ときはの代 陰陽師守護紀

naccchi

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第四章 金蘭の契~きんらんのちぎり~

第二十六話

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「紅音のこと、悪かったな、ほんとに。あんなでも幼馴染だしよ。陰陽連をやめるのは、さすがに止めさせたかった。
 まあ紅音自身が、もうやめたいっていうなら止めねえけどさ。…多分、それはねえから。」
「何か、事情があるの?」

 陽が復讐のために陰陽連に属しているように、紅音にもまた陰陽師として生きている理由があることを

「あいつに限らず、陰陽連を罷免になれば、陰陽連に関わった記憶は全部消される。オレらのことも、父親のこともあいつの中から消されんだよ。」

 ただ陰陽連を辞めて終わりでは無い。陰陽師や妖怪、それに連なる情報一切を消されて人間社会へ戻される。記憶をいじると聞かされた、漏刻部がやるのであろう、一瞬で想像ができてしまうだけに和泉はぞっとする。

「あいつの肉親は父親の親芳ちかよしだけだ、母親は小さいときに出て行ってそれきりらしいからな。
 あいつは…たまに学校行ってるから、友達とかいるだろうけど。それでも、あいつの生活の中心はやっぱ陰陽連あそこだ。あんなとこでも、な。
 それを、一切奪ったらあいつ、独りになるだろ」

 独りであることの辛さを陽は知ってる。やってしまった事の重大さは分かっても、全てを消し去って放り出すのが正しい贖罪とはどうしても思えなかった。

 和泉は、記憶を消される時、あの嫌な感覚を味わうのかと思うとなお寒気が走る。

陰陽生おんみょうのしょうに格下げって言ってたけどそれは、今までとはなにか違うの?」
陰陽生おんみょうのしょうは…要するに、見習いみたいなもん。だから、こうやって外に出る仕事は受けられない。
 定期的に行われる試験さえパスすれば、すぐに陰陽師に戻れるし、陰陽連に属してることには変わりねえからな。記憶をいじられることもねえし。」
「そっか、なら、よかった。紅音さんも、強いんでしょ?私…教えてほしいって頼んで断られちゃったけど。」
「お前肝すわってんな…教えるのはオレがやるから、約束したろ。ただ、オレもちょっと調べたいことあるから、そのうちな。」
「調べたいこと?」

 紅音に対して教えを請うた事実を知った陽は少し笑っていたが、その表情がすぐに真剣なものに戻っている。

「お前を助けたって2人の男女…ひょっとしたらオレの両親かもしれない。」

 もちろん、陽の憶測でしかない。助けられた側がほとんど覚えてもいない上に、両親は既に死んでいるから確かめようはないのだが。

「じゃあ、殺したのは…ま、さか」

 和泉は喉の奥がひゅ、と水分が一気に失う感覚になる。犀破なら、やりかねない。と思った。自分を助けてくれた二人を、始末したかもしれない。

「その可能性は考えた、けど…もしそうなら、陰陽連は犀破の存在をなんで隠したと思う?
 それに、怪しいのは、毘笈びきゅうの態度だけじゃねえ。依織とやりあったとき、最後どう見えた?」

 ショッピングモールで陽が金のこうで拘束し、身動きを取れなくした。あのままいけば、祓うこともできたし、結界に閉じ込めて完全に捕縛もできたはずだ。
 しかし実際は。
 親芳ちかよしの大振りの太刀が依織を拘束していたこうを薙ぎ払い、その隙を凜が助け出した形になった。

親芳ちかよしが、あの大太刀を大振りして金のこうごと斬った。陰陽助おんみょうのすけサマとは思えねえくらい隙だらけの大振りで、な。
 オレには、あえて逃がしたように見えた。確証はねえけど、裏で陰陽連がつながってる可能性は、ないとはいえねえ。…だから今、陰陽連に属してる人間は、正直ほとんど信用できない。」
「そんな…」

 保護してくれるはずだった陰陽連。それが、犀破とつながっているかもしれない可能性。

「世羅は…?世羅は何か、言ってるの?」
「世羅にと、伝えてない。」

 どうして、と言いかけた和泉は言葉を詰まらせる。その厳しい視線から陽が、世羅のことも疑ってることを察する。

「まあ、あんま心配すんな。とりあえずお前も気をつけろって言いたかっただけだ。
 成松のことも、陰陽連のことも。」

 いつまでもそこに留まってはいられないので、VIPルームから出る。1番最後に出たので廊下にはまだ招待客が溢れかえっていた。

 案内された大広間はこれまた豪華な作りで、天井からはシャンデリアがぶら下がっている。部屋の端の方にはビュッフェのように美味しそうな食事が並べられ、そこかしこで立食できるようなテーブルが置かれている。既にメインの大広間にいた客たちは各々、料理に舌鼓をうったり、会話を楽しんだりしている。
 中央にはすれなりの大きさのステージが設けられ、先程の政治家がマイクを手に何かを話している。あの独特な声と姿で少し嫌悪感を覚えるものの、それを上回る会場の華やかさに和泉は目を奪われた。

「すごい……綺麗だね。」
「この金はどっから出てんだか。」

「いちいちビビんなって、冗談だよ。」
「陽のは…冗談に聞こえないから。」
「これを用意したのがさっきのあの豚だと思うと反吐が出るだけだよ。」

 じゃああながち冗談でもないでは無いかと思うが、言わない。美しく豪華に彩られた裏にはきっと見たくもないほど汚く澱んだものがあるんだろう。それでも今の和泉には、この会場は眩しく輝いて見えた。

「いいよ飯食ってきても。近くにはいるから。」
「陽は?食べない?美味しそうだよ。」
「お前、意外と食い意地張ってんのな。オレはいい、さっき軽く食ってきた。」
「そうなの?」
「ないとは思うけど、毒入ってたら大変だろ。」
「ちょ、毒が入ってるかも知れないのに食べていいよって言ったの?」
「ねえよ、これだけ一般人がいてそれはほぼない。
 一応だよ。パイロットとかが飯違うのとおなじ。念には念を入れてるだけ。お前は気にすんな。」
「じゃあ私も食べない。」
「食っとけよ、そうそうこんなイイもん食べれねえよ。」
「いい。ここに居る。」
「はいはい。」
「あ、やっと笑った。」
「は?」
「陽もあんまり笑ってくれないよね、いつも難しい顔してる。最初に会った時から、ずっと。」
「いいんだよ、そうゆうのは世羅がやるから。」

 世羅、出てしまったその一言で陽の表情が曇る。会場に入って少し気を紛らわせられたと思ったが、周囲を疑わなければならないという状況が思った以上に深刻であることを思い知る。

「お母さん。」

 突如、和泉の裾を引っ張る小さな男の子が視界に入る。

「お母さん、いない。」

 丸い大きな目からは今にも涙がこぼれそうだった。ジャケットを羽織って小さなネクタイもついている。子供用の服でもきちんとフォーマルらしい装いをしていた。
 迷子だろうか、と和泉が男の子の目線で屈んだその時だった。

 突如暗転する視界。
 明るかったメインの会場のいきなりの停電のような光の落ち方。招待客の不安の声が渦巻くが、全員が視界がないせいで誰も動けなかった。
 とりあえず危ないからと、目の前にいた男の子を手探りで引き寄せ暗闇の中で手を繋ぐ。
 だが明るい空間からいきなり暗くなったせいで手を繋いだはずの少年の姿が異なっていくことに気づけるはずもなかった。少年だったはずのそれは、にんまりと笑う。その嫌な笑みは暗闇で誰にも見えてはいない。

 声を上げる間もなく、外へ連れ出される。両腕を拘束され、口を塞がれ連れていかれる。明らかな対格差を感じた。くぐもった叫び声は、ざわめく雑踏の声にかき消される。油断をしていたわけではなかった。それでも、子供に声をかけられ、直後一瞬で視界を奪われるという状況の変化で、思考を増やされた。

「…っ!」

 放り投げられるように部屋に連れ込まれたそこは、最初に屋敷に来た時訪れた…そう、主催者の部屋。そして眼前にはまさに今自分を引きずってきた成松の姿がある。

「あなた、さっきの…」

 失礼だと思いながらも、やはり見ていて気分のいい人間とは言えなかった。それでもあくまで冷静に口を開く。

「私に、何か用ですか。」
「用事というか、君がほしいんだよね。
 陰陽師だかなんだか知らないけど、どんな妙ちくりんがくるかと思いきや、とんだ上玉だ、これを逃す手はないよ。」

 気持ち悪い、素直にそう思った。
 陽には気をつけろよ、と言われたばかりだった。言われていなくても、この状況は警戒せざるを得ない。それでもなるべく不快感を出さないようつとめて冷静に声を発する。

「さっき、あなたが言ってたSPさんとかが姿を消してるってのは、本当はあなたのせいなんですか?」

「人聞き悪いなあ、目上の…しかも初対面に対して。まあ、せいと言えばせいだけど。
 妖怪ってのはすごいよねえ。こんな人智を超えたすばらしい力使わない手はないよ。ただ、やっぱりすごい力ってのはリスクがあるよねぇ…」
「すごい、力?」

 なかばダメ元で直球聞いてみた質問にまさか正直に返されると思わず驚いた。存外単純なのかもしれない。
 陽なら、メイン会場に和泉がいないことにすぐ気づけるはずだ。情報を引き出せるならそれでいい、今は少しでも時間を稼ぎたかった。

「姿を変えられるんだよ、すごいだろう?
 さっき君に近づいた子供、あれは私でね。変装なんて生ぬるいもんじゃない、見た目も声も仕草もすべて別人に成り代われるんだ。
 ただねえ…代わりに寿命が欲しいんだってさ、だからとりあえずそのへんの人間の寿命をやってるんだよ。気に入らん人間は消せるし、私はこの力を使える。一石二鳥だと思わんかね?
 次は、君のそばにいたあの人間でどうかな?普通の人間じゃあなさそうだから、妖怪も喜びそうだよなぁ…」

 この人間に協力している妖怪、とやらがわからないが、それでもこんなのに陽がどうにかされると思われているだけでも嫌悪感が募った。

「君も大人しくしていた方が身のためだよ。私の機嫌ひとつで文字通り、寿命が縮むからね。
 まあ悪いようにはしないさ、今日みたいに綺麗な格好だってさせてやるし、うまいものもたらふく食わせてやれる。対価は必要だがね?」

「…っ!?」

 その大きな図体でなぜそうも素早く動けるのか。
 前も、こうして誰かに襲われたことがある。脳裏によぎる、倒れ込む自分の体と覆いかさぶる誰か。顔は、その長い黒い髪でよく見えない。
 陰陽連で、毘笈びきゅうに覗かれた時と同じ感覚。

「いや!」

 なるべく刺激しないようしているつもりだったのに、反射で成松を突き飛ばした。突き飛ばされた成松の瞳は獲物を狙う獣のように醜悪な目だった。
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