ときはの代 陰陽師守護紀

naccchi

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第三章 薄紅模様~うすべにもよう~

第二十二話

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 毘笈びきゅうの案内で連れられてきたのは先程まで会議をしていた部屋と似たような部屋だった。しかし、床にはなにかの模様が描かれ、壁には御札のようなものが貼られと、明らかに雰囲気が物々しい。
 やけに広い部屋だが、誰もいなかった。

「調査って何するわけ?」
 和泉が、肩をこわばらせたのに気付いているのかいないのか、陽が毘笈びきゅうを睨む。

「ちょっとばかし覗かせていただこうと思っております。覚えていないようなんで。」

 言い終わらないまま、毘笈びきゅうは和泉を押し出した。年老いた小さな姿でどこにそんな力があったのだろうと思えるくらい、強く素早く押された。
 そこは、何か模様が描かれた上。和泉だけが倒れ伏す。

「…っ」

 直感した。
 この感覚、知っている。前も、こうして。

「嫌だ……!」

 震えが止まらない、怖い、嫌だ。来ないで。見ないで。何かが中に入ってくるような、何かがこちらを指さして。

「やめて……」

 叫んだはずなのに声が響かない、身体が動かない。上も下も、右も左も、光も闇も、何も分からない恐怖が一気に全身を駆け巡る。

「いやだ!!!」

「何してんだよ爺さん…!」

 冷たくて、恐ろしかったところに声が飛び込んできて、気づけば陽が体を支えてくれていた。その温もりに気づいた時、やっと自由に身体が動かせることに気づく。模様が描かれた場所から、陽が引きずり出してくれていた。考えるよりも先に、その温かい体にしがみつくことしかできなかった。
 割って入ってきた陽を見て、毘笈びきゅうは少し目を細める。口元が覆われているので表情はわからないが、その声音はまるで子供をあやすかのように穏やかだ。穏やかであるのに、恐ろしい。

「何と言われましても、調査ですよ。和泉さんは、記憶がないのでしょう?ならば見るしかありませんよ。」

 陽の腕の中で、和泉は震えていた。顔は真っ青で、どう見ても只事ではない。こんなに震えていてはいどうぞと引き渡せるわけがないと陽の腕に、力が入る。

「なぁに、注射器を嫌がる子供みたいなものですよ。」

「そんなレベルじゃねえだろ、どう見ても。なんだよ覗くって。は、口を割らねえ奴らを吐かせるためにやってるやつだろ」

「まあ…それが多いですね。人も妖怪も、よからぬことを企んでいるものが多いですから」

「中止にしてくれ。こいつにそこまでしなくていい。人間に危害を加えたりしねえって」

「陰陽連の総意ですよ?
 長年の宿敵である犀破討伐の為にも、和泉さんの存在は必要不可欠。ただ犀破も和泉さんも一体なんなのかがいまいち分からないでは、我々は動きようがないのです。
 多少強引でもそれは致し方ありません。
 ……貴方は、自分の力でなんでもどうにかなると、そう思っているんですかね?」

 ずっと閉じていた毘笈びきゅうの目が、開く。その眼差しは暗く深く、鋭いものだった。

「オレは、自分が強いなんて思っちゃいねえ。」

「世間知らずの若人は下がっていなさいと言ってるんです。
 せっかく陰陽頭が寛大な措置をしても、貴方…このままじゃ漏刻部から叛意ありとして通達しますよ。」

「そうかよ、だったら今ここで派手に暴れていいか?」

 殺気を放ったのは陽だけではなかった。無表情のままの世羅もまた、静かに毘笈びきゅうを睨みつける。

「梅宮さん。」
 親芳の低い声が響いた。大柄なあの笑顔が、入口にそびえるように立っている。

「おや……陰陽助殿も、叛意ありですかな?」

「壊してしまえば、梅宮さんが怒られますよ。そんなに急がなくても大丈夫です。何か分かったのであれば、お聞かせ願いたいところですがね。」
「これだけじゃあ、なんもわかっとりませんよ。和泉さんが、紛うことなき人間だってことくらいしか、ね。」
「五十嵐くん、和泉さんを頼めるかな。梅宮さんと火急の話があるのでね。」

 親芳は早く出なさいと言わんばかりに部屋の入口を指さした。それを見て、陽は震える和泉を抱えたまま立ち上がる。親芳の発言も癇に障った。

「礼は言わないですよ。コイツは、物じゃないんで。」
「ああ、それは失礼したね。」

 親芳と目を合わさないまま部屋を出た。あのまま毘笈びきゅうとやり合うのは得策ではなかった。親芳の介入は渡りに船ではあったものの。
 親芳の『壊してしまえば』という発言。
 和泉が、陰陽連にとって明らかに有用な存在であることの裏付けにほかならない。
 妖怪にも、人間にも狙われる少女は、陽の腕の中で、少しずつ落ち着きを取り戻していた。


「梅宮さん、あんまりボロ出すの、やめてくださいね。」
 部屋に残された2人、屈託のない親芳の顔。毘笈はため息をつくのみで、返答はしなかった。

 *****

「あの爺がやろうとしてたことは、犯罪者や妖怪の思惑や思想を覗き見る行為だ。捕まえてきた妖怪が何か企てる時の尋問の時にやってる。」

 漏刻部から離れ、自身の部屋に戻ってきた。まだ買った家具も届いてない広々とした寂しい部屋。それでも和泉にとっては今一番落ち着ける場所に違いなかった。
 世羅が近くの自販機で買ったココアを差し出してにこりと微笑む。

「……ごめん、私、自分で知りたいって言ったくせに、止めちゃったね。」
「あんなのほとんど拷問に近い。やりすぎだ。気にすんな。」
「あの人、何をしてたの?行とはまた違うみたいだったけど…」

「千里眼。物事の本質を見通す力だよ。使い方次第で、相手の精神すら破壊する。さすがにあんな荒事になると思ってなかったから、陽が飛び出してくれてよかったよ」

「お前、陰陽連と何かあったんじゃねえのか。犀破だけじゃなく。
 全部忘れたわけじゃねえんだったよな。まだ、オレらに話す気にはならねえか?」

 初めて会った時、陽たちを信用出来ないこと以上に、巻き込みたくない気持ちが強かった。でも今は信じられる。
 2人は、自分を置いて居なくなったりしないと。

「……白い装束の人に、指をさされて。私は、その人たちに必要だったみたいで。
 口調は丁寧なんだけど、よそよそしくて仰々しくて…私、そこがすごく、嫌だった……でも、助けてくれた人たちも、いた。」

「助けてくれた人?」

「うん、男の人と女の人だった。
 逃がしてくれるって、でも、その2人は殺された。白い人たちの仲間に。
 私…それを、止められなくて。助けられなくて。
 2人が、逃がしてくれたから、1人で逃げることしかできなかった…それで、白い人たちからは逃げられたけど、犀破に、捕まった」

 若い、男女。

 陽の中で、一つの可能性が浮上する。確証はないのに、嫌な汗を感じる。

「今日はもう休め。結界は張ってある。なんかあれば、コレまた使え。黒いのはまだ持ってるよな?」

 陽が渡したのはあの白い紙。和泉を守ってくれた式神だった。和泉はうなずいて、もう一枚の黒い方とセットにしてポケットにしまう。

「妖怪相手に限らず術者相手でも少しは役に立つ。肌身離さず持っとけよ。」

「わかった。…ありがとう」

 渡された小さな紙片は、暖かかった。初めて渡された時はいまいちピンと来て居なかったけれど。またあの子が助けてくれるんだと分かっているだけで気持ちが綻ぶ。少しは和泉が落ち着いたのを見て、陽は世羅へ向き直った。

「世羅、こいつのこと頼む。」
「陽?」
「ちょっと調べもの、してくる」

 世羅には何かを気取られたかもしれない、それでも。陽はつとめて冷静に、部屋の扉をゆっくり閉じて、その場を離れた。
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