですね、こうしてすがたかたちを変えることが得意なんですが…
 さっきの低俗な人間のおかげでずいぶんとたくさんの人間の生気をいただきました…おかげで、この屋敷にもなれるんですよ。」
「屋敷ごと…!?」
「はっ、中途半端な分断しやがって。」
「いいえ?
 和泉様だけでなく、紅音様の希望で、陽様も必要ですので。これで、よろしいんですよ。」

 響き渡る滋葵の声が終わらぬうちに、壁やドア床が動き、まるで意思を持っているかのように、けたたましい音を立てて陽へ襲い掛かる。

「…ってぇな!」

 何もしなければ人の身体など一瞬で潰される威力。土のこうで壁を作りどうにか跳ね返したものの、大広間には張り巡らされる蜘蛛の糸もある。なおもそこから放たれる穢れは当然人体にとって危険なまま。陽が先程放った炎は、屋敷が動くうちにみるみるかき消されてしまった。
 穢れた糸と、自在に動く壁や柱。二つの異なる攻撃が厄介この上ない。

「陽、私、力使うね。」
「ああ、頼む。正直結界がないとキツい。」

 浄化のための結界を陽の周囲に展開。陽自身、常に防護で結界を使用してはいるが当然使っている間は霊力を消耗する。それを全て和泉の力でまかなえば、その霊力はそのまま攻撃へ上乗せ可能だ。
 そして、和泉自身には結界が必要ないことも実感してしまった。底知れない浄化の力は、犀破の発言の新たな裏付けとなる。
 清らかなはずのその力がひどく呪われているようで身が震える。

 (でも、陽の役に立てる。)
「陽、私…滋葵しげをなんとかできるかもしれない。」

「…このエリアから出るなよ。っつっても、滋葵しげのせいで部屋っつう概念がほぼねえけど。」
「建物がいまどんな状態か、確認しに行く。入ったことのある部屋ならわかるけど、たぶん変えられちゃってる。おおよその大きささえわかれば、ショッピングモールの時と同じで、エリアごと浄化できると思うの。」
「やめろ、お前もし一人のタイミングで倒れたら、それこそ連れていかれる。」
「前は、何処にどれくらいいるかわからない髪鬼をまとめてやろうとしてた。今は、この屋敷だけ、範囲も狭いし、大丈夫。
…このまま固まってても多分2人とも連れていかれる。それに…たぶん、犀破は陽を生かすつもりなんて、ないと思う。」

 犀破の意図、推測でしかないものの和泉も同じような認識であることを悟る。

「わぁったよ。式、使え。鳥じゃなくて、馬とかそういう。脚が早いやつを。無茶はするな、すぐ戻って来いよ。」
「ありがとう。」

 白い紙を放ると、白く光り、それは馬に似た四足歩行の動物になる。

 (馬……いや、鹿か?)

 和泉はそうするのが自然なようにその白鹿に跨る。それに反応した滋葵の攻撃のつもりだろうかドアや柱が白鹿の行く手を阻むように動くが、それよりも早く白鹿は駆け抜けていく。

「いいのか、お姫様1人にして。攫ってくれと言わんばかりだな。」

 駆けて行った和泉を追うように伸びていく蜘蛛の糸を、追わせまいと陽があっさりと薙ぎ払う。

「良かったのか?ってのはこっちのセリフだけどな。
 お前オレを生かしておく気さらさらねえだろ。紅音がどうこう言う割に殺意ガンガンだし。冥土の土産とか口走るし。力が溜まっただかなんだか知らねえけど、手下を屋敷なんかにしたのは悪手だろうよ。」

 和泉が戻ってくるまで、あるいは世羅が合流するまでの耐久戦。陽は、札の残りが心無いことに、舌打ちをした。
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