ときはの代 陰陽師守護紀

naccchi

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第四章 金蘭の契~きんらんのちぎり~

第二十七話

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 成松を突き飛ばした方向がよくないと和泉は後悔した。完全に逃げ道である扉の方に成松がいて、和泉は逃げ場のない部屋の奥を背にしている。この狭い部屋の中では逃げ回れない。人間相手に式を使っていいものかと思案していたその時だった。
 バキバキと大きな音を立てて、成松が塞いだドアが壊れた。思わず反動で成松も前にのけぞる。

「ハイハイ、そこまでにしようか。」

 ドアを蹴破ってきたスーツの男。にこやかに敵意を向ける世羅の姿がそこにある。

「か、鍵はかけたはず…なんだ、誰だお前…!?警護の人間だろう、指示なしで勝手に入るなんて規約違反じゃないか!?」
「質問が多いなあ…とりあえずうるさいし汚らしいから、どいてくれる?」

 世羅がすらりと伸びた腕を右にやると、成松の身体がまるでボールのように壁に叩きつけられる。妖狐の神通力の前では多少太った人間の体など何の重みにもなっていなかった。

「世羅…!」
「色々ペラペラと喋ってくれてごくろうさま。じゃああとは、お前を唆したその妖怪の名前、聞かせてもらおうかな?」

和泉を助け起こしながら、世羅はまだ微笑んでいる。感情と表情が伴っていないことは和泉にもよくわかる。世羅も何かだいぶ怒っている。そんな世羅に気おされたのか、成松が恐怖で歯をがちがち鳴らす。

「ち、ちがう、脅されてたんだよ、じゃないと私が殺される!仕方なかったんだ。」

震えながらも世羅の横をすり抜けて部屋をそそくさと出て行こうとする成松だったが、扉の近くには遅れてきた陽がすでに立ちはだかっていた。

「見え透いた嘘つきやがって。それを嬉々としててめぇもやってたんだろうが。
 話なら後で聞くから、今は黙っておとなしくしてろ。」
「ま、待て…わかったから、せめて招待客だけは帰させてくれ。彼らは関係ない。」
「んなもん大好きな秘書サマに任せておけばいいだろうが。」
「か、彼らは私の招待で集まったんだ、私じゃない者にアナウンスさせても説得力無いだろう。すぐ終わる。人数が人数だから、帰すには時間がかかるだろうが、アナウンス自体はたいして時間はかからんよ。心配ならすぐ近くで見張っていれば、いいだろう。」

面倒ではあるが、もし万が一成松と組んでいる正体不明の妖怪が暴れまわることを想定すれば、民間人がいないに越したことはなかった。

「どうする?」
「オレが見とく。和泉、歩けるか?」
「うん、大丈夫。」
「じゃあ、警備のほう戻って誘導でもするかな。陽、頼むね。」

 陽は成松の手を簡易的な式で縛り上げ、前を歩かせた。和泉がそのあとに続き、世羅は途中で別れていく。和泉が振り返り世羅の方を見やると世羅はにこにこと手を振っている。その様子は変わった風には見えなかった。

 小部屋に入った成松が震えた手でマイクや機材を準備している。さながらラジオ室のようなそこで、屋敷内にアナウンスができるようだった。腕を拘束されたままなので時々もたつきながらも成松は準備を終える。陽が睨みを効かす中、屋敷に設置されたスピーカーから成松の声で今日のパーティーがお開きである旨が宣言された。招待客はざわつきながらも、大きな混乱はなく徐々に帰宅を始める。が、皆車やら迎えやらタクシーの手配やらで思うように人は減っていかない。

 小部屋には小さな窓がついていて、大広間が見下ろせるようになっていた。なかなか人が減っていかない様子に陽が苛立ってきたときだった。
 白銀の髪と赤い瞳の1人の女性が、一際強烈に和泉の視界に入った。その女性…ドレスアップしているその人は、凛で間違いはなかった。そして、凛の存在を視認したのは、陽も同じ。

アイツがここにいるのかよ。」

 凛はまるでそこにいるのが当然と言った態度で招待客と談笑する。そのまま立食をしたり、見るからに偉いだろう風体の初老の男性たちと会話をしている。
 そして、帰る人々の列に続いて会場を出ようとする凛に、声をかけたのはスーツを着た世羅の姿。警備の仕事をしているのかと思いきや、そのまま凛を連れて会場を出る。

「…っ!?」
「世羅も、凛のこと気づいたからかな…?」

 凛に気づいた世羅が、きっとマークしてくれてる。そう思って口にしたその言葉の頼りないことといったらない。あの雰囲気は、敵意を持つ相手に対するものでは無い。陽も和泉も、心臓がまるで早鐘を打つように鳴り響いた。
 成松から目を離すのは正直まずいとは思った。まだ件の妖怪が何かもわかっていない。
 けれど、小物の人間のことにかまけていられるほど、世羅が凛に同行しているという事実は見過ごせるものではなかった。
 式神の拘束もある、とはいえ成松と和泉を二人きりにするわけにもいかない。

「おい、成松。てめえここから動くなよ。」

念のため、小部屋の外も式神を使って封をする。人間では出られない、が、協力している妖怪が近くにいた場合は無駄だろうことは陽もわかっていた。しかし今はそれよりも、世羅のこと

 世羅が凛を連れていったのは、メインの会場からすぐ近くの小さなバルコニー。建物裏手の庭を見下ろせる。外は日もとっくに暮れて、その見事であろう庭はほとんど闇に飲まれている。
 陽と和泉は後を追ってきたものの、これ以上は近づけず広い廊下に置かれた大きなソファの後ろに身を潜めた。


「陽との関係もうまくいってる。計画に狂いはないよ。君も、抜け出していい頃合じゃないかな。」
「それなら助かるわ。こないだ、和泉あのコを逃がして以降、どうも疑われてるみたいでね。そろそろ潮時かも。」
「まあただ、そうなるともうそっちの情報は手に入らないわけだけど。」
和泉あのコのためよ、そのために今までやってきたんだから。
 …私に何かあれば、頼むわよ。」
「わかってる。あまり席を外せないから戻るよ。今日は君だけ?」
「いえ、滋葵しげが来てる。気をつけて。」


 凛は、最後にひとつ忠告を残す。世羅は耳のインカムを気にしながらも足早にその場を立ち去り、バルコニーには凜だけが残った。物陰から様子を伺っていた2人は、しばらく動けないでいた。

「…少し前から、妙な兆候はあった。嫌な予感は、してたんだ。」
「でも世羅は…」
「信じたかねえよオレだって…!けど…
 じゃあなんで、凛と接触してんだよ。なんで、お前が狙われてるってわかって…!」
「…っ」
「オレは、世羅が、犀破の仲間じゃないって、断言できねえ。
 最初お前に会った時だって、アイツ…別で戦ってるフリして実は戦線を離脱してたんじゃねえのか?このあいだのショッピングモールも、世羅は単独行動してた。」

 状況証拠ばかりで、ずっと不安材料が渦巻いていた。そこに、凛との接触という確信的な場面。疑念が信じたくなかった確信に変わる。
 しかし、和泉は食い下がった。

「もしそうだったとしても、今まで陽といた世羅は嘘じゃない。
 世羅が犀破の仲間だったとしても、こんな回りくどいことする意味、あるのかな。
 何か理由があると思う。私は、まだ世羅のこと、信じたい。信じたいから、調べようよ。
 陽が、陰陽連のこと疑ってるなら、それも調べよう。両親のこと、世羅のこと、何かわかるかもしれない。ひょっとしたら、私のことも。
 憶測だけで、今までの全部、思い出まで否定しないであげて。」

「なんで、お前は、そこまで言い切れるんだよ。世羅のこと、一番分かってるはずのオレが、こんなに信じられなくなってんのに…!」
「だって、陽が優しいから。
 私を助けてくれた、濡れ女のときも、髪鬼のときも、陽は…妖を憎んでるって言ってたけどそれより、人間たちを守るために戦ってるって思ったよ。誰かのために、戦えるのは、両親のことだけじゃなくて。ここまで、世羅がちゃんと育ててくれたからじゃないの?
 私を油断させるために、そんなことまでする必要ないよ。あまりに時間がかかりすぎてる。世羅は絶対、陽の両親に恩を感じて、世羅自身の意思で、陽といてくれてるんだよ、そこは絶対嘘じゃない。」

「…っ。お前、好きなのかよ、アイツのこと。」
「今は、好きとか嫌いとかじゃなくて。信じたいだけ。紅音さんのときと同じだよ。」

和泉の真剣な表情で、一言余計だったことに陽は気づく。反射的に言ってしまったことを後悔する。

「悪い。恋愛に興味無いとか言っといて、失言、だった。」
(これだから、いつも一言余計とか、言われんだ。世羅に。)

「いいよ、そんなの。あと…根拠はないかもしれないけど、嫌な気配が、ないの。
 今まで凛とか、犀破の手下たちにに追われると、すごく怖かったんだけど…なぜか今日は、平気で。
 ひょっとしたら、ひょっとしたらだよ?凛の方が、味方かもしれないって…私は思った。もし、そうなら世羅だって…」

 外を見つめていた凛が、踵を返し廊下を歩く。陽たちが身を潜めている場所を過ぎ、背後を取れる状態。周囲に人はいない。世羅も近くにはいない。凛だけが今、手が届く範囲にいる。
 その隙を逃す理由はなかった。

「陽!待って!!」

 踏み込み、その手に武器を持つ。金の行の武器、柄が短い棒状の刃が空を斬る。
 しかし陽の刃は、凛には届かなかった。
 咄嗟に振り向いた凛は、自分と陽の間に割って入る世羅に目を見開いている。陽の奇襲は、世羅が顔色ひとつ変えずに腕で受け止めていた。

「オレが、気づいていないとでも思ってたのかよ。何年…一緒にいたと思ってる。」

 世羅の腕から、離し、陽はそう吐き捨てながら距離をとる。世羅のスーツには血が滲んでいた。世羅の表情は、涼やかなままだった。まるで陽が攻撃してくることなど読んでいたかのように。

「逆に、気づかれてないなんて思ってないよ。私は。」

「いつからだよ、最初からか。世羅!!」

 世羅に攻撃しても意味がないことは、陽が分かっていた。戦い方も、力の使い方もほとんど世羅から教わっている。手の内がわかるどころじゃない。陽が今何を思ってどう行動してるのかすら、世羅はきっとお見通しなのだろう。

「最初、がどこのことか、わからないけど…全部、和泉ちゃんのために動いてるって言ったらどうする?」
「私…?」
「凛も、彼女を守るために今までやってきた。
 凛は、私と対の銀狐…私の仲間だよ。陰陽連の指示でもないし、犀破の指示でもない。私たちは、いつきもりだからね。」

いつきもり…?」

 聞きなれない言葉が抜けていく。和泉もまた聞きなれないその言葉は、世羅と凛だけが知っている表情を浮かべている。

「お客様。」

 コツ、と靴の音と同時に。少し上擦ったような声が4人全員に届く声量で響く。

「パーティーはまだ開催中です。吾が主がお待ちですので、メイン会場までお越しください。」

 燕尾服に身を包んだ男。少し浅黒い肌、きちんと整えられた白髪。手先足先まで洗練されたスマートな動きは執事そのものである。その瞳が、血のように真っ赤であることを除けば。
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