ときはの代 陰陽師守護紀

naccchi

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第三章 薄紅模様~うすべにもよう~

第二十話

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 ショッピングモールの壁がまるで抉られたかのように吹き飛んでいた。近くにいた人達が瓦礫に埋まってしまったのだろう。うめき声が聞こえる。

 そして、つい先刻まで壁だった瓦礫の上に、小さなシルエットが見える。

「なァんだ、こんなとこにいたのかよ。」

 少し長い濃紺の髪を乱雑に後ろでくくった少年。見た目だけでいえば、10歳から12歳くらいの少年だろうか。しかしその顔はとても子供の純真たる笑顔では無い上に、その瞳は血のように赤い。そして背中には、二本の大きな刃物を括りつけている。
 少年はその冷ややかな目で、意識のない和泉を見下ろしていた。

「和泉、み~っけ☆」

その一言だけで、一気に警戒心があがるのは必定だった。

「みっけじゃねえよクソガキ。親はどこいったよ。」
「あ?失礼だなクソガキとか。これでもアンタよりうんと長生きだよ。歳上なんだから依織いおり様って呼んでよ。」
「誰が呼ぶか。ガキは壊した壁なおして帰って寝ろ。
 …てめぇ、犀破の手のもんか。」

 問いかけはしたものの、ほぼ確信的だった。この嫌な気配と、その赤い瞳。間違えるはずがない。
 一気に間合いを詰めてくるかもしれない依織を、僅かな変化も見逃さないように睨むことしか出来なかった。

「わかってんなら話早いじゃん。
 ちょうど本人は寝てて楽だし。置いてってよ。」
「断るって言ったら?」
「力ずくで持ってく!」

 依織は無邪気な顔で、瓦礫を持ち上げた。手を使わず、瓦礫が浮いている。人の身にはあまりに大きすぎる重量が、襲いかかる。

「世羅、紅音のこと頼む。先に戻れ」
「けど…!」
「いいから!戻って応援頼む、それくらいの時間は凌ぐ。」

 世羅はひとつ頷き紅音を抱えたまま姿を消した。依織は気にもしていないようで、世羅を追う素振りどころか、見ようともしなかった。

 ショッピングモールテナント前の細長い通路で、依織と陽が、対峙している。
 白い鳥は器用に和泉を背中に乗せ、庇うように翼を前に出していた。
 式神の霊力が持つ限りは、和泉を守ってくれるだろう。持つ限りは、だが。

 *****

 世羅は、紅音を抱えたままショッピングモールを出る。先程の爆発音の騒ぎを聞きつけてか、野次馬や警察が来ていて、外がごった返している。
 世羅が、下手に一般人が入ってきたら二次被害が増えるなぁと面倒な気持ちになりながら、陰陽連へと急ごうと向きを変えた時。

 銀の髪に赤い瞳。
 凛が、ショッピングモール外の駐輪場の屋根から世羅を見下ろしていた。
 世羅は戦闘態勢に入るでもなく、旧知の仲のように声をかける。

「依織がくるなんて、珍しいね」
 話しかけられた凛もまた、それが当然のように返事をする。

「私は止めたんだけどね。ほんと、血気盛んな若人って感じ。
 でも、和泉にあんなに力使わせたらダメよ、私でも気づくんだから。犀破本人が行くって言わなくてよかったわ」
「そうゆう時に止めるのが、凛の役目でしょ。
 依織相手であれば…陽なら大丈夫。まあもしダメだったとしたら、僕の見込み違いってとこだ。」
「あら、結構時間かけて育てた割には随分冷たいじゃない。」
「犀破とやり合うことを考えたらこんなところで負けてては話にならないよ。もちろん凛、君相手にもね」
「強いとは思うわよ、あの陰陽師クンは。
 でも…和泉を抱えて、周りに一般人もいる状況で、難しいんじゃないかしら」
「そこは、お手並み拝見かな。
 あんまり過保護すぎてもなぁって近頃思ってたから。
 じゃ、この子頼まれてるから。お先に失礼。」

 世羅はそう言って、その場を後にした。凛はその姿をただ黙って見送るだけだった。

 *****

 まるで生きているかのように、迫る瓦礫を避けつつ、片手に金の行の武器を携える。刀の形をしたそれは、依織の振るう二刀の斬撃であっけなく折れてなくなってしまった。見た目とは裏腹の重量級の攻撃をしてくる。
 斧くらい太い形状に、短い柄のその武器を依織は容赦なく振るう。その一手一手が信じられないくらい重いのだ。
 致命傷は避けられても、陽の腕や脚に少しづつ裂傷が増えていく。

(ここじゃ、狭くて戦いづれえ)

 陽は、和泉をかばいながら、未知数の敵相手に戦闘はあきらかに分が悪すぎることを悟る。武器を出し続けていなしつつ、少し走った先にある吹き抜けのフロアまで後退していった。

 陽が守りやすい位置に、白い鳥も追随する。

 簡易で和泉と白い鳥の周りに結界を張る。
 極力この位置から動かずに防衛に集中すれば、陰陽連の応援が来る時間は稼げる算段である。
 広いエリアは背後を取られれば厄介だが、視界は一気に開けたおかげで戦いやすくなるはずだった。

「アンタが戦いやすいってことは俺もなんだけど~わかってんの?」

 更に瓦礫が襲い来る。

 和泉は、繰り返し起こる衝撃音で目が覚めた。
 見渡せば瓦礫の山、そして、嫌な気配。横には、陽がいた。息が上がっていて。血が、出ていて。

「…!」
「あっおっはよう!今ちょうどいいところだよ。」
 命のやり取りをしているとは思えないほどの軽薄な声だった。
「依織…なんで…」
「なんでって、さっきすごい力だったよ?さすがにあんなのブッパされたら気づくでしょ。
 それとも、俺じゃなくて?犀破に来て欲しかった?」
「…っ」

 一気に広範囲を浄化したせいで、和泉は反動で倒れてしまったことを悟る。そればかりか、依織がいるということは、犀破に勘づかれたということでもある。

「お前のせいじゃねえ、耳をかすな」
「ええ?こいつのせいでしょ全部。
 今はまだ、キミ1人が怪我した程度だけどさぁ。
 ああ、さっき壁吹っ飛ばしたときに、誰か下敷きになったかもね。もう助からないだろうけど」
「気にすんな、じっとしてろ。ヤバかったら渡したあの黒い札使え。」
「…なんだか知らないけども。
 前からさぁ…そんなのばっかじゃん。
 記憶無くして逃げて、どっかの誰かさんに迷惑かけて、たまらなくなって、結局コッチに戻ってくるんだから。」
「逃げたくなるような事してるからだろてめぇらが!」
 依織は、まるで子供と遊ぶかのように軽々と陽の斬撃をいなした。いなしただけなのに、陽の持っていた刃はぼろぼろと崩れていってしまう。

 和泉は直感してしまった、これは、力量差が大きすぎると。
 いくら水が火に強くとも、その火の勢いが強ければ効かないのと同じ。依織が繰り出す斬撃とその力は、人間にはあまりにも強すぎた。

「うぅん、弱ぇよなぁ。多少はマシだけど。でも弱い。陰陽師も落ちぶれたもんだな。
 アンタさぁ、なんでそんな必死なわけ?
 陰陽頭からの命令だから?そぉんな命令ごときで死んでたらシャレにならないでしょ。
 それだけ強かったら、他に生かせるだろうし。
 犀破は、和泉がほしいだけ。それだけなんだって。別にアンタらとやり合いたいわけでも、陰陽連を潰したいわけでもない。
 アンタが和泉置いてったって別に大丈夫なんだって」
 依織は喋りながらも、手にした双剣の攻撃を緩めない。斬撃を防いでいる陽は、自身の武器が消えては呼び出し、消えては呼び出しを繰り返している。

「なんも、大丈夫じゃねえよ。泣いてただろ、コイツ。」
「は?」
「泣きながら逃げて。
 捕まるくらいなら殺して欲しいって頼んだんだぞコイツは、見ず知らずのオレに!
 他人に殺してほしいって願うくらいの何かをされてるようなとこへ、はいどうぞって返せるわけねえだろ」

「はいはい、お説教どーもね。
 あんまり遊んでても俺が怒られるからそろそろ終わりにしていい?」

 先程まで瓦礫は大小様々な形で飛んできただけだったのが、大きな塊が密になり、まるで蛇のようにしなる。あの濡れ女の水の固まりや、さっきの髪の妖怪のように、何かを拘束できる形状が和泉に迫る。
白い鳥が和泉を守るように翼を大きくする。けれど先程からの依織の攻撃の余波で、その身体はボロボロだった。所詮式神、守り切るにはもうあまりにも力を使いすぎていた。

「終わらねえよ、バカが。」

陽が右手に出したそれは身長より長い槍の形状。金属音のようなものが響き、瓦礫はボロボロと崩れる。相打ちになったかのように、陽の持つ槍上のそれもまた無惨に崩れ落ちていく。

「お前みたいなのは結構いるよ。言葉でネチネチ相手を挑発して、こっちのミスを誘うタイプ。
明らかに力量差があるって分かったら遊んでねえで任務遂行した方がいいぜ」
「…っ、組織の犬がガタガタうるせえなぁ!」
「犬で結構。犬なりに色々考えてんだよこっちも。」

依織が飛ばした一際おおきな瓦礫、それを避けるように後ろへ交代し、距離を取った陽は地面に手を触れて、言葉を発した。

荊棘けいきょく  金行ごんのこう

 陽の言霊が発せられると、フロアからせり出した数多の鋭利な形状。それは、さっきまで陽が出しては壊れて放っていた金の行だった。
 容赦なく、依織を身体ごと串刺しにする。

「がっ…!?」
「悪ぃな、こっちも伊達に陰陽師やってないんでね」
 依織の表情から初めて、笑みが消える。
闇雲に金の行を出しては、依織に破壊されての繰り返しではなかった。
和泉は、陽が、ダメかもしれないと諦めかけて、その頬には涙が伝っていた。冷たかった涙は、陽の背を見て、熱を帯びる。

「大技出すのには、結構下準備がいるんだけどよ。お前が短気で助かったよ」

 それだけでは終わらなかった。
まるで金の行に被さるように、陽の力を援護するように巨大な火柱が上がる。

「やあやあ、遅れて悪かったねぇ、五十嵐くん!」

 この吹き抜けのフロア奥のエスカレーターの向こう側から、大太刀をすらりと抜き、肩に置いた大きな男。彼が悠々と姿を現した。

「ちょっと遅いですよ、正堂さん。」

 陽の問いかけに対して、ニヤリと笑みを浮かべる正堂親芳が、そこにいた。
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