ときはの代 陰陽師守護紀

naccchi

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第四章 金蘭の契~きんらんのちぎり~

第二十四話

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 陰陽連のある地域一帯はいわゆる都会、に位置づけられる。周囲はオフィスビルが多いが、近くには商業施設や雑居ビルが立ち並ぶ。
 人の多い喧騒も少し距離が離れれば、住宅街が続く。その住宅街からもさらに離れれば、わずかばかりの自然が垣間見えてくる。
 そこそこの住宅に、そこそこの自然。陽が子供の頃から変わらない景色。

 小さな神社の隣道路を挟んだ先にある、瓦屋根の一軒家。そこが陽の、母方の実家。二階建てのやや日本家屋寄りのその家は、家自体の古さこそ感じさせるものの、玄関回りはきちんと清掃されているし、周囲の雑草もきちんと抜かれている。
 家主がこまめにきれいにしていることがうかがえる。玄関の扉はガラガラとけたたましい音を立てて開いた。玄関に置かれた一足の靴もきちんとそろえられている。少しくたびれた、高齢者の履く靴の横に、陽は自分のスニーカーをそろえる。
 玄関を上がったところでお出汁の香りがふんわりと漂ってくる。

「ただいま。」
「おや、おかえり。
 結実ゆいさんは?」
「……忙しいって。今日は戻らないよ。」

 勝手口から顔を覗かせたのは、この家の家主。割烹着を着た女性、つまり陽の祖母だ。もうこの世にいない娘の名前を投げかける。
 あの日、陽の両親が死んだあと、葬儀も済ませた祖母はその記憶だけがぽっかり抜け落ちた。娘の結実ゆいと、義理の息子の嵩哉たかやが死んだ事実だけが、祖母の中にはなかった。
 病気の検査もしたが異常はなし。日常生活を送るうえで支障もなかったので、とりあえずはそのまま生活をしている状態だった。

「そっか、陽も無理しちゃいけないよ。今日は、ごはん食べていくかい?」
「いや、母さんの用事でちょっと物取りに来ただけ。すぐ出る。」
「わかった。結実ゆいさんにもよろしくね。」

 それだけ言うと祖母は台所へ引っ込んだ。出汁のいい香りがいっそう強くなる。その台所に面した廊下の先の階段へ陽は向かう。
 二階に上がった階段横すぐが母の部屋。ここも何度も見に来た部屋。
 作業机にベッド、数冊のアルバムとノートが置いてあるだけの、ほとんど空っぽの本棚。変わらない景色。
 祖母の様子も相変わらずで、変わったことはないように見えた。
 陰陽連に都合が悪いものがあるなら、実家など真っ先に手が回っているだろうから何かあるとも思えなかったが、とりあえずアルバムとノートを持っていくことにした。

「陽。何か困ったことがあったら、でおいで。」
「ああ。」

 やや含みのある祖母の言い方に引っかかったものの、今日もまた白斗あおとから呼び出されていたことを思い出し、母の実家を出た。

 *****

「3人には、ある人の警護をお願いしたい。
 まあ平たくいえば、要人警護の仕事だね。昨今の情勢を鑑みた宮内庁からの要請だ。」

 さして日も経たないうちの、間髪入れない仕事の話で、陽は露骨に顔を顰めたが相変わらず白斗は人好きのする笑みを浮かべている。

「……別に断るつもりもないですけど、それ陰陽部オレらがやる必要あります?」

宮内庁と聞くだけで面倒くさそうな気配を察した陽が嫌そうな顔をする。そしてそれは世羅も同じようだった。

「ま、SPだの民間の警備会社だのに任せれば済む話ではあるよねぇ。」
「悪いね、でもひとまず聞いて欲しい。
 警護対象のある政治家なんだが、どうもきな臭い噂がある。噂、だけならいいのだが。
 ひょっとしたら荒事になる可能性があってね。何事も起きなければそれでいいんだよ。」

 陽はそもそも人間の手に負えない何かがなきゃわざわざ宮内庁から仕事なんて降りてこないだろうが、と悪態をつきたくなるのを堪えた。知ってか知らずか、白斗あおとは続ける。

「それにこの仕事、本来は正堂紅音に頼む予定だった任務だ。主催者側からドレスコードもあるそれなりの場になるので、女性は必須という要望だったからね。
 ただご覧の通り、彼女は今仕事を受けている場合では無いから…。
 
今回の仕事を受けてくれれば、彼女は陰陽生への格下げで留めようと思う。」
「そんな脅しみたいな裁定でいいんですか。」

 受けてくれれば格下げ。受けないのであればどうなるかは、明白だった。白斗あおとは表情は穏やかであるものの、有無を言わせない固い声色をしている。

「宮内庁の要請だから、今回の仕事、陰陽連としては断る選択肢がそもそもない。
 最悪、変装した世羅のみに頼むことも検討したが…こちらの方がお互い都合がいいのではないかな?」
「どうだか。」
「和泉さんの調査も中断、正堂紅音の処分も寛大。十分配慮した結果だと思うけれど?」

 分かってはいたが、毘笈びきゅうから報告はいっていたようだった。白斗あおともまた、和泉を物のように扱っている。見え透いた脅しという名の配慮、に陽は苛立ちを隠せない。

「それと、その和泉さんの力のことだけれど。
 当面使用は禁止だね。使う度に犀破と戦っていたらこちらの被害としてもたまったものではない。まあ、本当にやむを得ない状況になれば仕方ないけど。
 君が、そうならないように立ち回ってもらいたい。」
「そりゃ、善処はしますよ。依織みたいにうまくいくとは、思ってないですし。
 入るかもしれないんで、次はしとめます。」

こうであれば、先日も地下で一緒に訓練してた。
 おそらく犀破はコイツの浄化の力を感知してる。過信はしませんけど、危険を感じたら自衛できるくらいにはさせていいですよね。」
「和泉さんが陰陽連にいるのは犀破とて認識しているだろう。だがおそらくココには手を出せない。出たところを狙われたのだから、こうなら反応しない確証はないよ。こうもまた、霊力を使った力、だからね。」
「…なら、陰陽連でなら使っていいってことですよね。訓練は、一応続けます。やってくことでわかることもあると思うんで。
それに、いざ犀破に襲われた時に何もできませんでしたなんてことがあれば、馬鹿みたいですよ。」

「それで構わない。分かったことがあれば随時報告するように。
 ああ、仕事は今夜だから早急に準備もしてほしい。
 主催者、成松繁房なりまつしげふさの祝賀会だ。選挙当選のお祝い…言っていたかな、よろしく頼むよ。」
「んじゃ、そのナントカ松さんの、黒い噂とやらだけ聞かせてもらっていいですか。
 あんたがそういうくらいだ、どうせほぼ真っ黒なんだろ。」
「成松議員に関わった人間が数名…不審な失踪をしている。SPだったり秘書だったり、バラバラだけれど。
 とある美女が彼の秘書に入ってからそういう話が出るようになったと聞いているよ。」
「美女が籠絡ねえ。狐だの狸だのの入れ知恵ってか?」

 陽は最初から最後まで、白斗あおとを睨んだままだった。愛想がいい方でないともう分かっていても、それでも陽の視線が明らかに敵意を含んだものであることに、和泉は何か焦燥めいたものを感じてならなかった。

「まあ、陰陽頭が言うんじゃ仕方ないよね。ちょうどいいんじゃない、招待客として乗り込むのは陽と和泉ちゃん2人で。私は、警備会社にでも潜り込むかな…。とりあえず二人の正装のためにレンタル探すよ。」
「政財界のお偉方が来てるのにレンタルでいいのかよ。」
「むしろ今からどうやって用意するの。レンタルでもピンキリあるんだから、経費で落とすなら猶更抑えたほうがいいでしょ。服さえあれば、あとは私がプロデュースできるから。いいよね、和泉ちゃん。」

 世羅の顔が今まで見たことないくらいに明るい。その勢いに気圧されて和泉はうなずいた。陽はどうでもよさそうな態度のままである。

「え、うん。私、よくわからないから、世羅がやってくれるなら、助かる…けど。」
「決まりだね。じゃあ陽の分もやるよ?いい?」
「勝手にしろよ。」

 世羅ははりきった笑顔で、手に持った端末で急遽レンタルできる店を検索し始めた。
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