ときはの代 陰陽師守護紀

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第三章 薄紅模様~うすべにもよう~

第十八話

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 黒く広がる物体。まるで髪の毛だ。その髪の毛らしきものは、人を狙うような動きをした。止めなければと考えるよりも先に和泉の身体が動く。

 使える力を思案する。水や土では止められない、火は燃えてしまう。
 この間、陽が使っていた、あの蔓なら。さっきは細くて頼りないものしか出なかったけど、それでもやるしかない。
 一番近くで見ていたあの植物の造形、しなり、ロープのように扱える、それらを思い描いて手を伸ばす。スルスルっと細長い蔓が伸びた。ただ、やはり陽が使ってたような太さや量はなく、ごく細い植物の蔓が1本伸びているだけだ。しかし細くとも、蔓は髪の毛をしっかり捕らえる。逃れようと小さな髪の毛の塊ははもがくが、逃さないよう意識を集中させる。

「今のうちに、早く外へ!」

 何とか立ち上がれた人たちはよろめくように店外へ出ていくが、数人はやはり腰が抜けて立てない。
 このまま、この髪の毛をなんとかしないといけない。
 でも、陽みたいに祓う方法がわからない。何か、長い詠唱を行っていたことはわかるけれど、さすがに覚えられてはいない。
 嫌な気配のする髪の毛だ。蔓で手繰り寄せる。触れればやはり髪の毛のような質感が、余計嫌な気持ちに拍車をかける。
 毛であれば、と蔓を持つ左手とは逆に右手に意識を集中する。
 白い光が、今朝形作った刀になっていく。

「お願い、消えて…!」

 髪の毛を拘束している蔓ごと、刀で斬る。髪の毛は小さな唸り声をあげて消えた。延びかけていた他の髪の毛も跡形もなくぼろぼろと崩れなくなった。

 ほっとしたのもつかの間で、店の外が騒がしい。外に出ると、通路にも黒い髪の毛が蠢いている。

「まだ、他にもいるの…!?」

 さっきのとは明らかに大きさも、気配も違う大きな髪の毛の塊。感じる嫌な感覚。どう見ても、人間に対して敵意のある存在だ。3人の人間が髪の毛に捕まっているようだが、全員恐怖で動けないか気絶している。

 踏み込み、駆ける。

 自分一人で対処できるかわからないが、それでもまずは人間の救出しなければ。
 髪の毛が伸びた先端を斬り、一人また一人と解放していく。斬られたことに怒ったのか、獲物である人間を解放されたことに怒ったのか、髪の毛の塊は叫びにならないような唸り声をあげる。
 髪の毛が攻撃してくる。幾重にも、四方八方にも迫ってくる。

 この物量を捌きながら、人間たちをかばいながら。毛を斬っても斬っても、消えない。せっかく解放しても、意識のない人間がまた捕まってしまう。
 刀でだめなら、やはり火で燃やすしかない。人間たちに危害を加えずに、火を放つ。
 それも、できる気がしなかった。万が一、人を燃やしてしまっては取り返しがつかない。

 誰か。

 祈る気持ちで周囲を見渡すと、視線の先にも、そして上の階も、下の階も、叫び声が聞こえる。あちこちに、この髪の毛がいて、人間を襲ってる。さっと血の気が引いた。

 紅音も近くにいない、やっぱり陽や世羅を呼ぶしかない。近くにはいるはずだ。
 昨日、陽からもらった白い方の札を出し、空中に放つ。それは、翼を広げた大きな鳥のような姿になった。
 胴体だけで人1人分の大きさはある、翼を広げればもっと大きい。足はまるで三本あるように見えた。

 その大きな異形の鳥が髪の毛に触れると、毛はちりちりと消えていく。穢れが、浄化されているのがわかる。

「お願い。陽か、世羅を呼んできて…!」

 鳥の姿をしたそれは、表情もなければなにか言葉も発しはしなかったが、和泉の言葉を聞くと理解したように、クルッと方向を変えて飛び立っていった。

 そして、和泉は眼前の髪の毛に相対する。穢れている存在なら、消せるかもしれない、
 否、消さなければ。

 行を出すよりも、自分はこちらの方が早いと、こちらの方ができると分かっていた。今この目の前にいる、穢れた存在。
 和泉が手に持っているのはもう刀の形ではない。それはシャン、と音が鳴る。
 手に持っている鈴から、音が数回響いて、髪の毛たちは、さっきと同じような断末魔をあげて消えていった。

「消せた…」

 しかし消せたのは1匹だけだ。少なくとも4匹は同じようなのが近くにいる。
 次に向かおうとするが、倒れた人につまづいて倒れ伏し、持っていた鈴も手から離れると同時に掻き消えてしまった。

「い、たっ…!」

 こちらの存在に気づいた他の髪の毛が向かってきてる。捕まえた人間を放置してでも、敵意がこちらに向いたことが分かる。

 伸びてくる敵意。おそらく人間ではない自分は、人より頑丈なはず。間に合わないと悟って近くで倒れている人間を庇うように覆いかぶさり、ぎゅっと目をつぶった。

「…っ!」

 絶対に来ると覚悟していた衝撃は来ない。空を裂く斬撃と、髪の毛が切断される音で恐る恐る振り向いた。

 目の前に迫っていた髪の毛は燃えている。

 その髪の毛を消滅させた鋭く尖ったその先端は炎がちらちらと燃えている。
 襲ってきた髪の毛は苦しそうに悶えつつも、まだ存在自体は消えていない。それでも。

「悪ィ、遅くなった」

 和泉と髪の毛の間に割って入るように、陽がふわりと降り立つ時、泣きそうなくらい胸に込み上げてくるものがあった。
 和泉が放ったあの鳥が陽の肩をしっかり掴んでいる。和泉の願い通り、一気にここまで陽を連れてきたのだろう。

「なんだか知らねえけど、この毛がショッピングモール中に湧いてやがる。
 式神使ってくれて助かった、紅音は?」

 陽が来てくれた安堵と、身体が重いせいで、紅音はいないと首をふるので精一杯だった。
 和泉の近くまで迫っていた髪の毛を斬り捨て、陽が和泉を起こした。

「何があった?」
「…ちょうど、そこのお店で試着してて外に出たら紅音さんはいなくて。目の前にこの髪の毛の妖怪?がいて、人を襲おうとしてたから…どうにか消したんだけど、お店の外にもたくさんいて…

 とにかく嫌な気配がしたの、だから陽の怪我を直したのと同じように、穢れを浄化したら消えた。私にも何とかできたからどうにかしなきゃと思ったら足元つまずいちゃって。」

「この髪の毛、斬っても斬っても湧きやがる、多分本体を叩かねえとダメだ。」
「世羅は?」
「一旦こいつらを外に出さねえために、このショッピングモールの外周、結界で覆ってもらってる。あとは陰陽連への通報頼んである。」

 話しながらも陽は警戒を緩めてはいなかった。ざあざあと音を立てて髪の毛が集まり出す。それは人並みの大きさに膨れ上がっていく。和泉たちへの敵意は明らかだ。

「ひょっとしてお前が本体か?探す手間が省けたな。」
 陽は、持っていた長物だった武器を少し短くする。陽を連れてきてくれた鳥は、和泉を守るように旋回している。

 中心にその刃を叩きつけようと、陽が身をかがめたその時だった。

「オマ…エガ」
 膨れ上がった髪の塊から人の言葉が聞こえる。

「ナン…デ、ア…トナリ……!」
 よく分からない言語が途切れ途切れに発せられる。警戒はしつつも、陽は後ろへ下がった。
 髪の毛はなおも蠢きながら言葉を発する。

「ナンデ、アナタガ!!!!!」

 悲鳴のような声がつんざく。髪の毛の塊が、その叫び声に呼応し、手前にいたはずの陽に目もくれずに和泉の元へと一直線に向かう。
 だが和泉の元へは到達しない。
 和泉を庇う形で後退した陽との、鍔迫り合いのような状態で膠着する。

「わ、けのわかんねえことを…!」

 さらに後ろからもきていた髪の毛は、旋回していた鳥がその大きな三本の足で蹴り飛ばした。

「ナンデェ…アナタガ!!!陽ノ、トナリニ、イルノヨ…!!!!」

「お前、まさか…」
 うねり、膨れ上がる憎悪と敵意。その大きな体に、キラリと光るのは、淡い黄緑色。

 紅音の髪を纏めていた、あの黄緑色のヘアゴムだった。
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