ときはの代 陰陽師守護紀

naccchi

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第三章 薄紅模様~うすべにもよう~

第二十三話

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 10年前、正体不明の妖怪により陰陽連本部が襲撃される。

 五十嵐 嵩哉たかや、35歳、陰陽部所属。陰陽博士。死亡。
 五十嵐 結実ゆい、32歳、天文部所属。天文博士。死亡。

 土御門 玄蕃げんば、陰陽頭。意識不明の重体。以後容態が安定するも、植物状態。
 土御門、誠梧せいご陰陽助。死亡。

 他、重傷者多数。

 陰陽連では、携わってきた仕事はすべて報告書でまとめてある。それらは書庫におさめられ、各部門の博士に申請すれば閲覧可能である。陽は、颯希の承認をもらって書庫にやってきていた。

 陽が開いているのはこれまで、穴が空くほど何度も見た、両親が死んだ日の報告書。そこには、襲撃してきた妖怪の正体はおろか、姿かたちについての言及は無い。陰陽連としては、トップである陰陽頭が瀕死、幹部が3人死亡に追いやられるという未曽有の事件である。陰陽頭と陰陽助…陰陽連におけるトップ2が事実上機能しなくなり、当時の陰陽頭の孫である、白斗がこの後陰陽頭に着任して現在に至っている。

 なぜ、正体も分からない妖怪を仇として追っていたのだろうか、という思考が陽に降りてくる。相手も分からないのに復讐をすると息巻いて、鍛錬をして。短絡的とかそういう次元ではない。

 (そう思うように、仕向けられた……?)

 あるいは、和泉の言う、白い人たちがその妖怪か。しかし、陽の直感はまるで警鐘のように告げていた。
 白い装束の人物、陰陽連の中の誰かの可能性が高い、と。
 現に、漏刻博士である毘笈びきゅうの率いる漏刻部は皆、白い装束を身に纏う。もちろん彼らだけでなく、陰陽連に属していれば礼祭用に白い装束を持っている。陰陽師全体を示唆している可能性も充分あった。

 当時の陰陽頭や、陰陽連幹部が被害に遭っているのに、陰陽連は件の妖怪をいつまでたっても特定できていないのもおかしな話だ。いつか、自分が復讐すると躍起になっていたが、そもそも、調査などされているのか。
 
 そして。
 目的も実態も判然としない、突如現れた謎の妖怪、犀破。陰陽連が長年戦ってきたと白斗は言うが、そんな話初耳だった。資料でもそんな妖怪がいるという記録は見たことは無い。
 犀破が陰陽連を襲撃したのであれば、復讐相手が見つかった、それだけなのだろう。

 だがひとつの可能性として。

 (犀破と、陰陽連が繋がってる。)

 陰陽連がやったのであれば、そもそも復讐すべき妖怪など存在しない。実行が犀破だったとしても、それが陰陽連の仕組んだことなのであれば当然そんな記録を残すわけもないし、調査をするわけもない。

 今まで疑念を抱かなかったことが不思議なくらい、この報告書には疑問しかない。陰陽連への疑念と犀破を繋げてしまうには充分なくらいの不信感。そして双方どちらも、彼女を狙っているという事実。

 気分が悪くなる。焦燥といら立ちが募る。
 そもそもあの日、自分が何していたのかすらよく覚えていないのだ。世羅に連れられて、陰陽連に来て、両親の亡骸を見せられた。あの時の衝撃と復讐の気持ち、それだけで今まで動いてきた。
 まるで、が当然かのように。

 結局、10年前の襲撃事件近辺の報告書を一通りみたものの、大した情報は得られず。陽は陰陽連がやった可能性を否定できないまま。不穏な直感は、陰陽連への不信感だけではなかったが、一番認めたくないは、考えないふりをして、乱暴に書庫の扉に鍵をかけた。


 *****

「世羅、今日ちょっと出かけてくる。
 なんか呼ばれたらテキトーにあしらっといて。」
「ああ、久しぶりにアレ?いいんじゃない。行ってきたら。」
「あいつも…和泉も連れていこうと思うけど、危ねぇかな。」
陰陽連ここも大概だと思うからね。
 私は、陽がいる方がいちばん安全だと思うよ。」
「…少しは、気晴らしになるかと思ってよ。
 あいつが好きか、分かんねえけど。」

 和泉は買い物自体はそこまで興味がなさそうだった。と、いうより何かを欲しい、したいという感情があまり感じられない。それでも、こんなところにじっと篭っているよりは外に出た方がいいはずだと、陽はそう思った。

「ちょっと出るけど、来るか?」
「え…うん、出ていいなら。」
「まいいんじゃね。世羅もいいって言ってたし。」
「世羅は、来ないの?」
「ああ。世羅もいたほうがいいなら、呼ぶけど。」
「あ、いや、そうゆうわけじゃないんだけど。2人、一緒にいることが多いから。」
「ペットじゃねえっての。行くなら準備しろ。待ってるから。」

準備、とは言っても和泉にはそんなにすることもなかった。内履きから外履きの靴に履き替えて、少し乱れた髪を櫛でとかして、部屋を出た。

 和泉がよくわからないまま、陽に連れられてたどり着いたその小さな建物の中は、大人もちらほらいるが、子供たちが多かった。
 広いフロアに大きな模型や、何かの機械が置いてあり、水が流れていたり、光っていたりする。子供たちは皆、それら機械や前に置いてあるパネルを興味深そうに見つめていた。

 電気を発生させて疑似的な雷を再現するエリアだったり、スモークがたかれた開けたエリアでは小さな竜巻が見れたり。

「風…」

「ここは科学館。なんだけど、目的はもっと上。」

 にぎやかなエリアを抜けてエレベーターを上へと昇っていく。上った先には今までのエリアのような展示物はなく、どこかの部屋へと通じる扉があるだけだった。
 扉の横に係員が立ち、にこやかな表情を浮かべて扉の中へと人々を案内をしている。通された部屋は広いがやや薄暗い。
 ゆったりと広めの椅子が感覚をあけて設置され、中央に少しスペースがあり、台のようなものがせり出している。天井は広く高く、ドーム状だった。

「ここは…?何か見るところなの?」
「ここがプラネタリウム。この椅子、リクライニングがきいてるから、こうやって空見上げられんの。
 星空解説してくれるから、まあ聞いてな。」

 陽が椅子の横についたレバーを引くとなるほど、椅子がゆったり傾いている。周囲に座っている他の客も続々と天井を見上げる体制になる。和泉もそれにならって、椅子を倒した。

 数分すると、室内がゆるやかに暗くなる。同時に少しざわついていた室内が静まり、城内に穏やかな男性の声のアナウンスが流れる。日が暮れていく演出らしく、徐々に小さな光…星たちが見えてくる。
 だがその光はどこか心もとない。アナウンスの男性は、今の空は今夜ここで実際に見られる空だという。
 都会だから、一等星などの明るい星しか見えない。その光も息をふきかけたら消えてしまいそうな儚い光。これでは星たちは見えないので、少し離れた場所の空を今から写すという。
 数分も経たないうちに空は、いっぱいの光で埋め尽くされた。先程の儚い一等星が眩しく煌めく。

 空に隙間が無いんじゃないかと錯覚するくらい光が瞬く。

 今いるこの場所が室内であることを忘れるくらいの広がり。

 すごい、綺麗。

 思わず出た小さな和泉の声を聴いて、陽は少し安堵した。

 その後は、夜空に浮かぶ星たちを結んだ星座のの話や、惑星の話などが優しい穏やかな声で語られる。実際の空には線や絵はないけれど、天井に映し出されるおかげで見失わずに話を聴けた。
 時間は30分程度のものだったが、それでもまるで一晩中空を眺めていたような気分になった。

「すごいね、ここ!たくさん星が見られるの。」

「本当は本物見たほうがいいんだけど。このへんじゃそうそう見られねえから。」
「よく来るの?えっ、と、プ…」
「プラネタリウム、な。
 プラネットと、アリウム…あれを合わせてプラネタリウム。惑星を見る場所ってこと。」
「ありうむ…?」
「アクアリウムとか、いうだろ。たぶんそうゆう造語だよ。
…父さんと母さんが好きだったから、たまに来る。」
「ねえ、また来たい。わかりやすいし、楽しかった。」
「いいけど。無料じゃねえからな、仕事の給金で次自分のは出せよ」

 --気に入ったのなら良かった。

 きっと世羅ならあの美しい顔でそう微笑むのだろう。その気の利いた一言もかけられずついた言葉は我ながら最低だと、言ってしまってから気づく。

「いいよ、お金とか。給金?も、陽に全部あげる。何か欲しいものあったら言うから。」
「人間社会で生きてくんなら、マトモな金銭感覚狂っ持っといた方がいい。自分のはちゃんと持っとけよ。」
「…わかった。でも、また来るからねここ。」
「ここってどこ?」
「プラネタリウム!」

 少し意地悪で聞いた質問に返した和泉の表情は、明るいものだった。
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