ときはの代 陰陽師守護紀

naccchi

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第四章 金蘭の契~きんらんのちぎり~

第二十五話

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 ドレスコードがあるとはいっても、招待状には「平服で」とあるので、準礼装でいい。インフォーマルな装いがどうのこうのと世羅があれこれつぶやきながら準備にいそしんでいる。
 和泉は何のことかわからないものの、世羅が意気揚揚と準備をするのでその様子を穏やかに見ていた。
 どうやって見つけたのか、世羅は会場近くの貸衣装屋をおさえ、そこに和泉と陽を連れていった。

 なかば強引に着替えさせられ、軽く化粧までされた陽はさっさと表に出されて待たされる。
 ダークネイビーのスーツに濃紺のネクタイ、髪も軽くワックスをかけられて額があらわになっている。
 普段パーカーやらTシャツやらいかに動きやすいかを重視してしか服を着ない陽にしてみれば、居心地が悪いことこのうえなかった。
 ネクタイピンやカフスなんかも変に重心を感じたり音が鳴ったりで地味にストレスだと感じる。
 この格好で何かあった時動けないでは困ると適当に屈伸したりストレッチなんかをしていると、和泉の支度が終わったらしい世羅が出てきた。

「本来は学生だから別に学校の制服でもいいんだけどね。
 一応仕事扱いみたいだし、ほら…和泉ちゃんがいるからその横で制服ってのは味気ないし。式典用の和装よりは動きやすいからいいでしょ?」

 ほとんど通っていないものの、陽も一応高校生ではある。フォーマルな場では制服では事足りるのだが、そうはいっても一応年齢だけ見れば成人でもあるのだ。理由は分かるが、やけに気合の入った世羅が珍しいと陽は思いながらやや戸惑う。

「楽しんでるだけだろ、世羅が。で?その和泉は。」
「女の子は時間がかかるの。くれぐれも馬子にも衣裳とか言うんじゃないよ。」
「言わねえよ。」

 小突いてきた世羅を陽は小突き返す。次いで揶揄うのかと思いきや、世羅は感慨深そうに目を細めていた。

「にしても、陽もそんな格好できる年齢になったんだねえ。」
「るせぇ。」

 親が子供にかけるような言葉が、気恥しいやらくすぐったいやらで陽は視線をそらす。わずかに芽生えた疑念を打ち消してしまうんじゃないかと思うくらい、世羅の態度は自然だった。

「まあ和泉ちゃんは期待しててよ、かなり気合い入れて仕上げたから。あんまり可愛すぎて、会場で注目になっちゃったりして?」
「ぬかせ。」

「あ、お、お待たせ…しました…。」

 淡いブルーグレーのワンピースは膝下からふくらはぎにかけてのミドル丈。裾は少しフレアで、動くたびにふわりと広がる。肩にはシルバーのボレロがかけられ、露出の多すぎない出で立ちは品の良さも感じさせる。靴やアクセサリーもシルバーで統一された清楚なドレスアップだ。
 アップにまとめた髪も丁寧に結わえられており、ピアス穴の開いていない耳にはパールのイヤリングがついている。化粧も、ラメのアイシャドウや、淡いピンクのグロスで、元々整った顔立ちが衣装に負けない華やかさに仕上がっている。

「変じゃない?大丈夫?髪もメイクも全部、世羅がやってくれたんだけど…その、慣れてなくて。」
「…」
「あの、陽?」
「いや、オレも慣れてねえし。」
「変じゃないかってのを聞いてるんだけど。」
「…変じゃねえよ。」

 頭に置こうとしてやめたその手は、和泉の肩をぽんとたたく。

(陽の手、今日も暖かい。)

 世羅は横でにやにやしているだけで、何も言わない。ちなみにそうゆう世羅は警備の人間として潜り込むらしく、目立たない黒いスーツだった。すらりとした体躯によく似合っている。長い髪は後ろでひとつにまとめられていたがそれでも長い髪がサラサラと揺れる。陽はホストみてぇとだけぼやいた。

「2人とも、似合ってる。すごく。」

 いつもと違う格好、雰囲気。和泉は、仕事だとわかっていても、少しわくわくする気持ちが抑えられなかった。

「まあね、スタイルだけはいいから。」
「似合ってても動きにくいったらありゃしねえよ。なんかあったらジャケット捨てるからな。」
「はいはい、ワガママ言わないの。」

 軽口を叩きながらも3人はタクシーに乗り、会場へと向かった。距離的には徒歩でも可能な範囲なのだが、そこはやはり体裁もあるのでとわざわざ宮内庁が手配してくれた。
 だったら服装から何から何までそっちがやればいいのに、と陽はボヤく。

「それじゃあまあ二人とも、あとはヨロシクね。」

 会場に着くなり、世羅は別れた。警備の者は入口が違うらしい。
 和泉と陽は一応招待客という建前で入ることになっているので、受け付けを済ませる。白斗から受け取った招待状で難なくなかに入り、話が通してあるという主催者の部屋へと向かう。
 主催者、成松繁房《なりまつしげふさ》は先の選挙で当選した政治家だと陽が和泉に伝える。
 和泉は人間社会の政治についてはよく分からないながらも、こんな豪華なパーティーを催すほどだしきっと偉い人なんだなくらいの気持ちでいた。
 会場の広さや中の調度品、そこに招待された人の格好や雰囲気、何もかもが輝いていて圧倒されながら奥へ奥へと入っていく。

 SPだか警備だかの人に案内されて通された奥の部屋は、更に豪奢で、その場に見合うくらい豪華に着飾った男女が談笑している。
 入る前に何やら確認をする警護の人間がバタバタしており、それなりに待たされたのでこの部屋は限られた人しか入れない…まさしくVIPルームといったところなのだろう。

 しかし中に入れば、すこし肥えた初老の男性が寄ってくる。話は通ってはいたようだ。

「やあやあ、君たちが例の。なんだ思ったよりも若いじゃないか。
 ちょっとあっちで話すからこの場を頼むよ。」

 男性は近くにいた警護の者に指示を出すと、更に奥の部屋へと入っていく。さして広くないその部屋は、男性が着替えをするような、あるいは少し一息つくようなプライベート空間のようだった。

 成松は、ちいさな戸棚から何枚か紙を取り出し、備え付けてある小さなテーブルに放る。

「脅迫、ですか。」

 筆跡がバレないように定規で書いたような角張った文字、新聞紙や広告の切り抜きなど、その形態は様々だが見慣れた脅迫文、といった体裁のものがいくつもそこにある。
 内容自体はお前を殺しに行くだの、正義の鉄槌を下すだの、受取人に危害を加えようとする文言ばかり。具体的な記述があるのが今日のパーティーで事を起こすということのみだった。

「それに加えて、同一犯かは知らんが秘書や警護の者が立て続けにいなくなってるんだ、世間からはセクハラだのパワハラだの騒がれて迷惑 している。ただの人間なら、警察あたりに頼めば問題ないだろうが…。」
「ああ、それで宮内庁を通じて要請を。ご存知、なんですねそういった話も。」

丁寧ながらやや棘のある言葉を陽が投げかけても、成松はさして気にしていない様子だった。

「まあ、この世界に長いこといると、色々な。何も起きなければそれでいい。」
「正直手がかりがこれだけでは確かになんとも。まずは行方不明の方の話を聞かせて貰えますかね?」
「聞かせると言っても誰がどこまでいなくなったかまではよく知らん。あとで秘書を呼ぶからそいつに聞いてくれ。
 それより、そこの君も、今回の護衛の仕事でここにいるんだろう?警護の者には話しておくから、なるべくそばで、守ってくれないかね?」

 ぶくぶく太った指が和泉に触れる前に、陽が和泉を引き寄せた。そしてそのままそんな笑顔できたのかというくらい満面の笑みで成松に言い放つ。

「今日来る予定だった子が都合がつかなくって。彼女は急遽お願いした人なんです。
 こういった場には慣れてないんでお手柔らかに願えますか。警護には陰陽連うちの者もいるので、このままで問題ないかと。」

やけにすらすら出てくる敬語も一切感情がこもってないのが和泉に伝わる。陽が、怒ってる。

「いやしかしね…」
「仮に。
 貴方も狙われているようであれば、本部に連絡して腕がたつ者をもう何人か要請しますが。ご要望ですか?」

 仕事の依頼だというのに、わざわざ女性も連れてこいなどと下心しか感じない要望。この政治家が、前々から女性関係でよくない噂があることは陽も知っていた。さすがにここまで露骨だとは思わなかったので、あやうく殴りそうになるのをどうにか無理やり笑顔と丁寧語で押さえつける。とんでもない男の依頼を受けてしまったものであることを後悔するが、今仕事を投げ出すわけにもいかなかった。

「先生、そろそろお時間です。」

 陽や和泉からすれば渡りに船の声が飛び込んでくる。呼ばれた成松は、苦虫を噛み潰したような顔をしながら、まるで逃げるように部屋から出ていく
 外で見張っていたであろう警護の男が、家主が出たのだから出て行けと言わんばかりに2人のことも外へ追い出した。

「守って欲しいんだか、欲しくねえんだか。」
「ありがとう。…ごめん、もっと私がちゃんと断れれば良かったんだけど。」
「いいよ、変な断り方すると面倒なことになるかもしれねえし。多分、あいつ狙われてねえわ。」

ああいった存在は、女側からの抵抗を受けると何をしでかすかわからない。逆恨みだったりあらぬ攻撃に晒される。

 「あのオッサン、さっき客と談笑してた時から終始何かを値踏みする目をしてる。
 とても、何かに狙われてるとは思えねえな。まあ、政治家なんだから普通に恨んでるやつはいるんだろうが。どっちかといえば、あのオッサンのほうがなんかしてんじゃねえの。」

 VIPルームの人たちも秘書だか警護だかの人に案内されて部屋を出ている。おそらく会場に案内されているのだろう。ざわざわとする人の動きを陽は冷ややかな目で見ている。

「いくら政治家って言ったって、陰陽連に関わってたら記憶処理されるはずだ。
 あんなわざわざ人外の存在を知ってる発言するってことは、どーせアイツ自身なんじゃねえの。秘書とか消してんの。」

さらっと恐ろしいことを言った陽を、和泉は思わず2度見する。

「でも、じゃあなんでわざわざ宮内庁通じて私たちなんか呼んだの?」
「さあな。あえて被害者ぶることで元凶じゃないってパフォーマンスなのか。
…オレらを呼ぶことが目的か。」

狙われる心当たりしかない和泉は息をのんだ。陽の最後の一言は、ただの護衛任務ではなさそうであることを予感させる。

「それよか、立て続けに仕事付き合わせて、悪いな。疲れたろ。」
「ううん、大丈夫。あのまま陰陽連あそこにいるよりは、平気。」

 あえて言わなかったが、あのまま陽と世羅だけで仕事を受けていたら陰陽連には和泉だけが残される。毘笈びきゅう含め陰陽連の人間が彼女に何もしに来ない保証はなかった。その点一緒に仕事をしていれば、陽や世羅が傍で見てやれる。
 世羅もそれをわかって、彼女の連れ出しを何も言わずに受け入れた…と、陽は信じたかった。
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