ときはの代 陰陽師守護紀

naccchi

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第ニ章 水天彷彿~すいてんほうふつ~

第十三話

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 一通り、陰陽連に報告を終え3人は、はじめに和泉が目覚めた部屋で一息をつく。

「お疲れ、大丈夫?和泉ちゃん」

 世羅が廊下の自販機で買った紙コップに入ったコーヒーを手渡す。

「白斗さんも人が悪い、幹部全員の前にいきなり和泉ちゃんを呼び出すなんて」
「和泉のことがなんもわかってねえなんてほぼ嘘だろ。何か掴んだはずだ、オレらに言えねえ何かがな。
 まあ、それを調べるすべなんかねえんだけどよ。」

 陽がイライラしながら椅子に座る。
 きっと他に聞いてる人がいるのかもしれないけれど、今しかないと思った和泉は世羅に向き合った。

「あの、世羅。ごめんなさい、私…濡れ女の鏡で、あなたの過去を勝手に見て。その、たぶんあとで話してくれるって言ってくれてたのに、先にのぞき見するような形になってしまって。」

 しおらしく謝る和泉に対して、世羅は毒気を抜かれたような顔をしたのち、笑った。

「ああ、気にしてくれてたの?いいよいいよ大丈夫。もう済んでることだし。
 見られちゃったものはしかたないからね。底辺妖怪の覗き見に少し付け加えておくと、あのあと…村を焼いた後、私は陰陽師に討伐されかけた。元々生贄なんて非人道的なことが行われてる村があるって話題になってたらしいんだよね。それも…元凶は私、金狐だとかで。
 そこで討伐しに来たのが、陽の両親。陽がまだ生まれる前だったけれどね。でも二人は、私を討伐しなかった。
 事情を知って、守ってくれたんだ。本当に感謝している。」

 世羅と陽の間にある、絆。その答えだ。絆というと安く聞こえるかもしれないけれど。世羅は、陽の両親に恩を感じて。陽もきっと、その両親の思いと、恩に報いる世羅を信じている。
 陽は過去に両親を失ったと言っていた。きっとその時から、世羅は陽を守っていたんだろう。もう済んでいることだったとしても。

「世羅も、教えてくれて、ありがとう。」

 なんてことのないように話す世羅。
 どれだけ辛かったろう、どれだけ、嬉しかったろう。なんてことないように話せているからこそ、そう簡単に乗り越えられたものではないと感じるのだ。自分を救った二人は、誰かを救えるほどに、強く、そして優しいのだ。

「・・・やっと、笑ってくれたね。
 神妙な顔してるのも、りりしくていいんだけど。君には笑っててほしいな、できる限り、でいいけど。」

 和泉の、柔らかい笑顔に世羅が少し目を見開いていた。ずっと、笑っていなかったことに和泉は今気づいた。絶対に、誰かに笑顔を向けたことがあるはずなのに。

「確かに、もうちょっと愛想よくしてたほうがオッサンたちがかわいがってくれんじゃねーの。」
「陽、それはセクハラだからやめて。」

 和泉は、陽の言っている意味やセクハラがわからず、世羅に聞いたが世羅はこれは知らなくていい、と笑って教えてはくれなかった。

 そう時間もたたないうちに、世羅は部屋から出て行った。口にこそ出さなかったものの、その表情はやはり少し疲れていた。

 陰陽連には寮が併設されており、それぞれに部屋が割り当てられているらしい。世羅も陽も、今和泉のいる部屋からは近い。というより、二人の部屋から近い空き部屋を取り急ぎ和泉の部屋に充てた状態だった。

「世羅のこと、ありがとな。」

 椅子に座ったまま、陽は和泉を見据えて言った。あの、まっすぐな瞳で。唐突に礼を言われた和泉は、なんとなく照れくさくて思わずすぐ目をそらしてしまう。

「助けなきゃって、思っただけだよ。」
「助けたのもそうだけど、世羅のために、お前、怒ってくれたろ。
 オレも誤解されること多いけど、世羅も大概だからな。あんなに、真剣に向き合ってくれると思わなかった。」
「陽の…両親が殺されて、それから陽を守ってくれてたのって世羅なんでしょう。
 はじめて会った時から今の今まで、二人の関係が普通の縁じゃないことはわかっていた。
 互いの力を信用しあって戦っていた。血はつながってなくても、人間と妖怪同士でも、大事な存在なんだって思った。

 私…記憶はないけど、たぶん、誰か大事な人を喪ったことがあるんだと思う。すごく、怖くていやだ。
 私は、私を助けてくれた二人がそんな思いをしてほしくないって思った。
 
 だって、二人とも助けてくれたから。そりゃ、仕事だったのかもしれないけど、二人が自分を助けてくれたのは事実だから、その恩に報いたかった。」

「じゃあ、やっぱありがとうであってるだろうが。何度も言わせんな」

 この悪態をつくのは、照れているんだろうなと、和泉が気づくのにさして時間はかからない。

「濡れ女の件だけどよ、聞いてもいいか。お前、あの時よく"土のこう"を出せたな?」

 少し凪いでいた陽の表情が一気に緊張感のある顔に変わる。あの時。濡れ女を仕留めようとした寸前で、炎を出し暴れたところを和泉が土を出して抑え込んでいた時だ。

「咄嗟に、無我夢中だったんだけど…
 水を抑えるには、木でしょ。だから陽はあの蔓で濡れ女をしとめようとしてた。でも、火で蔓が燃えちゃって…また水をかけたらその火は消えるかもしれないけど、濡れ女のもともと使ってた黒い水にどう作用するか分からなかったから、それで土ならって…」
「正しい判断だったと思う。もともとオレが無策にビルん中つっこんだせいだ、助かった。
 それはそれとして、よ。
 じゃあお前は、このこうを使いたいって、念じればそれが出せるってことか?」
「わ、かんない、けど…でも、うん、陽みたいに呪符を使ったりはしてないし。とにかく、まずいからなんとか押さえなきゃって。」
「オレら人間は、本来霊力を持ってる、強い弱いはあるけどな。たまーに術者じゃないけどそれなりに力の強いやつが、未来を予知したり、物を動かしたり、神と会話したりすることもある。力、としてはマジで千差万別だ。
 その力を五行に置き換える為に札がいる。札を使い変換し、詠唱でそれを形作る。
 それをお前は、札も、詠唱もなしでやってのけた。普通じゃねえ、と思う。五行を操り、穢れも浄化する。
 お前、相当何か抱えてるんだろうな。

 ……まあ、力のことはいいや。あとで。
 今オレが一番ひっかかってんのは、濡れ女自体のことだ。濡れ女は海や川に現れる妖怪で、人間をそのまま喰うことが多い。それも問題っちゃ問題だけど。今回みたいに、わざわざ生かして捕まえて生気抜くなんてそんな面倒なことはしねえはずなんだよ。それに今時、井戸のお祓いをしない人間なんざごまんといる。それくらいで暴れられてたら陰陽師が何人いたって足りねぇよ。

 本来の住処ではない井戸に憑き、本来とは違う方法で人間に害をなしていた。今回の件、あまりにおかしな点だらけだ。オレは、全部が解決したとはどうも思えねえ。」

「でも、変だったとしても、そうゆう妖だった…って言えなくもないんじゃない?」

「あの濡れ女、火を使っただろ。」

 妖怪の、土壇場での最後の抵抗。当然、陽は最後まで油断したつもりはなかった。それでも、水の妖怪が火を使うなど、完全な予想外だったのだ。

「祓った濡れ女から、一枚札が出てきた。あきらかに陰陽師の使う札。すぐ消えたから、証拠はねえけど。
 陰陽連の誰かが、濡れ女に札を埋め込んだんだろうな、明らかに第三者の介入がある。」

 和泉は息をのんだ。陰陽師は、妖を祓うはずなのに、それではまるで妖に力を貸したようなものではないか。

「考えたくはねえが、陰陽師が、人の生気を集める為に濡れ女を使った…んだろうな。」
「誰が、何のために、そんなことを…?」

 和泉のその問いは、陽のほうが答えを知りたいものだった。解決したはずの水難の件は、大きなしこりを残したまま終息ということにされ、陽は納得がいっていなかったのだ。

 と、廊下の方か軽快な足音がぱたぱた聞こえてくる。足音は部屋の前で止まり、ノックもなしに扉が勢いよく開け放たれた。

「陽!今日は陰陽連にいるのね!?」

 明るい声で入ってきた一人の少女。
 橙色の長い髪はサイドで一つにまとめられ、綺麗に結わえられている。若草色の瞳が、陽の存在を認識するとぱあっと大きく見開く。明るくてかわいらしい子が、元気よく目の前に現れた。
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